2018年07月08日

長雨一過

流されてきた自転車が覗く濁流の賀茂川

豪雨漸く収まる

梅雨の長雨が漸く収まった。ただ、今日も大方曇りで、近隣でひと雨ふた雨降ったところもある。

長い雨というより、激しい雨であった。今月2日から昨日7日までの間、強弱はあったが、世のなか全てが水浸しになるように感じられた。

その為、同じ状況に見舞われた西日本各地で人命を伴う大きな被害が出た。京都市街では昨日に雨の勢いが落ちたが、当初の予報通り今日まで激しさが続いていれば、大変なことが起きていたと思う。

因みに、山から少し離れた拙宅ですら、「緊急」が括弧付けされた避難指示が長時間出された。結果的に現在のところ表立った被害はなかったが、底知れぬ自然の威力に色々と考えさせられた。

今回は長時間・大量に降水があったため、洪水と土砂崩れ両方の危険があった。つまり、低地も山手も共に危険となったのである。ただ、洪水は河川水位が随時確認出来るが、土砂災害は必ず起こるものでもなく、発生の条件も複雑なため対応の判断が難しい。

激しい雨の最中、山手に住む小さな子のいる友人から電話で相談されたが、結局最新のハザードマップで友人宅の危険度を確認し、判断材料にしてもらった。勿論、過信は禁物だが、専門的調査の上にこうしたものが近年作成・公開されていることは良いことに思われた。

ただ、どれだけの人がこれを参考にしているのかは、少々疑わしい。よって、更なる広報や啓発が必要なのではないかと思われた。


上掲写真: 流されてきた自転車が浅瀬に覗く賀茂川。8日夕方だが、未だ激しい濁流が残る。冷泉(れいせん)通横の堰堤にて。


三条大橋下流・歌舞練場横の賀茂川護岸破損箇所

ちょうど四条南辺りに用があったので、そのまま河岸を下ると、三条大橋下流・歌舞練場横の護岸破損箇所と遭遇した。全国ニュースでも報道されたもので、京都市街での今回の豪雨痕跡を象徴するようなもの。

振り返れば、橋上や両岸から多くの人が撮影する様が見られた。


護岸破損箇所と賀茂川の奔流
護岸の破損箇所拡大。手前には未だ堰堤下で波立つ恐ろしい奔流があった。豪雨時に水が巻く堰堤下は破堤し易い場所。この上流近くにも近年直したばかりの跡が見られた。水流を弱める工夫で対処できないのであろうか。流体力学的計算・応用は近年発達している筈なのだが……


点々と賀茂川の護岸路上に続く流木
そして護岸の歩道上には流木等の塊が点々と続いていた。降雨の盛時、ここも奔流に洗われていたのであろう。道に上る際に気づいたが、護岸の高さが低いこの辺りは未だ立ち入りが禁止されていた。上流山間にはまだ黒い雨雲も見える。油断を反省し、帰路は堤防上の歩道を辿ったのであった。

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2018年04月03日

落花移季

民家の古い石垣下に吹き寄せられた桜の花びら

染井散り始める

桜の花だよりが聞かれるようになった先月下旬から、拙宅付近の京都市街東郊も観光客が増加してきた。

そして3月28日に満開を迎えると、その数は極みに達した。哲学の道なぞは、つい半月前まで平日殆ど人を見なかったが、今では前後それぞれ1000人は居そうな勢いである。

今年は開花後に雨がなく比較的満開状態が長く続いたが、さすがに宣言から1週間も経つと、散る花が多くなってきた。ただ、染井以外の枝垂桜や八重桜等の品種では、これから見頃を迎える樹もあった。

満開もいいが、散った際に現れる非日常的な状景もまた好むところ。今日は、外出ついでに見た、そんな桜の散り際を少々紹介したい。


上掲写真: 民家の古い石垣下に吹き寄せられた桜の花びら。京都市左京区東郊の鹿ケ谷地区にて。


哲学の道沿いの疏水分線の水面を流れゆく桜の花びら

とはいえ、紹介するのは琵琶湖疏水の分線に沿った所謂「哲学の道」のみで、今頃の花の様子は写真の如きが代表的か。

かなり花を落として疎らになってはいるが、まだまだ花風情を保っている。注目すべきは、大量の花びらが疏水の水面に乗り流れていくこと。

その為か、いつもは暗い下部も、上方共々、明るく華やかに感じられた。これなぞは、正にこの時期ならでは風情であろう。


桜の花弁積る疏水分線の小道
水面(みなも)だけでなく、併走する路上(「哲学の道」対岸側)もこの通り。大量の花弁が降り積もり、いつになく明るく、艶やかな印象を与えている


「哲学の道」際の疏水分線沿いにある満開の枝垂桜
「哲学の道」際の疏水分線沿いにある満開の枝垂桜

「哲学の道」辺りでは、今は枝垂桜が盛りとなっていた。写真の樹などは、染井の満開を逃した見物客の寵を受け、観覧や撮影で周囲大賑わいであった。


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疏水分線沿いの小道(「哲学の道」対岸側)の雪柳(左下の白い花)と新緑(上)

今年も季節動き始める

桜が盛りを過ぎると同時に、急速に樹々が芽吹いてきた。人の気を春に変える桜花は、恰もその他の樹々にも春到来を伝える機縁のようである。

世の方々に長く滞留していた冬模様は刻一刻と払拭されていくことであろう。今年も季節が大きく動き始めた。

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2018年03月28日

俄然開桜

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開花翌日に早くも満開風情に

このサイトでも3月半ばまで雪の記事が多かったが、それだけ今期の冬は寒さが印象的であった。

しかし、3月半ばから一転して平年より温暖な日が多くなった。そして、今月22日には平年より6日早い、京都市内での桜の開花宣言が出た。去年より9日も早い開花だという。今年は蝋梅すらかなり遅れて満開となり、梅も同様に最近慌てて咲いた観があったので、実に意外の展開である。

ただ、拙宅がある市街東辺の山際では一昨日までは大半の樹が蕾のままであった。ところが、昨日突然一斉に咲きだし、今日などはいきなりの満開風情となったのである。花が咲き、春が来るのはめでたいが、これではあまりに急な気がしないでもない。

個人的には、もう少し冬の余韻に浸りたかったのであるが、まあ致し方ないか……。


上掲写真: 朝からの快晴に満身の花で応える「哲学の道」の桜(京都市左京区)。東山に近いここは朝逆光となるので、あまり美麗には写らないが……。しかし、僅か2日でここまで咲くとは、少々驚きの事態であった。


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急に桜が満開風情と化した哲学の道。朝日の逆光、ご諒解を


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同じく哲学の道。先日までの冬枯れの様が、突如楽園化したか。遅れていた雪柳(右下の白い花)も一気に開花


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こちらは哲学の道沿いにある大豊神社(おおとよじんじゃ)前の桜。一昨日はこれのみ咲いていた。ソメイかと思ったが、ひょっとして別種なのか……

そして夕方ニュースで知ったが、やはり京都市内に今日満開宣言が出たとのこと。とまれ、花見・遊山等の参考までに……。

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2018年02月17日

美神旧地

京都市内の柳宗悦縁の地

美の巨人旧址訪ねる

夕方、京都市街某所で人と待ち合わせ、とある路地を訪ねた。

荒れた路面に戦前の面影残るそこも、同じく京都市街。大正期、彼の民藝運動の主導者・柳宗悦(やなぎ・むねよし)が住んでいたとされる地であった。

今日は知人らと、そこに残る柳の旧邸を訪ねた。昨年末、柳の事績に興味があり、その自伝制作をあたためているというTさんと知り合い、旧居の場所を知る私がそこへの案内を頼まれたのである。

参加はTさんと私と、Tさんの友人で京都にも住まいをもつ神戸のNさん。民藝に関心を寄せるNさんは自らも家業で工芸に携わり、Tさんの呼びかけに応じ急遽参加したのであった。

互いに挨拶を交わし、早速徒歩で現場に向かうと、そう遠くない路地中で旧邸と出会った。偶然私が知った10年程前は庭・建屋共々荒れていたが、今は新たな家主の手入れにより往時を損なうことなく整えられていた。

一時は取り壊しも危惧されたが、理解ある奇特な人に救われて何より。私邸のため、家前のみを見学させてもらうしかないが、比較的小さな敷地ながら、保全・継承に対する多大な尽力は一目瞭然であった。

そして、前庭の設え等に柳の非凡な感性を窺わせる様々が残されていた。静かな住宅地、私邸前なので、3者興奮を抑えつつ、暫し諸々を談議。近くには古代から続く歴史的一族の墓所もあり、話は尽きない。

すると、後方より話しかける人が……。

気前よく墓所等の事情を説明してくれたのは、なんと以前、講演会でお世話になった人であった。その人はここの土地人であり、正に絶好の機会となった。柳邸は早い時期に人手に渡ったようだが、古い持ち主の事や周辺の様々な話等を数多聞くことが出来たのである。

これは柳か民藝、はたまた土地神の導きか――(笑。墓所の一族は土地神に仕える神職家)。

なお、柳は大正12(1923)年の関東大震災で東京の自宅が被災し、翌年ここに転居してきたという。同14年や昭和4(1929)年にも市内別所に転居し、昭和8(1933)年に東京へ帰還するまでの間、京都を拠点とした。

さて、興奮冷めやらぬ現場を離れる時には身を切る吹雪に見舞われることとなったが、一同は良き出会い、収穫を喜びながら、夜の宴席へと流れ進んだのであった。


上掲写真: 荒れた路面に戦前の面影残す京都市内の路地。かつては花崗岩の縁石が整い、その美観に資していたと思われる。これも、柳や彼を訪ねた河井寛次郎等の民藝仲間が歩いた、「民藝遺址」なのであろうか。

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2018年02月12日

近山風氷

氷の中の紅葉。鹿ケ谷奥の楼門の滝にて

連休最終日。

とはいえ、あくまでも世間での話で、自分が連休だと気づいたのは比較的最近のことであった(笑)。

今日も仕事やら何やらで昼過ぎまで過ごす。その後、友人の個展取材等を予定していたが、個展が意外の休廊で叶わずとなったので、一先ず近所の山にひと登りすることとなった。

場所は拙宅裏山の大文字山。毎度変わらずで恐縮だが、思い立って行けるのが便利なため、致し方ない。しかも、既に午後も遅かったので、行ける場所も限られていた。

気温は低いが陽も射してきたので、ひと登りして気分転換・体力保持を図ったのである。


上掲写真: 大文字山に登るには様々なルートがあるが、今日は南裏の鹿ケ谷から登った。写真は中腹の「楼門の滝」下でみた岩上の氷。紅葉が封入されており、厳しいながらも風情あり。


一部に氷柱のついた楼門の滝
古代如意寺跡や近世名所図会等でお馴染みの「楼門の滝」

陽のある下界は少し温暖を感じられたが、陰多い山中は別であった。雪こそないが、地面至る所に霜柱で凍てつく様がみられた。

滝の飛沫が氷柱や氷塊を成していたのもまた然り。


大文字山山頂よりみた西南方面の眺め
大文字山山頂より西南方向をみる。左が山科盆地、中央が淀・大阪方面、そして右が京都市街

冷気籠る鹿ケ谷を登り詰め、尾根伝いに大文字山山頂(465m)に到着。途中撮影等したが、独りでさっと進んだので、然程時間はかからず。

しかし、風が強く、谷とは違う寒さに襲われる。冬の山風である。上着を足し、耳や手を隠して冷えを防いだ。


大文字山火床より見た京都市街北部の眺め

山頂から尾根を下り、五山送り火の「大」字の火床に出る。写真はその最頂部からみた京都市街北部。陽が当たり山頂よりマシだが、やはり寒さはあり。


大文字山火床よりみた雪積る京都北山の眺め
同じく火床より。岩倉地区の背後に広がる北山山地。中央の雪ある峰が以前紹介した天狗杉(837m)。

火床からは先年12月と同じく法然院の森を下るコースで下山した。この後、知人の論文図作成支援を予定していたが、先方の都合で無くなり、一先ず帰宅して寛ぐことが出来た。

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2018年02月06日

窓外一変

元妙満寺遺跡改め京都市役所新分庁舎建設現場

一昨年見た窓外の変わり様

今日、京都市役所に寄る用があり、その廊下窓から気になる景色を見つけた。

それは、写真にあるとおり、大規模な工事現場であった。

大きなクレーン車やダンプカーが入場し、深く掘られた地下には強固な鉄骨組みが張り渡されている。実は、一昨年、同じ場所から眺めた景色を記録・紹介していた。

そう、ここは平安京東傍跡であり、豊臣秀吉が建設させた「寺町」のうちの1寺「妙満寺」跡でもあった。一昨年はそれらの発掘調査が大規模に行われていたが、今回はそこに建てられる市役所分庁舎の工事が行われていたのである。

「歴史都市」京都の現実

見ての通り、地下深くまで掘り下げられており、当時見られた石組等の遺構の姿はない。分庁舎の地下建設のために全て破壊・破棄されたのである(一部の小物ぐらいは収蔵されたであろうが)。

場所がなく苦慮していることは解る。また、公の施設であることも。しかし、「歴史都市」内でこんな工事をいつまでも続けていいのであろうか。

実は、大半の遺跡が発見・調査後に破壊されている事情を多くの人は知らない。たとえ、古の都、未来に伝えるべき京都であっても……。

残念ながら、これが京都の現実である。

「市民の誇りとなる市庁舎の実現を目指した整備基本計画」の一環らしいが、他にやりようがないのであろうか。言うまでもなく、一度壊されたものは2度と復元できない。後で見たい、調べたいは出来ないのである。

どうせ大金を使っても100年持つ建物なぞ出来ないのではないか。そして、そのことが「誇り」となるのであろうか。

左京区岡崎で運動場と駐車場工事により、1400年間存在し畏怖されてきた「鵺塚(ぬえづか)」が消滅したことを思い出した。たかが、野球場・駐車場拡張のためにである。

「昨日まで有ったが今日無くなった」的なことが21世紀の今も続けられている。その後は、無いものを有るかのように喧伝する「羊頭狗肉」の有様か……。

どこか、純真な観光客を歴史ロマンで釣り、紛い物を与えるような方向に陥っているように感じられてならない。

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2018年01月31日

月蝕宴夜

2018年1月31日の皆既月食

今晩は、仕事で忙しく年末年始に会えなかった友人らと遅い新年会を行った。

こちらも月末で色々忙しかったため一度は他日を願ったが、何とかやりくりして可能となった。場所は市街の気さくなお好み店。久しぶりの彼らとの積もる話の花も咲き、閉店の11時半まで語り過ごしたのであった。

そして店を出て広々とした寺前の駐車場まで来ると、おぼろ夜空に銀月ひとつ――。

今日は満月の筈だが上部が欠けている……。そうであった、今日は皆既月蝕の日である。既に皆既食は終り、部分食となっていたが、皆で暫し夜空を見上げたのであった。

何やら遅い新年会への差入れというか、余興めいて有難い限り。皆さん、明日からもお気張りやす!

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2018年01月29日

疎水修岸

「哲学の道」沿いの疎水中の重機

夕方、外出の際に近所の「哲学の道」の小橋を渡ると、何やら違和感が。

道に沿う疎水分線内に重機が進入していたからである。傍を見れば護岸に作業の跡。どうやら工事中のようであった。折しも冬の水位低下で水も少なく、狭い場所故に重機を入れて作業し易くしているのであろうか。

普段目にしない「乗物」が水面に現れたので、かつて疎水が有していた舟運による交通の役割を思い起こさせてもらった。


上掲写真: 疎水分線内に仲良く並ぶショベルカーと運搬車。護岸工事で落ちた土砂等を浚うための待機であろうか。


「哲学の道」沿いの疎水の石積み工事
疎水分線での護岸工事

護岸工事は旧来の護岸の上部のみを補強・積み増ししているようである。石積み式での補修には賛成だが、少々雑な仕上がりに感じられた。

昔と違い今はコンクリで適当に留めれば出来上がるからであろうか。切石の向き・大きさを慎重に読み、丁寧に積まれた旧来のものとの違いは歴然である。

そういえば、開通当初からのものと見られる古い石積みも少なくなってきた。ここは京都有数の観光地であり、ゲンジボタルの貴重な生息地。

石に番号付けて管理するベニスまでとは言わないが、もう少し奮発してくださいな、京都市さん。

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2018年01月21日

寒夕掃墓

墓所お供えのピンクの薔薇と菊

大寒2日目の恒例墓参

二十四節気で冬の寒さが極まる頃とされる「大寒(だいかん)」。

期間的には、今年はそれが昨日1月20日から始まったので、今日はその2日目である。昔から変わらぬ設定通り、今日も寒さ感じる一日となった。

今日21日は、京都市街南部にある東寺の「初弘法(はつこうぼう)」。弘法大師空海の命日と月命日に合せて開かれる市で、命日に当たる今日は年始初回を兼ねた一際賑やかな開催となっていた。

後学習得も兼ね、骨董でも覗きに行くべきであったが、珍しく昼まで寝ることとなったため、叶わなかった。昨夜、久々に近所で独りで飲んでいると、他所で出来上がっていた友人らにつかまり、急遽別所で新年会となった。それが明け方まで続いた為である。

まあ、新しい友人との出会いもあり、楽しく過ごせたので何ら不満はない。ただ、恒例の墓参が夕方となってしまった。今日は母親の命日でもあった為である。

とまれ、時折小雨降る、時雨空(しぐれぞら)の下を渡り、墓所に出向いた。身を切るような寒水で墓を拭い、供え物の水を換え、香火(こうか)を添える。管理所でも寒さへの労いをもらったが、巡り来る毎度のことなので致し方あるまい。

そういえば、冬に限らず季節が極まる頃は物故が多いように見受けられるが、病床に弱った母も、正に星の運行・季の巡りに曳かれた観があった(時間的には月の運行・潮汐も)。母と同じく、まだ老境とは言い難い大師の今際(いまわ)も同様だったのであろうか……。


上掲写真: 寒中の墓所に供えられた色鮮やかな薔薇と菊。


冬の京都盆地の夕景
西山へ向かい急ぎ沈みゆく夕陽に染まる京都市街。花の写真に少々赤味があるのはこの為であった


墓地お供えのカーネーションや菊等
こちらはカーネーション等々。前者共々私が用意したものではないが……


墓参
市街中央に立つ京都タワー(中央)と時雨の夕空。後方に雨の幕が見える

様々呼び覚ます「寒の作用」

早くも母が去り20数年を経た。

もう随分前から、私にとってその存在は「残像」の如きものでしかなくなっているが、寒中こうして接していると、当時の様々なことが感覚的に呼び覚まされる気がする。

これも、極まった季節が人に成す、作用の一つなのであろうか。

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2018年01月14日

正月小雪

霊巌寺寺門背後の雪の大文字山

少量ながら初雪的趣

正月(松の内)の最終日を明日に控えた今日1月14日。

昨夜遅くから降り始めていた雪により、京都市街でも積雪がみられた。とはいえ、薄っすらと街を覆う程度のもので、朝も確かとなる頃には路上等は自ずと消失する有様であった。

市街での初雪及び積雪は、ちょうど一月前の去年12月14日にあったが、更に少ない積雪だったため、気分的には今日が初雪の趣であった。折角なので、出先から戻った昼前に、少し散策してみることにした。


上掲写真: 薄く雪を戴く甍背後の東山(大文字山・如意ケ嶽)。


少し雪が載る南天とその赤い実

散策といっても出向いたのは近所の東山山麓。「哲学の道」や山際の寺院を辿ったが、意外と人が多かった。週末なので元より観光客が多いのか。

静かな古寺庭にて「主流」への危惧思う

写真は、ある古寺境内の南天。タクシーで寺に乗り込んできた東京からの遊山中年女性らが「千両」か「万両」かと言い合っていたので、南天であることを告げると、肯定も否定もなく、うちの一人が不満げな顔に。

どうやら花卉業界の人間らしく、意地か面子があるのか、ついには「ヒイラギだ」とも言い始めた。その後、問い掛けもなかったので離れたが、どうして誰も根拠を訊ねないのか少々怪訝に感じた。

近くに植わっていた万両と千両について判断を控えたため、信用されなかったのかもしれないが、南天はうちにも生えており、以前の住まいや近所等を含め付き合いも長いので間違いはなかった。

訊いてくれれば「京都ではありふれた庭木・雑木であり、葉の形状や実の付き方、そしてここまで成長するのは南天しかありえない」と根拠を言え、当人らにとっても地元のことを知る学びとなった筈である。

静かな寺の裏庭で言い合う程の知識欲がありながら、実に信じがたい有様に感じられた。もし「花卉業界の人間」という権威が勝ったのなら、根拠もなく何でも信を置いてしまうのか。

当の本人が、当てずっぽうを繰り返しているにもかかわらず……。

この正月、実家に顔を出した際、ゴールデンタイムのテレビ番組のあまりの低俗さに驚かされたが、それに疑問を感じない「主流的大人」への危惧と似たものを感じさせられた。


雪が載る法然院本堂
雪載る古寺のムクリ屋根


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雪載る「万両」とその実。「千両」は葉がもっと黄緑というか多く繁り、その中に実の小群が散在している


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降雪に気づかされる美しさ、面白さ

さて、散策乗っけから、遺憾的所感となったが、その後は静かに冬風情を堪能できた。

やはり、降雪があると、その非日常化的効果により、普段見る自然や建物等の新たな美しさ、面白さに気づかされる。

先に紹介したムクリの屋根の美麗さもそうだが、この写真のように、寺の立札下の重しに載った雪により、そこにある獅子飾り等の彫刻に気づかされた。

獅子飾りは、玻璃か水晶製の玉眼(ぎょくがん)を持つ精巧なもので、工芸的良さと愛らしさの両方が感じられるものであった。後背の雲形肘木も良い。小品ながら、結構古いものかと思われた。

立札は、ある塔頭で行われていた茶会を知らせるもの。そういえば、初釜の時期であった。


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今日も大勢の参観者を呑み込む銀閣寺総門。軒下には大きく特殊な注連飾りがみられた。これも、屋根の雪が導いた発見

正月終了で1年の始動感じる

山際の古寺を巡り、賑やかな銀閣寺門前を下る。あとは哲学の道を中途まで辿り、散策を終えた。午後からは少し仕事を進める予定であった。

明日にて正月期間も終り。1年の始動たるものを感じる。毎日頗る寒いが、まあ、元気にいきましょう……。

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2018年01月01日

明治百五十年

平安神宮の大鳥居

維新から150年目の年頭

平成30年、2018年の始まり――。

昨年末は、残務により大晦日まで仕事となり、なんとか新年を迎えることが出来た。仕事があるのは有難いことだが、自分の要領の悪さや諸々の事情によるものなので、あくまでも一応、「なんとか」の年越しである。

まあ、そんな私的で小さなことはさておき、今年は「明治150年」という記念的な年でもあった。昨年の大政奉還150周年に比してあまり宣伝されていないように感じるが、個人的には非常な重みを感じる。

時代区分上、日本における「近代」が始まったとされる明治。そこから150年が経ったのである。この歳月をどう捉えるかは人それぞれであろうが、個人的には非常に短く思われた。乱暴な言い方が許されるなら、たかが50歳の人間3回分の時間である。

その間に起こったこと、変化したことを考えれば、途轍もない密度や規模を感じざるを得ない。これは日本に限らず、世界中に言えることでもあろう。つまり、人類にとっても、この150年は大変な重みがあるといえる。

それについて、もう少し綴りたいと思ったが、今日は静かにその歳月を偲びつつ、記念的年頭を過ごしたいと思う。


上掲写真: 元日の朝、京都市街東部は平安神宮に詣でた際の一写。神宮前に聳える大鳥居である。建造は神宮建立より遅い昭和3(1928)年。即ち、ちょうど90年前に、昭和天皇の即位大礼を記念して造られたものである。昭和天皇の即位とその後の激動期も明治150年のうちの出来事である。


元日午前の平安神宮境内
模造「応天門」門内に広がる平安神宮境内。平安神宮は平安遷都1100年を記念して明治28(1895)年に京都岡崎に建造された宮城型の神宮である。


参拝客で混みあう元日午前の平安神宮神殿(大極殿)
参拝者で賑わう平安神宮大極殿(外拝殿)前。例年、午後から更に人が多くなり、その前庭は順番待ちの人々で埋め尽くされるようになる。

過去を土台・教訓に良き未来願う

衆人の、願い集める初詣――。

ささやかな個人的希望を寄せる前向きで明るい動きであるが、来し方150年を思うと、平穏や健全を願わずにはいられない。

この150年を土台・教訓として、どうか良き未来が築けますよう。

最後となったが、皆さん今年もどうぞ宜しく……。

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2017年12月02日

錦上寒月

紅葉の大文字山横から昇ってきた満月

今年もまた師走入り

昨日から12月に入った。

平成29年、即ち2017年もあと一月足らずでお仕舞いである。未だ紅葉観光で賑わう京都市街にあってはその実感に乏しいが、確実に時間、季節は移ろいつつあった。

今日夕方、そんな今一時を象徴するような景色と出会った。写真の、紅葉纏う(まとう)東山から昇る寒月である。4日の満月まであと2日。かなり大きく、そして眩い光を放つ。

思えば、山が紅葉を纏ったのも、いつの間にかの出来事であった。そしてまた、いつの間にかにその姿を消すのであろう。あと暫くの日々にて……。

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2017年11月28日

盛期紅葉下

永観堂の美麗な紅黄葉

紅葉盛りて往来多し

紅葉の盛りとなった京都市街。

折角なので、昨日に続き、午後の外出を利用して近所の様子を少々紹介……。

今日の場所は今や昼夜の紅葉名所として日本中、そして世界にも知られ始めた永観堂(えいかんどう)。

昨日の疎水分線と同じく、京都市街東郊山麓にある寺院である。「南禅寺の北隣」と言えば解り易いであろうか。昔から有名な場所ではあったが、近年その人気が過熱しており、特に夜間のライトアップ参観が著しい。

南禅寺から続く門前の道、「鹿ケ谷通(ししがたに・どおり)」などは、その暗さ・寒さにも拘わらず、驚くほどの人数の往来がみられた。


上掲写真: 永観堂の美麗な黄葉。


紅葉客で混む永観堂門前
内外の参観者で賑わう永観堂門前。しっかり門外に美麗の楓(カエデ)が用意されているのも呼び水に……


紅葉客で混む永観堂境内
永観堂境内の紅葉。眩いくらいに赤々としている。よく見れば実に不可思議な光景。正に自然の妙か……


永観堂の美麗な紅黄葉
同じく永観堂境内の紅黄葉。黄と赤の一双が良い。個人的にはこれくらいの量で十分である


終盤となった賀茂川や糺の森の紅葉

盛りのあとの年末近し

永観堂のあと、街場側の西へ下った賀茂河畔で少し休んだが、樹種の所為か、そこの紅葉は既に終盤の様相であった。

写真は荒神橋上手より北側、即ち上流を見たもの。最奥の山岳は京都盆地北縁の「北山(きたやま。丹波高地)」、手前の森は下鴨神社の「糺の森(ただすのもり)」である。

とまれ社寺の紅葉によりどこも人が多いが、それもここ暫くの間まで。やがて一段の寒気到来と共に仕舞いとなり、街は一気に年末風情に包まれるのであろう。

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2017年11月27日

盛期紅葉上

宗諄女王墓の紅葉と哲学の道・疎水分線

今年は去年に比して少々早め?

今年もまた拙宅近くの京都市街東部の紅葉が盛りとなった。

昼夜問わず、内外の見物客が行き交い、春の桜時季同様の繁華の気に街が包まれる。ただ、地元の人間としては、交通機関が麻痺的状況となるので、諸手を挙げて歓迎できない状況でもあるが……。

写真は午後の休息がてら見た東山際の紅葉。所謂「哲学の道」である。正中の水面は琵琶湖より引かれた疎水分線の流れ。白壁は流れ下手の鹿ケ谷(ししがたに)にある「谷の御所」霊巌寺(れいがんじ)にて幕末から明治にかけて門跡を務めたという宗諄女王(伏見宮息女)の墓所。

去年にも紹介したが、その際ここで見た紅葉の盛りは12月1日のことであった。


哲学の道沿いの疎水分線の紅葉
同じく疎水分線の紅葉。宗諄女王墓の少し上手の若王子(にゃくおうじ)神社側にある。これも鮮やか

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2017年10月30日

寒風初日

逍遥雑記「哲学の道,10月末の紅葉状況,桜並木の紅葉」

気象発表に冬入りを実感

今日、東京と近畿地方で、冬の到来を告げる「木枯らし1号」が吹いたと発表された。

気象庁による木枯らしの発表はこの2地域のみなので、まあ、全国的な冬入りが宣言されたようなものであろうか。最近までとんでもなく暑い日や台風の連続襲来があったが、やはり季節は確実に移ろいゆくものであった。

暑日や台風により、あまり冬到来を意識出来なかったが、この発表のお蔭か、少し気がそちらへ向いたような気がする。そして、夕方、京都市街東郊の山際を歩くと、早速それを実感することとなった。

写真がその様子。ご存じ「哲学の道」にある桜並木の紅葉である。昨日まであまり気にならなかったが、すぐに変色する訳でもないので、これも発表による影響、「気づき」なのであろうか。

確かに、今日は風が強く、そして冷気を感じる一日であった。しかし、昨日通過した台風22号の吹き返しかと思っていた為、木枯らしであることは全くの意識外であった。偶々、発表する条件が重なったのか……。


逍遥雑記「哲学の道,10月末の紅葉状況,桜並木の紅葉」
「哲学の道」の桜の枝先。まだ紅葉と緑の葉が入り混じるが……


逍遥雑記「哲学の道,10月末の紅葉状況,桜並木の紅葉」

日没により急に暗くなったが、哲学の道の銀閣寺近くには、写真の如く紅葉が進んだ場所もみられた。そういえば、最近日没後すぐに暗くなることや日が短くなったことも、冬の序章的状況といえた。

長い冬の幕開け――。

個人的に嫌いな季節ではないが、また何かと苦労や忍耐を要する時期ではある。とまれ、先ずは風邪に用心・火の用心……。

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2017年10月24日

大颶一過

逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,夕空に光る上弦の月」

特大台風去る

昨夜、近畿付近を通過した超大型台風、21号。

予報通り、前夜日付が変わる頃に最接近して強い雨と風をもたらした。我が家は宅地奥なので比較的風雨に強い立地ではあったが、時折強烈な突風が吹き込み、家を揺らした。外の自転車等への事前対策は正解であった。

その他、特段被害もなく遣り過すことが出来たが、台風一過後の今朝も雨が続き、結局午後まで回復することは叶わなかった。

そして夕刻、漸く雲の晴れ間も見えてきた。


上掲写真: 台風一過後の夕空に現れた下弦の月。京都市街東部山手にて。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通を遮断するロードコーンの列,カラーコーン,パイロン」

前夜の危険見る

暗くなる前に日課の散策に出ると、風で飛ばされたとみられる落ち葉の散乱が方々で見られた。

なかには屋根波板の大きな破片等もあったので、やはり前夜は危険な状況だったようである。一時は外出も検討していたが、やめて正解であった。

倒木や落ち葉整理の為か、珍しく造園業者が作業する法然院前を過ぎると、写真の如き道を遮断するカラーコーンの列が現れた。右の森はまだ法然院境内なので、造園業者が高所作業でもしているのであろうか……。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通上の通行止の看板」

カラーコーンの列脇には、写真の如き、車両通行止の看板が置かれていた。なんと、警察によるものである。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通上に下がる電線」
法然院脇の路上に垂れ下がる電線

封鎖の意図を「車輌のみ」と解釈して前進すると、頭上の電線が前方の路面に向かって下がり始めた。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通上に倒壊した電柱」

そして、道奥の屈曲部にて、写真の如き、諸事の原因と遭遇する。なんと、電柱が倒壊し、道を塞いでいたのであった。

電柱はコンクリ製の重厚なもので、周囲の塀等を壊しながら、二つに折れている。これでは車輌だけでなく、人の通過も困難かつ危険である。車輌通行止ではなく、単に「通行止」や「進入禁止」とすべきか。

しかし、もし倒壊時に人や車輌があれば大変なことにあっていたであろう。改めて台風の威力を感じると共に、その影響下での外出リスクを考えさせられた。

ニュースでは植物園や嵯峨野等での倒木が報じられていたが、今のところ、この件は触れられていないようである。

他府県では建築足場の倒壊による死亡事故も起きた。人命への影響や今後の警鐘効果を考えると、優先して報じるべきだと思うが如何であろうか。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,台風一過の善気山(大文字山支峰)」
法然院裏の善気山(大文字山支峰)。山も大風に揉まれたのか、普段より痩身めいて見えた


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,市街上の夕焼け空に頭を出す愛宕山」
夕闇迫る市街上部に頭を覗かせる愛宕山(924m。最奥右よりの山影)


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,比叡山山頂と暗雲」
市街西北の愛宕に対する東北の雄・叡山(838m。中央奥)に残る雨雲

諸々の嵐、未だ止まず

さて、市街西空には淡い夕焼けも現れたが、北山や比叡山等には重い雲の姿も見られた。未だ大雨注意報が継続され、本格的な天候回復にはもう暫く時間がかかりそうである。

そういえば、昨日懸念を表した衆院選の投票率。

やはり低くかったらしく、過去最低にはならなかったものの、前回につぐ2番目の低さになったという。一応、与党・現政権の勝利ということだが、嵐の如き波乱に見舞われ、こちらも暫くは荒れ模様となりそうである。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 逍遥雑記

2017年10月22日

万事不宜

逍遥雑記「京都市街における台風21号接近の影響,夕方の雨脚,左京区岡崎,白川の濁流」

稀有の嵐接近。何事も間が悪し

稀にみる超大型という台風21号が、ここ京都市街にも接近している。

最近かなり気温が下がっており、暑中・残暑の名物的な台風とは無縁の気分であったが、当初の予報通りに北上している。その為ここ数日天気が悪いが、台風接近に有りがちな気温上昇もない為、実感は乏しかった。

それでも、ラジオ等で何度も注意喚起がされていたので、外置きの自転車等の転倒対策を施す。そして、折悪しく今日は衆院選の投票日でもあったので、天候悪化に備え、朝8時台に投票を終えたのであった。

日曜ながら、雨・選挙――。

どうせ仕事で、外に遊びに行く訳でもなかったので、個人的にはさほど困らなかったが、丁度資料入れ替えのタイミングだったので、結局一度ならず雨中外出をすることとなった。

これも、間が悪い……。


上掲写真: 台風接近の雨で、いつにない濁流の様をみせる白川。京都市左京区岡崎にて本夕撮影。


逍遥雑記「京都市街における台風21号接近の影響,夕方の雨脚,左京区岡崎,東大路冷泉よりみた濁る疎水と雨で煙る東山」
強まる雨に濁る琵琶湖疎水と煙る東山。左京区岡崎にて。疎水の濁りは上記の白川等の流入によるものとみられる

午後遅い2度目の外出は歩いて20分程の場所まであったが、雨のため自転車も使えず、気晴らしと運動を兼ねて徒歩にて向かうこととした。

大きめの傘と防水上衣、そして長靴で臨んだが、帰路雨脚が強まり、結局膝辺りが濡れることとに。まだ台風にふさわしい降り方や風はなく緊迫感はないが、夜半の最接近時はどうなることやら……。

それにしても、こんな全国的荒天での総選挙。今朝も人の少なさが目についたが、投票率は大丈夫なのであろうか。元より、情勢も荒れ気味なので、またもや過去最低を更新するのではあるまいか。

これもまた、間が悪い限りである……。

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2017年09月28日

筋雲残紅

逍遥雑記「京都市街,神楽岡上空の秋の夕焼け,愛宕山」

夕照に季節の移りみる

今日夕方、休息の散策で印象的な夕空をみた。

掲げた写真の通りだが、低い筋雲が夕陽の残り紅を反(かえ)して鈍く輝く。決して、派手でも珍しくもない様ではあるが、どこか夏の終りを想わせて心に掛かる。

あれほど滾(たぎ)った高温(熱情?)の残り火の如きを感じさせるのか――。


そういえば、今月9月も明後日にて、はや仕舞いであった。

夏の余韻と秋の序奏が混じり合う、狭間のひととき――。

来週より、いよいよ秋本番の10月に。それもまた早々に過ぎ去り、やがてあの熱の無い冬が来るのであろう……。

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2017年09月01日

秋初鱗雲

逍遥雑記「この秋初の鱗雲,鰯雲」

秋端緒に涼をみる

熱帯夜が続いていたが、昨日朝辺りから漸く一息つける感じに。

昼はまだ30度以上まで気温上がるが、今日午後辺りから空気の質が変わってきたように感じられた。

夕方、出先で空を見れば、乾いた空に、写真の如き鱗雲――。気づけば、道行く人も空に手を出しマートフォンで写真を撮っている。

そういえば、昨日で8月も終り、秋端緒たる9月に入ったのであった。ちょうどその初日に、それらしい雲が現れたか。連日の暑さに閉口していた身には、少々希望が見い出された気分である。


逍遥雑記「神楽岡上の夕焼けと夕陽に光る雲」
神楽岡(吉田山。京都市左京区南部)の上空を染める夕焼けと光る雲

そして、夕暮れ時には、美麗かつ爽快な夕焼けがみられた。空気が澄むと様々なものの存在が際立つ。今年もそうした秋が到来し始めたのか。

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2017年08月16日

暑夜送火

逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,送り火遠景」

今年も、はや送り火に

13日に盆入りし、そして早くもその終りに。

何やら自分としても、またお精霊(しょらい)さんにとっても忙しい気がして、やはり六道参りのように7日頃の盆入りが落ち着く気がする。

とまれ、今年の盆もまた過ぎ去ろうとしていた。夕方出かけていたが、何とか19時後半に帰着して近所で送り火をみる。今年は伯父が他界したので、その分も含めてであった。


上掲写真: ご存じ大文字山の「五山送り火」。20時丁度に点火され全火床の炎に勢いが出始めた頃のもの。正に暗闇に浮かぶ大いなる「大」。


逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,送り火拡大」
大文字山の送り火拡大。写真では判り辛いが火床周囲に多くの人がいる


逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,煙」
炎の最盛期に少し露出を上げれば盛大に生じる煙の姿も


逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,」
少し移動して洛北の「法」字をみる。大字より遅れて点火されるのでまだ明瞭であった。組の「妙」字を含む他の送り火はこの付近からは見えない

近くの家から出てきた友人と帰路少し話して帰宅する。いつもなら盆と共に夏の終りも感じさせられるのだが、今回は暑さの為そうはならなかった。

まあ、何でも一度に終ると寂しくもあるので、これも悪くはないか。しかし、個人的には暑さの方を先にしてもらいたかった。無理な願いとはいえ、それくらい暑い日が続いていて、少々疲れ気味となっている。

冷涼の日が続いているという東日本の人からすると、信じ難いかもしれないが……。

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