2025年09月30日

改登探勝(下)

平湯の野営場の樹間から覗く笠ヶ岳

秋の奥飛騨行最終日

北アルプス登山中止による代替飛騨観光3日目。

即ち最終日で、今日午前から帰途に就く予定であった。本来登山を実施していれば予備日となる日である。

昨晩泊った野営場は夜半から気温が下がり、最低8度程を記録した。暖房器具が必要な程の気温で、小屋泊ながら少なからぬ寒さを覚えた。

本来泊る予定だった高山稜線上の野営場なら氷点下の寒さだったかもしれない。昼はまだ夏の暑さだったので、その極端に少々驚かされた。

また、昨晩再び雨が降ったが、未明頃に満天の星が見えるようになっていたことにも、極端を感じさせられた。そして今朝、写真の如く、野営場の樹間から雲のない高地の峰が現れた。

本来登る筈だった北アルプスの名峰・笠ヶ岳(標高2898m)である。最終日にして漸くのお目見えであった。


奥飛騨温泉郷の平湯野営場より望遠撮影した、晴空に聳える笠ヶ岳
奥飛騨温泉・平湯より見た笠ヶ岳(望遠撮影)。雲一つない素晴らしい姿だが、まだ夏山的に感じられた。本来ならあの右肩に野営し、昨朝右稜線を縦走していた筈で残念だが、今は仕方なし。またの機会、楽しみとしょう


野営場での焚火調理準備
今朝も折角なので焚火での調理を行う。前夜、石とシートで炉台を覆い、雨対策したお蔭で、比較的早く点火することが出来た


平湯で焚火調理したソーセージやスクランブルエッグ、スープ等の朝食
焚火で調理した今朝の食事は、山之村の牧場の腸詰や炒り卵等を挟んだパンや夕食の残りのスープ等であった。今回は登山が中止となったお蔭で、この様な野営的食事と宿の食事の両方を楽しむことが出来た


天候が回復した平湯野営場の朝の森
山上も麓も天気良し。昨日の曇天や雨が嘘のようである。そして、気温もみるみる上昇し、また半袖半ズボンに着替えての出立となった


奥飛騨からの帰路の車窓に現れた伊吹山
奥飛騨からの帰路の車窓に現れた伊吹山(標高1377m)。麓の不破関(関ヶ原)と共に古来近畿の玄関を為し、自身にとっての、その象徴的存在

高山市街経て帰京

そして、途中、高山市街での買物等の寄り道を経て、車行にて帰京したのであった。

まあ今回は山には行けなかったが、これも悪しからず。お疲れさんでした!

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2025年09月29日

改登探勝(中)

鍋平よりみた雨上がりの靄に煙る錫杖岳

やはり雨の奥飛騨2日目

北アルプス登山中止による代替飛騨観光2日目。

前夜予報に反して雨はなかったが、日が変わった深夜から結構な雨音を寝耳に聞いた。

そして、空が明るみ始めた早朝もそれは続き、6時過ぎに寝覚めの温泉に入った際の露天風呂でも身に当った。風は少なく感じられたが、麓の谷なかなので山上のことは解からない。

まあ、野営登山には完全に不向きな状況であることには変わりないため、中止の判断を肯定できた。


上掲写真 笠ヶ岳隣の錫杖岳(標高2168m)の朝の様子。雨が上がった10時過ぎに蒲田川対岸の鍋平(なべだいら)より望遠撮影したものだが、山上の荒天を感じさせた。


朴葉味噌や温泉卵が付く栃尾温泉の宿の朝食
朝風呂で目を覚ました後は、宿ならではの早めの朝食を摂る。夕食に比して一見質素に見えたが、温泉卵や朴葉味噌等も付き、何れも美味で、満足させて頂いた。勿論、またお櫃のご飯付


前夜の雨で増水する新穂高温泉付近の蒲田川

登山口・新穂高視察

朝食後は今晩の宿である野営場に電話して野営を小屋泊に替えてもらう。濡れた地面や今後の雨の面倒、また同行者の寒さへの不安の為であった。

そして宿を出て、次回のために車道奥の登山口辺りを視察。所謂、新穂高温泉で、何度か来た場所ではあったが駐車場等の施設状況を実見した。写真はそこを流れる蒲田川。やはり前夜の雨で増水している。


雨で増水した、新穂高温泉左俣の奔流
更に笠ヶ岳登山口に通じる左俣の沢を見れば、この通りの恐ろしい様となっていた。落ちたら一溜りもない水音轟く奔流状態。登山を決行しても、こんな主流を渡渉することはないが、他の渡渉場の難儀が窺えた


奥飛騨・中尾温泉奥にあった地熱発電所

鍋平・中尾温泉初視察

続いて新穂高傍にある鍋平を視察。蒲田川東岸上にある比高200-300m程の高原で、麓の新穂高で駐車地が確保できない場合の代替地として知られるが「幸い」来たことがなかった。

つまり、そこに駐車して笠ヶ岳や槍ヶ岳を目指すと、一旦徒歩で新穂高まで下り、帰りにまた登り返す必要があるため避けてきたのである。

今日は高原上にある西穂高方面へのロープウェイ駅周辺共々視察したが、駅入口に強風に因る運転見合わせの注記があった。やはり山上は風が強いのである。これで完全に今回の山行中止を肯定することが叶い、諦めをつけられた。

その後、鍋平南の中尾温泉も視察。写真はその奥で、焼岳登山口近くにあった地熱発電所。中尾温泉では方々で熱水の流出を見たので、共に名立たる活火山麓であることを感じさせられた。


遊歩道終点よりみた雄大な平湯大滝の姿

今晩の宿所・平湯へ

中尾の高原を下り、麓で食材の買出しをして今晩の宿泊地・平湯に向かった。新穂高下の街から車で15分程の近さで、奥飛騨温泉郷の中核的場所であった。

先ずは予約した小屋に入り、泊りの準備を整えたあと、一休み。受付の人の好意により随分早めに入室出来たので助かった。

その後、写真の平湯大滝を見に行く。7月にも行ったが、その時は大雨で近づけなかったための再挑戦。国道から歩いて行ける稀有なその雄姿を改めて体感した。


平湯の公共温泉・平湯の湯の女風呂と男風呂
平湯の公共露天風呂「平湯の湯」の女風呂(左)と男風呂(右)

大滝の次は平湯の公共温泉を視察。現代的温泉街と化している平湯の原初的姿が残る場所である。時間が早いので入湯しなかったが、次回入りたくなるような良い温泉・施設であった。


平湯民俗館兼休憩所である合掌造古民家・旧高桑家
平湯公共温泉の傍にあった休憩所兼民俗資料館。サービスは自販機のみの無人施設だが、完璧に整備・整頓されている驚くべき施設であった。見ての通り、富山の合掌造古民家を移築したもので、建物自体も価値があった


平湯民俗館内部の囲炉裏
平湯民俗館の内部。屋内各所が湯上り等の休憩所として惜しみなく開放されている。どこも美麗かつ、建築史・民俗学的にも為になるという稀有で素晴らしい施設であった


平湯民俗館2階の合掌造屋根裏と古民具展示
そして平湯民俗館は屋根裏にも上れ、そこには古民具が展示されていた。白川郷古民家同様の稀有な内部を温泉街傍で無料で見られることに感謝


屋根に苔が付き水はけが悪くなった平湯民俗館の旧豊坂家住宅
同じ平湯民俗館の施設ながら残念だったのがこの古民家。神岡近くから移築された旧豊坂家で、築300年程という貴重な建築だが、屋根に傷みの原因となる苔が付いたままで、土足禁止の内部も土砂だらけで入ることが出来なかった。正に当地に近い奥飛騨の建築だけに、非常に残念に感じられた


床が土砂で汚れて入室できない、平湯民俗館・旧豊坂家住宅内部
平湯民俗館・旧豊坂家住宅内部。玄関より覗いて撮影。古式の民家構造を伝える非常に貴重な史料だが、残念ながら床が汚れていて入れない。恐らくは不届き者か、日本語が読めず靴を脱ぐ習慣のない外人が最初に入って汚れ、その後土足で入らざるを得なくなった参観者(これも不届き者)により更に床が汚れたとみられる。なんとか改善を!


中部山岳国立公園奥飛驒ビジターセンター
公共温泉及び平湯民俗館からの帰り、バスターミナル傍にこの様な新しく洒落た建屋を発見。それは「中部山岳国立公園奥飛驒ビジターセンター」と記された建屋で、周辺の乗鞍や槍・穂高連峰や奥飛騨温泉郷等の自然や文化・観光の情報を提供する公共施設であった


中部山岳国立公園奥飛驒ビジターセンター内部
奥飛驒ビジターセンターの内部。北アルプスの地質や鉱物等の解説・展示等があるほか、バス待ち等用の休憩室もあった。良い施設だが、あまり知られていないのか、バスターミナルに比して人が少なかった


雲に覆われ笠ヶ岳が見えない、奥飛騨ビジターセンター前広場
ビジターセンター前の広場から見たバスターミナル方向。センター内の説明によると、この正面上空に今回登る筈だった笠ヶ岳の象徴的で美しい姿が見えるとのことだが、今日は雲に覆われこの通り


平湯で借りたロフト付の小屋
徒歩による平湯見学を終え小屋に戻る。2階(ロフト)付、水場・便所付の、テントに比して格段に快適な施設だったが、宿よりかなり安く、助かるものであった。ともかく、天候を心配せずに済むのは有難かった


火持ちの良い広葉樹薪の焚火による飯盒炊爨
火持ちの良い広葉樹薪の焚火による飯盒炊爨

早めの調理で野営的夕食叶う

そして、夕方から調理を始め、早めに夕食を済ませた。小屋の露台で使えるガス器具もあったが、折角なので外での焚火調理で。

食したのは、7月同様、飯盒炊爨と飛騨牛等のご当地食材の組み合せ料理であった。小屋泊ながら、これで野営的醍醐味も味わえた。

食後は近くの温泉施設へ。7月にも行き、気に入った施設だが、変らず良い湯で素晴らしい露天風呂であった。ところが、なんとその帰り頃から、まとまった雨が降ってきた。早めに調理して助かったのである。

小屋に戻ってからは、昨日買った日本酒等を味わいつつ暫し語らい、その後、就寝した。

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2025年09月28日

改登探勝(上)

飛騨古川の白壁土蔵街と鯉泳ぐ瀬戸川
岐阜県北部山間の街・飛騨古川の白壁土蔵街と鯉泳ぐ水路「瀬戸川」

登山改め飛騨観光

テレビドラマやコーマシャルなどで有りがちな表題写真で恐縮だが、今朝、飛騨古川を訪れた。

今年7月末に続く飛騨行。その際「年に一回は」と、ここ数年決めていた一万尺(標高3000m前後)登山に適う、乗鞍剣ヶ峰(標高3026m)にも登頂したが、大半をバスで上る初級的道程だったため、満足感に乏しかった。

その為、以前から気になり、何時か登るつもりでいた北アルプスの名峰・笠ヶ岳(同2898m)に登らんと1泊2日の山行を計画。温泉目的の同行者の支援を受け今日早朝から登るつもりで前夜飛騨入りしたが、今晩からの悪天候が決定的となったため中止の判断をした。

今昼までは好天予報だったが、今晩から本降りとなり明日夕方まで続くことがほぼ確定。雨だけなら影響は下山時だけだが、風速が15m以上との予報もあり、標高2750mの吹き曝しでの天幕野営の困難と危険も考慮した。

残念無念。しかし、これも身の為・人の為で、致し方なし。

よって、今朝、今晩同行者が泊る予定の温泉宿に電話して同宿の許可をもらい、午後の入館まで近くを観光することにした。その最初に、古川の街を訪れたのである。実に数十年ぶりで感慨深い。


飛騨古川旧市街のメインストリート「壱之町」に並ぶ造酒屋や町家
飛騨古川旧市街のメインストリート「壱之町」に並ぶ造酒屋や町家。何れも積雪に備えた当地ならではの造り

古川旧市街

街歩きはお馴染み白壁土蔵街から始め、方々を巡る。写真を撮ったり、酒蔵で今晩用の冷酒を買ったり。

街は昔より垢ぬけたというか、古街保存が進んだ様子。人気に胡坐をかいて街並み崩壊を起こしている京都も見習うべきと改めて思わされた。


飛騨古川の壱之町と大横丁通の角にあった瀟洒かつユニークな洋館町家
古川の壱之町と大横丁通の角にあった洋館町家。声をかけられた向かいの案内所の人の話によると、元写真館等の建屋で、当地著名な料理旅館の創建とのこと。中々瀟洒で特色ある存在。そして、その残存に感心。一時京都に住んでいたという案内所の人と暫し話したが、今は人が少ないこの街でも時期により外人観光客が多く、一部のマナーの悪さが目につくらしい


神岡城(東町城)の模擬天守等の施設

夢のあと神岡と郷土館

古川旧市街を一巡し、その後、その東方奥の神岡の街に移動。奥黒部に行く際いつも通っていたが、観光目的で訪れるのは初めて。

正に奥飛騨の名に相応しい地区だが、鉱業が盛んな時代は古川や高山より発展し栄えたという。古川の案内所の人が語った子供時代のその眩しさが印象的であった。

今は閉山し鉄道も無くなったとはいえ、地区の中核であることには変わりなし。特に近年はノーベル賞関連施設により観光地としての側面も持つ。

今回我々は写真の神岡城を見学。戦国期の遺構上に戦後施設を建てたものだが、鉱山資料館と公開古民家等がセットになっており見応えがある。


神岡城天守屋上より眺めた神岡の街
地区(高原郷)の歴史資料館(郷土館)ともなっている神岡城天守屋上より眺めた神岡の街。高原川が貫流する山間の街であることがよくわかる。そして、その中は案内所の人の証言通り多くの商店・飲食店跡があった。天守等の施設は史料的裏付けのない所謂「模擬建築」だが、街のシンボルとしての存在に感心させられた。昭和中期にこれを企図した先人の慧眼や、実行した鉱業所の理解、そして維持改修に尽力する今の関係者各位に敬服。掘割等の縄張もほぼ古図通りであるらしいことにも好感をもった


神岡城前に建つ旧松葉家住宅
神岡城天守の門前に建つ。旧松葉家住宅。明治元年築の古民家で、近隣から移築された保存建築(県指定文化財)。地区の標準的な造りをもつ民家で、改装されておらず、随所に当地の特色がみられるという


旧松葉家住宅内部1階部分
旧松葉家住宅内部。1階部分で、板間を切り欠いた狭い玄関土間があるなどの特徴があった


旧松葉家住宅1階奥角部屋の客間
旧松葉家住宅1階奥角部屋の客間


旧松葉家住宅2階
旧松葉家住宅2階。中央は1階の吹き抜け部分となっているため、その周囲を巡る回廊状の部屋となっている。元蚕部屋らしく、今は古民具が展示されている


縄がらみが美麗で迫力ある旧松葉家住宅3階
旧松葉家住宅3階は、この通り白川郷の合掌造同様の屋上風情。梁や柱を留める「縄がらみ」工法の迫力や美麗さに感心。ここには比較的大型の古民具が展示されていた


山之村の観光牧場から見えた、里山越しの飛騨山脈(北アルプス)の高峰

奥黒部西麓・山之村

神岡の次は更に東の山之村へ。奥黒部西麓に当る地区で、正に飛騨の最果てとなる。標高は900m弱の高地であった。

写真は、そこの観光牧場から見えた里山越しの飛騨山脈(北アルプス)高峰。去年と一昨年に接近・通過した北ノ俣岳(中央最奥左の峰。別名上ノ岳。標高2662m)や赤木岳(同右の峰。標高2622m)である。

雲が多めだが、14時過ぎのこの段階では主稜線はまだ晴れているようであった。


山之村のジビエ食堂の限定・鮎飯定食
山之村に寄ったのはこの昼食が目的。7月去年も寄った食堂で、今回は限定の鮎飯定食を注文。地元産尽くしの逸品で、カレーや汁も確り熊や猪肉入りの特製ジビエ仕立てであった。美味かつ良心価格で有難い限り。土日限定の店なので、本来登山決行なら寄ることが出来なかった。これも縁か


山之村縁の峠近くの2本の湧水
山之村では先に昼食を摂ってから名産のトウモロコシを買うため牧場に寄ったが、既に売り切れたあとであった。まあ日曜で人も多かったのか、仕方なし。その後、宿へ向かうため来た時とは異なる峠道にて山之村を出た。そのなだらかさ、道の良さに往路の過酷さを改めて実感。途中、7月と同じく峠近くの路脇で湧水を汲む。山肌から出る水を導く2本の樋があるが、何故か左の水が甘いということが今回判明したためそちら側を頂いた


高原川を遡上する道沿いに見えた焼岳

奥飛騨温泉郷へ

山之村の高地を下り高原川沿いを遡る。前方谷奥にはこの様に北アルプスの活火山・焼岳(標高2455m)が見え隠れする。時は15時過ぎだが、既に山頂に雲が付いている。予報以上に天候悪化が早まったか。焼岳は長野・上高地側から見るのとは違い岐阜側の姿だが、山頂下の山肌から噴煙が上がっているのが見えた。間もなく到着する奥飛騨温泉郷の源的山である


栃尾温泉近くの蒲田川の澄んだ水
程なく笠ヶ岳麓の宿に入り、一先ず温泉に入り休んだ。今晩からの雨の所為か、客は少なく、浴場・露天風呂も独占状態であった。その後、折角なので付近を散策。写真はその際寄った蒲田川。高原川の上流部分で、笠ヶ岳の他、槍・穂高等の名立たる高山の水を集める川である。低気圧接近の所為か、古川や神岡より高所ながら程よい気候。熊注意の掲示があったので慎重に行動した


奥飛騨温泉民宿の美味しく豪華な夕食

意外かつ嬉しい接待で日終える

そして宿に戻り夕食に。宿で夕食とは久しぶりの体験。

民宿を名乗る今時珍しい良心価格の宿だったが、実際は古いながらも旅館に近い設備で、古民家を利用した食堂で写真のような地場料理尽くしの豪華かつ美味なる食事が頂けた。

意外かつ嬉しい接待に感謝。そして、これまた久々のお櫃ご飯にも感銘。その後、部屋で古川で買った冷酒等を楽しみ、一日を終えたのである。


代替奥飛騨観光の各日一覧はこちら

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2025年09月07日

夕方避暑

京都市街西部の避暑地の川と河原に寝そべる水着の若者

9月ながら酷暑続く

9月に入ってもとんでもない暑さが続く。

ほぼ熱帯夜を伴うそれは、あたかも8月初旬の盛夏頃に戻ったように想わされ、または永遠にそれが続くようにさえ感じさせられた。

6月下旬からずっとこの調子。最初こそ「災害級の暑さに用心!」などと報道されていたが、延々と続くので何時しか言われなくなった程であった。

今日は昼過ぎまで出掛けていたが、あまりの暑さに収まりがつかず、午後遅くから近場の水辺に涼みに行った。写真はその場所。

ちょうど京都市街西部に用があった関係の最寄り地で、普段あまり行かない地。写真をよく見ると、水着で河原に寝そべる若者の姿が見える。

考えることは皆同じか。


京都市街西部の避暑地の川
堰堤等のお蔭で少し泳ぐことも出来る近場避暑地の川

近場避暑地とその保全に感謝

基本、京都人しか来ないこの水辺に久々に来たが、当初は外人で混みあっているのではないかと危惧していた。しかし、実際は邦人の親子連ればかりで杞憂に終る。

ただ、着いたのが夕方近くだったので、根本人が少なかっただけかもしれない。

以前、あまりの暑さに観光客が貴船等の涼しい場所に殺到しているというニュースを知ったが、自分ならこんな時期での京都旅行自体を止めるのだが。不思議な傾向である。

さて、昔よく来た馴染の水場で水浴等して涼む。山間ながら標高が低い場所であまり期待していなかったが、意外と奥地の貴船同様の涼しさがあった。川筋を下る山風の所為か。

そして、僅か1時間程の滞在だったが、十分涼むことができ、また気持ちの収まりをつけることが出来た。思い立って行ける超近場的避暑地の存在や、以前と変わらぬ自然・環境に感謝。

どうか、これからも過剰来訪(オーバーツーリズム)の悪しき影響を受けず、美しい姿のままでありますように。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 紀行