
「山の日」の避暑
先週の盆入りから週明け火曜祝日の今日。友人と日帰避暑行に出掛けた。
場所は友人提案の隣県滋賀北東山中にある洞穴。寒いくらいの涼しさがあるそこに接し、その付近の渓流にて憩う、という企画であった。
上掲写真 友人に案内され初参観した洞穴と、その内部の照明等。洞穴中央に立つ尖塔状の岩が印象的。

滋賀在住の友人と同県内の駅で待合せて合流後、車にて一路滋賀北東へ。
「いつもより通行量が多い」と友がいう高速路を経て、写真の如く、洞窟がある山の麓に至る。
そういば、今日は祝日「山の日」。連日の暑さに因り元来山へ登るつもりは無かったが、奇しくも山中入りとなった。
なお、本来はこの盆前半に数日休みがとれたので、昨年同様、信州及び飛騨方面へ野営避暑に行きたかったが、同行者の都合に因り中止となった。

意外の盛況「河内風穴」
田圃なかの道から山中に入り、下流の彦根城の外壕河川でもある芹川に沿って進むと、やがて古民家が数軒ある風穴最寄りの小集落に至った。
だが、実はその手前の寺院前で警備員に止められ駐車待ちとなった。意外にも訪問者で混んでいるため、約20分の空き待ちとなったのである。
やがて、言われた通りの時間を車中で過ごし、無事駐車(有料)を果たす。そして徒歩で芹川を渡った際の一写が上の写真。風穴の券売所前に続く右岸の駐車場も満車状態であった。
以前の長閑さを知る友人も驚いていたが、皆この猛暑で涼を求めに来たのか。駐車係の人によると、3年程前から急に訪問客が増えたという。

券売所で受付けを済ませ、芹川の支流谷に続く遊歩道を進む。水の清冽さが増したような気がし、気温も2、3度下がったように感じられた

アスレチック施設のような空中回廊ある階段で急斜を登り、やがて風穴の入口に至る

隧道状に設けられた落石防護柵の奥にはこのように洞窟口が。風穴の入口で、身体を屈める必要のある狭さであった。早速入ろうとするも、中の見学者も多いのか、次々を出で来るそれを暫し待たなければならなかった

漸く洞穴内に入るとこのような感じに。十分立てる高さだが少し狭いか?

と思いきや、次の穴を潜ると、この様な大空間が現れた。なるほど、これなら見る価値はある。気温も森なかの25度程から15度程まで一気に下がって、上着がないと寒いくらいに

こちらは大空間の底を進み、入口方向を振り返って見た光景。これまで見学した秋芳洞等の石灰岩洞穴と決定的に異なるのは鍾乳石がないこと。この洞内は水気が少なく、それが形成されないのか

風穴内には、この様な支洞も。登って見学できるようだが、今日は人が多いとのことで封鎖されていた

大空間の端を登った後には小空間があり、その向こうには、この様な最後の小洞があった。実は、河内風穴は国内有数の長さがあり、この先も延々と続いているらしいが、我々一般参観者が入れるのはここまでであった

芹谷避暑
河内風穴での見学と涼みが終り、近くの河原へ。ここで友人手作りの美味な昼食弁当を頂き、川遊び的に更に涼むことに。
洞窟から流れる来る所為もあるのか、あまりの水の冷たさに腰まで浸かることが限界であった。
そして、風穴帰りか、道奥にある霊仙山帰りか、家族連れ等の多くの人々が、入れ替わり立ち替わり現れた。

美麗・清涼な河原にて十分涼んだあと一路付近の山道へ入る。以前から気になっていた山上集落を見学するためであった。ただ、友人が道を間違えたため、この通り、大変狭く、険しいつづらの登坂に。そして、友人がそれを恐れたため、間違えに気づく前にに引き返すこととなった

山上隠里「桃原」へ
険路を下り、一旦元の谷道に戻ったあと、私が地形図を確認して改めて正しい道をゆく。然程険しくない登坂を進み、程なくして到着したのが、この桃原(もばら)集落であった。
先程の難路は住人が絶えた廃村(杉・五僧・保月集落)へ向かう道だったため改修されていなかったと思われた。個人的には、そこにも興味があったが、今日は時間もなく、仕方なし。
写真は桃原集落入口部分の平屋家屋。公民館的な建屋か、側壁には乗合タクシーの時刻表が貼られていた。

タクシー乗場から見えた、生活感がある上手の古民家。友人によると、ここはまだ廃村にはなっていないという。確かに、道や家等の方々に生気が感じられた

集落の入口に近いこちらの古民家も、よく手入れされていて、現役家屋の姿。生活のお邪魔にならないよう、静かに集落歩きを始めた

集落内を通る一本道を徒歩で上がり、集落を見学。こちらの民家もまだ現役の様子。蔵を含め立派な建造物である

この様に古格ある立派な古民家も。19世紀以前の建造とみられ、格式ある塀も付属するが、残念ながら無住のようで、方々に傷みがみられた

更に道を進むとまた古式の民家が。しかし、これも荒れていた

やがて車道の終端に至るとまた生気ある民家(右下)が現れたが、同じく荒れた家(左)も現れた

一本道を車道端で引き返し、中途にあった路地に入り、その奥の寺を見学。永法寺と墨書されたこちらはよく手入れされ、現役の様子。集落の手前で西向きの墓地を見たが、やはり真宗寺院であった

桃原永法寺・本堂前にある鐘楼。石垣が、この地特有の石灰岩を用いているのが興味深い

そして最後は入口手前にある神社へ。それは道から少し下った所にあった

桃原集落の氏神・日吉神社本殿。石段上に祀られた立派な社である

桃原日吉社境内にあった古い石塔。貴人墓である中世以前の宝篋印塔とみられ、桃原の歴史が感じられた
山眺め帰路へ
そして、神社参観を最後に桃原をあとにした。
地形図にみる山上のなだらかな地貌と、それを表した「原」の名に反し、道一本の傾斜集落で意外に思ったが、林業転換や耕作放棄に因る森林化が原因かもしれない。
また、意外と立派な家屋が多く、古のその生業等も気になった。機会あればまた色々と調べてみたいと思った。

山を下ったあとは、麓のコンビニに寄り、非酒飲料にて、休息がてらの小打上げに。先程まで居た芹谷向こうに顔を出す霊仙山(標高1083m)を眺めつつ暫し語らい、帰路に就いたのである。友人による良き機会に感謝!
