
「桃花節に寄せて」
今日、3月3日といえば、雛祭り。女児の祭、そして春を先取る行事として、穏やか、かつ華やいだ気に街が満たされる。
そんな、早春の佳日たる今朝。首都圏にある、とある斎場にて、1人の少年の葬儀がしめやかに執り行われた。
少年の名はU君。先月2月20日に、神奈川県内の河川敷にて他殺体で発見された13歳の中学生である。所謂「川崎市中学1年殺害事件」の被害者で、発見直後からの大々的な報道により、もはや知らない人も少ないであろう。
防げなかった惨事に衝撃
個人的にもこの事件には衝撃を受けた。「およそ人の所業とは思えない」と捜査員に言わしめた殺害状況は元より、幾度と救える機会があったにも拘らず、遂に最悪の事態と化したからである。
事件当日の気温は数度。そんな真冬の深夜、U君は容疑者の年長少年らに幾度も川で泳がされ、そして大型カッターで方々を切りつけられ、最後は首を深く切られて大量出血死した。
気温数度といえば川の水温もほぼ同じ筈。そんな水に裸で漬けさせられること自体が既に殺人行為。また、報道などでは首を刺されたとあるが、当初は傷の深さから、更に強力な刃物の使用が想定されたというので、実状は斬首に近いと想像される。正に歴戦の捜査員もおののく惨劇……。
そもそも、万引きの強要を勇気を以て断ったこと等から始まったというこの私刑(度を越しすぎてイジメという言葉では記せない)。既に事件の前から、半殺しに近いような暴行を受けていたという。そして、人相が変わるような暴行跡や、殺害の危険に対する本人による恐怖の訴えが周囲に知られていたという。
しかし、学校をはじめとする大人達はその窮状を把握できず、結果事件を阻止することが出来なかった。更に、警察も事前にその暴行の事実を察知していたという失態(言い訳があるようだが敢てこう記す)を犯した。
早急なる変革を
惨事から教訓を
こんな平和な日本において、そしてすぐそこに暮しの温もりに溢れていた清潔な街の片隅で、誰の助けもなく、ボロぎれの様に、無抵抗のまま壮絶な最期を遂げさせられたU君……。
日頃、子供らに「正義」を強いてきた学校や我々大人は、U君や、図らずもこの現実を知ることになった子供たちに何と申し開きをすればよいのか。これでは、ただデタラメを説くペテン師同様の偽善社会ではないか。
只々、悔しく、悲しく、そして申し訳ない気持ちで一杯である。
思えば、我々が子供の時分からイジメが社会問題化した。以降、幾度もそれによる悲惨な事件が起きたが、数十年の時が過ぎても、何も解決しないどころか、更に陰湿化・広域化(年齢や地域的に)しているのではないかと見受けられる。
子供は社会の宝、守ろう守ろう、と常に言っておきながら、この有様たるや何たることであろう。本当に守る気なぞあるのか。
何かを変えなければなるまい。早急に。我々はこの惨事から教訓を得なければならない。
守るべきもの損う社会の歪み
事件直後、U君の生前の画像を見た。暴行の痕跡が残る痛々しい姿だ。だが、その表情には寂しさが漂っているものの、微かな笑みさえ感じ取れる、不思議な穏やかさが漂っていた。
あれほどの状況に曝されながら、こんな表情を見せた人物を嘗て見たことがない。まだ幼い顔立ちながらも、大人をも凌ぐ「徳」とでもいうべきものの存在を感じずにはいられなかった。この点も私が衝撃を受けたところであった。
誰をも恨むことなく、そして周囲にも迷惑をかけない為に、自身で招いた危険を少々の自虐を以て受け入れ、ただひたすら嵐が去るのを耐え忍んでいたのか……。
事実、そんな彼は歳の上下を問わず慕われていたといい、逆にその人望に対する嫉妬が犯行の動機の一つとなった、と主犯少年は自供している。
このことからも、やはりU君は、この様な最期を遂げるべき人間ではなく、なんとしても社会が守るべき存在であった。
だが、もはや取り返しのつかない事態となった。しかし、決してU君の死を無駄にしてはいけない。この事件の内側には、現代社会の歪みたる様々な問題が関連している。
その一つひとつを解析し、一刻も早い対策を講じることが求められる。
こんな、酷く、悲しい事件は、2度と耳目にしたくない。もう絶対に起こさせてはならない。
上掲写真: 僧院の梅花(左京区内。2015年2月撮影)。本来は桃の画像を出すべきであろうが、旧暦を基準とする節句と時季が合わないため不能であった。それより、U君への弔意を表してこの画を掲出した。いわば「御弔いの梅」である。
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