
所用の折に渡った疏水の橋上で、気になる景が目に入ったので、思わず画に撮ってみた。それは、見ての通り、減水した疏水の様であった。
減水自体は、水需要が落ちる冬に清掃や補修を兼ねて行われるものなので毎年見るものではあるが、これ程の陽気の中で見ることは珍しい。正に表題が示す通り、春暖の中に冬の姿を見る趣であった。そして、逆に春暖というスポットを浴びたが故に、平時との違いがよく感じられ、それへの強い感心が生じたのであった。
場所は、岡崎の熊野橋から東方を見たもの。手前の橋は東大路の徳成橋である。平時の疏水について知らない人は、去年4月にこのサイトで、
同じ場所からの眺めを紹介しているので、見比べて頂ければ、その違いを了得頂けるであろう。水量や桜花の華やかさ等との違いは勿論だが、今回右護岸の一部が白化していること、即ちそこが補修されたということが判ることも面白いのではなかろうか。
平時とは異なる清流の趣水面に浮く鴨も、清流に遊ぶそれのようで、やはり平時とは大いに異なる風情を醸している。水が綺麗に見えるのは、水深が浅いことによるものだけではないように思われる。恐らくは、途中で流入する「白川」等の河川水や、谷水の混合比率が高い為ではなかろうか。
満水時の対容量割合判明眺めを西方に転じて現れた「夷川ダム」の船溜りもこの通り。水深は精々10数センチ程といったところであろうか。因みに、右手に見える護岸の明色部分が満水時に水があるところである。溢水位置までの約8分目までを占めるようである。こうしたことも、底が見えてこそ判ることであろう。去年紹介した
同所の写真とも見比べて頂くとまた面白いと思われる。
水底から現れた謎の河口跡と古式の石組み夷川ダムの船溜り北岸に露出した「旧河口」跡。河口とするより排水口と呼ぶべきものかもしれないが、流れの口であったことには違いあるまい。コンクリートを使わず、煉瓦で塞がれていることから、かなり古い時代のものとみられる。同様の煉瓦姿が残る夷川ダムの建造時辺りのものであろうか。そうだとすると、大正3(1914)年程まで遡れそうである。
また、この周囲の石組みも城郭のそれを思わせる古式が窺われて興味深い。船溜り全景写真の石組みがどちらかというと洋風なのに対し、和様が感じられるからである。ともかく、違う様式、年式らしき箇所は他にも見られたが、この辺りのものが一番古そうであった。
たかが、水路の減水、そして春暖の現れ程度といえども、色々と発見があって面白い。潤いがなくとも、花がなくとも楽しみはあるものである。
さて、間もなくこの疏水にも水が戻るであろう。花瀾漫と化す、本当の春の訪れである。
posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 11:57
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逍遥雑記