2024年11月30日
錦秋催事(其二)
特殊催事2日目
主催者ではないが、企画立案し、展示解説にも参加する、一風変わった伝統的古建築内での催事2日目。
京都市街東部にある会場に朝から入り、開場の用意をする。基本的な設営は初日に終っているので、建具を開けたり接待用の湯を沸かしたりとの、短時及び軽作業で、身心的にも余裕あるものであった。
今回の催事は京都市街における絶好の紅葉時期と重なり、しかも今日も朝から天気が良く、崩れる予報もなかった。これも、「良かった、よかった」の安堵である。
上掲写真 催事会場の接待室とした茶室天窓から覗く美麗の紅黄葉。
これは、お客さん側からは見えない、催事場の「水屋」内部。我々応対者の裏方拠点であり、茶室で薄茶接待を担当する先生の準備場でもある。右奥には、同じ規模で広がる、昼食や着替え等用の控室兼物置間が覗く
「お客さんに本物を触れてもらう」という趣旨の出展品でもある、李朝三島手皿(みしまで。朝鮮王朝期の技法・様式のこと)と、その上に載る今回催事の主菓子(上生菓子)で、京都の老舗菓舗作の羊羹。季節を意識した限定品で、毎朝主催さんが入館前に店に取りにいくもの。数に限りがあるので、当った人は幸運(?)か
催事会場の展示主室前広縁。朝は寒かったが、昼間は晩秋とは思えぬ穏やかな日が射し、庭の紅葉見物にも最適であった。そんな陽気のせいか、今日も午前中から盛況であった。因みに今日の差入れ賄い食は、昨日に続き主催さんのお母さん作の焼売であった。これもまた美味で嬉しい限り
2024年11月29日
錦秋催事(其一)
初の試みに安堵
今日は半年以上前から準備してきた催事の初日。
朝から京都市街東部にある会場に赴き、設営等の準備を行う。ここにきて京都も漸く冷えてきたが、その分、紅葉も美麗なので、特に悪しからず。
そして、昼過ぎまでの準備が終り、無事開場。企画立案は私が主導したが、今までのような画廊作品展ではない、古建築での蒐集品展示という初の試みだったので、何とか安堵することができた。
これも主催者さんの努力の賜物。展示品の選定や配置はお任せしていたが、経験がないため少々心配していた。しかし、見事、期待以上の出来映えで応えて頂いたのである。
良かった、よかった。あとは招待のお客さんを迎えるばかり……。
上掲写真 京都市街某所で開かれた伝統建築を利用した催事会場の庭。ちょうど紅葉が美麗な時期に当り素晴らしい開幕祝となった。庭も参観可能なので、我々開催側だけでなく、お客さんにも喜んでもらえるであろう。
さて、開場すぐは人が来なかったが、暫くすると多くのお客さんが現れた。そして、初日から、平日ながらの盛況に――。これも、嬉しい限り。
ただ、会場誘導や展示品解説等の任に就いていたので忙しくなった。よって、控室での昼食は交代でとることにした。
写真はその昼食であり、賄い食。大陸から駆けつけてくれた主催さんのお母さんが主催さん宅で作り届けてくれた、出来立ての和え麺である。主にお祝い用に食される「撈麺」と呼ばれるもので、豪勢で美味しかった。
これも実に嬉しい限り。さあ、これから三日の会期を頑張って乗り切ろう!
2024年11月28日
漸始錦秋
師走直前
市街紅葉期入り
あまりの暑さとその余波で今年はもう無いようにも思われた紅葉が、ここ京都市街でも漸く始まった。
気づけば、もう師走12月目前。実はまだ気温は平年より高めなのだが、それでも季節の変化が感じられることに安堵させられた。
折角なので、休息時にさっと巡った名所の紅葉具合を、少々紹介したい。
上掲写真 南禅寺某塔頭の土塀から覗く、色づく楓。
先ずは天下の名所・永観堂。今月中旬辺りからちょいちょい覗いていたが、漸く赤味が卓越した感じ。平日なので人は少なめだが、庭園内は多く、門前にも団体客の列があった
同じく永観堂。塀越しに庭園内の紅葉が覗くが、全て赤い訳ではなかった。今週末辺りから寒気が強まるらしいので、最盛期はそれ以降か
こちらは永観堂隣の南禅寺。例年色づきが早い境内端の楓紅葉。黄味が混じるが、これはこれで美しい
これも同じく南禅寺。三門前の紅葉で、これも黄味混じりだが、更にそれが強く、始まって程ない観があった。内外の観光客が多い
これも南禅寺で、表題画像と同一の楓。個人的な観察では、南禅寺山内で最も早く色づく樹であった。こうしてみると、各所華やかに色づいてはいるが、ここ京都市街東部では、まだ色づきの初期といえようか
錦秋の催事に備え
さて、紅葉とは別に、昨夜製した関守石(せきもりいし)も記念撮影。明日からの催事で使うもので、室内用に材料を工夫して作ってみた。
なお、関守石とは庭園の小径や建屋口等に置く通行停止の標石である。石は近所の山で借りてきた白川石。一応、天下の銘石とされるもの。
石の個性に合わせ棕櫚縄の掛け方を変えたので、完成品自体にも強い個性が出た。恰も、女雛と男雛、右大臣と左大臣のような風情である。
前の玉杯は、これらの石と山中で特別な出会いを果たしたので、水を献じたため。明日からの催事が上手くいきますように、との想いも。
2024年11月09日
雲取奇遇
秋晴れの代替休日
月末の催事に向け忙しくなる頃だが、仕事を進めるための返答が来ない。また、今日は晴れで明日は曇り予報だったので、今日の作業を明日に替え、軽い鍛錬がてら、近山の紅葉具合でも視察することにした。
向かったのは京都北山。京盆地北縁奥に広がる山々で、丹波高地とも呼ばれる標高1000mに届かない場所だが、日本海気候の影響を受ける北陸的場所なので、そろそろ色づいているとみた。
果たして、その結果や如何に……。
上掲写真 京都北山・雲取山の北にある、眺望良き雲取北峰(標高約915m)山頂上の秋晴れを飛ぶ航空機と飛行機雲。
車輌で貴船奥の芹生集落を越え、嵐山の水景で知られる大堰川(桂川)の上流・灰屋川の源流域に着く。そこから林道を辿り付近の最高峰・雲取山(標高911m)を目指すが、珍しく林業作業(伐採)が行われていた関係で重機による凹凸や泥濘ある路面状態であった。ただ、台風倒木等の障害も撤去されており、また休みの所為か作業との干渉もなく比較的早く進めた
林道が終り、純粋な山道に入る。「道」とはいえ、人通りが殆どない場所なので、獣道程度か、それすらない谷筋を進む。平成末の台風被害のあと更に荒れ、近々通行が難しくなりそうなので注意すべきルートである。標高は750mを超えている筈だが、頭上の樹々はまだ緑であった
更に無人の谷を詰めると、漸く色づいた樹々が現れた。標高は850m辺りか
雲取山上
そして雲取山山頂着。ここの紅葉具合は写真の通り。風の強い場所なので、既に散ったものも見受けられた。
時は丁度正午頃だったが、眺望もなく、3名の別路先着者がいた雲取山頂では休まず、その北にある北峰まで進む。そして、辿り着いたその山頂はこの通り。当然ここも吹きさらしなので、紅葉具合の参考にはし難いか……
雲取北峰山頂からの見た、北方手前の地蔵杉山(右向こうの三角の杉山。標高899m)等の丹波高地及び彼方の比良山脈(最奥の稜線)。年に何度もないような温暖で素晴らしい天気なので、疲労はないがここで軽食休息に。奥の天然林は無論、手前の立体感ある北山杉の緑が美しい
上掲写真左奥を望遠拡大。先週、琵琶湖側から登行視察した比良山脈最高峰・武奈ヶ岳(標高1214m。中央)方面を見る。先週より赤味が進んだ気もするが、まだ足りないか……
こちらは、同じく上掲写真右奥を望遠拡大。比良第3位の高所・蓬莱山(右奥。標高1174m)と、その手前の北山最高峰・皆子山(みなこやま。中央奥一つ手前やや左の天然林頂。標高971m)で、武奈ヶ岳辺りと同様に見えるが、これから紅葉が進むのか、これで終るのかは判らず
色づく二ノ谷道
誰もいない雲取北峰頂での昼食を終え、下山に。帰りは雲取山頂まで戻り、そこからは別路の二ノ谷道に下った。すると、山頂近くの明るい灌木の林を過ぎたあと、写真の様な美麗の紅葉林が現れた。
二ノ谷道の紅葉林。結局ここが今日一番の色づきとなった。ただ、楓の枝先だけ赤く、他は黄いろかったので、まだ始まったばかりかもしれない
二ノ谷道の紅葉林を抜け、下降を続ける。途中、某大学小屋前に数多集う現役生やOBらと挨拶を交わしながら。彼らが租借しているからか、珍しく林道が無く、天然林が多い、昔の北山風情残す貴重な二ノ谷に入り、進む
両生類調査女子が見せてくれた成体のヒダサンショウウオ
貴重な天然林谷での奇遇
高度が下がり、また青葉多い森と化した二ノ谷を進む。すると、前方から地を叩く派手な音が……。
見れば、谷なかの樹々の合間で明るい髪色をした小柄かつ、うら若き女子独りが、何やら工具で斜面を掘っている。道沿いのため近づくと挨拶されたので落とし物か何かかと問えば、両生類の生態調査をしているという。
なんと、珍しい……。
小屋関係の学生さんかと訊くと、京都の大学出だが小屋の学校とは無関係で、既に社会人であるとも言う。これはただの登山者より断然興味深く、為になるので、自分も在野の文科研究者だと自己紹介をして更に話す。
なんでも、ここらの両生類には2種の越冬型があり、今時分はその両方が地中に居るため調査に適しているという。また、環境が良いこの山域も調査に適うらしい。なるほど、時期的な良さと、二ノ谷の自然が役立ったか。
邪魔を詫び、後学の礼を述べ、また沢筋を進むと、後方で女子が大きな声を上げ、走り、追いかけてきた。何か忘れ物でもしたかと、こちらも急ぎ戻って沢上で出会うと、なんと彼女の手のなかに動くものが……。
「いました、いました!」と興奮気味に掌を開き見せてくれたのは、まさに地中にいた両生類であった。それは、山椒魚の一種、ヒダサンショウウオらしく、絶滅危惧種ではないが、日本固有種とのことであった。
山椒魚といえばオオサンショウウオしか知らなかったので、他種が身近にいるとは知らなかった。また彼女は、それとは異なり、この種はこれ以上大きくならないことや、外来種との交雑はないことなども教えてくれた。
その後一度別れるが、今度は私が再度戻り、思いついた希望を伝える。それは、ここが貴重な場所であることや、こうした場所の破壊を目撃したら声をあげて欲しいとのお願いであった。以前遭遇した安祥寺山破壊の実例を挙げて。彼女は国有林が公儀に破壊されたことを驚いて聞いてくれた。
その後、再度の邪魔を詫び、沢を下った。二ノ谷の入口で、彼女の仲間らしき女子らと灰屋川を挟んでの挨拶を交わしつつ……。
憂鬱払う存在に感謝
奥山での不意の出会いながら、濃密な時間が過ごせた。これも山、または人生の醍醐味か。そして、稀少な快晴と良き出会いに、いつしか気分が晴れたことに気づき、それまでの鬱々とした感情の原因に思い至った。
それは米国の元大統領の再選である。連日見聞きさせられていた口汚く屁理屈だらけの言動の主が、まさかの勝利を得たことであった。物価高に喘ぐ庶民の切なる想いの表出ともいえる結果ではあるが、どこか短絡的現世利益に世界が呑まれたような気がして、暗澹たる気分にさせられていた。
しかし、今日こんな山奥で、何の利もなく足労し、休みを潰して土まみれになりながら、小さな生き物のため、自身の志のために人知れず活動する若者たちの存在を知ることができた。それだけでも、この世は生きる価値があると思わされ、救われた気分にさせられたのである。
実は、当初こんな貴重な快晴日に、人けのない山に入ることを少々躊躇していた。しかし、予想外の出会いを得た。まさに、世の中捨てたものではないことを、馴染みの奥山にて、奇しくも実感させられたのである。
真摯で可憐な探究者たちに感謝!
駐車場所に下り、その後通過した芹生集落。標高620mのここも秋晴れに包まれるが、錦秋の到来はまだ先か
北山南部の紅葉は山上近くで始まるか
最後になったが、京都北山南部の紅葉は、その最高所近くの標高800m以上の場所で始まったばかりといえそうか。