
昨年末、北山の奥に於ける初冠雪を報告したが、今日は一段と南下して、最早市街直近たる叡山でのそれを紹介したい。さして珍しい光景ではないのだが、年末の暖冬傾向のお蔭で、漸くの観があり、何やら有難ささえ感じた為である。
こんな心地も、世間でいう「温暖化物議」に影響されたものでろうか。温室効果ガスは元より、本来は全ての排ガスを削減すべきだと思っているのだが、実は定説化しつつある温暖恒常化説と、その比例上昇説を私は信用していない。勿論、短期的・局地的には有り得る話だとは思っている。
怪しさ半分「温暖化物議」
以前、史学関係の研究で気象学を齧ったことがあるが、そこで判ったのは、自然・人為によるデータ(痕跡・記録)があるにも拘わらず、過去気象の復原が大変困難なことであった。データの性質上、あくまでもそれが局地的なものであったにも拘わらずである。つまり、気象解析はそれ程難しく、地球規模となると実に難渋を極める作業と化すであろうことを教えられたのである。未だ氷期メカニズムさえ完全解明されていないのはその好例と思われる。
その様な我々に、サンプル(過去データ)はあってもデータ(確証)がない未来の気象を正確に予測出来るのであろうか。しかも、地球上の諸作用がある意味単純であった古より、昨今は人為により複雑化している。よって、あれらの説は半分は真実であろうが、もう半分には怪しさを感ぜずにはいられないのである。
温暖化物議に通じる、かの2大事件
改めてそのことを考えると、この温暖化物議。何やらいつか起こった事態に似ている気がしてきた。そう、あの「オイルショック」である。記憶にあられる方も多いだろうが、あの騒動とその後起こった省エネブームとほぼ同時に「石油枯渇物議」がその背後で始まった。連日メディアに専門家と称する人物が登場し、算出した約20年前後の可採年数を声高に唱えた。
しかし、その年数を過ぎても枯渇どころか、逆に生産量が増えたことは承知の通りである。この物議の場合「資源は有限」という常識的説のみ真実で、あとはでたらめだったのである。でたらめを曝したメディアの言い訳は「新たな油田の開発や、消費源の省エネが実現した」というお粗末なものであった。「北海油田」の如き有望な新油田発見はショック前後にもあり、省エネ説も消費量そのものが当時より格段に増しているので、荒唐無稽と言わざるを得ないのである。
このおかしな枯渇物議。今更にして政治的、或いは経済的思惑から意図的に流されたのではないかとの憶測が広まっている。私もこの憶測に同調するものであるが、早い話、皆何者かに「担がれた」のではなかったのか、と思うのである。
そう言えばこれと似たことがまだあった。オイルショックの10数年後に日本を覆った、あの「バブル景気」である。土地の値が限りなく上昇していく中、その背後にあったのが「土地枯渇物議」であった。その裏付の一つになっていたのが、人口増加や企業増大に因る土地の稀少化であった。しかし、その時も、既に人口減少や、情報化社会到来による産業構造の変化が予測されていたのである。但し、極めて密かに…。
ともかく、不幸にも件の物議で担がれてしまった人々は、便所紙の山や、実価の何倍もする土地家屋を買わされてしまった。この結果から、担いだ何者かの正体と、その意図を垣間見れるような気がするのだが如何であろう。要は、もし今回の物議が上例と同質のものなら、また何か買わされるに違いあるまい、と感じるのである。読者諸氏も、つらつら注意されたい。
温暖化してもしなくとも
さて、小雪舞う洛北は岩倉の吹き曝しで、長々とこんなことを考えている場合ではなかった。さっさと用を済まして、うちで仕事の準備を完了しなければならなかったのである。極力暖かい室内着を着、必要最少限の暖房にてである。温暖化してもしなくとも、志にもとる浪費には加担すまい。
細やかながら、今年も古家にて、虚言・偽善を掲げて人を欺く者共と戦っていきたいと一人誓った次第である。

小雪に霞む叡山頂部。望遠で撮影。最近京都も随分寒さが増してきたが、北海道に住む妹によると、かの地は今、マイナス16度にまで達しているという。正に命がけの寒さである。しかし、開拓時代とは違い、昨今は住宅性能や暖房機器の発達により、家にいる限りは問題ないようである。だが、大量の石油(灯油)を消費する。その為、昨今の原油高騰の影響を最も受けている地域といえよう。屋外の貯蔵タンクや漁船等から燃料が盗まれる事件も頻発しているらしい。実に、切実な事情が窺われるような事件である。
かの地からすると、まだ何とかなる京都の寒さ。なおさら無駄に留意し、無理なく、楽しい冬暮しをしたい。そういえば、今晩は友人宅で冬の風味、鴨料理をいただく予定であった。



