2023年02月05日
北山初雪行
珍しきバス便での北山行
今日は珍しく朝早くバスに乗り、出町柳駅へと向かう。
それは、京都市街東部、賀茂川沿いの私鉄線ターミナルであった。ただ、そこから列車には乗らず、違うバスに乗り換え、市街北郊へと向かった。
向かったのは、鞍馬奥の花脊集落。一応出町柳や拙宅等とも同じ左京区内であるが、京盆地北辺裏の高所にあった。
今日は、そこから周辺の山を巡る今季初の冬山行を実施することとなった。例年なら既に前年末から始め、1月が盛期となるが、今年は年末年始に傷病者支援等があり、立春過ぎの今日となった。
上掲写真 立春翌朝の出町柳駅バス乗場に現れた、京都北郊山地へと向かう、京都バス・広河原行車輌。
驚くべき違い
バスは阪神地区とも結ばれる出町柳がある京都市街北部と京都北山(丹波高地)を結ぶ著名便で、紅葉時期等は混雑するが、今朝は出発10分前でも誰もおらず、一番乗りになった。
それでも、その後、人が集まり、少なからぬ乗客を乗せて出発した。そして、途中地下鉄駅等を経由しつつ更に客を乗せ、そこそこの乗車率で北郊山間に入った。
写真は、かの鞍馬での車窓景。赤茶けた名産の鞍馬石に雪が載っており、なんと小雪も降っている。市街は今朝昨日より暖かかったが、それでもこの違いであった。因みに雪は既に鞍馬下手の貴船口手前から降っていた。
鞍馬から更に進み、峠道を登り始めると、完全な雪景となった。雪があるのは知っていたが、近隣市街との違いの大きさに改めて驚かされた
そして、京盆地北縁高所に開く花脊(はなせ)峠に着いた。標高約760m、氷雪に覆われる、これまた信じ難い光景。路肩の気温表示は-2度だったが、昨日は麓でもそれくらいだったので、更なる厳寒だったと想像された
峠裏の雪域に
バスは花脊峠を越え、慎重に花脊別所集落に下る。路上は除雪されているが圧雪や凍結が多い為である。
そして、茅葺の形状を残す古民家が点在する集落内を下り、間もなく旧花脊スキー場最寄りの花脊高原前停留にて停車。私は、ここにて降車した。
私以外の数人の登山客は全員峠で下車していたので、私1人の下車に。細雪降る薄暗い深雪の集落に独り降りる私に、雪道対策と思われる年輩補助乗員が「えっ独り?大丈夫?帰りの便に乗る?」と不安げに声を掛ける。
非常装備を含め準備は万端のため一瞬面倒を感じたが、この状況、または職責上仕方ないと思い、「慣れているので問題なく、帰りの便も遅いので(18時以降に1本のみ)、自力で鞍馬駅まで戻る」と説明して別れた。
まあ、色々と事故も多いので、謙虚に疑念に答え、気遣いに感謝すべきであろう。
それにしても、集落下部とはいえ、写真の通りの深雪景。標高約570mのこの辺りで、積雪50cm前後か。先週、集落下部で積雪1mを記録したらしいが、未だそれを彷彿とさせる光景、正に雪国景であった。
雪が舞うバス停脇で準備し、西方の山塊へと向かう。暫くはこの様に雪積る林道を進み、その後、山道に入った。ほぼ埋もれるも人の踏み跡が続いていたため、ワカン(輪かんじき)は着けずに進めた。そして、早朝か昨日のものと思われる先行者の足跡も一つ……
そして、時間にして40分、高低差250mを登り、稜線の寺山峠(標高807m)に出た。雪は多いが麓とは然程違いは感じられなかった。陽当たりが良いので溶けやすいのか
花脊別所西稜線を北へ
寺山峠からは稜線直下に沿う林道を通り北を目指すことにしたが、写真の通り、埋もれた古い踏み跡のみで、近日の人跡はなかった。
それどころか、南方は花脊峠方面からの人跡もなかった。先行の足跡も峠で絶えたので、引き返したようである。
花脊峠からの登山者が先に通過しているかと思ったが、未着か別路を採ったか。私は鞍馬駅までの帰路の長歩きを考え、極力北に進出せんと、登りを厭わず高原前停留で降りたが……。
まあ、構わず峠から北を目指し歩き始めたが、ほぼ踏み跡のない新雪路で歩き辛くなったので、ワカンを装着して進む
峠から1km程進んだところで要注意箇所を通過。中央に林道が通っているのだが、半ば埋もれて判り辛くなっている。恐らくは雪崩の所為と思われる。特に雪が多いここは斜面傾斜が大きく、樹々疎らな悪条件となっていた。実際、デブリ(崩雪堆積)も目撃し、昨年も危険を感じた場所であった。慎重に、そして素早く通過。気温が低い午前なので大丈夫だろうが、多量の積雪があった直後や雪が緩む午後は通らない方がよい場所であろう
要注意箇所を過ぎると林道が途絶し道なき道を進むことに。向かうべき稜線上に進む、埋もれた踏み跡が続くが、ワカンを履き、読図で場所や進路も把握しているので、有っても無くても特に影響せず
林道を離れ旧来の尾根筋に乗って進むが、やはり雪が多い。特産の北山杉も、このように多くの雪が付着する姿と化していた。ひょっとして、先週の大雪直後は「スノーモンスター」の如き姿だったのかもしれない
奥山を旋回し山域最高所巡る
地蔵杉山(標高899m)の裏を過ぎて稜線を進む。去年登り、眺望も無かったため今回は同山に登らず。そして、北から西、更に南に向くよう、奥山の稜線を旋回する。
本日の最北端かつ奥山なので雪が多い。大雪から一週間以上経ったとは信じ難い状況であった。気象条件も厳しいのか、写真の通りトレース(踏み跡)も消え失せた。この山域に入る人はご注意を……。
南へ向き始めれば樹林の彼方に今日の目的地の一つ、雲取北峰(標高約915m)が見えてきた
その後、深雪の稜線を下り、雲取峠(標高約870m)に到達。意外にもトレースが全くない、完全な平滑雪原状態であった
雪は更に深く、新雪的雪質も高まったように感じられた。ワカンを履いても、この通り平気で30cm以上沈むことも、しばしば……
人けのない雲取峠を通過し、隣の雲取北峰に上る。やがて、灌木の果てになだらかな山頂が見えたが、またしても、トレースは見られなかった
雲取北峰山頂から見た、北山杉の植林が美麗な地蔵杉山(中央)等の京都北山の峰々。つまり、先程この山頂裏辺りを右から左へ移動しつつ、ここまで周り込んできたのであった
雲取北峰付近の雪上ではこの様な足跡も目撃。イヌ科らしき様から、狸か狐のものであろうか。一見不毛に見える雪山でも、この様な野獣痕跡は少なくない。加えて、雌鹿や雌雄の雉等の、鳥獣自体も目撃した
これまた人けのない雲取北峰で昼食後、南西に連なる雲取山主峰(標高911m)にも寄る。この山域の最高所を巡るためである。しかし、その山頂もこのようにノートレースの無人雪域となっていた。これは大変珍しい。まだ正午頃だったので単なる一番乗りなだけか。それとも雪の多さで麓に近寄り難いための閑散か……。実は、私自身、本来は昨朝貴船経由の車行予定だったが、路面の凍結等で貴船より先に進めず断念していたのである
午後から眩いばかりの雪原に急変した雲取峠
別路の谷と尾根筋経る帰路へ
雲取山を覗いたあとは、谷への下降路を採るため、自分のトレースを踏み、また雲取峠まで戻った。すると、先程までの降雪天気が嘘の様に失せ、眩いばかりの雪景と化した。
あと、先程は無かったトレースが一筋、自分のトレースに交差しており、別人が現れたことを知る。近くの大学小屋の入口に人が見えたので、関係者が様子を見にきたのであろうか。
雲取峠からは、この様な谷沿いの急斜を下り、また寺山峠を目指す。今日の最終進出地は北周りでの雲取山。即ち、これより帰路で、寺山峠には谷なかの近道をゆく。午後を過ぎ、更に晴れてきたので、みるみる雪が緩み始めるのを感じる。別人のトレースを足下に見つつ、気をつけて進む
雲取峠下の桂川水系・灰屋川の源流谷もこの通りの多雪ぶり。右上小屋の正体は不明だが、どこかの大学山岳部の関係か……
灰屋川源流谷を下り、その支谷からまた少々登って再度寺谷峠に着く。明るい陽射しに包まれ、今朝とは別の場所、別時期のように感じられた。そういえば、谷なかの分岐にて初めて人とすれ違ったが、沢の渡渉に迷っていたようであった。私が下流を渡ったのを見て近づき挨拶したが、比較的若めの男女二人組で軽装かつ慣れない雰囲気。しかも時間は13時前。恐らくは雲取山に向かっているとみえたが、大丈夫であろうか。バス停近くにも警察による遭難多発の注意喚起が掲示されていたことが気になった
さて、寺山峠からは往路の斜面を下らず、尾根沿いの林道を南へと進む。南彼方の鞍馬駅に向かうためである。ところが、見ての通りその道上には埋もれた古いトレースしかなかった。雲取峠に続く別人のそれは寺山峠下の花脊集落からのものと思われた。結局南の花脊峠方面からは誰も来ず、今日は私独りでラッセル(深雪作路移動)となりそうである
陽射しと午後の気温上昇をうけて急激に雪が重くなり、少々進み難い。しかし、晴れ渡った尾根近くの路上からは今朝見られなかった遠望が叶った。写真は東北方面に見えた丹波高地越しに連なる雪の比良山脈。滋賀県西部に連なる連峰で、中央にはその南部を代表する蓬莱山(中央奥。標高1174m)が見えた。彼の地もかなり雪が有りそうである
林道を進むと、やがて古いトレースすら消失。林道というより、単なる雪尾根の如き風情。日向は重い融雪、日陰は深く沈む新雪という、両極端な高負荷歩行が続く
寺山峠から1km強進んで寺山(標高862m)に到達。林道脇の林間にこの山頂があるが折角なので寄る。付近は広い平坦地となっているので、地元の寺跡伝承と関連があるのかもしれない。そういえば寺山峠と寺山の間に標識の無い廃れた峠があるが、寺山峠の名はそこが適地のような気がする。それが花脊西隣の芹生集落と花脊別所集落を結ぶ最短路上にあり、かつ寺山のすぐ北にあるからである。誤伝等に因り名づけが混乱しているのか
寺山からまた1km強進み旧花脊峠に近づいてきたところで、漸く路上にトレースが現れた。最近流行りの浮力の大きいスノーシューのもので、同峠から来てここで引き返したらしい。スノーシューハイクか機材の試用か
今度は比良山脈主峰・武奈ヶ岳(中央奥。標高1214m)が見えてきた。こちらも、さぞや雪深いであろう
そして新旧の花脊峠を隔てる天狗杉(山名、中央奥。標高837m)も現れ、程なくして旧花脊峠に到着した。今朝バスで越えた京盆地北縁に戻ってきたのである。ただ、何故か付近に改造四駆車が数多集合して、写真を撮れる状況にはなかった。こんな雪深い旧道に何の用で集まったのか。各車エンジンをかけっぱなしで下車し、煙草を吹かして、たむろするなど雰囲気も悪い。そして、何故か私が旧道を下方へ進むと、大きな車音を立てついてきた。怪訝に思ったが、途中の柵に阻まれ、やがて引き返していった
旧路での近道やめ登り返す
旧花脊峠からは鞍馬尾根伝いに貴船口駅まで山中を南下したかったが、近年鞍馬寺が通行を禁じたので旧道を下り最短路で国道へ出ようした。だが途中から荒れており、また、緩んだ雪の急下降を避け峠に引き返した。
以前倒木に苦労しつつ下から通過したことがある谷筋だが、近況がわからないということもあった。三分の一程下降したが「急がば回れ」ということにした。
写真は旧峠への登り返しの途中に見上げた天狗杉南面。京都市街、特に左京市街から望める北山縁の伐採雪原である。
廃滅旧道を登り返し、再度辿り着いた旧花脊峠(奥の祠辺り。標高750m強)。先程の四駆車軍団は深い轍のみを残し、全車去っていた
登り返した旧花脊峠からは、避けたかった天狗杉への高さ100m弱の登坂と新峠までの縦走を行うことに。写真は仕方なく登り着いた天狗杉山頂
天狗杉山頂から続く縦走路。京都北山山中の著名交通路なので、さすがに幾つもトレースが着いており、比較的歩き易かった
天狗杉縦走路から見えた京都市街及び大阪・奈良方面。中央奥に阪奈境界の名峰・金剛山(標高1125m)が見える
更に今回は東方に鈴鹿山脈の最高峰・御池岳(標高1247m。中央奥)が見えた。天候の所為かこれまで何度も通った場所だが、初めての目撃。とまれ、彼の山も多くの雪を戴いている
こちらも天狗杉縦走路から見えた東南は鈴鹿山脈・雨乞岳(標高1237m。中央右奥)や湖東平野に琵琶湖(左下水面)。鈴鹿南部も雪が多いか
延々たる最後の国道下り
そして、間もなく天狗杉の縦走路から国道貫く花脊峠に下降。
ここにてワカン等の山中装備を解除。峠の電光板には気温1度の文字が浮かんでいた。時は15時半前、今朝バスで通過した時より3度の上昇。
峠からは車道を延々と下る。唯一の帰路便バスが18時半前まで来ないため仕方なし。駅がある鞍馬までは下りだが、6km以上あるため大変である。速足で進むが何時まで経っても山間から出られない。これを短縮するために先程旧道を試みたが残念であった。そして、時折樹々の上から大量の雪が落ち驚かされる。注意して進み、漸く斜陽さす鞍馬の里に入った
ご存じ鞍馬寺門前も通過。急いだ甲斐があってか、結局、距離6.2km、高低差526mを1時間で歩けた。鞍馬からの便も、折よく出発10分を切るバスがあったので、それに乗ることができたのである
京都市街北部のバスターミナル「国際会館駅前」に停車する鞍馬発着のバスと、夕暮空に立つ天狗杉山とその南面雪原(中央奥)
天狗杉見上げ帰宅
鞍馬からバスにて京都市街北部は岩倉地区にある国際会館駅前に移動し、そこから別のバスに乗り換え無事帰宅した。
今日は、全山中行程の約5分の2が国道歩きとなる一風変わった山行となったが、一先ずは今季初の雪山に親しむことが出来てよかった。
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