2022年10月30日

比良紅葉検行

比良山脈主峰・武奈ヶ岳山頂直下の広尾根の道と、彼方に広がる京都府側の丹波高地

近山の紅葉如何

10月も明日で終りの日曜今朝。

隣県滋賀西部の比良山脈に、紅葉具合の検分と鍛錬兼ねて短時独行した。登ったのは、山脈中、紅葉進度が最も早い、最高峰の武奈ヶ岳(ぶながたけ。標高1214m)。


上掲写真 比良山脈主峰・武奈ヶ岳山頂直下の広尾根の道と、彼方に広がる京都府側・丹波高地の山々。


10月末で未だ紅葉していない、武奈ヶ岳登山口の比良西麓葛川坊村・明王院境内

登行前の後悔?

比良山上の紅葉盛期は例年11月初旬だが、その頃に武奈ヶ岳に登ると冬枯れが多く、少々不満だった。よって、今回少し早めに来たが、通り道の大原・叡山等を含め、麓には紅葉の気配は乏しかった。

少々早まったか……。

そんな気もして後悔し始めたが、仕方なく登ることにした。写真は登山口の比良西麓・葛川坊村(かつらがわ・ぼうむら)集落にある密教寺院・明王院境内(標高310m強)。これを見ても夏山と変わらない様子がわかる。


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの標高690m地点の、まだ紅葉が進まない天然林
乗っけから急登の道を30分程上った標高690mの天然林でも、この様子


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの標高900m地点の天然林の紅黄葉
だが、登山口から1時間弱、標高900mまで上がると、美麗な紅葉が現れた。ただ、盛りにはもう少々足りないようにも思われた


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの御殿山手前尾根の紅葉
更に登山路を進み、途中通過する御殿山(標高1097m)の手前ではかなり進んだ具合に


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの御殿山北からみた、武奈ヶ岳山頂や標高1100m以上の天然林を彩る紅黄葉
やがて御殿山を過ぎ、現れた武奈ヶ岳山頂(左峰の奥側)及びその周辺の標高1100m以上の天然林は、この様な状況に


比良山脈・武奈ヶ岳山頂からみた、同山脈コヤマノ岳周辺の紅黄葉
武奈ヶ岳山頂から見たコヤマノ岳(標高1181m)周辺の天然林黄葉

意外な山頂

そして山頂着。麓の状況から期待していなかったが、意外にも紅葉(ブナが主なので黄葉か)具合は写真の通り、盛りといえるものであった。

しかし、それでも既に葉の落ちた冬枯れも目立った。恐らくは落葉の時期が早い種があるのか。まあ少々のことは致し方あるまい。

さて、比較的遅くに登り始めたが、休憩せずに1時間40分程で登ってきたため、ちょうど昼時となった。大勢の人で賑わう山頂の縁にて軽食を摂り、また一気に下山したのである。


比良山脈西麓・安曇川水系葛川沿いのススキや紅葉
比良山脈西麓・安曇川水系葛川沿いのススキや紅葉。帰路にて

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2022年10月23日

丹後勝地行

京都府北部の大江山8合目・鬼嶽稲荷神社からみた日の出前の空と雲海

未明より話題の景へ

今朝珍しく3時半に起きて4時から外出。

自動車に同乗して向かったのは京都府北部の丹後大江山(今は大半が丹波側福知山市)。暗い京都市街から高速に入って北上し、更に下道から山間のつづら道をひたに上って着いたのが、標高650mの同山八合目であった。

明るみ始めた森なかの車道終端にある鬼嶽稲荷神社(おにたけいなり)前の路端には、なんと、整理係の人に誘導されて駐車する多くの車が。そして神社前の少し開けた場所には既に多くの人影があった。

神社前で転回し、車列後方に停車して広場に向かうと、写真の如き、山麓に押し寄せる雲海が……。そう、今朝は誘われて昨今府北で話題の、この雲海を観に来たのであった。

時は6時前。出発時間的に危惧したが、何とか6時10分頃の日の出にも間に合ったのである。


京都府北部の大江山8合目・鬼嶽稲荷神社からみた雲海上に現れた日の出
そして暫くして東の雲上から太陽が上ってきた。鬼嶽社前の展望所で待ち構えていた人達も一斉に撮影に集中


朝日に赤らむ、京都府北部の大江山8合目・鬼嶽稲荷神社横のブナの大木等の原生林
朝日を浴びて赤らむ、大江山八合目付近のブナの大木や天然林。そう、大江山はブナの原生林でも著名な場所であった。その黄葉は始まったばかりに見受けられた


西舞鶴、五老ヶ岳山上からみた建部山向こうの雲海や大江山

大江山での雲海とご来光観賞後、車行約40km(直線20km)東方の、西舞鶴湾を一望する五老ヶ岳(標高300m)山上へ移動。

写真は、そこからみた雲海(中央左から中央)。中央の台形の小山・建部山(旧軍港防御用の陸戦砲台)右奥にあるのが大江山である。

雲海は、この建部山と大江山の間を流れる府北の主要河川・由良川の影響により発生するといい、その流域に雲海が広がっているのである。


京都府北部・宮津の国分寺遺跡と阿蘇海対岸に続く天橋立

幻の古代丹後国府探索

五老ヶ岳での展望の後、車行約30km西北の宮津に移動して運転者の関係先で休ませもらい、その後港で昼食を摂り、宮津の名勝・天橋立を訪ねた。

ここで用がある運転者と一旦別れ、独りで橋立を初横断する予定だったが、その前に以前から気になっていた丹後国府推定地を巡ることにした。

写真は様々な記録や発掘により判明している、国府と同じ古代律令時代に造られた国分寺跡地。内海の阿蘇海対岸に連なるのが、天橋立である。

国分寺や国分尼寺は、古代令制国の中心地・国府に近い場所に造られることが多かったため、失われた国府跡を推定するには重要な存在であった。

恐らく、丹後国府も、この寺同様、内海を見下ろすこの丘陵続きに存在したと思われる。


京都府北部・宮津市中野集落を貫通する古代官道を踏襲したと思われる旧道と人為的切岸
その後、国分寺遺跡下の丘陵縁に続く、集落を縫う古道を東行。恐らくは古代官道を踏襲した前近代幹線跡だと思われる。後代の整形はあろうが、左山手の切岸が続く様にも、以前探査した関ヶ原付近の官道跡と似ている。実はこの付近は国府を意味する「府中」の地名を持っており、切岸上一帯が丹後国府の有力推定地となっている


京都府北部・宮津市中野集落の古道辻に立つ土蔵と成相寺参道「本坂」の町石等の石碑
国分寺下古道を更に進むと土蔵ある辻が現れた。傍らの古い碑(いしぶみ)には、背後の山上にある成相寺(なりあいじ)の主参道「本坂」の始点であることが記されていた。西国札所で著名な同寺へは現在国分寺背後から上る車道が一般的だが、前近代はここが主路だったようである。実は車を降りる前に成相寺まで上がってみたが、車でも急で遠い山上にあったので、必ず古い短絡参道がある筈と話していたが、奇しくもそれを証せた


京都府北部・宮津市中野地区にある府中小学校
国分寺下の古道はやがて学校用地に突き当たり終った。学校の名は府中小学校。国府関連地名を冠した学校である。衛星画像の地目・境界分析から、官道は本坂の辻手前から学校裏の古道に繋がっていたと思われた。恐らくは江戸幕府の方針や宮津藩の有事対策のために近世初期に遠見遮断化されたのであろう。本坂の町石も江戸初期の寛永年間に設置されたという


京都府北部・宮津市府中地区にある丹後一宮・元伊勢籠神社
古道端から、開放された小学校校庭を抜け海際の国道を東へ進むと元伊勢籠(この)神社門前に到達。丹後一宮に当るこの社も、国府と関連深い存在である。鳥居左山上に見えるのはケーブルカー施設で、所謂「橋立の股覗き」をする場所への交通であった。橋立東北端に近いため、籠社付近も観光地的雰囲気で、賑やか。しかし、結局国府関連の案内はなく、地表の痕跡は見られなかった。まだ発掘が進んでおらず、あくまで推定の域を脱していないからか。今後の調査進展に期待したい


元伊勢籠神社付近の浜からみた天橋立とその北東端

橋立初渡り

籠社前で国道を渡り、土産物街を抜けると、写真の如く橋立北東端が見えてきた。これから歩いてその西南端を目指す。

天橋立は昔ドライブ途中に寄ったことがあるが、駅近くの西南端を少し歩いただけで、渡ったことがなかった。そのため、今回初めて端から端までを歩き渡ることとなった。


京都府北部・宮津市の天橋立上に続く松並木と道
車止めがある橋立の入口を過ぎると、松並木のある未舗装の一本道が続く。面白いのが、特別名勝の天然の砂州道ながら、125t以下の2輪や軽車輌の通行が許されていたこと


京都府北部・宮津市の天橋立東縁の砂浜
天橋立の東縁・外海側には美麗な砂浜が広がり続く。道々にやたら厠が多く現れたのを怪訝に感じたが、思えばここは夏に水泳場となるのであった。珍しい、「使える」名勝・三景の一つか


京都府北部・宮津市の天橋立西縁の護岸と阿蘇海及び対岸の国分寺・国府推定地
対して橋立の西縁・内海側は護岸となっており浜はなかった。波も荒く、常識的想像とは異なる景色である。偏西風や山の吹きおろしの影響か。説明板によると、約2000年前に今と似た形となった橋立は、比較的深い海中に立つ壁の如き存在だという。これも、実に意外のことであった。この「特殊」が、基本不安定な砂州である橋立を、恒久的名勝とさせたのか


京都府北部・宮津市の天橋立上にある磯清水
橋立南部の最も幅が広い場所に現れた天橋立神社の磯清水。海に囲まれた砂州上ながら、甘い真水が樋から流れ出ていた。名水百選に指定されているが、何故か汲む人・立ち寄る人がおらず、人気がない。まあ、全長3km以上あり、大半の人が貸自転車を使用しているので、気づきにくいのか


京都府北部・宮津市の天橋立西南端の廻旋橋

文殊堂の賑わい最後に

北東端から歩き始めて30分以上、漸く南西端の文珠水路に架かる写真の廻旋橋が見えてきた。文殊堂で有名な智恩寺や駅に近いため、徒歩の遊山客も格段に増えてきた。

その後、智恩寺境内を通り、天橋立駅で待つ運転者と合流し宮津を後にした。橋立初渡り及び、今回の丹後観覧の終了である。そして、夕方、無事京都市街に帰着したのであった。

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2022年10月14日

北陸族会

永平寺唐門(勅使門)と苔むした参道

急参加の親族会翌日

昨晩から急遽福井入り。従姉等に誘われ、伯母宅を秘密訪問する、という催しの為であった。伯母宅の訪問や首都圏の従姉と会うのは、コロナ禍突入以来の実に3年振り以上のことである。

進めるべき仕事があったが急に決めたのは、伯母が高齢のため。また、自身を含め、いとこ達もそこそこの年齢に達していたので、貴重な集合機会を重視したのであった。

とまれ、突然の来訪に、伯母が驚きつつ喜んでくれたのは何より。

そして、久々の再会翌日の今日は当地の従姉の運転で、近くの名古刹・永平寺を訪ねた。写真はその顔的存在である唐門(勅使門)。

菊紋が並び付く皇族や住持用の貴賓門で、普段は開かず、また接近も叶わないが、気品あるその建屋と苔むした参道が目を惹く。


人も疎らな平日午前の永平寺門前
週末ながら平日とあって、永平寺門前もこの通りの空き具合。先日、コロナ関連の水際対策が緩和され、早京都に海外客が数多訪問し始めたが、地方のここはまだ暫く静かそうである


中雀門から見た永平寺山門
上方の中雀門(ちゅうじゃくもん)から見た永平寺山門(正門)。江戸中期建造ながら唐朝様式を伝える貴重な楼閣大門。下階に少々増え始めた参観者が見えるが、それでも人の少なさを感じさせた。コロナ禍以前に訪れた際は、人波を避けて撮影するのが難しいくらいであった

無事参観終え夜宴に

午後から増え始めた人と入れ替わるように参観を終え、寺を後に。すっかり足が悪くなった伯母が何とか階段多い諸殿を巡れたのは幸いであった。

その後、従姉等が門前街で人気の洋菓子を購入したあと、永平寺蕎麦店で遅めの昼食を摂り、伯母宅に帰還。家での休息後、夕食と共にまた皆で宴席となり、楽しく一日を終えたのであった。

関東の従姉共々、私も翌日離福・帰宅となったのである。

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2022年10月09日

続2022秋私野営会

滋賀湖南アルプスの野営地の天幕に守られた焚火式竈や薪

予報覆らぬも

私的野営会2日目。

昨晩、空が晴れ渡り十三夜の満月観賞が叶ったが、朝にはまた曇り空と化していた。しかもそれは、昨日より重い、如何にも危うげな姿であった。

やはり、予報は覆ることなく、午後早くに雨が降りそうである――。

さて、そんな天候下、夜露や想定外に早まる雨を警戒し、写真の通り竃に天幕を張り備えたが、高さがある為か、はたまた風の所為か、竃内もある程度の湿気に晒され、朝本格的に火が熾るのに少々時間がかかった。

これも、下り坂の天候故か……。

その後、朝食を食し、また午後には昼食を摂って早めの片付けに。撤収後半に雨が降り始めたが、濡れると厄介なテントはその前に片付けたので、問題なし。そして、無事本降り前に下山し、帰路に就けたのであった。


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2022年10月08日

2022秋私野営会

天幕に覆われた焚火式の竃(炉)や薪が用意された野営会恒例の調理場

「私」付野営開かれる

秋行楽時の三連休。

いつもなら恒例の秋季野営会(やえいかい)の時期であるが、今年は幹事の「休息したい」との申し出から休止とした。



それなら、どうして表題画像がいつもの竃周辺のものになっているのか。しかも、多量の薪や露除けの天幕まであって用意万端ではないか……。

実は、いつものような予告・声掛けは無しで、今日、私的・臨時的に実行したのである。それは、以前から野営をしてみたい、との申し出があった、初心者のための非公式的開催であった。

よって、今回は表題に「私」の字を入れたのである。もし告知等を待っていた人があれば、ご諒解を。ただ、元来自主性を重んじる会なので、希望する人は連絡が無くとも能動的・積極的に申し出てもらいたい。


焚火式の竃(炉)にかけられた、やかんや鍋等々

今回の三連休も前回・前々回同様に晴天予報はなかった。この前日も終日かなりの降雨があり、今朝まで小雨が残っていた程であった。

ただ、中日の今日は貴重な曇り日で、明日午後からまた雨が降り始める予報だったので、その合間を狙った開催となった。故に、比較的早い時間に野営地入りするなどして、その機会の有効活用に努めた。

今日は雨こそなかったが、終始曇りの怪しい空模様。ただ、気温は丁度良く、いつもの様に強力な陽射しや地面の照り返しがなく、快適であった。

写真は夜の竃の様子。さすがに夜は気温が落ちたが、それでも比較的温暖で、過ごし易い焚火夜となった。


滋賀湖南アルプスの野営地上空に現れた十三夜の満月
今日は十三夜の満月日。天候具合から当初その観賞を諦めていたが、なんと、夜になると空が晴れ渡り始め、奇跡的に観ることが出来た


2022年秋私野営会2日目はこちら

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