2019年04月21日

春季野営会告知

白川石の手水鉢に浮かぶ桜の花弁

今春の野営会は2次開催

京都近辺の桜も、はや殿(しんがり)の八重桜の時期に。見上げる山では新緑が日々色を深め、気候・景観共々、春本番を感じさせます。そして、黄金週間の到来――。

今年も、その活動適期に野営会を行います。いつもの通り、山中の現地で薪を集め沢水を汲む、野性味あふれるキャンプの集いです。貴重な機会ですので、希望の人は是非ご活用下さい。

なお、今回は要望により、ゴールデンウイーク期間中と5月後半の2次開催となります。詳細な日時は調整中ですので、参加希望の連絡を頂いた後、決定または通知します。


上掲写真 散りゆく桜、進みゆく春を集める手水(ちょうず)の水面。偶然か、誰かが入れたのか……。京都市左京区東山山麓にて4月16日撮影。

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2019年04月13日

洛東桜状

京都岡崎の琵琶湖疏水の桜と十石舟

遅れ馳せながらの桜紹介

漸く訪れた春、折角の花の時季ながら、このところ寒々しい雪山の写真ばかり紹介していた。先週で晴れて今季の雪山鍛錬も終了となったので、今日あたり罪滅ぼし的に近所の花の状況でも紹介したいと思う。

場所は、京都市街北寄りで賀茂川(鴨川)より東の地域。旧市街である洛中(洛陽)東の「洛東」と呼ばれる地で、現在は同市左京区南部と同東山区北部を巡った様子。今の桜の盛りは、遅咲きの枝垂桜であったが、一応、町桜の主役的な染井吉野に絞って紹介したい。

先発は、上掲の疏水の桜。平安神宮を中心とした文教地区「岡崎」の南を画する琵琶湖疏水沿岸の桜である。東方上手の蹴上・インクライン(舟積軌道)共々、名所として知られる場所で、この時期は桜下を進む観光用の十石舟も運航されている。

花は盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ健在。先日の強風と雨に因る壊滅も想われたが、意外と持ち堪えていた。やはり中途の寒さが影響したのであろうか。花の下ゆく十石舟の参観者も、さぞやご満悦であろう。


岡崎の琵琶湖疏水の桜と神宮道の赤い橋
同じく岡崎の疏水と桜。手前の桜なぞは満開に近い状態を保っている。奥の赤い橋は平安神宮の参道である神宮道の橋。多くの観光客の姿が見える


京都粟田の桜
岡崎から南下して三条通を越え東山区に入る。これは祇園北の粟田地区の桜。観光ルートから外れ、密かに花を広げる。これも盛りは過ぎた様子


知恩院三門前の桜
更に南下して知恩院前に。小樹ながら、三門両脇の桜が門幕等の飾り共々、春の華やぎを演出


円山公園の桜
そして知恩院南の祇園円山公園へ。知られた花見名所とあって人は多いが、花はかなり量を減らしている様子


京都白川の柳の新緑と輝く水面
次は喧噪の祇園を離れ、白川を北上。この辺りに桜は少ないが、乾燥した天候の所為か、柳の緑と水の色、川面の光が美麗であった


京都白川畔の桜
白川を北上し、また岡崎に接する辺りの桜。観光地至近に在りながら人通りが少ない川沿いの小道は、桜があってもなくてもお勧めの散策路。今回は桜も良く残り、特に素晴らしかった


京都白川畔の桜と光る川面
同じく白川畔の桜。逆光でのその姿も、また悪しからず


聖護院地区の琵琶湖疏水の桜と熊野橋
そして岡崎から疏水沿いを西に下り、聖護院(しょうごいん)辺りに。この辺りの桜も結構残存。奥の写真は熊野神社に繋がる「熊野橋」


夷川ダム舟溜まりの桜
同じく聖護院地区の夷川ダム旧舟溜まり角の桜。一際目につき、行き交う人の撮影を誘う


賀茂川荒神橋付近の桜
疏水沿いを西行し、やがて賀茂川に。その河畔の桜も盛りを過ぎながらも、意外と残っていた


ほぼ満開の賀茂川河畔の桜
賀茂河畔の桜。樹によれば、ほぼ満開のものもあった。川風の影響で開花の進展にムラが生じ易いのであろうか


荒神橋から見た、いつもより水が澄む賀茂川
荒神橋より眺めた賀茂川の水面。澄んだ水が青みを帯びて清々しい。光の加減か栄養度の所為か、普段とは異なる美麗さであった


桜がかなり散った賀茂川・出町柳の桜
賀茂河畔を北上して出町柳に至る。ここは学生等で賑わう地元の花見名所。ただ、他に先んじる条件の所為か、人の多さの割に花は少なかった


京都出町柳付近の高野川の桜
対して、東から賀茂川に合する高野川(たかのがわ)には多くの桜花が残存していた。これも、こちら側の冷涼等が影響したのであろうか


散り始める銀閣寺道の桜
最後はまた東に戻り、山手の疏水分線へ。蹴上から分かれて北行する疏水分流の河畔に続く、これまた著名の桜並木である。写真のここは銀閣寺参道下の所謂「銀閣寺道」交差点の桜。比較的早く開花する場所なので、既にかなり花を減じていたが、それでもまだ参観する価値は残っていた

賀茂川のあと一旦友人と会い、その後撮影が夕方になり空が曇ったので、画の雰囲気が変わったが、どうかご諒解を……。


銀閣寺道近くの疏水分線の満開の桜
疏水分線の桜。樹によれば満開に近いものもまだあった


哲学の道の桜と緑の下草
疏水分線を遡上し、東山山麓域に入る。所謂「哲学の道」である。そこの桜もまた盛りは過ぎていたが、写真の通り華やかは残っていた。また、他の花や草の緑も現れ、新たな春の装いを見せていた

ソメイはあと暫く枝垂はこれからか

これにて洛東の桜紹介は終了。明日はまとまった雨が降るので更に花は減じるであろうが、樹によれば今暫く楽しめそうである。また、先に記した通り、遅咲きの枝垂桜が盛りになるので、それにも期待できる。

皆さんも機会あれば、この時期のみの春景を是非お楽しみあれ……。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 逍遥雑記

2019年04月06日

清明探雪

能郷谷より見た雪残る能郷白山の一部「前山」

性懲りもなく……

4月に入り、気温も急上昇して桜もそろそろ満開に。そういえば、昨日は二十四節気の「清明(せいめい)」入りでもあった。

そんな春確実の、4月第一週末。性懲りもなく、また探雪の山行に出かけた。是非とも今季の鍛錬と装備試験の仕上げを行いたかったのである。

場所は奥美濃(岐阜県北部)の能郷山(のうごうさん)。所謂「能郷白山(権現山)」である。越前福井との県境に連なる越美山地(えつみさんち)の最高峰で、標高は1617m。かなりの遠方であったが、この時期、京都から車行・日帰りが叶う「冬山」は既にここぐらいとなっていた。

また、それらの事情とは別に、霊山を示す「白山」の名を持つ奥山として以前より興味を抱いていた、ということもあった。

一応、現地の状況を下調べしていたが、実際のところはわからない。果たして奥美濃の地に冬山登山が可能な雪峰が残っているのであろうか……。


上掲写真 木曽三川の一つ、揖斐川(いびがわ。上流部名称「根尾川」)源流域である能郷谷より能郷白山の一部(前山。標高約1510m)を見る。先月比良山脈南部に行った際、ホッケ山から見えた雪山である。神々しいその主峰はこの西奥(左)にあり、麓からは中々見ることが出来ない。


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雪解けの山間に霊峰現る

朝暗い内に起きて準備するも、車を借りに行くなどしたため、結局明るくなってからの出発となった。時間節約のため高速道で滋賀県を通過し、岐阜県内では様々な下道を経て、能郷谷への山間路を北上した。

途中、すっかり雪が消えた山間奥に、独り雪を戴く能郷山を見て驚く。白く発光するが如き神々しい姿で、只ならぬ存在感を放っていたからである。それは、正に太古から人に崇められるべき霊山としての姿であった。

時間的理由によりその撮影は叶わず、麓の能郷白山神社のみに立ち寄る。加賀白山を祀る、かの白山比刀iひめ)神社と同じく、能郷山共々泰澄上人が奈良時代に開いたものという。思えば、泰澄上人縁の山は、昔登った白山と去年登った日野山(ひのさん)に続く3つ目であった。

こうして先を急いだが、結局、現地開始時間は9時前となった。林道ゲート前は、既に登山者のものと見られる多くの車が停まって静まり返っており、否応なしに遅刻の気分にさせられる。

致し方あるまい。ここからの距離も高低差もかなりある、正に1日がかりの行程なので、無理をせず、進める所まで行くことにしよう。

写真は歩いて遡上した林道脇のブナ林。根の曲がり方からすると、厳冬期はこの辺りでもかなりの積雪があるかと思われた。因みに最初の写真も林道を歩き始めた頃のもの。山自体は疎か、登り口ですら遥か先であった。


能郷白山の登山口から続く見上げるばかりの急登道
登山口から続く見上げるばかりの急登の道

退屈な舗装林道を急ぎ、急登の登山路へ

所々自然林を観察したりもしたが、やはり舗装路歩きは退屈であった。しかも長く、結構な登りでもあった。更に、上流に行く程、恰も震災に遭ったかの如く路面が波打ち始め、歩行も難儀するようになった。

とはいえ、なるべく早めに進み、何とか標準時間の1時間は費やさずに登山口に到着。朝から気温が高いこともあり、水分を補給して山道に入った。

雪が失せてかなり日が経った印象の登山路は時にロープも渡されるような急登の連続であった。ここでも気温の高さが影響して疲労させられる。


能登谷から前山の雪渓下に続く作業路
能登谷から前山雪渓下に続く廃道

全身釘打ちの聖山

急斜で浮石の多い尾根道を登ると、何と林道に出た。標高は既に1000mを越えている。

前山の尾根中腹を切り、能登谷源流の雪渓下に続くその道は、恐らく治山治水用の作業路かと思われた。谷なかを見渡せば、至る所に親の仇の如く施された堰堤の連なりがあった。

土石流や雪崩から麓の集落を守るほか、日本有数の洪水頻発地である濃尾平野の護りとして重要なのは理解出来るが、何やら全身釘打ちされた聖山の姿を見た気がして、複雑な気にさせられた。

拉げたガードレールや路面から伸びた樹々、そして麓の荒れ具合を考慮すると、ここに車輌が登り来る日は最早無さそうにも思われたが、自然の大きさと共にそれに対する人の威力たるものを改めて知らされた気もした。

事前に調べた際、北裏の峠から主峰に至るルートに比して労多い能郷谷ルートを自然多き道として勧める意見を目にしていた。しかし、谷なかを進む段階からかなり違和感を感じていた。その原因が、正にこれであった。

確かに天然林等の自然は豊富にある。

だが、これほどの奥地にもかかわらず、谷の両側は疎か、方々に切られた作業路やそれに因る山肌の崩落等々、この地全てに影響を与える人の行為と意思を、強く感じざるを得なかったのである。


能郷白山の前山下のお迎えブナ
廃道を横切り、また尾根の急登をゆくと、やがて写真に見る通りの、一本立ちの大きなブナが現れた。幹に「お迎えブナ」との札が付けられた、道標的樹木のようである。そして、この上部辺りから雪が深くなった

麓からもブナの大樹は観察できたが、梢に赤みがあることが気になっていた。今それに接して判ったのは、その色は芽吹きによるものだった、ということ。未だ厳しい山上にも、確実に春が迫っていたのである。


能登谷西の稜線
やがて尾根の急登が終り、能登谷西の稜線に出た。標高は1150m、前山に続くものであり、残雪多い雑木の尾根であった。実はこの付近にて一時的体調不良を起こし、30分弱の時間ロスが発生


能郷白山の前山とそれに続く雪の尾根筋
稜線を登ると、笹多い道となり、前山(写真右奥側)とそれに続く尾根筋が見え始めた。雪深い急斜となり、ワカン(かんじき)とアイゼン(爪底)の装着を考えたが、先達らの足跡を参考にそのまま進むこととした。但し、下りは危険なため10本爪以上のアイゼンが必要である(付けずに下る足跡もあったが……)


前山から見た能郷白山山頂
そして前山着。標高は1500m程。漸く能郷白山の姿(中央奥)が現れた


まだ冬山風情の能郷白山横の前山の雪原
まだ冬山風情の前山の雪原

能郷山登頂決行

卓状に開けた前山の雪原に荷を置き、アイゼンの装着と水分補給を行う。気温は5度弱と高めだが、辺りは完全に冬山風情。ただ、風が強く、フードを被るなどして対策した。

時間は12時を過ぎていた。本来は午前中に到着するつもりであったが、雑木帯での停滞により叶わなかった。最新情報では、能郷山山頂まではあと1時間程らしいので、登頂を決行することとした。

なお、前山の手前辺りから下山する先達らとすれ違い始めた。装備や日程の関係か、それらの一行は、単独か二人連れのみであった。


前山・能郷山間の雪庇越しに見た磯倉の山頂

前山から能郷山への道は尾根渡りとなる。一旦下り、数十mの上下を繰り返して最後に200m程上昇する。雪庇も健在で、注意しながら進む。ワカンが必要な積雪量だが、踏み跡が確りしている為それを頼って使わず。

写真は、雪庇越しに見た磯倉の山頂(1541m)。鋭角の姿が美しく、山頂直下にはトレースも。能郷山山頂の南に連なる山で、時間的余裕がある人は立ち寄るらしいが、残念ながら私にはその余裕なし。


磯倉山頂と能郷山側面
磯倉右隣には雄大な能郷山本体も。その上端にも防波堤のような雪庇の連なりが見られた


能郷白山頂上への雪の急登
前山から続く稜線の最低鞍部を過ぎ、能郷山山頂直下に至る。見上げると、かなりの急登。先達の装備を参考にストックをピッケルに転換した


残雪の能郷白山と奥宮方向からトラバースして下る人
能郷山山頂への登りの途中、頂部から山肌をトラバース(巻き歩き)下降する人も見えた(中央左の稜線下の黒点)。あとで聞いたところ、昨年の台風で飛ばされたという能郷白山神社の奥宮を探した帰路とのこと


能郷白山山頂と標識
そして山頂着。時間は13時40分であった。雪は日射で緩んでいたためピッケルは必携ではなかったが試用出来て良かった。写真はビニールがかけられた山頂標識。この傍に一等三角点もある筈だが、完全に埋もれている


能郷白山山頂から見た荒島岳と白山
奥美濃最高峰の能郷山山頂からは周囲のあらゆる山々が見渡せた。この写真では、最も奥が白山(2702m)、その左手前が百名山の一つで越前大野の荒島岳(1523m)が収まる


能郷白山山頂から見た白山
荒島岳(左手前)と白山(中央奥)を望遠撮影にて。この他、木曽御嶽山(3067m)等も見えた


能郷白山山頂からの雪の下山路
能郷白山山頂からの下山路

風も穏やかな山頂にて暫し休み、14時に下山を始めた。日没には充分間に合うが、その後の車行も長いので、先行の人より先に進ませてもらった。


能郷から見た能郷白山(中央奥)と前山(右)
帰路の車道より振り返った能郷白山(中央奥)と前山(右)。太古から変わらぬこの厳粛な眺めが、いつまでも続くことを願いたい

下山。今季の鍛錬・試験終了

そして、あまり休まず歩き続けて17時前には車に戻った。やはり全区間相当の急斜で、下りとはいえ足腰が疲労した。また、最後の長い林道歩きも気分的に辛く感じられた。

とまれ、無事登頂することができ何より。雪も豊富で、装備の試験も叶った。遠路遥々訪れて良かった。これにて今季の鍛錬と試験は終了である。

ところで、この冬集中的に同様を行ったことに対し、方々から質問を受けていた。それへの答えは、自分の技能・体力の向上と、それを基にした他者への教導・救助対応の強化であった。

思えばここ10数年、初心者向けの山会の引率が多かったので、自分自身の成長が止まっていた。これを打開し、皆の為にもなるよう、一歩難易度が高い山行や装備研究等を始めたのである。また、家や街場に引き籠りがちとなる冬場の活動を模索する目的もあった。

これらは、あくまでも近場で無理せず行うためのもの。地元の良さを再発見するという各会の趣旨にも適っている。よって、今回のように時間や費用を惜しまずギリギリの行程で山を往復する余裕を欠く行動は本意ではない。あくまでも、時季を意識した個人的な訓練・学習の一環であった。

今のところ、これらの学習や試験がどんな企画に結実するかは未定だが、気長に楽しみにしてもらえれば幸いに思う。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会