2007年08月25日

天神大暑


逍遥雑記「北野天満宮,天神さん,天神市,湧き水,御神水,大福梅,」

今日は毎月25日に巡り来る「ハレ」の日―。とはいっても、給料日のことではない。京都市街に住む人間なら殆どが正答出来る、北野天満宮の定期市「天神さん」の日である。今日は午後から、久々にその「天神さん」をのぞいた。遊山ではない。随筆に関する古部材を探しにいったのである。

別件の資料閲覧に時間をとられた為、現地入りしたのは既に15時過ぎ。週末と重なった日ゆえ、人は少なくなかったが、早くも店仕舞いする処も見られた。しかし暑い。暑い時期の、最も暑い時間なのだから仕方ないのだが、つい、胸内でその語を繰り返してしまう。よって、雑多で暑苦しい市景色はやめ、石鉢に清水溢れる涼やかな景を掲げた。場所は天満宮東門側境内にある手水舎。天満宮の象徴的存在「臥牛」下から、対の大鉢に注がれるのは「御神水」。豆腐製造で著名な、北野の良質天然水である。


表題の「大暑」とは、7月下旬頃を指す「二十四節気」のそれではなく、ただ「大いに暑い」の意。もし「大暑」を「天神」の前に配せば、名詞的意味合いが強くなり、必然前者の意となってしまうこともありこの配置となっている。とかく言葉は難しい。しかし、「テンジン・タイショ」の読みも、かのチベット法王、ダライラマ14世の法名「テンジン・ギャンツォ」(ただし「ギャンツォ」は東北方言)みたいで、少々珍妙な気がしないでもない。うーん。何やらまた暑苦しくなってきたのでやめよう。


逍遥雑記「北野天満宮,天神さん,天神市,湧き水,御神水,大福梅,」

本殿前にて「干し梅」を発見。正月に授与される「大福梅」の準備である。煎じ飲めば無病息災という縁起物で、近隣住民が古くから愛好する極めてローカルなもの。盛夏なのに早正月支度―。少々忙しい気もしたが、冬を想って涼感も得たのでよしとしよう。
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2007年08月19日

“逍遥体”in KOTONOHA


お知らせ「国立国語研究所,言語データベース,日本語コーパス,KOTOMOHA」

この度、自著『西域逍遥記』が、国立国語研究所の日本語データベース(コーパス)、「KOTONOHA」に採録される事となりました。

「KOTONOHA」は、明治から現代に至るまでの日本語を収集し、その科学的研究の基礎資料とするべく開発が進められている大規模データベース。『西域逍遥記』は、その中の現代書き言葉を対象とした「現代日本語書き言葉均衡コーパス」に採録されます。何でも1976年から2005年の間に刊行された刊行物が対象とのこと。

「KOTONOHA」は、完成後にWeb上等に公開され、研究者や教育関係者は勿論、一般の人々にも広く利用出来るシステムとなる予定。その主な使用法は用例の検索で、ある語を入力すると、その語を有する刊行物の該当箇所前後数十字が用例として出力されるとのこと。『西域逍遥記』はその為に約4000字、即ち原稿用紙10枚分程が採録されました。

賛否渦巻く「逍遥体」、科学的日本語研究の基礎資料に!

元は、刊行元の出版社に電話とFAXによる連絡があり、著者である私に採録趣旨説明と、その許諾の請願がありました。しかし、特殊な文体であることと、「仮名遣」表記の一部に非正規なものがあることから、逆に問合わせ、正規表記への変更等の要望を呈しました。

存知の通り、我が『西域逍遥記』は文語文の良さを難儀なく現代人にも味わえるように工夫した独自文体を使用しております。「逍遥京都」という新聞連載随筆にも発展したこの文体を、私は勝手に「逍遥体」と呼んでいます。これには文法上の誤りはないのですが、問題は文語特有である2段活用の仮名遣の一部が出版社の指示により、「現代的表記」に変更されていることです。「現代的表記」とは所謂「現代仮名遣」ではありません。現代仮名遣は当初から採用しております。

要は、意味の取り違いの発生を防ぐ為に現代仮名遣化されなかった活用表記を無理やり「現代仮名遣的」なものに変更してしまったことです。旧仮名遣的表記だが正規である「出づ(いづ)」を、「出ず(いづ)」としてしまったのがその一例です。この表記では「出る」の意である「出づ」が、「出ない」の意の「出ず(でず)」と混同される恐れが生じます。これを回避する為に、紙面上では該当箇所にルビを施していましたが、もし次に「逍遥体」を公開する機会があれば、本来の形に戻すべきだと思っておりました。

問合わせより数日後、担当氏より書状による回答がありました。データベースは、異体字や「ら抜き語」は疎か、誤字脱字までも含んだ刊行物の一部そのままを採録するとのこと。採録された書き言葉を「ありのままの日本語」として捉えることこそ、「日本語の実態」把握であるとの見解によるものだそうです。よって我が『西域逍遥記』もそのまま収録されるとのこと。非正規ではありますが、対策としてのルビ付けは抜かりなくされているので了承しました。

ともかく、絶賛か誹謗、またはノーコメントといった極端な評価が渦巻いていた我が「逍遥体」が、「科学的日本語研究の基礎資料」(国語研発表)として現代日本語の殿堂入りを果たしました(笑)。
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2007年08月17日

炭検登山


逍遥雑記「大文字,消炭拾い,五山送り火」

「五山送り火」の翌日、大文字山は早朝から消炭拾いの人々で賑わう。消炭とは前夜焚かれた薪等の残り炭のことで、半紙に巻いて玄関に吊るすと魔除けの効ありと伝えられるもの。いわば、「縁起物探し」といったことが行われるのである。

元々縁起物に興味がなく、酷暑の時期に山に登らなければならないこともあって、これまでその様子を見た事がなかった。だが、今日は時間があったのと、毎年それを行う友人が立寄っていたこともあって、のぞいてみることにした。

暑さを堪えて一気に火床ある山腹に上れば、いつもの広景。そして手に袋を携えた老若様々な人の姿が見られた。薪や護摩木を焚いて字画の一点をなす火床は昨晩の「大祭」を感じさせないほど片付けられていたが、それでも多くの消炭があった。しかし玄関に吊るせるような大物はなく、皆小粒ばかりなのは、最早昼近い時間故であろうか。ともかく、噂通り、多くの人達がそれを求め来る「行事の裏」たるを検分することが出来た。


写真は、大字の字頂辺りから見える、松ヶ崎妙法の「法」。昨夜の「熱さ」を感じさせない、冷やかで律儀な姿が面白い。


逍遥雑記「大文字,消炭拾い,五山送り火」

間(はざま)に炭残す2本の「大谷石」で構成される火床の列。

なだらかな曲線を描きつつ右下に続き、大字の左股を構成。左横の草むらに広い燃え跡が見えるが、昨夜見た左股内側の火はどうやらこれのようである。やはり風か何かで類焼したのか、各所に同様が見える。危険を伴う行事であること、そしてそれを行う人々の苦労を改めて思い知らされた。


逍遥雑記「大文字,消炭拾い,五山送り火」

大字右股下部より字央方向を写す。上部に散るのは炭拾いの子供達。

相変わらずの暑さであったが、乾燥していたので、木陰にて先ずまずの山上休息がとれた。空なぞ見上げれば、何やら秋空の如きも見える。青空下で炭拾いに熱中する園児らに、「どうせ要らなくなるから、ちょっとだけにしなさい」との引率先生の長閑な掛声も、秋の遠足めいてまた面白い。
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2007年08月16日

終盆夜火


逍遥雑記「大文字,五山送り火,お盆最終日」

盆もまた終りとなった。それが終ったからといって、急に涼しくなったり、歳末賞与と引換えになる「痛勤」が待っている訳ではないのだが、京都市街縁辺たるこんな場所に住んでいると否応がなしに巻き込まれることがある。

それは盆の殿(しんがり)を務める行事「送り火」である。五山中のメイン、「大文字」の優れた観望点である我が大字(おおあざ)域は特に人出が集中し、短時ながらちょっとした騒擾が現出する。点火前後は言うに及ばず、まだ明るい内から近くを落ち着きなく徘徊する他所人等も見られて、嵐の兆しとその到来の様な、普段ない緊張が一帯を包むのである。そして、その立地故に訪問客があったり、また近所から観覧や会食に誘われたりして、実に自家の内外に不可避の影響が及ぶ。

万人を「巻き込む」装置、「送り火」

別にこの「送り火」とそれが齎すこれら様々を嫌っている訳ではない。他街の人が羨む、この著名伝統行事が生活に接していることを有難くも思っている。ただ、この行事と自分との関りについて想った時、やはり「巻き込まれる」といった表現が相応しく感じられるのである。

祖霊を敬い、佛事を尊ぶ日本人の床しい慣(ならい)「送り火」。それを統合し共同化することで万人に益した、実に合理的な五山のそれであった。だが、その大きさを以て頭上に君臨し、否応がなしにその影響を及ぼすそれは、どこか万人を儀制に「巻き込む」装置であったようにも思われる。

何もこんな祭夜的な日にそんな事を思わなくとも……。そんな声も聞こえそうだが、ここに住み、こうしてまたそれを見上げることとなる身には、強ち穿ち過ぎとも思えないのである。


上掲写真:見物の諸車諸人で込み合う路上に浮かぶ「大文字」。時は点火の20時を少し過ぎた頃。新聞等がよくやる拡大嵌込み合成ではなく、そのままの撮影である。ただでさえ暑いのに、車の排熱が更にそれを倍加させる。来年は是非とも歩行者天国にして頂きたい。


逍遥雑記「大文字,五山送り火,お盆最終日」

よく見ると、今年はなぜか火床以外の場所にも火が見える。写真でいうと、大字左股の内側に並列する小火である。火粒が横に流れているのは撮影時の「手ぶれ」ではなく、被写体ぶれ。つまり火の動きである。地上に風はないが、山上には強くあって、付近に類焼しているのであろうか。
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2007年08月09日

五条両祭


逍遥雑記「大谷廟,五条坂,陶器市,陶器祭」

今朝、2つの祭へ行った。正確には、一つは自分で行い、もう一つは他人(団体)の催しに顔を出したのである。

自分で行った祭とは、親友の納骨所への墓参。そして他人の催しとは陶器祭のことである。場所は、共に京都市街東部にある五条坂付近。所謂鳥辺野「大谷廟」と「五条坂陶器市」である。多くの現代日本人にとって、墓参に「祭」の字を当てるのは違和感生ずところであろうが、字義としては問題ない。むしろ、祝いや記念行事に当てる今日的な使いかたの方が誤用といえる。

さて、親友の墓参は一先ず、何故午前から陶器市なのかというと、個人的に「器」が好きだからである。よって日本有数の質誇る「京焼(清水焼)」が格安で出されるこの期間は、毎年気も漫(そぞ)ろとなり可能な限り早めに参じたくなる。とはいえ、買うのは少量、しかも殆ど馴染の窯元ばかりなのだが……。

聖俗分かち難き「人世の質」、「人の性」

故人の弔いと、物欲の成就―。相反するものを組にする不謹慎な行為とも見えるが、「盆」という行事の本質を表しているとも言えなくはない。折しも近くでは、盆入り行事の「六道まいり」が始まっている。それは、厳粛な古儀期間である反面、辺りに非常なる盛況を齎し、最もの稼ぎ時を現出する俗的高潮期間でもあった。

何事にも聖俗分かち難いのは、人世(じんせい)の質(たち)、そして人の性(さが)なのであろうか。


上掲写真:強い朱色を夏空に立てるのは、五条坂途上にある「若宮八幡宮」の鳥居。元は源家の尊崇を集めた著名古社。今は狭小ながら、界隈で行われる陶器祭の中心的役割を果す。参道両傍には懐かしい露店の列も現れる。


逍遥雑記「大谷廟,五条坂,陶器市,陶器祭」

陶器露店が天幕を連ねる五条坂歩道上。秋とも思えなくはない清澄な空気感を醸しているが、実際は大変な酷暑。


午前中の涼しい内に全てを終える予定が、結局正午を過ぎる結果となった。朝から暑い陽は更に威を増して、まさに焼けんばかり。馴染の窯元の人も大変そうである。会期残る今日明日の2日間、ご健勝を願うばかりである。
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2007年08月03日

暫時訪阪

逍遥雑記「大阪,中之島,きた,梅田」

昼過ぎから珍しく大阪へ……。撮影機材の点検修理の為、「中之島」にある某工学器メーカーのサービスセンターに行ったのである。郵送で済ませることも出来たのだが、保証期間最後の平日であった為、少々急いだ。しかもこのセンターは修理施設を擁している為、即日で対応してくれるという、メリットもあった。

さて、京都の出町柳から京阪電車を利用したのだが、その終点駅「淀屋橋」が、即ち中之島地区であった。そして淀屋橋を出て遭遇したのが写真の景である。中之島といえば、言わずと知れた大阪の政経中心地。列車は着駅前から地下に入っていたので、何やら突然都心に出た気分で、少々心許ない。野趣ある賀茂河岸の出町柳とのギャップであろうか。

世界有数の「どえらい」まち、大阪

しかし、こうして高層ビルの乱立を見ると、京都とは桁違いの大阪の「大きさ」を感じる。人や物、そして金銭が集中して過熱する、何か「どえらい」所といった感覚である。この感覚は首都東京で感じたものと同じである。折しも、ビル間に淀む「大川」の生気なさも、外堀(神田川)等の首都風情と繋がる。久しぶりに、東京のことを思い出してしまった。かつて働き、そして暮らしていた途方もない大街の事をである。

東京や大阪の「どえらい」さ加減は、20世紀末までは世界有数のものであった。しかし、中国等の変貌でも知られる通り、昨今その相対変容の恐れが生じている。都市の繁栄が永遠ではないことは、歴史が教えるところである。それらを考慮すると、これからこの街はどのような姿と化し、そしてどのような印象を与える様になるのかを思わざるを得ない。

まあ、そんな全球的な話を想起させるところが、まだまだ大阪の「どえらい」ところなのかもしれないが……。

「どえらい」まち大阪が教える関西の停滞

用を済ませて早く帰るつもりだったが、結局夕刻になってしまった。修理時間が途中で延長され、閉所時間まで待つ事となったからである。しかも、それでも仕上がらず、結局即日受取りも不能となった。わざわざ出向いた効果は無くなってしまったが、不良判定は出ず、半ば好意で規模大きな補修を引き受けてくれたので文句はいえない。修理は動作確認や清掃等の、それ以外の作業で何かと時間を食うものである。東京で技術職にあった身には同情出来た。

センターを出た後、梅田にある、旅や山、そして人生の師であるO氏が営む事務所に立寄った。ご多忙中の急な参上にも拘わらず、快く面会頂いた。事務的な用件を冒頭に済ましたあと、「どえらい」まちの中心で事業を継続される氏を労うと、「しかし、まちの景気は悪いまま」との返答が……。氏の見解では、「関西全体が駄目」とのこと。確かに頷ける話ではあるが、この大阪が駄目なら、格段鄙びた我が京都や、更なる周辺はどうなるのであろうかと、少々遣る瀬無い気にもなった。

図らずも長居する事となった「どえらい」まち大阪に、また様々を考えさせられたのであった。
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