2018年01月31日

月蝕宴夜

2018年1月31日の皆既月食

今晩は、仕事で忙しく年末年始に会えなかった友人らと遅い新年会を行った。

こちらも月末で色々忙しかったため一度は他日を願ったが、何とかやりくりして可能となった。場所は市街の気さくなお好み店。久しぶりの彼らとの積もる話の花も咲き、閉店の11時半まで語り過ごしたのであった。

そして店を出て広々とした寺前の駐車場まで来ると、おぼろ夜空に銀月ひとつ――。

今日は満月の筈だが上部が欠けている……。そうであった、今日は皆既月蝕の日である。既に皆既食は終り、部分食となっていたが、皆で暫し夜空を見上げたのであった。

何やら遅い新年会への差入れというか、余興めいて有難い限り。皆さん、明日からもお気張りやす!

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2018年01月29日

疎水修岸

「哲学の道」沿いの疎水中の重機

夕方、外出の際に近所の「哲学の道」の小橋を渡ると、何やら違和感が。

道に沿う疎水分線内に重機が進入していたからである。傍を見れば護岸に作業の跡。どうやら工事中のようであった。折しも冬の水位低下で水も少なく、狭い場所故に重機を入れて作業し易くしているのであろうか。

普段目にしない「乗物」が水面に現れたので、かつて疎水が有していた舟運による交通の役割を思い起こさせてもらった。


上掲写真: 疎水分線内に仲良く並ぶショベルカーと運搬車。護岸工事で落ちた土砂等を浚うための待機であろうか。


「哲学の道」沿いの疎水の石積み工事
疎水分線での護岸工事

護岸工事は旧来の護岸の上部のみを補強・積み増ししているようである。石積み式での補修には賛成だが、少々雑な仕上がりに感じられた。

昔と違い今はコンクリで適当に留めれば出来上がるからであろうか。切石の向き・大きさを慎重に読み、丁寧に積まれた旧来のものとの違いは歴然である。

そういえば、開通当初からのものと見られる古い石積みも少なくなってきた。ここは京都有数の観光地であり、ゲンジボタルの貴重な生息地。

石に番号付けて管理するベニスまでとは言わないが、もう少し奮発してくださいな、京都市さん。

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2018年01月21日

寒夕掃墓

墓所お供えのピンクの薔薇と菊

大寒2日目の恒例墓参

二十四節気で冬の寒さが極まる頃とされる「大寒(だいかん)」。

期間的には、今年はそれが昨日1月20日から始まったので、今日はその2日目である。昔から変わらぬ設定通り、今日も寒さ感じる一日となった。

今日21日は、京都市街南部にある東寺の「初弘法(はつこうぼう)」。弘法大師空海の命日と月命日に合せて開かれる市で、命日に当たる今日は年始初回を兼ねた一際賑やかな開催となっていた。

後学習得も兼ね、骨董でも覗きに行くべきであったが、珍しく昼まで寝ることとなったため、叶わなかった。昨夜、久々に近所で独りで飲んでいると、他所で出来上がっていた友人らにつかまり、急遽別所で新年会となった。それが明け方まで続いた為である。

まあ、新しい友人との出会いもあり、楽しく過ごせたので何ら不満はない。ただ、恒例の墓参が夕方となってしまった。今日は母親の命日でもあった為である。

とまれ、時折小雨降る、時雨空(しぐれぞら)の下を渡り、墓所に出向いた。身を切るような寒水で墓を拭い、供え物の水を換え、香火(こうか)を添える。管理所でも寒さへの労いをもらったが、巡り来る毎度のことなので致し方あるまい。

そういえば、冬に限らず季節が極まる頃は物故が多いように見受けられるが、病床に弱った母も、正に星の運行・季の巡りに曳かれた観があった(時間的には月の運行・潮汐も)。母と同じく、まだ老境とは言い難い大師の今際(いまわ)も同様だったのであろうか……。


上掲写真: 寒中の墓所に供えられた色鮮やかな薔薇と菊。


冬の京都盆地の夕景
西山へ向かい急ぎ沈みゆく夕陽に染まる京都市街。花の写真に少々赤味があるのはこの為であった


墓地お供えのカーネーションや菊等
こちらはカーネーション等々。前者共々私が用意したものではないが……


墓参
市街中央に立つ京都タワー(中央)と時雨の夕空。後方に雨の幕が見える

様々呼び覚ます「寒の作用」

早くも母が去り20数年を経た。

もう随分前から、私にとってその存在は「残像」の如きものでしかなくなっているが、寒中こうして接していると、当時の様々なことが感覚的に呼び覚まされる気がする。

これも、極まった季節が人に成す、作用の一つなのであろうか。

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2018年01月14日

正月小雪

霊巌寺寺門背後の雪の大文字山

少量ながら初雪的趣

正月(松の内)の最終日を明日に控えた今日1月14日。

昨夜遅くから降り始めていた雪により、京都市街でも積雪がみられた。とはいえ、薄っすらと街を覆う程度のもので、朝も確かとなる頃には路上等は自ずと消失する有様であった。

市街での初雪及び積雪は、ちょうど一月前の去年12月14日にあったが、更に少ない積雪だったため、気分的には今日が初雪の趣であった。折角なので、出先から戻った昼前に、少し散策してみることにした。


上掲写真: 薄く雪を戴く甍背後の東山(大文字山・如意ケ嶽)。


少し雪が載る南天とその赤い実

散策といっても出向いたのは近所の東山山麓。「哲学の道」や山際の寺院を辿ったが、意外と人が多かった。週末なので元より観光客が多いのか。

静かな古寺庭にて「主流」への危惧思う

写真は、ある古寺境内の南天。タクシーで寺に乗り込んできた東京からの遊山中年女性らが「千両」か「万両」かと言い合っていたので、南天であることを告げると、肯定も否定もなく、うちの一人が不満げな顔に。

どうやら花卉業界の人間らしく、意地か面子があるのか、ついには「ヒイラギだ」とも言い始めた。その後、問い掛けもなかったので離れたが、どうして誰も根拠を訊ねないのか少々怪訝に感じた。

近くに植わっていた万両と千両について判断を控えたため、信用されなかったのかもしれないが、南天はうちにも生えており、以前の住まいや近所等を含め付き合いも長いので間違いはなかった。

訊いてくれれば「京都ではありふれた庭木・雑木であり、葉の形状や実の付き方、そしてここまで成長するのは南天しかありえない」と根拠を言え、当人らにとっても地元のことを知る学びとなった筈である。

静かな寺の裏庭で言い合う程の知識欲がありながら、実に信じがたい有様に感じられた。もし「花卉業界の人間」という権威が勝ったのなら、根拠もなく何でも信を置いてしまうのか。

当の本人が、当てずっぽうを繰り返しているにもかかわらず……。

この正月、実家に顔を出した際、ゴールデンタイムのテレビ番組のあまりの低俗さに驚かされたが、それに疑問を感じない「主流的大人」への危惧と似たものを感じさせられた。


雪が載る法然院本堂
雪載る古寺のムクリ屋根


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雪載る「万両」とその実。「千両」は葉がもっと黄緑というか多く繁り、その中に実の小群が散在している


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降雪に気づかされる美しさ、面白さ

さて、散策乗っけから、遺憾的所感となったが、その後は静かに冬風情を堪能できた。

やはり、降雪があると、その非日常化的効果により、普段見る自然や建物等の新たな美しさ、面白さに気づかされる。

先に紹介したムクリの屋根の美麗さもそうだが、この写真のように、寺の立札下の重しに載った雪により、そこにある獅子飾り等の彫刻に気づかされた。

獅子飾りは、玻璃か水晶製の玉眼(ぎょくがん)を持つ精巧なもので、工芸的良さと愛らしさの両方が感じられるものであった。後背の雲形肘木も良い。小品ながら、結構古いものかと思われた。

立札は、ある塔頭で行われていた茶会を知らせるもの。そういえば、初釜の時期であった。


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今日も大勢の参観者を呑み込む銀閣寺総門。軒下には大きく特殊な注連飾りがみられた。これも、屋根の雪が導いた発見

正月終了で1年の始動感じる

山際の古寺を巡り、賑やかな銀閣寺門前を下る。あとは哲学の道を中途まで辿り、散策を終えた。午後からは少し仕事を進める予定であった。

明日にて正月期間も終り。1年の始動たるものを感じる。毎日頗る寒いが、まあ、元気にいきましょう……。

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2018年01月01日

明治百五十年

平安神宮の大鳥居

維新から150年目の年頭

平成30年、2018年の始まり――。

昨年末は、残務により大晦日まで仕事となり、なんとか新年を迎えることが出来た。仕事があるのは有難いことだが、自分の要領の悪さや諸々の事情によるものなので、あくまでも一応、「なんとか」の年越しである。

まあ、そんな私的で小さなことはさておき、今年は「明治150年」という記念的な年でもあった。昨年の大政奉還150周年に比してあまり宣伝されていないように感じるが、個人的には非常な重みを感じる。

時代区分上、日本における「近代」が始まったとされる明治。そこから150年が経ったのである。この歳月をどう捉えるかは人それぞれであろうが、個人的には非常に短く思われた。乱暴な言い方が許されるなら、たかが50歳の人間3回分の時間である。

その間に起こったこと、変化したことを考えれば、途轍もない密度や規模を感じざるを得ない。これは日本に限らず、世界中に言えることでもあろう。つまり、人類にとっても、この150年は大変な重みがあるといえる。

それについて、もう少し綴りたいと思ったが、今日は静かにその歳月を偲びつつ、記念的年頭を過ごしたいと思う。


上掲写真: 元日の朝、京都市街東部は平安神宮に詣でた際の一写。神宮前に聳える大鳥居である。建造は神宮建立より遅い昭和3(1928)年。即ち、ちょうど90年前に、昭和天皇の即位大礼を記念して造られたものである。昭和天皇の即位とその後の激動期も明治150年のうちの出来事である。


元日午前の平安神宮境内
模造「応天門」門内に広がる平安神宮境内。平安神宮は平安遷都1100年を記念して明治28(1895)年に京都岡崎に建造された宮城型の神宮である。


参拝客で混みあう元日午前の平安神宮神殿(大極殿)
参拝者で賑わう平安神宮大極殿(外拝殿)前。例年、午後から更に人が多くなり、その前庭は順番待ちの人々で埋め尽くされるようになる。

過去を土台・教訓に良き未来願う

衆人の、願い集める初詣――。

ささやかな個人的希望を寄せる前向きで明るい動きであるが、来し方150年を思うと、平穏や健全を願わずにはいられない。

この150年を土台・教訓として、どうか良き未来が築けますよう。

最後となったが、皆さん今年もどうぞ宜しく……。

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