2019年07月01日

悼惜無線親知

ステレオコンポの表示部に浮かぶ、佐藤弘樹氏担当番組「α-MORNING KYOTO(アルファモーニング京都)」とその放送局「FM-KYOTO,α-STATION(アルファステーション)」の周波数「89.4MHz」

当たり前の朝の突如終焉
身近な存在喪失の悲しみ


既に先月のこととなったが、先々週の月曜17日にある人の訃報を知った。

その人の名は、佐藤弘樹(さとう・ひろき)さん。地元京都のFM局「α-STATION(アルファステーション)」の朝の番組を長年担当してきた人で、FM京都の「朝の顔(声)」ともいえる存在であった。

京都及び近県に在住の人なら、低音ながら美しいその独特の声を一度は聞いたことがあるのではないだろうか。

佐藤氏が担当したのは、週末土日以外の毎日朝7時から同10時まで放送された「α-MORNING KYOTO(アルファモーニング京都)」という番組。大人を意識した新旧の軽音楽やジャズを流すことを主とし、合間にニュースや時事問題の解説等をコラム的に氏が語るという内容であった。

なかでも、氏の専門英語の講座「ワンポイントイングリッシュ」というコーナーは、わかりやすく、語学に感心のない人にも興味深い内容だったため人気を博していた。またその他のコーナーでも、読書家・努力家の氏の広い知識と、深い考察に支えられた興味深い語りが展開されていた。しかし、あくまでもその口調は軽妙であり、洒脱を感じさせるものであった。

テレビを捨てて久しい私は、そんな佐藤弘樹氏の番組の面白さに気づいた10年程前から愛聴していた。それは、正に番組の宣伝文句であった「毎日の朝刊代りにどうぞ」の言葉通り、ほぼ習慣化していたのである。

そんな当り前の朝の習慣は突如終ることとなった。5月22日から俄に氏が番組を病欠し、6月3日に急逝されたからである。享年62歳、まだまだ早い出立であった。局にそのことが知らされ番組で発表されたのは同17日の番組終了間際のこと。病欠が長引き心配していたが、その日流れた氏の担当宣伝の声が差し替えられたことに異変を感じ、それが的中することなった。

「ラジオの可能性」「言葉の力」証明

番組関係者や聴取者、そして「生涯DJ」を標榜していた氏自身が番組への復帰を願っていたが、無情にも叶わなくなった。只々、残念でならない――。面識のない人ながら、毎朝語りかけてくれた「身近な存在」が突如いなくなった喪失感は実に大きい。また、個人的にその見識や人柄に感じ入っていたことも、なおさらそれを深くさせた。

訃報発表後、番組には氏への哀悼と、私同様の喪失や悲しみを訴える声が連日数多(あまた)寄せられているという。

こうした、ラジオという場所で高められた氏の存在を惜しむ多くの声こそ、氏が生涯を通し求めた音声放送の可能性や言葉の力を証明したものと言えまいか。FM京都が開局して間もない頃から25年以上も続いたという佐藤氏の番組。悲しく、残念な結末となったが、個人的にはその一部でも聴かせてもらうことが出来て幸いであった。

押さず、飾らず、あくまでも謙虚で穏やかに――。

そして常に笑みを感じさせる口調とユーモアも交え語る――。ともかく良く出来た人であった。また大変美しい声を持つ人でもあった。そんな氏の番組は必然FM京都の看板番組となったが、逆に方々の期待が大きくなり、氏に無理をさせたのかもしれない。氏は各校での英語教師等の仕事もしつつ、土日以外は盆暮れ正月関係無しにマイクを前にしていたからである。

しかし、氏は毎日暗い内から準備するその生活への愚痴を言わず、常に快活を保ち、心底楽しんでおられるように感じられた。それは、正に水を得た魚、天職に興じる人の姿そのものであった。

「最後までマイクの前に」
大業成し、本望遂ぐか


実は、去年か一昨年のある日、氏の異変に気づいた。それは、ある朝氏の声が僅かに歪んでいることを察知したことである。初めは音響機器の不調を疑ったが、諸々との比較により、やがてそれが間違いないことを確信した。そして、本人による多量・長年の喫煙をあっさりやめたとの告白――。そのため今年4月にリフレッシュ等の名目で2週間の初休暇をとられた時は、手術等の止まれぬ健康事情があったのではないかと感じていた。

亡くなられてから公表された死因は、やはり肺癌。当然氏も病状はご存じで、そのことは公にせず「最後までマイクの前に」という方針で日々臨まれていたという。私も親を癌で亡くし、友人父君の肺癌苦難等でその難儀を知っているが、氏は少々の気掛かりを感じさせたくらいで、最後まで平常を貫かれた。

正にプロフェッショナル、準公人としての鑑であり、このことを以ても、実に偉大な人であった。それらを思うと、早くに亡くなられたが、大きな仕事を成し、本望を遂げられたようにも思われた。

とまれ、その死が悔やまれてならない。同じく声が低いことにより、よく声真似などしていた浅薄無礼な一聴取者ながら、ここに生前頂いたものへの御礼と哀悼を表したいと思う。


有徳の人、佐藤弘樹師
無線以ちて平成の世に
斯く語りき、斯く戦えり――


どうぞ、安らかに……。


上掲写真 私が無線(電波)越しに日々DJ佐藤弘樹氏と接していた、ステレオコンポの表示部に浮かぶ、氏の担当番組「α-MORNING KYOTO」と、その放送局「FM-KYOTO,α-STATION」の周波数「89.4MHz」。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 逍遥雑記