2022年11月27日
近山晩秋
晩秋の京都市街東部
京都市街東部の左京区南部辺りでは、今週半ばを頂点に紅葉時季が終りに向かい始めたことを感じるようになった。
名所・真如堂(真正極楽寺)でも、盛りの美麗さはあるが、同時に写真の如く、参観者の頭上に楓紅葉の落葉が降りかかる晩秋の姿が見てとれた。
来週は、いよいよ年末12月。秋が終り冬が始まる。今日は近隣の名残りの紅葉を楽しみつつ、同様に美麗な近山も散策してみた。
正門たる総門を潜り、現れた真如堂の諸堂と境内を彩る鮮やかな紅葉。いつもより人が多いが、観光バスが入れない丘上のここは穴場的名所である
こちらも真如堂。書院と本堂(右)を繋ぐ回廊前後で鮮やかな色を放つ楓紅葉
紅葉美麗な瓜生山へ
市街東部の紅葉名所・永観堂(萎れ始め)や真如堂を観たあと、近山に向かう。
それは、真如堂がある丘(中山?)の南部から見た写真の瓜生山(うりゅうやま。標高301m)であった。美麗な天然林紅葉ある手前の山の中央がその頂で、背後の陰になった峰は比叡山である。
叡山はここからみると真の姿である双耳峰であることが判る。即ち左が四明岳(標高838m)、右が大比叡(標高848m)の二頂構造。瓜生山は、古来その二つの峰の裏にある延暦寺や東麓の近江滋賀への通路でもあった。
真如堂の丘を下り、瓜生山の麓へ。ここが代表的な登山口だが、開発が際まで迫り味気ない。登山道は中央の車道ではなく、左の病院擁壁下に続く沢に沿っている。必要な施設だが、もう少し遣りようはなかったのであろうか。瓜生山も、大文字山と劣らぬ歴史遺産に彩られた山域なのに
擁壁の奥はいきなりこの様な山中となる。少し進み、登山口側を振り返った景。右下には京の銘石・白川石の産地らしい、加工石材の散乱も見える
沢の途中にある大山祇神社を過ぎ、尾根道を進む。頂部が広く削平されているが、実はこれは戦国時代の山城の郭(くるわ。防御陣地)跡。山頂に武家の守護神的存在・将軍地蔵を祀った瓜生山は、嘗て足利将軍の拠点にもなった付近屈指の城郭であった。そんな歴史を秘めつつ、落ち葉散る明るい秋山の風情も良し
緩やかな尾根道から急登に入り、更に進む。麓の町名由来となったとされる小頂・茶山を過ぎ、山頂までの中段的尾根に出ると、また人為痕跡がある郭跡が現れた。黄葉が近くに迫り、更に秋の風情が濃くなる
そして最後の急登を上り、瓜生山山頂着。広い平坦地になっているが、これも人為とされ、瓜生山城(将軍地蔵山城)の本丸跡とされる。奥の祠は、別の登山口にある狸谷不動尊の奥の院である幸龍大権現、その裏には今は麓で祀られる将軍地蔵が収められていた石室(いしむろ)がある
瓜生山山頂からみた、南方は東山連峰の紅葉と大文字山(奥の峰)
時間的・距離的に大した疲労はなかったが、折角なので、山頂で暫く寛いだあと、別路で下山する。城跡を濃厚に窺わせる地貌を辿りつつ、尾根上から見えた、比叡山とそこに続く山肌の紅葉。この、瓜生山山頂北の道は比叡山への古道とも重なる
比叡山への古道で、戦国城塞の軍道でもある、瓜生山山頂北の尾根道にも、こんな良き秋風情があった
近場侮り難し
間もなく瓜生山山頂北の尾根道を逸れて下降し、谷道を進む。写真で見るように、誰にも遇わないここにも静かな秋風情があった。そして、また元来た登山口へと下ったのである。
僅か1時間くらいの、軽く汗かく程度の山行だったが、意外と秋の風情が豊かで、印象深いものとなった。今季色々行ったなかでは、最も良かったかもしれないとすら思わされた。
やはり、近場も侮り難し――。
そんな思いに改めてさせられた、晩秋の京都近山行であった。
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