2023年10月22日

史祭初見

大鳥居を背に、終着地・平安神宮に向かい神宮道を進む時代祭・桃山時代列の一部「織田公上洛列」

動く歴史絵初観覧

鮮やかな大鳥居前を進む武者行列を捉えた写真は著名な時代祭の様子。

京都及び平安京の誕生日とされる今日10月22日(新暦換算では本来11月18日)に毎年京都市街で行われる秋の恒例祭事で、夕方覗いてみた。

時代祭は平安京遷都1100年を記念して明治28(1895)年に始められた祭事で、遷都当初から明治維新までの京都首都機能期に同地で活躍した人物や集団に仮装した市民が市街を行進する祭。いわば、動く歴史絵巻である。

その行列は、総勢約2000人による約2kmの長さを擁し、正午に市街中心の京都御所を発ち、16時頃に市街東の平安神宮に到着するという、大規模かつ絢爛なものであった。

私はその終盤たる平安神宮前にて観覧することにしたのである。京都の祭としては比較的新しいこの時代祭。葵祭や祇園祭と共に京都三大祭の一つとされるが、実は意外にも、これまで観たことがなかった。

それは、日が固定されていて、今回のように週末に当ることが少ないことや、前近代に遡るような歴史的祭ではないこと、装束考証等への疑いなどから、然程興味を持たなかったためである。

本来、今日も行くつもりはなかったが、前日知人から誘いめいた問合せがあったことや(結局知人は行けず)、偶々時間が空いたことなどから、折角の機会なので一度見ておこうと思って出かけた。


上掲写真 大鳥居を背に終着地・平安神宮に向かい神宮道を進む「織田公上洛列」。時代ごとに区切られた行列の内、桃山時代の一部を成す一群。


時代祭観覧のために平安神宮前の神宮道際に集まる観衆
参観を決めたとはいえ、恐らく混雑で観れず、すぐ帰る覚悟もしていた。しかし、終点際の観覧一等地・平安神宮前に着いたが、道際こそ、このように人が多かったが、贅沢を望まなければ観れない状況ではなかった。ひょっとして出発直後の御所辺りに集中し、終盤のここはマシとなったのか


平安神宮に向かい神宮道を進む時代祭・江戸時代列の一部「徳川城使上洛列」の「城使」
行列先頭には間に合わなかったが、比較的前の江戸期列から観ることが出来た。これは「徳川城使上洛列」の「城使」。時代列は新しい維新列より進む。しかし、ここは樹影がかかるので、道対面の東側に移動した。最初の画像はそこへ移ってからのもの。ただ、東側は反対に陽が眩しかった


京都・平安神宮前で演じられる、時代祭「室町洛中風俗列」の風流踊
時代列のなかには、歩みを止めて踊りや演奏を披露する一団もあった。これは中央の「風流傘」を中心に囃子方の「中踊り」と踊り手の「側踊り」で構成される「風流踊(ふりゅうおどり)」。「室町洛中風俗列」の主部で、中世、都で流行し、全国に伝播した民俗芸能を再現している


平安神宮に向かい進む、同社の神で時代祭の祭神、孝明天皇と桓武天皇の御霊代を乗せた御鳳輦による「神幸列」
そして行列後方では、トリ的な「神幸列」が現れた。正確にはこの後にまだ「白川女献花列」と「弓箭組列」があるが、平安神宮の神で祭の神である孝明天皇(前)と桓武天皇(後)の御霊代(みたましろ)を乗せた御鳳輦(ごほうれん)の列なので、重要である。そう、時代祭は同じく平安遷都1100年を記念して明治期に造られた平安神宮の大祭なのである

平安京の歩み感じる良祭

神幸列のあと最後まで観覧し祭参観を終えた。身近な場で行われてきた著名大祭ながら初めて観たが、平安京の歩みが感じられる良い祭であった。

希望としては、演者の年格好も合わせてほしいと思った。衣装や小道具の時代考証は厳密らしいが、その分、演者の姿が気になったからである。

とまれ、機会あれば、次は是非御所にて初めからみてみたいと思った。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 催事(友人其他)
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