2022年09月27日

続駒嶽独錬行

甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上にある七丈小屋のテント場東空に現れた早朝の朝焼け

残念ながら最終日に

甲斐駒ヶ岳独錬行2日目。

今日は標高2400mの野営地を早朝に出て山頂を往復し、その後、天幕等を片付け、麓駐車場まで下山して帰京する予定であった。

本来は山中で2泊してゆっくり高山風情を味わいたかったが、野営地と水場及び厠の距離が遠く険しくて居づらく、また、今晩から天候悪化が予想されため、残念ながら撤収することした。

前夜は20時頃から寝る態勢に入ったが、想定外の気温の高さ等により深夜まで寝られなかった。そして予定の4時半に起床し、炊飯して朝食を摂るなどの準備を始めた。

高地の秋の早朝なのに全く寒くないという不可思議な状況の天幕外には、早くも写真の如き朝焼けが現れ始めていた。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上にある七丈小屋テント場の東空に現れた雲海上のご来光
そして出発前の5時37分には、押し寄せる雲海の彼方にご来光が昇ってきた


朝日に赤らむ、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根七丈小屋テント場上の林

野営地(標高2400m)〜八合目御来迎場(同2680m、積算距離約8.0km)

確り足下が明るくなり、最早ライトが不要な頃を見計らって山頂に出発。登山路周囲の山林は写真のように朝日を受けて夕景のような色合い・風情であった。

因みに野営地から2組程先に出たようだが、私は未知のルートは夜歩かないようにしている。況してここは修験の道。憚られる思いもあった。


朝日に赤らむ甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上部
朝日に赤らむ黒戸尾根上部。野営地と山頂の高低差は約567mで、未だ山頂は見えない


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根七合目付近の足下に現れた古い石材
進む路傍には昨日同様に石碑・石仏が現れ、足下にもこのように埋もれた古い石材が現れた。ヘリや重機がなかった時代、背負子・草鞋履きでここまで背負ってきたのか……。古人の、恐るべき信仰の力を感じる


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上部の七合目辺りからみた秩父山地方面の雲海や朝日
ひらすら尾根道を登ると、同じく朝日も高度を上げる。昨日同様、今朝も寒くはなく、暑ささえ予想されたため、始めから上着無しで進むも、全く問題なし。風もないため、相当条件が良いのであろう


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根八合目にある御来迎場と鳥居跡の2本の石柱
そして出発30分程して八合目の「御来迎場」という場所に到達。標高は約2680m、山上を目の前にした聖地で、石碑等の設置があった。左右長さの違う2本の石柱は元鳥居だったらしく、近年倒壊したらしい


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上部にある、剣2本が刺された烏帽子岩

八合目御来迎場(標高2680m)〜甲斐駒山頂(同22967m、積算距離約8.8km)

御来迎場で小休止して先へ進む。山頂は未だ見えないが、山頂近くにある有名な剣2本が頂部に刺された烏帽子岩が見えてきた(写真中央)。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根八合目付近の岩場鎖場
8合目付近から樹々は減り岩場が多くなってきた。この様な鎖場も幾つか現れたが、足場が付けられており、その高さも低いため難儀は感じなかった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根八合目上にある岩間の崖道
野営地から山頂までで最も険しかったのは、この岩間の登りか。ただ、特段難しかったり、怖い場所ではなかった。天気や季節が違うと別だろうが


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根9合目付近から見た2本剣ある烏帽子岩た彼方の鳳凰三山、そしてその背後の富士山
そして、いよいよ2本剣も見下ろす位置に達する。鳳凰三山越しに富士山が覗くこの景は、以前から甲斐駒の象徴のように多くの媒体で紹介されている。現れた風景に対する気持ちが似通うのか。ただ、珍しくはないとはいえ苦労して黒戸尾根を登らないと撮れない、価値ある一写・眺めではある


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根9合目付近から見えた山頂とその上に立つ祠
また、遂に山頂も見え始めた。山上に立つ駒ヶ岳社の祠が目印である。荒々しい印象に反して、意外と緑が多く、繊細な雰囲気に見受けられた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根最上部付近の小頂上に林立する石碑や石造の駒ヶ岳神社本宮
更に進むと、大国主命等の石柱(中央左)が林立し、石造りの小社殿がある駒ヶ岳神社本宮(中央右下)脇を通過


青空の甲斐駒ヶ岳山頂に立つ祠

独占の甲斐駒山頂

そして山頂着。野営地を出て1時間半弱であった。標準時間は2時間半なので、ゆっくり来た割りに早く着いた。やはり重荷がないのが効いたか。

写真は扉に草鞋が奉納された山頂祠。因みに登山口からここまでの総距離は約8.8km、その高低差は約2200mに及んだ。正に、日本三大急登に相応しい量感である。


甲斐駒ヶ岳山頂とその標識
一先ず祠前で跪拝後、その裏へまわると山頂標識があった。先程1人先客がいたが、下ったようなので独占状態に。著名な山にしては中々珍しい。まだ7時過ぎなので七丈小屋以外から来るには早いのか。とまれ、先ずは小三脚を出して証拠の自分撮りを行い、その後四囲の記録撮影を行った


甲斐駒ヶ岳山頂からみた、朝日に輝く鳳凰三山越しの富士山
甲斐駒ヶ岳山頂から見た富士山。手前の鳳凰三山より高い場所に来たので、その全容が窺えた。それにしても美麗な山容である。やはり、これほど均整のとれた山は他にあるまい。唯一無二の、本邦一の麗峰である


甲斐駒山頂から見えた、南方は北岳等の南アルプス中心方面
こちらは同じく甲斐駒山頂から見えた、南方は南アルプス中心方面。北岳(最高標高3193m)等の3000m超の鋭い高峰が見える


甲斐駒山頂から見えた、西南の仙丈ケ岳
こちらも同じく甲斐駒山頂から見えた、西南の仙丈ケ岳(標高3032m)。当初、甲斐駒との間にある鞍部・北沢峠付近に野営して登ろうとしていた山である。「南アルプスの女王」と呼ばれ、圏谷や高山植物で著名の人気高峰らしいが、今回の黒戸尾根経由だと遠いため、またの楽しみとした


甲斐駒山頂から見えた、北東の雲海に浮く八ヶ岳連峰
こちらは甲斐駒山頂北東の雲海に浮く八ヶ岳連峰。右寄りの鋭い高峰が最高峰の赤岳(標高2899m)。遠いと思って一度も行ったことがないが、小淵沢を挟んだ甲斐駒対面に当るので、今回同様の車行で登れそうである


甲斐駒山頂から見えた、東北東の雲海に浮く秩父山地
こちらは甲斐駒山頂の東北東に見えた、雲に浮く艦船の如き秩父山地(最高標高2601m)


甲斐駒山頂から見えた、北西の雲海に浮く北アルプス
こちらも甲斐駒山頂の北西に見えた、雲に浮く北アルプス。お馴染みの人気山域「槍穂高(最高標高3190m)」辺りである


甲斐駒山頂から見えた、北西の雲海に浮く乗鞍岳
これは北アルプス(飛騨山脈)南にある乗鞍山塊(標高3026m)


甲斐駒山頂から見えた、西方の木曽山脈とその彼方の御嶽山
こちらは甲斐駒山頂の西方に見えた、木曽山脈北端部とその向こうに浮かぶ御嶽山(標高3067m)


右上に甲斐駒ヶ岳山頂の祠が望める真新しい石造の駒ヶ岳神社本宮

山頂直下での長山話
野営地帰還そして下山へ


甲斐駒ヶ岳山頂での参拝・撮影後直ちに下山開始。

しかし山頂直下付近の分岐にいた先客女子に話しかけられて思わぬ山話に。私が辿った黒戸尾根とは逆の北沢峠の小屋を夜中出て、一番乗りで来たらしい。初心者というのに独り闇夜を進み来るとは中々の達者である。

眼下の副峰・摩利支天を眺めながら話が弾み、結果、吹き曝しのザレ場(花崗岩砂場)に1時間程居ることに。まあ、元々山頂で予定していた長休みを省き、あとは下山するのみだったので特に問題はなし。

そして、同じく今から登山口に下るという彼女と別れ、分岐裏にある駒ヶ岳社本宮に参って下山した。写真の通り本宮は真新しい立派な石造で、風を避けられ、右上に山頂祠が望める位置にあった。近年再建されたのか。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上にある七丈小屋テント場からみたガスで遮られた眺望

甲斐駒社本宮からは元来た道を一気に下り、1時間弱で野営地に帰着。すると、写真の如く、周囲にガスが生じて眺望がなくなる怪しい雰囲気となっていた。予報より天候悪化が早まったのか……。

野営地で急ぎ天幕の撤収と荷造りを行うが、上手く進まず。主な原因は、背嚢に入れるタイプの水袋(サーバー)の収納順序であった。

下りとはいえ、比較的高気温のなか、重荷で長大な険路を進まねばならぬため、ある程度の水を用意する必要がある。その為には七丈小屋の水場まで下り、そこで補給後に改めて荷詰めを完了させなければならない、という二度手間が生じたのである。

サーバーは収納後は楽だが、途中で補給する場合、他の荷を出して入れ直し、その後、各部を再調整するという面倒が生じるのであった。結局、1時間近く費やした10時半前に、完了・出発出来た。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根にある梯子場の崖道
下りでは当然登ってきた難所も下る。この様にそこを上から見ると、その険しさが良く解る。やはり荒天前に通過することにしたのは正解であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上の標高2250m付近の小頂裏に立つ「開力霊神」石碑

甲斐駒信仰の象徴?

写真は下山路の黒戸尾根・屏風の頭(標高2250m)付近にあった「開力霊神」と彫られた石碑。

五合目小屋跡後方の岩山上部にあることから、「険難を越え霊力を得る」という、修験的超人思想を表したものか。駒ヶ岳信仰・黒戸尾根登拝を象徴するような古碑である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上の急な下り坂登山路
とまれ、ひたすら下りに下る。こうして斜度大きい険路を見下ろしつつ下ると、自身が如何に高い場所まで登っていたのかが、登坂時より良く解る


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の出発地である竹宇駒ヶ岳神社の社殿とその脇を通る参道兼登山道
時折重荷を降ろして小休止しつつ、延々たる急下降を進み、漸く麓の竹宇(ちくう)駒ヶ岳神社まで下りきった。社殿脇のこの小道を進み神前に無事を報じる。一先ず、一安堵……


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山口でもある尾白川渓谷駐車場

数十年来の雄姿再会経て帰京

そして程なく出発地で登山口の写真の駐車場に帰着した。時間はちょうど15時なので、4時間半の下り行であった。平日夕方というのに来た時より車が増えているのは、渓谷観光のためか……。

しかし、山での緊張は解けたが、まだ5時間以上かかる京都までの長い車行が残っていた。慌てず慎重に帰り支度を進め、駐車場を後にした。


小淵沢インター付近から見えた曇天中の甲斐駒ヶ岳の威容

楽しみしていた帰路小淵沢から見る甲斐駒との数十年来の再会は天候悪化で諦めていたが、意外にも曇天中にその姿を現していた(写真中央)。麓での買物後インターに向かう途中でそれを確認し、暫し車を停め眺めた。

山頂左から麓に下る今回の登山路・黒戸尾根はあれで、今朝まで天幕を張っていたのは山頂下急斜の途中辺りか――、等々を考えながら……。

その後、高速に入り、やがて暗くなった帰路を休息を挟みつつ進む。途中、幾度かの土砂降りや工事渋滞に難儀するも、無事、21時半頃、帰京することが出来たのである。


「駒嶽独錬行」1日目の記事はこちら

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2022年09月26日

駒嶽独錬行

黒戸尾根の登り返し付近からみた甲斐駒ヶ岳山頂に続く高嶺

「特別気になる」存在へ

今年もはや9月に。

さすがに猛暑の暑さは一段落したものの、夏の暑さは続いており、その間を縫うように台風とその影響による風雨が続いた。

そんな9月下旬の今日、我が国中央高地の1万尺(標高3000m前後)高峰を目指す、恒例の独錬山行に出掛けた。行先は信州長野と甲州山梨の境に聳える駒ヶ岳(2967m)。所謂「甲斐駒ヶ岳」である。

その昔、独り旅の途中で下車した、麓の小淵沢からみた雪峰輝くその威容に感心して以来、ずっと気になっていた山であった。

そのため、今日は伊吹山孝霊山日野山等と同じく、その姿を見て「気になっていた山」探査の一環ともなった。なかでも、甲斐駒は個人的に初めて高山と、その厳しさを意識させられた山で、特別な存在であった。


上掲写真 長大な急坂で知られる甲斐駒ヶ岳の主要登山路・黒戸尾根上からみた甲斐駒頂上方面。登山路は最奥の峰に続くが、標高2150m程のここからはまだ頂上は見えない。それは、未だ遥かに遠く、高所にあった。


シルバーウイーク明けで車の少ない、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの起点・登山口の尾白川渓谷駐車場

麓の小淵沢には前夜21時過ぎに到着。真っ暗な駐車場には連休最終日の所為か数台の車しかなく、今朝少し増えたが写真の如き空きぶりであった。

この時季、北アルプスの駐車場なら平日でも混雑するが、やはり日本三大急登の一つとされる厳しいルートのため、人気がないのか。

私も当初は山裏の北沢峠(標高2032m)を拠点に、駒ヶ岳と峠反対側の仙丈ケ岳(同3033m)を1日ずつ登る比較的楽な行程を組んでいたが、記念すべき南アルプス初入山であり、嘗て感銘を受けた側で古くからの登拝路であることから、この厳しくも興味深い長大坂での甲斐駒往復に変更した。


尾白川渓谷駐車場の隅に開く、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山口

登山口(標高約770m)〜笹ノ平分岐(同1470m、距離約2.85km)

甲信を結ぶ高原回廊のまち・小淵沢らしく、駐車場は標高770mの高所にあったが、前夜から温暖であった。そのためか、車中では短時間しか寝られず、出発の6時を迎えた。

先行者は3組程で、中には日帰りとみられる夜明け前出発も。登山口は駐車場隅の写真の場所で、計画書投函箱等の備えがあった。


甲斐駒ヶ岳登山口と竹宇駒ヶ岳神社を結ぶ土道
登山口からは暫く土道が続き……


甲斐駒ヶ岳の麓にあり、駒ヶ岳信仰の拠点の一つ竹宇駒ヶ岳神社
程なくして駒ヶ岳信仰の拠点の一つ、駒ヶ岳神社境内に入り、入山の参拝を行う。道なりに参拝出来、その後は社殿横からそのまま登山路を進めるという、至便な社である。竹宇(ちくう)という集落の里宮なので、「竹宇駒ヶ岳神社」と呼ばれることもあるらしい


甲斐駒ヶ岳の麓、竹宇駒ヶ岳神社の傍にある吊り橋
駒ヶ岳社境内に接する吊り橋。近年補修された観があるが、一度に渡れるのは5人までという制限があった。実際、渡ると独りでも良く揺れる。とまれ、ここが実質的な登山口か


甲斐駒ヶ岳の麓の吊り橋下を流れる尾白川の清流
吊り橋下には名水百選に指定されているという、尾白川(おじろがわ)の流れがあった。夜明け直後で暗く解り辛いが、確かに花崗岩を洗い下る水は清冽であった。この渓谷は清涼飲料水のCMにも使われた名勝らしい


甲斐駒ヶ岳の麓の尾白川渓谷からすぐに始まる急登の登山道
そして、吊り橋を渡ってすぐに、急斜の山肌につづらで続く急登が、いきなり始まる


栗多い甲斐駒ヶ岳の巻道登山道
高低差200m程の急斜を登ったあとは、このような巻道に。地形図によると、ここから黒戸尾根の稜線に向かうようである。本来は初めから尾根上を進む方が効率が良いので、後世付け替えられたのか。植生は里山風情で、立派な栗の木が多く、その実が方々に散っている。その数は膨大で、人独りの年間必要熱量なぞ簡単に賄えそうであった。基本野栗だが、なかには売り物同様の大物もあったため、「野営地で栗ご飯に」とも思ったが、先が長いので観るだけに止める。時折、近くにイガや硬い実が落下してくるので要注意。また、熊などの獣にも注意が必要な場所にも思われた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の稜線上に現れた、人為的に掘り切られた古い道跡
黒戸尾根の稜線に達すると、尾根の頂部を割るように続く人為的な道と遭遇した。所により深さ5m程も掘り込んだ箇所もあり、公的な土木工事が想像された。極力つづらで登るように造られているため、古い牛馬道や荷車道の可能性が高い。このルートは外部との交通に適さないので、林業か鉱業用であろうか。登山路は時にそれを辿りつつ、また時に外れて続いてた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山路脇の古い祠
そして、駒ヶ岳信仰関連のものとみられる古い祠も現れた。掘込道横の登山路脇にあったので、やはり堀込道が近世後期の登拝流行とは無関係に造られた可能性が窺われ、また、それより古いものである可能性も浮上した


ブナやクマザサ等が生える、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの標高1500m付近の森
標高1500m近くに達すると、このように植生が変わり、冷涼または高所の景観となった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の樹間から見えた頂上方面
尾根上のルートとはいえ樹林のため周囲の眺望は無し。ただ、時折樹間からこのように頂上方面が見えた。未だ、遥か彼方・高所である。しかし、木陰の所為で、陽射しの害は避けられた。山中・早朝にもかかわらず、15度以上の気温があり、直射が加われば暑さで参る恐れがあった為である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道上にある、竹宇と横手両駒ヶ岳神社の参道が合わさる笹ノ平分岐
そして、8時前に横手集落にあるもう一つの駒ヶ岳神社から伸びる参道との交点・笹ノ平分岐を通過。その名の通り傾斜が緩やかで笹が多い森である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道脇に現れた注連縄が張られた龍神石碑

笹ノ平分岐(標高約1470m)〜刃渡り(同1960m、積算距離約4.95km)

写真は笹ノ平分岐を過ぎた駒ヶ岳登山路兼参道脇に現れた石碑。龍神を祀ったもので、注連縄が張られた神道系の信仰設備である。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道脇に現れた、嘉永三年の紀年がある石像
こちらも道端に現れた石像。その姿から佛教系の吉祥天等かと思われたが、前者の龍神碑と併せて、神仏習合の度合いが濃い、古の山岳信仰を実感させられた。因みに石像には嘉永三年(1850年)の紀年が。それは、彼のペリー来航3年前の江戸後期の年号で、日本が一気に近代という新気圏に突入するために生じた大摩擦「幕末動乱」直前の時期であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の標高1900m弱の地点の、苔ある庭園の様な森
そして標高1800mを超えると、この様に苔多い庭園回遊路的道となった。それにつれ、森の姿はより寒冷地らしい植生となった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の名所「刃渡り」
程なく標高2000mを超えると、黒戸尾根道の名物的存在である「刃渡り」が現れた。鋭角の岩尾根上を通る難所だが、場所自体の幅があり、手がかり・足がかりも確りしているため、特に難儀や恐怖は感じなかった。とはいえ、縁下に落ちれば只では済まない場所なので、注意すべきと思われた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道に現れた急斜に付けられた梯子桟道

刃渡り(標高約1960m)〜五合目小屋跡(同2130m、積算距離約6.55km)

少々拍子抜けとなった刃渡りを通過して間もなく、これまた有名な桟道が現れた。

急崖に横づけされた梯子の巻き道である。写真では大した難所には見えないが、右側が奈落となっている危険箇所である。山側(左)に渡されたロープを掴みつつ慎重に通過。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道に現れた急斜に付けられた梯子桟道下の急崖
梯子桟道より急崖下を覗く。これまた樹々の所為で然程危険な場所に見えないが、実際にはこうしてカメラ向けるのも緊張するような斜面であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の黒戸山手前の梯子道
横に移動したあとは縦に上る。難しい場所ではないが、油断禁物の崖道


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の黒戸山手前に現れた刀利天の祠
少々緊張した崖道上の尾根上には、刀利天(とうりてん)が祀られた祠があった。この世ではないが浄土でもないというその存在は、険難を超えた山上にありながら、未だ頂ではないという、浄土教的信仰を物語るものか。そういえば、山頂に祀られている大己貴命(おおむちのみこと)の本地佛は、浄土への救済者・阿弥陀如来であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の黒戸山の巻道の先の下り
刀利天からまた険しい尾根道を登り、やがて森なかの長い巻道に出る。その後、道はこの様に急に下降を始めた。折角標高2200mを超えたのに、また100m程減ってしまったのである


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート上に現れた五合目小屋跡の鞍部と祠ある岩山
そして下った先にはこの様な平坦鞍部があった。左側の斜面には昔投棄されたとみられるゴミが散乱している。五合目小屋跡と呼ばれる、嘗て山小屋があった場所であった。駐車場からここまでの距離は6.5km、時間は5時間半を消費。比較的体調は良かったが、標高2000mを過ぎた頃から背嚢の重さによる疲れで動きが鈍っていたので、ここで若干長めの休息とった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡向こうの岩山横に現れた梯子場

五合目小屋跡(標高約2130m)〜七丈小屋(同2360m、積算距離約7.25km)

道は小屋跡鞍部向こうの岩山で途絶したように感じたが、岩下の祠右横に何やら白木の構築物が見えたので行くと、このような梯子場があった。

強力な登り返しの始まりである。疲れた身に堪えるが、進むしかない。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山横の危険な梯子場
上部から覗いた岩山横の梯子場。これも樹々と影で判り辛いが、梯子下段下は奈落になっており、二本梁の柵を越えて落ちると、まず助からない急崖であった。柵は事故の影響か、最近取り付けられたような観があった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山横の鎖場や梯子場
急な梯子を登っても、また鎖場や梯子ある急な岩場が連続する


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山上に続く登山路兼参詣路
そして油断ならぬ岩場を越え、岩山頂部に続く道をゆく。重荷の疲労で極端に速度が落ち、幾度か小休止を繰り返しながら、である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡と七丈小屋間にある鞍部と梯子橋
岩山頂部の道は暫くすると下り始め、また鞍部が現れた。そこには、切れ込みの深さ故か、写真の様な梯子橋が架けられていた。これが微妙に怖い


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡と七丈小屋間にある梯子橋とその下
梯子橋の真下は然程高さはなく、左に張られたロープを掴めば難なく通過できるが、何かの拍子で落ちそうな危険を感じる場所であった。因みに、私もこの写真を撮ろうとして均衡を崩しかけるという危うい目をみた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある梯子場の急崖
そして、また下ったので、当然登り返しが待っており、それもまた急峻であった。この様に梯子場等の急崖の登りが続く


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある急崖上の危うい桟道
また、崩れれば一巻の終わりであろう、こんな桟道も出現。よくこんな場所に取り付けられたものだと感心しつつ、下を見ないようにして通過


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある急崖上の鎖場
そして極めつけに、こんな鎖&ロープ場が現れた。岩に付けられた窪みに足を乗せつつ攀じ登る。その距離は短いが、途中横に移動する箇所があり、右足を置く足場に気づかず少々難儀した。しかし、事前に調べたが、こんなに危険個所が現れるとは思わなかった。10時過ぎから下りの人達とすれ違い始めたが、甲帽(メット)装着の人が少なからずいたことに納得がいった。荒天時は通りたくない場所であり、また子供も適さないルートだと思った。個人的には、彼の剱早月の道より危なく感じられた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋(第一小屋)
険難の次はまた山上の道に出る。とにかく荷が辛いので、道際の石上にそれを預けるようにして座り休んだ。位置的に本日最後の休みかと思い出発すると、すぐに今日の進出点で野営地でもある七丈小屋の三角屋根が現れた。少々拍子抜けするも、安堵。時はちょうど13時なので、出発から7時間経っていた。一応、標準所要時間内に収まったが、最後の1/4で失速したことは不満であった。この夏は天候が悪く、そして猛暑続きのため殆ど鍛錬が出来なかったからか。または荷が重すぎるのか……


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のトイレ

七丈小屋(標高約2360m)〜野営地(同2400m、積算距離約7.4km)

尾根脇の僅かな空隙に埋め込まれるように建つ七丈小屋で野営の手続きを済ませる。

小屋前で掛け流されている冷たい飲用水や厠が使い放題なのは有り難い。ただ、野営指定地が小屋から5分程離れた場所にあるという。崖上に張り出すこの厠棟に寄りつつ、早速上手のそこを目指す。

厠は崖下の黄色いタンクに屎尿を集め、ヘリで麓まで運ぶようだが、道しか平地がないここで、どうやって発着しているのであろうか。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋の第二小屋建屋とテント場及び山頂へと続く登山道の梯子
厠の傍には七丈小屋の別棟・第二小屋があった。片流れの屋根と赤い壁が特徴的な建屋で、比較的新しい建築に見えた。そして、小屋裏にある右の梯子は、野営地及び駒ヶ岳山頂への登山路であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋の第二小屋前のデッキ向こうにのぞく送水管らしき設備
第二小屋前のテラス向こうには森なかを通す送水管らしき設備が観察出来た(中央右)。やはり、剱の早月小屋同様、尾根上に水源がないため近くの谷から引いているようである。大変な労力である。しかし、有難い限り


誰もいない、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場

標高2400m、未だ夏風情の野営地

さて、第二小屋裏の梯子を上って野営地への尾根道を進むが、これが意外と険しい。

というか、結構な登りで坂で、道上を横切る樹に頭をぶつけたりもする。サンダル履きや、鍋に水を入れ片手通行するのは難しいだろう。

そして、到着した標高2400mの野営地は写真の通り誰もおらず。連休明けの今日は人が少ないらしいので、好きな場所に設営してもよい、ということだったので、好みの場所を選ばせてもらった。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場から見えた、鳳凰三山越しの富士山
重荷を下ろし、天幕を張って寛ぐ。正午過ぎには小屋近くまで達し、道も険しかったため延期した昼食も遅ればせながら摂る。尾根脇に造られ、向かいに高山を臨むのは剱早月とそっくりな立地。向かいの鳳凰三山脇にはこの様に富士山の姿も比較的近くに見えた。遥々山梨まで来たことを実感


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの山小屋・七丈小屋のテント場からみた9月末ながら紅葉が殆どない山肌
しかし、標高2400mの高地に達しながらも、未だに暑い。設営場所も日向を避けたくらいである。周囲の山々を見回しても紅葉は殆どみられぬ、未だ夏山の風情であった。北アルプスなら今時分、麓から紅葉が始まっている筈。やはり「南」アルプスである分、季節の進みが遅いのか


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場からみた星空や甲府市街の街灯り
標高2400mのテント場からみた星空と甲府市街の街灯り

昼食後、周囲を少し散策しつつ撮影したり、横になり休んだりして過ごす。やがて夕方となり、18時過ぎに夕食を摂り、明朝の登頂に備え20時までには就寝態勢に入った。

すっかり暗くなった天幕外には、好天の所為か、天の川が見えるほどの星空が。気温はさすがに下がったが、それでも全く寒からず、山の夏宵ともいえる陽気であった。


「駒嶽独錬行」2日目の記事はこちら

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会

2022年09月13日

猛暑晩泳

滋賀県琵琶湖西岸近江舞子の雄松浜の渚

今季最後の猛暑日(?)に

今日は平日火曜ながら、ひとときの避暑に出た。今年初の湖水浴である。

暦は、早くも秋初旬の9月半ば。しかし途方もない暑さが、ここ京都市街でも続いていた。本来ならもっと早くに行いたかったが、夏の案件等の関係で動き難く、盛夏8月を超えたこの日となった。

実は、仕事的にはまだ少々キリが悪かったが、予報を見ると今日辺りが最後の猛暑日となりそうだったので、急遽振替出動したのである。


上掲写真 このサイトの湖会(うみかい)記事ではお馴染みの、隣県滋賀は琵琶湖西岸にある雄松浜(近江舞子)の美麗な汀(みぎわ)。先月で遊泳場営業を終えたが、少数ながら家族連れ等の水浴客の姿が見られた。


近江舞子雄松浜のみぎわで、沖島を見ながら琵琶湖の湖水に足を浸して涼む
朝遅くに家を出たので途中が暑かったが、無事到着して湖水に浸る。現地の気温自体が、京都よりかなり低く、空調不要の状況だったが、暑さが蓄積した身の冷却には有効であり、心地よかった。しかし、水の微温さに、湖自体への今季の只ならぬ暑さの蓄積も感じられた


近江舞子水泳場の際を突っ走るプレジャーボート

やはり現る騒々しき面々

人は少なく、しかも季節外れの平日ながら、写真のごとく、やはりプレジャーボート(水上遊艇)が現れた。

一応航行禁止帯(ブイ列)の外を走っているが、突っ走るエンジン音と、大音で垂れ流す音楽がうるさい。しかも、曲がプリンセスプリンセスの夏歌という80年代歌謡で、中高年の所業が疑われ、苦笑させられる(不覚にも、自分も「YES MY LOVE」等を口ずさみ、恥じ入るが。笑)。


女子2人をナンパして沖にでる水上バイクと、知らぬ素振りの滋賀県警警備艇

その後、右手(南)沖合に多数の水上バイクが現れ、縦横無尽の暴走騒音も発生。すると、どこからか、滋賀県警の警備艇が現れ、それらは散り失せた。

だが、禁止帯を越え、浜に着岸した1艘の水上バイクが、先程浜に現れた2人組の女子を乗せて沖に進発。写真はそのバイク(左)とそれに接近する警備艇(右)。すれ違いざまにバイク操手が手を挙げて合図したが、特にお咎め無しのようであった。

ん?

それでいいのか?小さい子供もいる湖岸に侵入し、出会ったばかりの女子を密室的な沖に連れていこうとするのに。近年ひき逃げ事件や沖でのわいせつ事件等で騒ぎになっていたのではないのか。多大な経費をかけて警邏しているのだから、せめて資格・安全確認の臨検くらいすべきだろう。

それにしても、浜で長く説得されたようだが、こんなに多くの事件・事故の危険が報じられているのに、女子2人も簡単に知らぬ輩の後席に乗ってしまうのか……。

その後、2時間程沖にいたり暴走に付き合わせられたりして、水浴に来た殆どの時間をとられてしまったようである。果たして、2人共それを望み、納得出来たのであろうか。


琵琶湖湖岸で女を物色する水上バイクの中年男
また、堂々と水泳場内に入り込み、人の近くで走行する悪質な輩も現れた。しかも、その後、低速で湖岸を並走して浜に目を凝らしている。恐らくは女を物色しているのであろう。その様な連中が夕方幾艘も現れた

ここで小生の飲み達、源さん登場。

「いい歳したおっさん共が、気持ちわりぃんだよっ!」(笑)。


プレジャーボートの曳き波で抉られる近江舞子・雄松浜
折角避暑に来たのに、人の少なさの所為で良からぬことに目がついてしまう。そのついで指摘するが、白砂青松の名勝地・雄松浜の湖岸が、この様にかつてないほど抉られ酷いことになっている。この様な光景はこれまで見たことがない。恐らくは、自然の湖波より格段に強く引っ切りなしに起こされる水上バイクを含むプレジャーボートらの曳き波の所為であろう

ここでも源さん登場。

「おい滋賀県!、騒音・安全どころか、湖自体も破壊されてるじゃねぇか!なんとかしやがれ!!」(笑。同感)。


蓬莱付近でみた琵琶湖特有の桃色の夕景

最後の水浴と共に猛暑の夏も……

否定的な記述が多くなったが、これも現況報告・問題喚起のため。個人的には日没近くまで泳いだりして、避暑水浴を味わうことは出来た。あとは暗闇に囲まれる前に山越えして帰るのみ、である。

写真は、特有の淡色の夕景が現れ始めた琵琶湖水面や上方の空。もう少し待つと更に良い桃色になるのだろうが……。帰路の蓬莱駅付近にて。


比良山脈にかかる晩夏の雲
湖岸より振り返ると比良の稜線に綿塊の如き雲がかかっていた。湖岸共々、夏の終りらしい眺め。そして、間もなく日没。恐らくは、今季最初で最後となる私の湖水浴と共に、猛暑の夏も終るのか……

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 湖会