2019年02月02日

廃路探雪

1/25000地形図での新旧花脊峠付近
1/25000地形図での新旧花脊峠付近。出典「国土地理院」。地名加筆は筆者

雪の花脊古道をゆく

今日は、いきなり地形図の掲示から。

縮尺1/25000のそれは、京都市北部の鞍馬集落奥にある花脊峠(はなせとうげ)付近のものである。先月から続けている雪山鍛錬で通う「芹生(せりょう・せりう)」と同じく、京都盆地北縁の山地にあり、その後背の丹波山地と京師を結ぶ歴史的交通路であった。

今日は雪山鍛錬を兼ね、近代以前から使われていたとされる旧花背峠を経由する古道を探索することとなった。地形図下部に記された「古道分岐」から北西に向かう谷道である。


鞍馬街道の西脇にある花背集落へと向かう古道の入口・分岐部

本来は地形図右上にある現車道の花脊峠まで二輪で行き、西稜線を徒歩で進み旧峠に出る予定だったが、車道8合目辺りで路面が凍結し始めた為、古道分岐から旧路を遡上することとなった。

写真は新峠へと続く鞍馬街道(府道38号及び国道477号)。左脇に2本の紅白棒が見えるが、そこから古道が分岐する(本来はそちらが主路だったのだが……)。


沢か道か判別不能の花脊古道
沢か道か判別不能の花脊古道

入口両脇に堅固な石垣を備えた古道は、未舗装ながら林道程の幅を有して奥へと続く。しかし、去年の台風や大雨に因るのか、倒木が多く、路面も道か川床か判らなくなる程となった。


道も沢も全てが倒木と土砂で埋め尽くされた花脊古道

そして、やがて写真の如く、道も沢も全てが倒木で埋め尽くされる状況となった。倒木を潜り、またその上に這い上がって先を目指すも、土砂崩れもあり、程なく通行不能となった。

谷の両斜面も険しくなり、雪も深いため、ワカン(かんじき)を付け、斜面の高みから周囲を見渡す。やはり抜け道はなし。先行他の足跡同様、引き返すことも考えたが、慎重に急斜面を巻きつつ上部に進んだ。


花脊古道の急斜・狭隘部を上部から振り返る急斜の隘路上部に残る緩傾斜の道跡と峠方向に広がる空さな滝を越えたようである。こんな険峻に古道が営まれていたことに少々驚き、そしてそれが途絶したことを残念に思った。

因みに、新峠が開削される以前の明治28年版『正式二万分一地形図』には、古道は同じ経路で村落間を連絡する「聯路(れんろ)」として描かれている。恐らくは1間以上の幅を有して荷車も通行可能な道であったと思われる。

なお、京都北山(きたやま。北部山地)に詳しい、戦前生まれの著述家・金久昌業(かねひさ・まさなり)氏の実見によると、以前この道上には石畳の如き設えがあったという。


急斜の隘路上部に残る緩傾斜の道跡と峠方向に広がる空
急斜の隘路上部に残る緩傾斜の道跡と峠方向に広がる空

隘路上部には、分岐部同様の幅をもつ道跡があったが、やがて植林地となり途絶していた。林地として払い下げられたのであろうか。樹々を避けつつ、沢沿いを上る。

雪は一段と深くなったように感じられる。場所により50cm以上か。


花脊古道を塞ぐ植林地上部にある改変地形
花脊古道を塞ぐ植林地の上部にある改変地形

場所により腰辺りまで雪に沈みながら林地を抜けるとまた道が復活。傾斜も更に穏やかなものとなった。付近には支道や山体を削り残した人為地形も見られた。採石場か何かであろうか。

とまれ、古の風情は失われているようであった。


通行止の看板と鎖により封鎖される花脊古道から鞍馬山への道

道は間もなく緩く広い鞍部に達し、そこで南へ伸びる林道と分岐していた。山上伝いに鞍馬山、そして鞍馬寺へと向かう道である。しかし、写真の如く通行止の看板と鎖により封鎖されていた。

注意書によると、昨年の台風21号の被害により寺へは下れないとのこと。


大杉傍の大日堂共々雪に埋もれた旧花背峠
大杉下の大日堂共々、雪に埋もれた旧花背峠

古道は、鞍馬山分岐から針葉樹の森なかを北へと続き、やがて旧花背峠に達した。標高750m、大杉傍の大日堂共々雪に埋もれて良い風情である。

積雪は40cm程か。峠の北向こうを下ると花脊集落、大日堂前の左から分岐する道は芹生へと続く。花脊には戦前既にスキー場があり、バス便により訪れる市街の人で賑わったという。

ただ、冬は積雪により峠が通行できず、先ほど歩みを始めた古道分岐の「峠下」から徒歩による山越えを強いられたという。

そこで疑問であったのが、積雪の害がない場合は新旧どちらの峠をバスが越えていたのか。車道は明治32(1899)年に開削されたことが判明しているが、それがどちらの峠かわからないのである。

この地域最古の近代地形図である明治20年代の仮製図には、古道の峠しか描かれていないが、その峠と道が車道として広げられた可能性もある。だが、あの急斜と深い谷を無事通過出来たかは疑わしい。

色々調べたが、良く判らなかった。せめて新道の確実な開通年が判れば手掛かりにはなると思うが……。どなたか史料を存知ならご一報頂きたいところである。


旧花背峠の東から続く稜線ルートの山道
旧花背峠の東から続く稜線ルートの山道。足跡は天狗杉まで往復してきたという、スノーシューハイカーのもの

新旧の峠結ぶ雪稜横断へ

さて、旧花背峠から先の道は以前通って既知だったので、峠右横の山道から稜線伝いに新道峠へと向かうこととした。

雪深い急坂を上り、一路峠への中途にある山頂「天狗杉」を目指す。


旧花背峠と新峠を結ぶ稜線近くの伐採雪原
天狗杉を目指し急斜を上ると、なだらかな稜線に出た。京都市街からも見える、広々とした伐採地が雪原を成す場所も現れる


天狗杉山頂近くの「チマキザサ」養生地
天狗杉山頂近くの「チマキザサ」養生地。チマキザサは祇園祭に欠かせない植物ながら、近年獣害により絶滅の危機に瀕している


IMGP8241.jpg
天狗杉近くの稜線北西には花脊の谷向こうに最近お馴染みの雲取北峰が見えた(中央奥の頂。推定標高915m)。その右は雲取後峰(仮称。同900m)と見られるが、左側梢辺りにある主峰(雲取山。標高911m)と前峰(仮称。推定標高900m)は奥にあるため、手前の稜線が干渉し判り辛い


雪深い天狗杉山頂
雪深い天狗杉山頂

そして天狗杉山頂着。標高は837m。市街から奥にあるため目立ち難いが、比叡山(848m)に近い高さをもつ。雪が深くて当たり前か……。


天狗杉山頂付近からの京都市街の眺め
天狗杉山頂付近からの京都市街の眺め。市街から山は近くに見えるが、山から市街はかなり離れて見える。それだけ山が高いということか。市街北部の交通結節点「出町柳(でまちやなぎ)」まで直線約14km


天狗杉東稜線の雪の少ない区間
天狗杉東稜線の雪の少ない区間

天狗杉を越え稜線を更に東へと進む。以降踏み跡はなし。この区間の今日の通行者は私のみのようであった。天狗杉からは一旦標高790m辺りの鞍部に下るが、所々雪が少なく、地面が見えている場所があった。

何故ここだけ雪が著しく少ないのか。陽当たりか風の作用に因るのか、少々興味深い。


花脊峠へと続く標高約810mピーク西側の雪深い登坂稜線
標高約810mピーク西側の雪深い登坂稜線

しかし、新峠手前の標高810m頂の登りにかかるとまた雪が深くなった。西面特有の陽当たり影響か。油断してワカンを外さなくて良かった。


雪と灌木に覆われた天狗杉東方の標高約810m頂
雪と灌木に覆われた標高約810m頂

標高約810m頂に達すると、そのなだらかな地形により稜線は曖昧となった。峠まであと僅かな距離ながら、何の案内も無いため、方位と地形を慎重に見極め進む。


雪深く、倒木も多いため進み辛い標高約810m頂東側稜線

標高約810m頂を越えてまた東稜線を下るとたちまち雪の深さが増した。今度は先程とは逆に東側が雪深い。やはり陽当たりは関係ないのか。倒木も多く、ワカンでも進み辛い状況となった。


花脊峠北側の緩やかな植林谷
花脊峠手前で稜線を逸れ、緩やかな植林谷を下る

進み辛い稜線をそのまま進み新峠真横に出ることも考えたが、あまりの荒れように、無理せず、北側の谷へ下る回り道を採ることとした。緩やかな植林谷に入る進路である。


花脊峠を北側から見る
現バス道の花脊峠(車が停車している辺り)を北側から見る

新花脊峠に達し古道探査と雪山鍛錬終える

そして植林谷を下りきり、新道である舗装路に出た。南数10mには花脊峠(759m)が見え、その温度計は「1度」であった。車道の雪はかなり溶けていたが、零下ではないものの、やはり寒い筈、雪が残る筈だと思った。

その後、ワカンやストックを片し、車道を下り、峠下まで戻って終了とした。今日は引き続き雪山鍛錬が出来たことに併せ、古道の場所や罹災状況を知ることが出来た意義深い一日となった。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会
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