2017年12月03日

紅葉近山行

大文字山山腹からみた瓜生山の紅葉

仕舞いの紅葉登山

ここのところ紅葉の話ばかりで申し訳ないが、市街のそれも遂に仕舞いを迎える頃となった。

そういえば近隣の寺社名勝の類でのその参観はしていたが、近くの山でのそれは未だ果たしていなかった。恐らくは今週辺りが最後。折しも天候にも恵まれたので、午後過ぎに仕事に区切りをつけ裏山へ上ることとした。


上掲写真: 京都市街東部(左京区)は東山連峰の一山「瓜生山(うりうやま)」の紅葉。京都近郊の山紅葉も今年最後の見頃となったか……。


鹿ケ谷霊巌寺からみた大文字山の紅葉
特別公開中の霊巌寺(れいがんじ)門前と紅葉が盛りの大文字山

「裏山」とは拙宅背後に連なる東山連峰で、その内の最寄りとなる大文字山。今日は趣向を変え、裏道的で人も少ない南側の鹿ケ谷(ししがたに)から登ることとした。

写真は、鹿ケ谷入口となる霊巌寺門跡門前。いつもは門が閉ざされて静かな佇まいだが、今日は秋の公開中とあって、参観者で賑わっていた。門前の案内氏は、頻りに今日が公開最終日であることを告げていた。

秋の観光シーズンもいよいよ仕舞いである。


鹿ケ谷の路地
鹿ケ谷の路地

古道跡?未知の路地進む

霊巌寺横を抜け、鹿ケ谷の坂道を進むと、その途中で以前から気になっていた路地が現れた。寄り道して中を進むと、狭いながらも住宅密集地となっていた。

何故この路地が気になっていたのかというと、近世の絵図等に、この辺りから北の法然院方面へ向かう山際の抜け道が描かれていたからである。

今の地図にその様は窺えないが、位置的にこの路地がそのヒントを宿している可能性があった。

失われた道は、京と近江・北国を結ぶ山道「如意越(にょいごえ)」を起点とすることを考えると、この付近にあったとされる古代寺院とも関わる、かなり古い道跡とも想定された。


鹿ケ谷の路地奥

長く真っすぐな路地であったが、写真の如く、程なくして斜面の行き止まりに。やはり道は断絶したのか……。


鹿ケ谷の路地奥に続く切通し

? 最後の建屋奥に何やら切通しが……。


鹿ケ谷の路地奥の抜け道

なんと、西北裏側に出られた。道は写真の如く左下の階段道と右の平坦路に分かれていたが、階段路が某寺の裏から別の車道に出られるのに対し、平坦路はすぐに山腹の森に呑まれ消えていた。

方角や道の付き方からすると、恐らくは平坦路が古道と整合する気がしたが、斜面の崩落等により廃滅したのであろうか。


鹿ケ谷の路地奥に接する大文字山山裾
路地奥裏に広がる大文字山斜面

道なき斜面登り大文字前山へ

山側の道は喪失していたが、見上げると大文字山に続く斜面が広がっていたのでそのまま登ることに。ここは大文字前山の角、即ち尾根筋に当る。

地形図を見ると、以前から確認したかった前山と善気山(ぜんきさん。法然院裏山)等の関係も探れそうだったので、丁度良し。


大文字山山腹の尾根に続く境界石

道のない斜面を無理やり登ったので進みにくかったが、比較的緩やかな尾根筋を選んだので、順調に高度を上げられた。

暫くすると、私有地界を示す個人等の石碑が現れた(写真中央奥)。


大文字山山腹の法然院の境界石

個人の境界石は最初のものだけで、その後は法然院の寺領を示すものが連続するようになった。ここに限らず寺の裏山で良く見かける光景である。

写真はその接写。「是従(これより)北西ハ法然院領ナリ」等と読む。


大文字山の前山「多頂山」の私製標識
大文字前山最高所にあった「多頂山」の私製標識

やがて、尾根を詰め、平坦な頂の最高所に出た。大文字前山頂部で、標高は271m。ただ、私製の標識には「多頂山(たちょうさん)」の名が……。

地名(現町名)からすると、多頂山は南側の頂か尾根の頂部に当てるべきで、中央のここは善気山になると思うのであるが……。東山三十六峰の同定は所説あって定まっていないので、致し方あるまいか。


大文字山前山から見えた大文字の火床
前山頂部の木立合間から覗く大文字火床

前山では、すぐ傍となった送り火用火床辺りからのハイカーらの声が聞こえた。


大文字火床の紅葉

大文字火床での紅葉絶景

前山頂部は火床下のテラス状の場所なので、そのまま「大」字下の階段に取りつくことが出来る。

早速、開けたそこに出て見上げると、写真の光景が……。火床縁の自然林の紅葉も最盛期。


大文字火床からみた山の紅葉と京都市街
大文字火床よりみた前山頂部の紅葉と京都市街

連なる火床台石横の階段を登りつつ振り返ると、先程居た前山や周辺の紅葉、そして眼下に広がる京都市街が見えた。

安定した晴天が続き、日射しも暖かい。正に絶好の山の紅葉日和。

最近大文字山に登りたがっていたNさん(本来は星見登山)に電話して状況を伝えると、丁度用を終えたらしく、これから来ることになった。


ハイカーで賑わう大文字火床中心部からみた山の紅葉と京都市街

Nさんが麓に来るまで暫し時間があったので、もう少し登ることにした。

写真は火床中央、即ち「大」字の交差部に集うハイカー。老若男女、または洋の東西、実に様々な人で賑わっていた。


大文字火床頂部からみた山の紅葉と京都市街

そして、「大」字頂部(起筆部)に至る。

写真の如く、隣の瓜生山が全山紅葉を纏い、際立つ美しさを見せていた。よく見れば、遠い北山やその他の山々にも同様が見られた。

自然は何とも異なもの味なものである。


大文字火床頂部から見た夕霞の京都市街
再度登った大文字火床頂部よりみた夕霞の京都市街

夕方、新手加え再度登る

大字頂部で暫し休息後、一旦下山。銀閣寺横の表登山口でNさんを迎え、再び火床頂部まで登った。

時は既に夕方。傾いた陽が先程とはまた違った趣を、見るもの全てに与えていた。


大文字火床頂部から見た夕陽
大文字火床頂部から見た、京都西山に沈まんとする太陽


大文字火床頂部から見た夕陽に染まる山の紅葉

急に出向いたにも拘わらず、Nさんは湯沸かしや珈琲・おやつの用意をしてくれていて、有難くもそれらを頂きつつ贅沢で寛いだ夕景観覧となった。

気温は急激に下がってきたが、周囲の樹々や山々の紅葉が夕陽により更に赤々と照らされ、昼間とはまた異なる美麗さを見せてくれた。


大文字火床頂部から見た日没直後の京都市街
大文字火床頂部から見た日没の景

独りのつもりが山会的に

そして日没――。

短時間ではあったが、Nさんにも山の紅葉を堪能してもらえたので、下山を始める。帰りは前山で見つけた法然院へ下る直降の道を採った。

そこは結構急な下りではあったが、距離が短いため、無事暗くなる前に下山することが出来た。また、初めて寺裏の巨木の森も見ることも出来た。

この後は、Nさん親子の食事会に誘われ、共に会食。今日は独りでの鍛錬・物見のつもりでいたが、結果的に山会的な楽しい集いとなった。

Nさんはじめ、皆さん有難う!

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会
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