
お東さん飛地にて
先ずは最初に表題の「閬風美声」についてのことわりを……。
東亜最奥に在り、気の源とされる伝説上の山「崑崙山(こんろんさん)」の頂にあるという仙境「閬風(ろうふう)」。
その「閬」の字は所謂「機種依存文字」で、機器環境により正しく表示されない場合がある。為にその難が生じた人に、一先ずお詫びしたい。
本来そうした字は使わないようにしているが、最近の表示環境向上と記事の内容と関わる重要な語句のため敢えて採用した。何卒ご容赦を……。
さて、火曜日ながら祭日の今日、夕方より京都市街のある場所に向かった。それは写真の「渉成園(しょうせいえん)」。
別名「枳殻邸(きこくてい)」とも呼ばれるそれは、東本願寺の東150m程の場所にある飛地境内で、広大な庭園と幾多の殿舎を擁している。
寺院というより門主の隠居所・接待所としての性格が強く、一般にはあまり馴染みある場所ではないが、今秋特別に夜間公開されることになった。
そのため、予てより訪れたかったこともあり、今夕向かったのである。
上掲写真 池畔等の方々がライトアップされる渉成園(枳殻邸)の夜間特別公開催事「渉成園ライトアップ2021」。

江戸初期に造られた渉成園には、その際取り込まれた御土居の痕跡と噂される築山があったので、その観察の為にまだ陽がある17時に行ったが、残念ながら開門は日没後の18時で、叶わなかった。
仕方なく18時まで付近で時間を潰したが、今度は急に人が増え、長蛇の列に並ばされることとなった。実は今回の公開は文化庁の後援により無料だったが、検温と消毒の作業の為、入場に時間がかかっていたのである。
ただ、100人程前にいた割には比較的早く入ることが出来、安堵した。そして、入場後は庭園見物を後にして真っ先に写真の建屋に向かった。
その建屋の名が、彼の「閬風」を冠した「閬風亭」であった。

閬風亭内部はこの様に畳敷きの広間となっており、何やら人が参集し始めている……

閬風亭の広間中央に設けられた畳上の舞台。大型のPAミキサー卓(音響調整器。右奥)にEV(エレクトロボイス)製PAスピーカー(最前左右)が配置されるなど、簡易とはいえ、さすがラジオ局用意の設えとなっている。なお、撮影が許されたのは、残念ながらここまで
市中仙境・閬風亭の特設舞台
そして、閬風亭内の人だかりの前には写真の如き場所が……。それは楽器やPA装置(音響機器)を配して広間中央に特設された演奏舞台であった。
実は今日ここで和紗(かずさ)さんという京都出身の女性シンガー(&ソングライター)のフリーライブが行われる予定であった。
それは、普段私も良く聞く、地元FM局「α-STATION(アルファ―ステーション。エフエム京都)」の主催で、同局で番組を持つ和紗さんとの関係により実現したようである。
私はこれまで彼女のことについて殆ど知らなかったが、最近番組宣伝で流れる彼女の曲を聞き、大変気にするようになった。為に、この好機に一度鑑賞させてもらうことにしたのである。
そう、今日渉成園に来たのは、共に初めて観る、ここの庭園・殿舎と、和紗さんの公演が目的であった。
開演は18時半。入園後すぐに閬風亭に入ったので3列目中央という良い場所を得られた。その後、開演までにほぼ観客用の空間は埋まったが、始まったのは渉成園担当の庭師氏による庭の解説であった。
ライブはその後の19時からということをここで初めて知ったが、直前に来ても席に不自由するため致し方あるまい。ただ、庭の解説は少々誇大・冗長かと思われた。造園会社の観光・娯楽業進出の一環であろうか。
天地と人繋ぐ癒しの歌姫
そして、長らく待った19時過ぎ、DJ女史の紹介により和紗さんとギターの人が現れた。今日はこの二人でのアコースティックライブのようである。
ところが、その直前少々不思議なことが……。
それは私の前にいた女性2人が突如後方に下がったのである。為に譲られて2列目に入ることが出来た。そこは、前の男性2人の中間位置だったので、実質最前列中央同様の好条件となったのである。
さて現れた和紗さんは事前に資料で一瞥した写真より線の細い麗人――。
と、そこまでは、見た目良き演者や芸能人に有りがちな話だが、乗っけからその歌声に驚かされた。その響きや透明感、誤魔化しの効かないアコースティック音場での完璧な発声――。
正に天地共鳴の美声であった。
また、歌声だけでなく、そのメロディー表現やリズム感にも抜群のものがあり、それらの構成も緻密で、スキャット(無歌詞歌唱)に至る隅々にまで、巧みな計算・配慮が感じられた。
番宣曲の印象では、もう少し荒い感じのフォーク系の人かと思っていたが(まあ、それもまた好みだが)、意外にも正統派アメリカンソウル、ゴスペル(特に1970年代ものの影響か若しくはそれを学んだ先達の影響)を習得した実力派のようである。
2000年代以降、日本のポップス歌手の実力も飛躍的に上がったが、それでもここまで併せ持った人は珍しいとさえ思えた(加えて容姿も!)。
いあ、想像以上の凄い歌い手さんであった。珍しくも、この人の為に歌詞でも書いてみたい、とすら思わされた。また、ギターの大江和基さんの演奏及び歌唱との相性も素晴らしいものがあった。
ただ、その凄さ故に、逆に歌手という職業の恐ろしさを感じさせられることとなった。それは、どんな天才でも、また日々鍛錬を積む人でも、生身の人間である以上、その体調管理に細心の注意が必要となることである。
楽器なら体調不良でもまだなんとか弾きこなせるが、声の場合そうはいかない。因って、日々その維持に多大な身心負担が生じるのである。若年より音楽をかじった身としては同情を禁じ得ず、その重圧を案じた。
どうか、くれぐれもご自愛を……。
結局ライブは、オリジナルとカバー織り交ぜ1時間程行われた。気になっていた番宣曲も最後にアンコールで演奏されたので、大変満足のゆくものとなった(物足りなさ故に盛大にアンコール拍手をして良かった。笑)。
そして、和紗さん自身の説明により、その曲がコロナ禍逼塞中に創られたという逸話も聞けた。やはり、苦境のなかで産まれた曲ゆえに、より共鳴の力を増し、接点のない私との繋がりも成してくれたのか。
とまれ、良いライブであった。歌の上手い人はプロ・アマ問わず数多いるが、和紗さんにはそれ以上に「巫性」の如きを感じた。それは、簡単にいうと、天地と人を繋ぐ響き(歌声・空気)を持つ人ということ、である。
まだ若いながら、デビュー10年以上のベテランで、最近は「癒し」をテーマに活動されているとのことなので、正にご自身に適った道を進んでおられるように思われた。
また、長い歴史を有し、豊かな植生や木の響きに包まれた今回の会場も実に相応しい場所だと感じられた。願わくば、今回の録音をライブ盤化して欲しいと思う(不可能なら、また改めてここで録音を!)。

「閬風亭」内に掲げられた意外の宝物、徳川慶喜筆「渉成園」扁額
庭園観覧と御土居痕跡
感動のライブ終了後、声掛けしていた友人夫婦と合流する。もう一組の友人は遅く来たため閬風亭入室を断念し、庭を観て帰ったようである。
暫し夜の庭を観覧するが暗くて全容が掴み難く、友人も同様を漏らしていた。明るいうちから開いていれば良いのだが、何故か昼は別枠・有料となっていたのである。
私及び友人夫側の主な関心は、園内に残る彼の戦国遺構「御土居掘(おどいぼり)」にあったが、これまた暗さで観察し辛かった。
以前から庭池に浮く築山的島が16世紀末の創建期、即ち豊臣期の土居の一部であるとの説があった。確かに古図の御土居と位置や傾きが合致している為その可能性が窺えた。ただ未調査の為あくまでも推定の内であった。
渉成園は17世紀半ばに御土居掘を東に付け替えて構築された為、それ以前に遡れる貴重な土居堀が残存している可能性があった。まあ、この観察に関しては、また次回、明るい時間帯での機会に期待したいと思う。
庭園見学後、退出して近くの遊郭跡「旧五条楽園」辺りの食堂で友人らと食事をして帰った。今日は、庭に関しては上述の通り、少々期待外れとなったが、良きライブに接することが出来て良かった。
また、ライブ参観自体もコロナ禍前以来の、2年以上ぶりという記念すべき日となった。このまま演者・観衆共々良き再出発となれば良いが、世界的にまだ油断できない状況のため、その辺りは少々残念に感じられた。