
大山登頂の日
今日は大山遠行2日目。今回の旅の目的である大山登頂の日であった。前夜、意外にも遅くまで暑さが続き、少々寝難かったが、何とか眠りを得て6時過ぎに起床し、準備を始める。
写真は、今日山中にて遭遇した、朽木(戦前の遭難碑?)の頂にてさえずる小鳥。濃いガスなかにも拘らず、高らかに夏山滞在の喜びを謳歌する様は、全く我々と同様で、実に今日の山行を象徴するが如きものであった。

朝の準備前に海岸にて確認した大山。主峰群が並び聳える右奥の山塊も雲なくはっきりと視認できる
風もなく、海も穏やか。初日から続く寝不足気味ではあるが、他に問題はなく、皆にも異状は見られない。午後から雨の予報もあったが、先ずまずの状況ではなかろうか。

皆で手分けして、朝食と山用昼食の準備を行う。写真は、その需要を満たす為に行った大土鍋による炊飯。これにて、一気に1升の米を炊くことが出来、朝の時間と手間を減らすことが出来た。
因みに昼食は、この半量程で作った、おにぎりである。

大山の懐深さに感心
参道兼用路から登山開始
そして9時ちょうど、おにぎりや飲料等を荷物に仕込み、出発。車両にて、登山口がある大山寺まで移動する。その場所の標高は、なんと800m弱。これ程高い場所にも拘らず、麓から一直線で達することに、少々驚く。大山到着前に、その懐の大きさに感心させられたのであった。
大山寺に着いたのは10時前。しかし、その駐車場は既に満車状態であった。中には早くも下山してきて帰る人も見られた。御来光目的か、昼の暑さを避けたのであろうか。とまれ、我々も準備を整え登山開始。
写真は大山寺近くの登山道。両側に古い石垣があり、大きな平坦地が存在することから、坊跡と見られる。実際、一部の区画に堂宇が残っていた。つまり古の参道との兼用道である。
残存堂宇は「阿弥陀堂」という大山寺最古の建造物らしいが、残念ながら登頂優先の為、見学は割愛。

ブナ原生林をゆく
緩やかで良く整えられた坊跡の道を抜け、徐々に原生の森中へと引き込まれてゆく。「1合目」「2合目」と続く、山頂までの目安標識を越えるごとに、それも深化し、傾斜も強まる。
写真は3合目辺りの景。道は遊歩道の如く整備されたものであったが、付近の森はブナの巨木を主体とした中々雰囲気あるものに。車道等が発達する近年まで、懐深い大山のこの辺りは、かなりの深部、秘境であった筈。そのことが、この落差、状況を生んだのか。

急登の連続
3合目からは、かなり急登の連続となる。場所により、人により、這う様に進むことを余儀なくされる程である。当然幼児の歩行は無理で、写真の様に負って、抱えて、進むという大変な行程となった。前後ゆく他の登山者からも労いの声がかかる。

終らない急登の連続に、参加者に疲労の色も見え始めた。雲が出始め、陽が陰りながらも気温が高い、ということも影響していた。25000分の1地形図によれば、この急登は8合目辺りの頂上台地まで、延々と続くこととなっていた

5合目での休息。霧が出始め高山的雰囲気となってきた。但し蒸し暑い!
高度差約100m程の間隔で設置された各合標識毎に休息をとる。本格登山が初めてのY君(高校生)も、かなり苦しそうであったが、何とか頑張ってもらう。自分の歩幅・速度で、徐々に徐々にと。
即事的にはただの苦痛にしかならないかもしれないが、いつかどこかでこの体験が活きてくれると、願いつつ……。

潅木の道と山の花々
いつしかブナ林は絶え、丈低い潅木をゆく道となった。写真は7合目辺りのその風景。道は大山主峰山塊の西肩、即ち尾根筋を辿る。
少し上方から後続を撮ったが、ご覧の通りの急斜。今の様に丸太段等の整備がなければ普通の人の登坂は困難であっただろう。本来は、この辺りから山体は疎か、遠く日本海等の下界が眺望出来るらしいが、濃霧のため叶わなかった。

足元に現れ始めた山の花々。ヤマアジサイもしくはエゾアジサイの一種か
苦しい急登の最中、足元には様々な花の姿が現れた。この時季特有の、ささやかな自然の慰めとでも言えようか。ここで、その中の幾つかを紹介したい。

シモツケソウ。その名は栃木県の旧国名「下野(しもつけ)」より。関東以西の山野に自生するという。環境省指定保護植物

こちらはシコクフウロ(イヨフウロ)。名づけは、四国(伊予〈愛媛県〉)で多く見られたことによる、とのこと。西日本以西の山地に自生。環境省指定保護植物

アザミ。産毛や総苞(そうほう。花の基部)の棘の存在から、この地域及び周辺の稀少種で保護植物の「サンベサワアザミ(サンベイアザミ)」の可能性も

急登終了。キャラボクの台地へ
8合目辺りからは、潅木が更に丈を縮め、ダイセンキャラボク(大山伽羅木)の群生が現れた。写真上半を埋める濃緑の植物がそれである。過酷な環境への対処か、高山帯特有種ハイマツ(這松)同様、地を這う様に生育している。
香木の伽羅と関連がある様な名であるが、材の姿が似ているだけの別種という。Y君が腰掛けようとしている朽木が、正にそれかと思われたが、確かに香木の姿と似ている。とまれ、特別天然記念物指定の稀少植物である。

キャラボク林に続く登山道。板橋式となっているのは植物保全の為か
8合目を過ぎて漸く急登が終了。頂上近くの台地、即ち主峰山塊の稜線に達したのである。ここからは台地上の緩傾斜を進むので、かなり楽になった。
ただ、標高1600mを超えているにも拘らず、気温低下の恩恵はあまり感じられない。下界を含め、それ程今日の気温が高いのか。

登頂なるも絶景見えず
板橋の途中に9合目の標識を超え、遂に頂上へ到着した。所要時間約3時間半、移動距離約3km、高低差約950mの行程であった。皆さんお疲れ様。自信がなかった人、荷物(子供含む)等で困難を極めた人、良く頑張ることが出来ました。先ずはゆっくり休みましょう。
写真は、大山山頂に設置されている頂上標識。1710.6mとある。

山頂景。本来ならこの先に下界の絶景が連なる筈だが、残念ながら雲中やむなし

山頂横には主峰山塊の稜線、即ち縦走路が続くが、崩落で危険な為、杭や縄にて封鎖されている

頂上標識の柵裏を覗くと……。正に「千尋の谷」を現(うつつ)で見る、恐るべき断崖が潜んでいた。今いる場所もいつ崩落してもおかしくないという、山の厳しさ、現実を知る

雲間から姿を現した剣ヶ峰と、そこへと続く危険な縦走路「駱駝の背」
真の山頂現る
崖側を眺めていると、運良く雲間から稜線続きの高峰を認めることが出来た。大山最高地点「剣ヶ峰(1729m)」である。
実は今いる頂上は「弥山(みせん)」という1峰で、最高峰ではなかった。真の山頂は、あの剣ヶ峰であったが、そこへの路が危険で近づき難い為、便宜上ここが頂とされているのであった。

頂上の板場にて昼食休憩を採り、下山開始。時折雲間より晴れ間が見えて、眺望を期待したが、写真の様に内陸側の一部が見えたのみで、全景を得ることはなかった。
とまれ、一同再度気を締めて、下山の道程に挑む。

分岐から未知の下山路へ
厳峻の場所「元谷」
5合目近くまで来た道を下り、その後、「行者谷分かれ」という分岐から主峰正面の谷(元谷)へと下る道を採った。
写真は、その分岐以降の尾根道にて出会ったブナの巨木茂る原生林。板橋や丸太で整備された道以外は殆ど人の手が加わっていないような貴重な森であった。霧霞むその雰囲気も、本日一番のもの。

広大な元谷河原を横断し、対岸へ渡る
慣れない人には歩き難く辛い急斜の下りが終り、やがて元谷の河原に出た。さすがに、主峰群からの土石を集める場所とあって、一面に灰色(かいしょく)の土砂広がる、特異な荒景が待っていた。
水の姿は疎か、何の音、気配もしない。彼岸の入口、正に「賽の河原」か。ここも、山上同様、決して人の居住を許さない、特別の地、厳峻の場所なのであろう。

神の森越え良社・浄水に接す
元谷の河原を横断後、対岸にて林道と遭遇したが、それには入らず脇の土道をゆく。元谷沿いの林間に続くそれは、やがて先程のブナ林とは違った趣を醸し始めた。
それは杉等の針葉巨樹茂る原生林の登場である。写真はその中で最大・最高齢と思われた大樹。各山域で崇拝される「天狗杉」の類、ご神木の風体であった。

長く続いた針葉原生林を抜けると、やがて神社の境内裏に出た。大山信仰の根本「大神山神社(おおがみやま・じんじゃ)」である。写真は、社殿下より見上げたその姿。
大山寺付属の小社と思っていたが、想像以上の立派さであった。社殿は幅・奥行きとも長く、権現造り最大の建造物として重要文化財に指定されているらしい。何より、とても清々しく、良い場所に設けられている。
社殿後方に茂る森が、先程通過した原生森林。ここにきて、あの老木や森の意味が判った。恐らくは神社後背の神域として、長く閉ざされ保護されてきた森なのであろう。思いがけず、また訪れたいと思える場所に出会えたのであった。

漸く現れた水場「大筧の水」で頭を冷やす参加者
今日の無事の感謝を兼ねて神社社殿に参拝後、その楼門際の「大筧の水」に寄る。途中全く水場がなかったので、飲水不足の参加者の救いとなる。私も、少し下方にあった「御神水」を汲み帰る。冷たく、美味な自然水にただ感謝。
しかし、これほど豊かな森が残存しているのに、これまで水場は疎か、水音、道の湿りさえ見なかったのは如何なることか。火山性の土壌の為、地下に潜って地表には出難いのであろうか。

大山寺近くの元谷の道路橋から見えた下界の夕景。弧を描いて後背の島根半島に接する弓ヶ浜と、その両傍で水を湛える中海と日本海が見える
下山。登山成功
自然石舗装としては日本一と記された大神山神社の長い石畳参道を下ると、旅館や土産物店で賑わう大山寺門前に出た。無事下山である。慣れない人や負荷の高かった人が疲労の極致に達していたのは言うまでもない。誠にお疲れ様であった。
天候の所為で眺望が得られなかった等、無念はあったが、荒天や事故もなく無事終了出来たのは、実に何より。
この後、車にて麓の温泉施設に寄り、入浴。19時を回るなど、予定より遅くなったが、宿泊家に戻ると、なんとご母堂がご馳走を用意して待っていてくれた。正に感謝感激。
皆さんお疲れ様!
