2019年05月13日

大店破却

京都寺町の鳩居堂工房ビルと本店の解体現場

古き繁華街に異変みる

夕方、京都市街の古い繁華街「三条」界隈に用があり、住地の東山麓から自転車でそこへと下った。

他に、銀行や買物等の次いでも済ませ、裏道を北上して帰ろうとした時、並走する寺町京極(旧平安京「東京極」に因む商店街名)に変わった形のビルが聳えていることに気づいた。

市内有数の繁華街ながら高い建屋が少ない場所なので目についたが、和風を意識したとみられる鶯色のその高楼下に、更に目を惹く光景があった。

それは、古民家2階の内壁が露出し、円く大きな天井梁の切断面が並ぶものであった。古い町家の解体である。しかもそれは、通常の町家・商家に比して頗る規模の大きなものであった。


上掲写真 和風の三角屋根を備えた鶯色のビル(中央奥)と、その手前の大型町家の解体現場。


鳩居堂京都本店の取り壊し現場

貴重な大店全壊

帰宅後更に出かける用があったが、気になって道を戻り、解体現場に立ち寄った。

写真はその南西角から北西方向を見た現場全景。敷地としてもかなりの広さ。ここで気づいたのは、この廃墟が、香道・書道具の老舗・鳩居堂(きゅうきょどう)の本店であったこと。

既に奥(写真左側)の接待所らしき建屋以外は破壊されている。近くの関係者に尋ねると、100年以上前の大正期に建造された本店を含む全てを壊して建て替えるための工事中で、保存されるのは一部の瓦と柱のみという。

良く手入れされ、何ら不便を感じない解体直前の姿も見ていたが、この様な破却を行う必要はあったのか。他人の財産ながら、再現困難な豪奢な大店(おおだな)建築、そして歴史景観の喪失に無念を感じざるを得ない。

色々な事情や考えがあるのは承知している。しかし、100年の景観がこの21世紀に、しかも京都という歴史都市で、皆が窺い知れぬ間に抹消されるということに強い違和感を感じた。

ここはやはり所有者・個人より「公」の責任を思わざるを得ない。しかし、現状は中途半端な保全政策しかなく、京都最古級の町家とされる川井家住宅が去年破壊されるという一大事にも至った。

このサイトでも似た様なことを見聞する度に苦言を呈してきたが、事態が改善されるどころか、観光開発の影響もあり日々酷くなっているように思われる。世界承知の文化都市・京都がこんなことで良いのであろうか。

鳩居堂さんの解体が例となり申し訳ないが、これが今京都の方々で起っていることの一部であることを市外多くの人にも知ってもらいたいと思う。


貴方が嘗てこの街の方々で感じた「暮しに息づく古都」は急速に変容していることを――。


解体中の大正期鳩居堂京都本社の2階正面屋内側
僅かに残っていた大正期築・鳩居堂本社の2階正面部分(屋内側)。最初に目についた円い梁の切断面が見える。1本向こうの小路(距離約60m)からも目立ったので、相当な直径とみられる。大寺の庫裡(くり。台所)のように、弾性に優れた曲がった松の大材を使う伝統工法の採用か――。各階の天井高も規格外の高さ。現代でも十分使えるような気がするのだが……


鳩居堂京都本店前に建てられた平屋仮店舗と後方の工房ビル
鳩居堂が面する寺町通向かいに新築されていた同社の仮店舗。因みに、最初に目についた奥の鶯色のビルも同社の工房で、平成7(1995)年築という

街の顔、社会の公器たるも……

こんな立派な仮店舗(しかも平屋!)等を用意できる敷地・余力がありながら、貴重な本店が壊されたことに尚更遺憾を感じた。品揃えのセンスも良く、高質の製品を扱う良店で、個人的に好感を抱く数少ない老舗のため、あまり物言いは付けたくないのであるが……。

新たな施設の姿から、「街の顔」「社会の公器」としての役割は十分意識されているとは思ったが、やはり残念と言わざるを得ない状況であった。もし、深刻な事情等があったのであれば、どうかお許しを……。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 逍遥雑記
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