2007年12月31日

晦日仕舞


逍遥雑記「注連飾,七五三飾,〆飾,注連縄,大晦日」

真夏の暑さもそうだが、冬の寒さが本格化するとどうも身体や頭の働きが鈍くなるような気がする。夏の湿暑はさておき、比較的寒さには強い筈なのだが、やはりコンディションの低下を自覚してしまう。

そんな訳で、やるべきことが進まない。「今年中には」と思い努力したのであるが、結局最終日を迎えることとなった。最早の「是迄」を悟り、大半を諦め、せめて今日中に片付けられる作業で予定を組んだのだが、やはり進まない。我が身ながら、その愚鈍ぶりには呆れさせられるばかりである。全く以てけしからず、今頃余裕で寛いでいるであろう大勢を、ただ羨むばかりであった。

しかし、それでも外灯(玄関灯)が点る頃には、なんとか区切りを得、仕舞の注連飾(しめかざり)付けを行うことが出来た。とはいえ、本来正月飾の晦日付けは、神に対する非礼「一夜飾り」と見做されるため忌むべきこととされる。よって、読者諸賢もこの様な不肖者同様に慌て、無粋を成さぬよう注意されたい。

そういえば、これより某所に出向き、手打の晦日蕎麦を作らねばならない。結局、作業はまだ仕舞となっていないのである。諸賢には重ねてこの不手際者を反面教師とされることをお願いし、忙(せわ)しくも長閑な晦日、そして間もなく果てる2007年をしめたい。
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2007年12月30日

北山初冠雪


逍遥雑記「北山初冠雪,雲取山,同時代ギャラリー,ART COMPLEX 1928」

「初冠雪」のタイトルをつけたが、毎日山を観察している訳ではないので、正確なところは判らない。だが、京都市街に於ける初降雪は、自身の目と報道にて確認しているので間違いない。

写真は、その初冠雪らしきものを発見した時のもの。所用の折に渡った、賀茂川は荒神橋より撮ったものである。画像では判じ難いが、重なる北山景の最奥の稜線にそれがある。雲ではない、薄く白霞む連山が見えると思うのだが……。


逍遥雑記「北山初冠雪,雲取山,同時代ギャラリー,ART COMPLEX 1928」

画像を切り出して拡大すれば見易いであろう。中央奥の、最も高く最も白い嶺が「雲取山(911m)」辺りである。その稜線を辿った右端に薄く見える紅白の塔辺りが、鞍馬から上る車道の峠、「花背峠」である。

山の積雪はその様が肉眼視出来なくとも相当あることが多い。となれば、今この北山奥には初冠雪ながら、かなりの積雪に見舞われている可能性が高い。左京区奥地と市街を繋ぐ動脈、花背峠の通行は大丈夫なのであろうか。


逍遥雑記「北山初冠雪,雲取山,同時代ギャラリー,ART COMPLEX 1928」

所用というのは、今日が最終日である知人の写真展観覧である。その会場があったのが、写真のビルである。京都在住者にはもはや説明の必要はないと思われるが、元大阪毎日新聞社京都支局を文化施設に転用したもの。設計はかの武田五一で、1928(昭和3)年に建てられたものであるという。「なんだ、うちの古家と同い歳くらいか」と不遜な考えも過ったが、ともかく、その趣と三条寺町の繁華街という立地を活かして、文化交流の拠点・古建築有効利用の鑑として確固たる存在感を放っている。


逍遥雑記「北山初冠雪,雲取山,同時代ギャラリー,ART COMPLEX 1928」

しかし、見ればみるほど不思議な仕立てのビルである。その「極め」とも思われるものが、社章をあしらったという星型の窓つく前面最上部分であった。「星窓」は無論、女墻(ひめがき)と思しきレリーフを巡らせ、望楼の如き塔を頂く実に特異な造りとなっている。欧州の古城をイメージしたと思われるが、全体とのかかわりを思う時、実に不可思議な感触を与えられずにはいられない。

写真はその部分を側面から撮影したもの。拡大により陰影が強調された様は、壁面の色と相俟って、回教建築の趣さえ見せる。しかし、側にある無粋な筈の電線類が、不思議と協調している様には、更なる驚きを与えられた。電気の世紀、20世紀生れたる何物かが共鳴しているのであろうか。


展覧会場を出たのち、空からはほんの少しばかり雪が舞い始めた。今月は漸くの秋風情から始まって、終盤での厳冬到来にて終るようである。それと共に、はや今年も終りであった。皆さんの良き年の瀬を願いたい……。
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2007年12月26日

感性連繋


逍遥雑記「町家珈琲卓,コーヒーテーブル,potitek,t-room」

昨今の「フローリング」とは異なる、優しい木床上に据えられたテーブルセット。午後からの陽を受け、数十年来の定位置で静かに馴染の到来を待つ風情である。しかし、中央の小卓は、実は私が最近作ったもの。そして両傍の椅子もこのフロアで使用されてはいるものの、ここが定位置という訳ではない……。

師走終盤の慌しい市街にあって、独自の時を紡ぐが如きこの空間。実は、ここは京都市街東部は東福寺駅近くにある「t-room」という共同アトリエの事務房内であった。建築事務所や家具工房等が同居し、その建屋自体も皆で手作りしたという実にユニークな場所で、正に創造の拠点となっている。今日はその「t-room」に、用あって訪れることとなった。今WEB上で、手回り品で色んなものを作るといった造作記を連載しているのだが、件の小卓は正にその企画にかかわるもの。それの製作にあたっては、ここに工房「Potitek」を置く木工作家の戸田直美氏にアドバイスを頂いたのであるが、今日はその御礼と成果を見て頂く為、卓持参でお邪魔することとなったのである。

人の感性の、見えない連繋

戸田氏やアトリエメンバーの方々と卓を囲んでそれへの批評を語り合う中、不意に戸田氏が事務房の椅子を卓に添えたのが写真の景であった。椅子は氏が工房開設当初に作られたというもの。偶然ではあったが、あまりの馴染みぶりに驚き、ふたりして急遽撮影に及んでしまったのである。アドバイスを頂いたとは言っても、寸法等は全く打ち合わせていない。にも拘らず、あたかも組で製作されたかのような気色となった。

戸田氏とは、去年ある宴席において双方共通の知人から紹介されて以来、たまに展示会でお会いするといった仲であった。つまり、特段親しい付合いと言う訳ではなかった。しかし、この様なユニークな一致に至った。無論、単なる偶然ともいえるが、類似のことを見聞する度に、人の感性の、見えない連繋といったようなことを思ってしまう。まあ、本職の作品と素人細工を並べて述べることではないのかもしれないが、年の瀬に於けるどこか温もりある出来事として紹介することとした。
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2007年12月21日

「伯耆『長者伝説』調査行T」UP!


逍遥雑記「伯耆『長者伝説』調査行T」へ

先月(11月25日)行った歴史調査旅行の報告、「伯耆『長者伝説』調査行T」がUPされました。2日間に及んだ調査の前編です。
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2007年12月01日

師走鮮色


逍遥雑記「京都,左京,紅葉楓,もみじばふう,紅葉,団地」

さて今年もまた、はや師走入り。大方の人が1年の帳尻合わせたるに忙(せわ)しくなる頃である。然程のものでもないが斯く言う私もその1人。これからひと月は何かと忙しくなるに違いない。

しかし、今日はまだその初日。気分的にはそれほど負荷はない。そんな、いつもの月初めと変わらぬ様の昼下り、前日と同じく移動中に出合ったのがこの光景であった。場所は左京区内のとある道沿いの団地。今年一番の鮮色に心惹かれての、暫しの観賞であった。

この並木。樹種は外来種である紅葉楓(もみじばふう)とみられる。そういえば、舶来らしいスマートさで、幾何学的な団地の背景とよく馴染んでいる。「もみじ」と呼べど、葉もかの朝顔に似た形。しかし、見ての通り、その色具合は在来種に劣らない。ただの街の樹、しかも余所物といえども、中々侮れないものである。紅葉の名所、京都育ちの私が断じるのだから間違いなかろう。

思えば、この道の南方は名所たる有名社寺が集中するところであった。こうしている今も、大層な見物客で込み合っているに違いない。時間と労力と、そして金銭を費やし遠近から集まる人達―。そうした人達にも是非見て頂きたい景である。有名でなくとも、遠くでなくとも、美しい景はある。そして、その身近な美にこそ、ものの本質・心を知る手懸りが宿っているのではなかろうか。かつて長く外地を流離った私が言うのだから、少しはご了得頂けよう。


 「其出彌遠、其知彌少」
 (その出づることいよいよ遠ければ、その知ることいよいよ少なし。 老子『道徳経』47章)


昔読んだこんな格言が不意に浮かぶ。ともすれば忙しさに呑まれる師走どき。足元を見詰め、「忙」字さながら心を無くすことがないよう心掛けたい。



逍遥雑記「京都,左京,紅葉楓,もみじばふう,紅葉,団地」

1枚目の写真は画面が少し暗くなってしまったが、これは上手くいった。実際の色もほぼこの通り。それにしても、葉の鮮色は勿論、団地とのバランスもいい。綿密な植栽計画があったのであろうか。
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