
各人予定変更での美術館行き
今日、隣県・滋賀の山なかで行われていた展示に行く予定だったが、同行者が都合により急遽不可能となった。
独りで行くことも考えたが、ひょっとして滋賀在住の友人が行くのではないかと考え、朝電話すると、今日は家事予定でそのつもりはなかったが、会期が少ないことを知り、午後から付き合ってくれることなった。
元々どこかのタイミングで行くつもりだったらしいが、有難くも今日、その車に同乗させてもらえることにもなった。交通不便な場所にあり、1人で行くと遠く、交通費も小旅行程かかるので、正に渡りに舟となった。
14時頃、友人宅の最寄駅にて待ち合わせし、そのまま目的の美術館へと向かう。場所は駅がある湖東平野と若干の高地である信楽との間にある山中。途中標高400mを超す峠を越え、40分程の車行で到着した。
写真は、その美術館の玄関部である券売所前の車寄せロータリー。
右の庇下の煙は、そこから出ていた水煙(ミスト)である。涼感的配慮であろうが、ここも標高が400m程あり、35度以上あった京都市街に比して、その到着時より既にかなりの涼しさを実感できていた。

玄関棟から会場までは少し距離があり、歩いてでも行けるが、ロータリーで少し待ち、写真の如き自動車に乗って行くこととした。

自動車は環境に配慮したらしき電動であった。
女人が御すその車で、ゆっくりとロータリーを出ると、すぐに写真の如き隧道が現れた。何やら中華庭園の円門の様である。

隧道内は、この通り。金属板が反す照明の光で意外にも近未来的な感じであった。思わず、昔見た映画「惑星ソラリス」の映像が思い起こされた。

意外の初訪問
トンネルを抜け、谷にかかる橋を渡ると写真の如き場所に到る。美術館入口である。
入母屋造を意識したのか、何やら少し和風めいた変わったガラス玄関。この美術館の名はミホミュージアムといい、とある宗教団体が造ったものであった。
建屋等の設計は、華系アメリカ人建築家のI.M.ペイ。ルーヴル美術館のガラスピラミッドで有名な人物である。ただ、その印象からすると、ここのそれは、弛緩的に感じざるを得なかった。
ここが造られたのは、20年以上前。その間、様々な展示が行われていたが、実は訪れるのは今日が初めてであった。
敷地全体が桃源郷をイメージしているらしいが、隧道の円門といい、設計者の属性といい、腑に落ちた気はした。ただ、和漢いずれの方からも距離があり、造形的違和感が感じられた。

早速美術館に入り、目当ての企画展に臨む。
即ち、写真の「雪村(せっそん)展」であった。雪村は、雪舟と並び日本画の元祖的人物として有名だが、残存作作品の少なさや掴み難い作風の所為か、意外にも個展の機会が少ない。
今回の展示は、実に20年以上待ち望んでいたその機会だったのである。実は、あと2週間程の会期の内、今日が最後のチャンスでもあった。

雪村作品。会場外の複製パネルより。
そして、じっくり時間をかけ、過去最大規模という回顧展を観ることが出来た。雪村の才能や先進性、絵画制作者としての力量を改めて感じることも叶ったのである。

美術館の窓から見えた山中の教団施設(中央の屋根等)
企画展のあとは、東西の名宝的遺物を集めた常設展も観覧。広大な敷地や施設と共に教団の財力に、ただ驚かされる。

桃源郷からの帰り道。谷の橋を渡り、隧道をくぐる復路である
桃花源より下界
帰りは歩いて隧道をくぐり駐車場へ向かう。そしてまた山中を車行して湖東平野に下降したのである。
その後、友人宅に寄せてもらい、自家製や地元農家から分けて貰った野菜を頂く。お茶を頂き、少々話して、また駅まで送ってもらってお開きとなった。
家事を中断して、わざわざ付き添ってもらい、そしてお土産まで頂き有難い限り。
暑いなかお疲れ様でした。感謝!