2022年09月26日

駒嶽独錬行

黒戸尾根の登り返し付近からみた甲斐駒ヶ岳山頂に続く高嶺

「特別気になる」存在へ

今年もはや9月に。

さすがに猛暑の暑さは一段落したものの、夏の暑さは続いており、その間を縫うように台風とその影響による風雨が続いた。

そんな9月下旬の今日、我が国中央高地の1万尺(標高3000m前後)高峰を目指す、恒例の独錬山行に出掛けた。行先は信州長野と甲州山梨の境に聳える駒ヶ岳(2967m)。所謂「甲斐駒ヶ岳」である。

その昔、独り旅の途中で下車した、麓の小淵沢からみた雪峰輝くその威容に感心して以来、ずっと気になっていた山であった。

そのため、今日は伊吹山孝霊山日野山等と同じく、その姿を見て「気になっていた山」探査の一環ともなった。なかでも、甲斐駒は個人的に初めて高山と、その厳しさを意識させられた山で、特別な存在であった。


上掲写真 長大な急坂で知られる甲斐駒ヶ岳の主要登山路・黒戸尾根上からみた甲斐駒頂上方面。登山路は最奥の峰に続くが、標高2150m程のここからはまだ頂上は見えない。それは、未だ遥かに遠く、高所にあった。


シルバーウイーク明けで車の少ない、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの起点・登山口の尾白川渓谷駐車場

麓の小淵沢には前夜21時過ぎに到着。真っ暗な駐車場には連休最終日の所為か数台の車しかなく、今朝少し増えたが写真の如き空きぶりであった。

この時季、北アルプスの駐車場なら平日でも混雑するが、やはり日本三大急登の一つとされる厳しいルートのため、人気がないのか。

私も当初は山裏の北沢峠(標高2032m)を拠点に、駒ヶ岳と峠反対側の仙丈ケ岳(同3033m)を1日ずつ登る比較的楽な行程を組んでいたが、記念すべき南アルプス初入山であり、嘗て感銘を受けた側で古くからの登拝路であることから、この厳しくも興味深い長大坂での甲斐駒往復に変更した。


尾白川渓谷駐車場の隅に開く、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山口

登山口(標高約770m)〜笹ノ平分岐(同1470m、距離約2.85km)

甲信を結ぶ高原回廊のまち・小淵沢らしく、駐車場は標高770mの高所にあったが、前夜から温暖であった。そのためか、車中では短時間しか寝られず、出発の6時を迎えた。

先行者は3組程で、中には日帰りとみられる夜明け前出発も。登山口は駐車場隅の写真の場所で、計画書投函箱等の備えがあった。


甲斐駒ヶ岳登山口と竹宇駒ヶ岳神社を結ぶ土道
登山口からは暫く土道が続き……


甲斐駒ヶ岳の麓にあり、駒ヶ岳信仰の拠点の一つ竹宇駒ヶ岳神社
程なくして駒ヶ岳信仰の拠点の一つ、駒ヶ岳神社境内に入り、入山の参拝を行う。道なりに参拝出来、その後は社殿横からそのまま登山路を進めるという、至便な社である。竹宇(ちくう)という集落の里宮なので、「竹宇駒ヶ岳神社」と呼ばれることもあるらしい


甲斐駒ヶ岳の麓、竹宇駒ヶ岳神社の傍にある吊り橋
駒ヶ岳社境内に接する吊り橋。近年補修された観があるが、一度に渡れるのは5人までという制限があった。実際、渡ると独りでも良く揺れる。とまれ、ここが実質的な登山口か


甲斐駒ヶ岳の麓の吊り橋下を流れる尾白川の清流
吊り橋下には名水百選に指定されているという、尾白川(おじろがわ)の流れがあった。夜明け直後で暗く解り辛いが、確かに花崗岩を洗い下る水は清冽であった。この渓谷は清涼飲料水のCMにも使われた名勝らしい


甲斐駒ヶ岳の麓の尾白川渓谷からすぐに始まる急登の登山道
そして、吊り橋を渡ってすぐに、急斜の山肌につづらで続く急登が、いきなり始まる


栗多い甲斐駒ヶ岳の巻道登山道
高低差200m程の急斜を登ったあとは、このような巻道に。地形図によると、ここから黒戸尾根の稜線に向かうようである。本来は初めから尾根上を進む方が効率が良いので、後世付け替えられたのか。植生は里山風情で、立派な栗の木が多く、その実が方々に散っている。その数は膨大で、人独りの年間必要熱量なぞ簡単に賄えそうであった。基本野栗だが、なかには売り物同様の大物もあったため、「野営地で栗ご飯に」とも思ったが、先が長いので観るだけに止める。時折、近くにイガや硬い実が落下してくるので要注意。また、熊などの獣にも注意が必要な場所にも思われた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の稜線上に現れた、人為的に掘り切られた古い道跡
黒戸尾根の稜線に達すると、尾根の頂部を割るように続く人為的な道と遭遇した。所により深さ5m程も掘り込んだ箇所もあり、公的な土木工事が想像された。極力つづらで登るように造られているため、古い牛馬道や荷車道の可能性が高い。このルートは外部との交通に適さないので、林業か鉱業用であろうか。登山路は時にそれを辿りつつ、また時に外れて続いてた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山路脇の古い祠
そして、駒ヶ岳信仰関連のものとみられる古い祠も現れた。掘込道横の登山路脇にあったので、やはり堀込道が近世後期の登拝流行とは無関係に造られた可能性が窺われ、また、それより古いものである可能性も浮上した


ブナやクマザサ等が生える、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの標高1500m付近の森
標高1500m近くに達すると、このように植生が変わり、冷涼または高所の景観となった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の樹間から見えた頂上方面
尾根上のルートとはいえ樹林のため周囲の眺望は無し。ただ、時折樹間からこのように頂上方面が見えた。未だ、遥か彼方・高所である。しかし、木陰の所為で、陽射しの害は避けられた。山中・早朝にもかかわらず、15度以上の気温があり、直射が加われば暑さで参る恐れがあった為である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道上にある、竹宇と横手両駒ヶ岳神社の参道が合わさる笹ノ平分岐
そして、8時前に横手集落にあるもう一つの駒ヶ岳神社から伸びる参道との交点・笹ノ平分岐を通過。その名の通り傾斜が緩やかで笹が多い森である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道脇に現れた注連縄が張られた龍神石碑

笹ノ平分岐(標高約1470m)〜刃渡り(同1960m、積算距離約4.95km)

写真は笹ノ平分岐を過ぎた駒ヶ岳登山路兼参道脇に現れた石碑。龍神を祀ったもので、注連縄が張られた神道系の信仰設備である。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道脇に現れた、嘉永三年の紀年がある石像
こちらも道端に現れた石像。その姿から佛教系の吉祥天等かと思われたが、前者の龍神碑と併せて、神仏習合の度合いが濃い、古の山岳信仰を実感させられた。因みに石像には嘉永三年(1850年)の紀年が。それは、彼のペリー来航3年前の江戸後期の年号で、日本が一気に近代という新気圏に突入するために生じた大摩擦「幕末動乱」直前の時期であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の標高1900m弱の地点の、苔ある庭園の様な森
そして標高1800mを超えると、この様に苔多い庭園回遊路的道となった。それにつれ、森の姿はより寒冷地らしい植生となった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の名所「刃渡り」
程なく標高2000mを超えると、黒戸尾根道の名物的存在である「刃渡り」が現れた。鋭角の岩尾根上を通る難所だが、場所自体の幅があり、手がかり・足がかりも確りしているため、特に難儀や恐怖は感じなかった。とはいえ、縁下に落ちれば只では済まない場所なので、注意すべきと思われた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道に現れた急斜に付けられた梯子桟道

刃渡り(標高約1960m)〜五合目小屋跡(同2130m、積算距離約6.55km)

少々拍子抜けとなった刃渡りを通過して間もなく、これまた有名な桟道が現れた。

急崖に横づけされた梯子の巻き道である。写真では大した難所には見えないが、右側が奈落となっている危険箇所である。山側(左)に渡されたロープを掴みつつ慎重に通過。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道に現れた急斜に付けられた梯子桟道下の急崖
梯子桟道より急崖下を覗く。これまた樹々の所為で然程危険な場所に見えないが、実際にはこうしてカメラ向けるのも緊張するような斜面であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の黒戸山手前の梯子道
横に移動したあとは縦に上る。難しい場所ではないが、油断禁物の崖道


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の黒戸山手前に現れた刀利天の祠
少々緊張した崖道上の尾根上には、刀利天(とうりてん)が祀られた祠があった。この世ではないが浄土でもないというその存在は、険難を超えた山上にありながら、未だ頂ではないという、浄土教的信仰を物語るものか。そういえば、山頂に祀られている大己貴命(おおむちのみこと)の本地佛は、浄土への救済者・阿弥陀如来であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の黒戸山の巻道の先の下り
刀利天からまた険しい尾根道を登り、やがて森なかの長い巻道に出る。その後、道はこの様に急に下降を始めた。折角標高2200mを超えたのに、また100m程減ってしまったのである


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート上に現れた五合目小屋跡の鞍部と祠ある岩山
そして下った先にはこの様な平坦鞍部があった。左側の斜面には昔投棄されたとみられるゴミが散乱している。五合目小屋跡と呼ばれる、嘗て山小屋があった場所であった。駐車場からここまでの距離は6.5km、時間は5時間半を消費。比較的体調は良かったが、標高2000mを過ぎた頃から背嚢の重さによる疲れで動きが鈍っていたので、ここで若干長めの休息とった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡向こうの岩山横に現れた梯子場

五合目小屋跡(標高約2130m)〜七丈小屋(同2360m、積算距離約7.25km)

道は小屋跡鞍部向こうの岩山で途絶したように感じたが、岩下の祠右横に何やら白木の構築物が見えたので行くと、このような梯子場があった。

強力な登り返しの始まりである。疲れた身に堪えるが、進むしかない。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山横の危険な梯子場
上部から覗いた岩山横の梯子場。これも樹々と影で判り辛いが、梯子下段下は奈落になっており、二本梁の柵を越えて落ちると、まず助からない急崖であった。柵は事故の影響か、最近取り付けられたような観があった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山横の鎖場や梯子場
急な梯子を登っても、また鎖場や梯子ある急な岩場が連続する


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山上に続く登山路兼参詣路
そして油断ならぬ岩場を越え、岩山頂部に続く道をゆく。重荷の疲労で極端に速度が落ち、幾度か小休止を繰り返しながら、である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡と七丈小屋間にある鞍部と梯子橋
岩山頂部の道は暫くすると下り始め、また鞍部が現れた。そこには、切れ込みの深さ故か、写真の様な梯子橋が架けられていた。これが微妙に怖い


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡と七丈小屋間にある梯子橋とその下
梯子橋の真下は然程高さはなく、左に張られたロープを掴めば難なく通過できるが、何かの拍子で落ちそうな危険を感じる場所であった。因みに、私もこの写真を撮ろうとして均衡を崩しかけるという危うい目をみた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある梯子場の急崖
そして、また下ったので、当然登り返しが待っており、それもまた急峻であった。この様に梯子場等の急崖の登りが続く


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある急崖上の危うい桟道
また、崩れれば一巻の終わりであろう、こんな桟道も出現。よくこんな場所に取り付けられたものだと感心しつつ、下を見ないようにして通過


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある急崖上の鎖場
そして極めつけに、こんな鎖&ロープ場が現れた。岩に付けられた窪みに足を乗せつつ攀じ登る。その距離は短いが、途中横に移動する箇所があり、右足を置く足場に気づかず少々難儀した。しかし、事前に調べたが、こんなに危険個所が現れるとは思わなかった。10時過ぎから下りの人達とすれ違い始めたが、甲帽(メット)装着の人が少なからずいたことに納得がいった。荒天時は通りたくない場所であり、また子供も適さないルートだと思った。個人的には、彼の剱早月の道より危なく感じられた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋(第一小屋)
険難の次はまた山上の道に出る。とにかく荷が辛いので、道際の石上にそれを預けるようにして座り休んだ。位置的に本日最後の休みかと思い出発すると、すぐに今日の進出点で野営地でもある七丈小屋の三角屋根が現れた。少々拍子抜けするも、安堵。時はちょうど13時なので、出発から7時間経っていた。一応、標準所要時間内に収まったが、最後の1/4で失速したことは不満であった。この夏は天候が悪く、そして猛暑続きのため殆ど鍛錬が出来なかったからか。または荷が重すぎるのか……


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のトイレ

七丈小屋(標高約2360m)〜野営地(同2400m、積算距離約7.4km)

尾根脇の僅かな空隙に埋め込まれるように建つ七丈小屋で野営の手続きを済ませる。

小屋前で掛け流されている冷たい飲用水や厠が使い放題なのは有り難い。ただ、野営指定地が小屋から5分程離れた場所にあるという。崖上に張り出すこの厠棟に寄りつつ、早速上手のそこを目指す。

厠は崖下の黄色いタンクに屎尿を集め、ヘリで麓まで運ぶようだが、道しか平地がないここで、どうやって発着しているのであろうか。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋の第二小屋建屋とテント場及び山頂へと続く登山道の梯子
厠の傍には七丈小屋の別棟・第二小屋があった。片流れの屋根と赤い壁が特徴的な建屋で、比較的新しい建築に見えた。そして、小屋裏にある右の梯子は、野営地及び駒ヶ岳山頂への登山路であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋の第二小屋前のデッキ向こうにのぞく送水管らしき設備
第二小屋前のテラス向こうには森なかを通す送水管らしき設備が観察出来た(中央右)。やはり、剱の早月小屋同様、尾根上に水源がないため近くの谷から引いているようである。大変な労力である。しかし、有難い限り


誰もいない、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場

標高2400m、未だ夏風情の野営地

さて、第二小屋裏の梯子を上って野営地への尾根道を進むが、これが意外と険しい。

というか、結構な登りで坂で、道上を横切る樹に頭をぶつけたりもする。サンダル履きや、鍋に水を入れ片手通行するのは難しいだろう。

そして、到着した標高2400mの野営地は写真の通り誰もおらず。連休明けの今日は人が少ないらしいので、好きな場所に設営してもよい、ということだったので、好みの場所を選ばせてもらった。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場から見えた、鳳凰三山越しの富士山
重荷を下ろし、天幕を張って寛ぐ。正午過ぎには小屋近くまで達し、道も険しかったため延期した昼食も遅ればせながら摂る。尾根脇に造られ、向かいに高山を臨むのは剱早月とそっくりな立地。向かいの鳳凰三山脇にはこの様に富士山の姿も比較的近くに見えた。遥々山梨まで来たことを実感


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの山小屋・七丈小屋のテント場からみた9月末ながら紅葉が殆どない山肌
しかし、標高2400mの高地に達しながらも、未だに暑い。設営場所も日向を避けたくらいである。周囲の山々を見回しても紅葉は殆どみられぬ、未だ夏山の風情であった。北アルプスなら今時分、麓から紅葉が始まっている筈。やはり「南」アルプスである分、季節の進みが遅いのか


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場からみた星空や甲府市街の街灯り
標高2400mのテント場からみた星空と甲府市街の街灯り

昼食後、周囲を少し散策しつつ撮影したり、横になり休んだりして過ごす。やがて夕方となり、18時過ぎに夕食を摂り、明朝の登頂に備え20時までには就寝態勢に入った。

すっかり暗くなった天幕外には、好天の所為か、天の川が見えるほどの星空が。気温はさすがに下がったが、それでも全く寒からず、山の夏宵ともいえる陽気であった。


「駒嶽独錬行」2日目の記事はこちら

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会
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