
今年は涼しめ
今年も、はや盆入りに。一般的な盆入りより早いと思われるかもしれないが、ここ京都市街では既に7日から迎え盆が始まっている。
そこで、市街東部の入盆聖地・六波羅に「六道まいり」に出かけた。特に決めている訳ではなく、いつも思い立って行くのだが、家族や友人に若年物故者がいるため、意識せざるを得ない慣習ではあった。
今日は去年とは異なり、仕事を終え、同じく仕事を終えた同行者と待ち合せたため、日没後の訪問となった(先日の奥飛騨帰りの事故影響もありバスで行かざるを得ないという事情も)。
待ち合せ場所の繁華街の人の多さに驚き呆れつつ、清水寺麓の当地に着いたが、去年より涼しめではあった。ただ、予報が早まり、途中から小雨が降ってきた。
上掲写真 迎え盆参拝者で賑わう京都市街東部・六波羅にある六道珍皇寺(ろくどう・ちんのうじ)境内。古代、葬送地だったこの地で今も行われる盆行事「六道参り」の中核的場所である。

「六道まいり」の提灯が掲げられる六道珍皇寺門前と参観・参拝者ら
久々に六道絵観る
今日は六道まいりの王道的に、古代五条橋跡に架かる松原橋を渡り坂上の鳥辺野(六波羅以東の古名)に至った。先ずは参詣のメッカたる「六道の辻」の下手にある西福寺という小寺に参詣。
そこは九相図(くそうず)や地獄絵等の六道絵で有名な寺だが、迎鐘つきなどの入盆行事も実施。近年絵図類の参観は有料化されているため参拝のみで出る予定だったが、同行者が未見だったのでその参観を待つことに。
しかし、係の人に訊けば解説が3、40分に及ぶとのことだったので、寺への応援も兼ねて私も久々に参観することにした。結果、質疑応答含めた50分程の濃密な参観となった。
その後、六道珍皇寺に向かったが、本命的なここの鐘撞きは、既に長蛇の待ち列となり、雨も降ってきたので諦めた。先にこちらに来ればよかったと、少々反省。
まあ、西福寺で既に鐘は撞いたので、用は果たせたか……。

弘法大師空海が平安京郊外の無常地際に建てた地蔵堂を由来とする西福寺の地蔵堂の門
名所隣の観光不適催事?
西福寺そして珍皇寺と参詣し、その後六波羅蜜寺に参って六道まいりを終えた。来た時は人が多かったが、沿道の店や露店も閉まり始め少なくなっていた。
この西福寺の写真は帰り道に寄って撮ったもの。思えば著名観光地の祇園・清水に隣接しながら、殆ど外人を見ない行事であった。
偶に通りすがりや近くの宿から出てきたようなその姿を見たが、少なく、最近では珍しいことに思われた。純粋な宗教行事で、盆や六道という難解さが遠ざけたのか。
まあ、そんな行事が残っていても良いだろう。実用している(参詣する)身にとっても有難い限りである。

西福寺地蔵堂対面にある本堂とその間の通路。参拝者が減っているが、障子部屋前に靴が並んでいるのでまだ絵図参観は行われているかもしれない
問題進行中での一息
かつての無常地、六道の辻をあとにしてバス停があり内外の人で沸騰する娑婆の繁華街に戻る。1本バスを逃したため開き直って路地裏の馴染の小店でビール一献がてら食事をすることにした。
そこも久々の訪問であったが、昔の雰囲気は健在であった。良心価格の気安い店だが、一見(いちげん)では邦人でさえ大いに警戒する外観のため、ここも外人や旅行者は皆無であった(笑)。
入盆参り共々、旅行者過剰問題進行中の昨今そして京都において、図らずも一息つけたようなの夜となった。
