2018年01月14日

正月小雪

霊巌寺寺門背後の雪の大文字山

少量ながら初雪的趣

正月(松の内)の最終日を明日に控えた今日1月14日。

昨夜遅くから降り始めていた雪により、京都市街でも積雪がみられた。とはいえ、薄っすらと街を覆う程度のもので、朝も確かとなる頃には路上等は自ずと消失する有様であった。

市街での初雪及び積雪は、ちょうど一月前の去年12月14日にあったが、更に少ない積雪だったため、気分的には今日が初雪の趣であった。折角なので、出先から戻った昼前に、少し散策してみることにした。


上掲写真: 薄く雪を戴く甍背後の東山(大文字山・如意ケ嶽)。


少し雪が載る南天とその赤い実

散策といっても出向いたのは近所の東山山麓。「哲学の道」や山際の寺院を辿ったが、意外と人が多かった。週末なので元より観光客が多いのか。

静かな古寺庭にて「主流」への危惧思う

写真は、ある古寺境内の南天。タクシーで寺に乗り込んできた東京からの遊山中年女性らが「千両」か「万両」かと言い合っていたので、南天であることを告げると、肯定も否定もなく、うちの一人が不満げな顔に。

どうやら花卉業界の人間らしく、意地か面子があるのか、ついには「ヒイラギだ」とも言い始めた。その後、問い掛けもなかったので離れたが、どうして誰も根拠を訊ねないのか少々怪訝に感じた。

近くに植わっていた万両と千両について判断を控えたため、信用されなかったのかもしれないが、南天はうちにも生えており、以前の住まいや近所等を含め付き合いも長いので間違いはなかった。

訊いてくれれば「京都ではありふれた庭木・雑木であり、葉の形状や実の付き方、そしてここまで成長するのは南天しかありえない」と根拠を言え、当人らにとっても地元のことを知る学びとなった筈である。

静かな寺の裏庭で言い合う程の知識欲がありながら、実に信じがたい有様に感じられた。もし「花卉業界の人間」という権威が勝ったのなら、根拠もなく何でも信を置いてしまうのか。

当の本人が、当てずっぽうを繰り返しているにもかかわらず……。

この正月、実家に顔を出した際、ゴールデンタイムのテレビ番組のあまりの低俗さに驚かされたが、それに疑問を感じない「主流的大人」への危惧と似たものを感じさせられた。


雪が載る法然院本堂
雪載る古寺のムクリ屋根


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雪載る「万両」とその実。「千両」は葉がもっと黄緑というか多く繁り、その中に実の小群が散在している


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降雪に気づかされる美しさ、面白さ

さて、散策乗っけから、遺憾的所感となったが、その後は静かに冬風情を堪能できた。

やはり、降雪があると、その非日常化的効果により、普段見る自然や建物等の新たな美しさ、面白さに気づかされる。

先に紹介したムクリの屋根の美麗さもそうだが、この写真のように、寺の立札下の重しに載った雪により、そこにある獅子飾り等の彫刻に気づかされた。

獅子飾りは、玻璃か水晶製の玉眼(ぎょくがん)を持つ精巧なもので、工芸的良さと愛らしさの両方が感じられるものであった。後背の雲形肘木も良い。小品ながら、結構古いものかと思われた。

立札は、ある塔頭で行われていた茶会を知らせるもの。そういえば、初釜の時期であった。


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今日も大勢の参観者を呑み込む銀閣寺総門。軒下には大きく特殊な注連飾りがみられた。これも、屋根の雪が導いた発見

正月終了で1年の始動感じる

山際の古寺を巡り、賑やかな銀閣寺門前を下る。あとは哲学の道を中途まで辿り、散策を終えた。午後からは少し仕事を進める予定であった。

明日にて正月期間も終り。1年の始動たるものを感じる。毎日頗る寒いが、まあ、元気にいきましょう……。

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2018年01月01日

明治百五十年

平安神宮の大鳥居

維新から150年目の年頭

平成30年、2018年の始まり――。

昨年末は、残務により大晦日まで仕事となり、なんとか新年を迎えることが出来た。仕事があるのは有難いことだが、自分の要領の悪さや諸々の事情によるものなので、あくまでも一応、「なんとか」の年越しである。

まあ、そんな私的で小さなことはさておき、今年は「明治150年」という記念的な年でもあった。昨年の大政奉還150周年に比してあまり宣伝されていないように感じるが、個人的には非常な重みを感じる。

時代区分上、日本における「近代」が始まったとされる明治。そこから150年が経ったのである。この歳月をどう捉えるかは人それぞれであろうが、個人的には非常に短く思われた。乱暴な言い方が許されるなら、たかが50歳の人間3回分の時間である。

その間に起こったこと、変化したことを考えれば、途轍もない密度や規模を感じざるを得ない。これは日本に限らず、世界中に言えることでもあろう。つまり、人類にとっても、この150年は大変な重みがあるといえる。

それについて、もう少し綴りたいと思ったが、今日は静かにその歳月を偲びつつ、記念的年頭を過ごしたいと思う。


上掲写真: 元日の朝、京都市街東部は平安神宮に詣でた際の一写。神宮前に聳える大鳥居である。建造は神宮建立より遅い昭和3(1928)年。即ち、ちょうど90年前に、昭和天皇の即位大礼を記念して造られたものである。昭和天皇の即位とその後の激動期も明治150年のうちの出来事である。


元日午前の平安神宮境内
模造「応天門」門内に広がる平安神宮境内。平安神宮は平安遷都1100年を記念して明治28(1895)年に京都岡崎に建造された宮城型の神宮である。


参拝客で混みあう元日午前の平安神宮神殿(大極殿)
参拝者で賑わう平安神宮大極殿(外拝殿)前。例年、午後から更に人が多くなり、その前庭は順番待ちの人々で埋め尽くされるようになる。

過去を土台・教訓に良き未来願う

衆人の、願い集める初詣――。

ささやかな個人的希望を寄せる前向きで明るい動きであるが、来し方150年を思うと、平穏や健全を願わずにはいられない。

この150年を土台・教訓として、どうか良き未来が築けますよう。

最後となったが、皆さん今年もどうぞ宜しく……。

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2017年12月02日

錦上寒月

紅葉の大文字山横から昇ってきた満月

今年もまた師走入り

昨日から12月に入った。

平成29年、即ち2017年もあと一月足らずでお仕舞いである。未だ紅葉観光で賑わう京都市街にあってはその実感に乏しいが、確実に時間、季節は移ろいつつあった。

今日夕方、そんな今一時を象徴するような景色と出会った。写真の、紅葉纏う(まとう)東山から昇る寒月である。4日の満月まであと2日。かなり大きく、そして眩い光を放つ。

思えば、山が紅葉を纏ったのも、いつの間にかの出来事であった。そしてまた、いつの間にかにその姿を消すのであろう。あと暫くの日々にて……。

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2017年11月28日

盛期紅葉下

永観堂の美麗な紅黄葉

紅葉盛りて往来多し

紅葉の盛りとなった京都市街。

折角なので、昨日に続き、午後の外出を利用して近所の様子を少々紹介……。

今日の場所は今や昼夜の紅葉名所として日本中、そして世界にも知られ始めた永観堂(えいかんどう)。

昨日の疎水分線と同じく、京都市街東郊山麓にある寺院である。「南禅寺の北隣」と言えば解り易いであろうか。昔から有名な場所ではあったが、近年その人気が過熱しており、特に夜間のライトアップ参観が著しい。

南禅寺から続く門前の道、「鹿ケ谷通(ししがたに・どおり)」などは、その暗さ・寒さにも拘わらず、驚くほどの人数の往来がみられた。


上掲写真: 永観堂の美麗な黄葉。


紅葉客で混む永観堂門前
内外の参観者で賑わう永観堂門前。しっかり門外に美麗の楓(カエデ)が用意されているのも呼び水に……


紅葉客で混む永観堂境内
永観堂境内の紅葉。眩いくらいに赤々としている。よく見れば実に不可思議な光景。正に自然の妙か……


永観堂の美麗な紅黄葉
同じく永観堂境内の紅黄葉。黄と赤の一双が良い。個人的にはこれくらいの量で十分である


終盤となった賀茂川や糺の森の紅葉

盛りのあとの年末近し

永観堂のあと、街場側の西へ下った賀茂河畔で少し休んだが、樹種の所為か、そこの紅葉は既に終盤の様相であった。

写真は荒神橋上手より北側、即ち上流を見たもの。最奥の山岳は京都盆地北縁の「北山(きたやま。丹波高地)」、手前の森は下鴨神社の「糺の森(ただすのもり)」である。

とまれ社寺の紅葉によりどこも人が多いが、それもここ暫くの間まで。やがて一段の寒気到来と共に仕舞いとなり、街は一気に年末風情に包まれるのであろう。

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2017年11月27日

盛期紅葉上

宗諄女王墓の紅葉と哲学の道・疎水分線

今年は去年に比して少々早め?

今年もまた拙宅近くの京都市街東部の紅葉が盛りとなった。

昼夜問わず、内外の見物客が行き交い、春の桜時季同様の繁華の気に街が包まれる。ただ、地元の人間としては、交通機関が麻痺的状況となるので、諸手を挙げて歓迎できない状況でもあるが……。

写真は午後の休息がてら見た東山際の紅葉。所謂「哲学の道」である。正中の水面は琵琶湖より引かれた疎水分線の流れ。白壁は流れ下手の鹿ケ谷(ししがたに)にある「谷の御所」霊巌寺(れいがんじ)にて幕末から明治にかけて門跡を務めたという宗諄女王(伏見宮息女)の墓所。

去年にも紹介したが、その際ここで見た紅葉の盛りは12月1日のことであった。


哲学の道沿いの疎水分線の紅葉
同じく疎水分線の紅葉。宗諄女王墓の少し上手の若王子(にゃくおうじ)神社側にある。これも鮮やか

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2017年10月30日

寒風初日

逍遥雑記「哲学の道,10月末の紅葉状況,桜並木の紅葉」

気象発表に冬入りを実感

今日、東京と近畿地方で、冬の到来を告げる「木枯らし1号」が吹いたと発表された。

気象庁による木枯らしの発表はこの2地域のみなので、まあ、全国的な冬入りが宣言されたようなものであろうか。最近までとんでもなく暑い日や台風の連続襲来があったが、やはり季節は確実に移ろいゆくものであった。

暑日や台風により、あまり冬到来を意識出来なかったが、この発表のお蔭か、少し気がそちらへ向いたような気がする。そして、夕方、京都市街東郊の山際を歩くと、早速それを実感することとなった。

写真がその様子。ご存じ「哲学の道」にある桜並木の紅葉である。昨日まであまり気にならなかったが、すぐに変色する訳でもないので、これも発表による影響、「気づき」なのであろうか。

確かに、今日は風が強く、そして冷気を感じる一日であった。しかし、昨日通過した台風22号の吹き返しかと思っていた為、木枯らしであることは全くの意識外であった。偶々、発表する条件が重なったのか……。


逍遥雑記「哲学の道,10月末の紅葉状況,桜並木の紅葉」
「哲学の道」の桜の枝先。まだ紅葉と緑の葉が入り混じるが……


逍遥雑記「哲学の道,10月末の紅葉状況,桜並木の紅葉」

日没により急に暗くなったが、哲学の道の銀閣寺近くには、写真の如く紅葉が進んだ場所もみられた。そういえば、最近日没後すぐに暗くなることや日が短くなったことも、冬の序章的状況といえた。

長い冬の幕開け――。

個人的に嫌いな季節ではないが、また何かと苦労や忍耐を要する時期ではある。とまれ、先ずは風邪に用心・火の用心……。

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2017年10月24日

大颶一過

逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,夕空に光る上弦の月」

特大台風去る

昨夜、近畿付近を通過した超大型台風、21号。

予報通り、前夜日付が変わる頃に最接近して強い雨と風をもたらした。我が家は宅地奥なので比較的風雨に強い立地ではあったが、時折強烈な突風が吹き込み、家を揺らした。外の自転車等への事前対策は正解であった。

その他、特段被害もなく遣り過すことが出来たが、台風一過後の今朝も雨が続き、結局午後まで回復することは叶わなかった。

そして夕刻、漸く雲の晴れ間も見えてきた。


上掲写真: 台風一過後の夕空に現れた下弦の月。京都市街東部山手にて。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通を遮断するロードコーンの列,カラーコーン,パイロン」

前夜の危険見る

暗くなる前に日課の散策に出ると、風で飛ばされたとみられる落ち葉の散乱が方々で見られた。

なかには屋根波板の大きな破片等もあったので、やはり前夜は危険な状況だったようである。一時は外出も検討していたが、やめて正解であった。

倒木や落ち葉整理の為か、珍しく造園業者が作業する法然院前を過ぎると、写真の如き道を遮断するカラーコーンの列が現れた。右の森はまだ法然院境内なので、造園業者が高所作業でもしているのであろうか……。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通上の通行止の看板」

カラーコーンの列脇には、写真の如き、車両通行止の看板が置かれていた。なんと、警察によるものである。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通上に下がる電線」
法然院脇の路上に垂れ下がる電線

封鎖の意図を「車輌のみ」と解釈して前進すると、頭上の電線が前方の路面に向かって下がり始めた。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,法然院通上に倒壊した電柱」

そして、道奥の屈曲部にて、写真の如き、諸事の原因と遭遇する。なんと、電柱が倒壊し、道を塞いでいたのであった。

電柱はコンクリ製の重厚なもので、周囲の塀等を壊しながら、二つに折れている。これでは車輌だけでなく、人の通過も困難かつ危険である。車輌通行止ではなく、単に「通行止」や「進入禁止」とすべきか。

しかし、もし倒壊時に人や車輌があれば大変なことにあっていたであろう。改めて台風の威力を感じると共に、その影響下での外出リスクを考えさせられた。

ニュースでは植物園や嵯峨野等での倒木が報じられていたが、今のところ、この件は触れられていないようである。

他府県では建築足場の倒壊による死亡事故も起きた。人命への影響や今後の警鐘効果を考えると、優先して報じるべきだと思うが如何であろうか。


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,台風一過の善気山(大文字山支峰)」
法然院裏の善気山(大文字山支峰)。山も大風に揉まれたのか、普段より痩身めいて見えた


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,市街上の夕焼け空に頭を出す愛宕山」
夕闇迫る市街上部に頭を覗かせる愛宕山(924m。最奥右よりの山影)


逍遥雑記「台風一過の京都左京市街山手,法然院,哲学の道,比叡山山頂と暗雲」
市街西北の愛宕に対する東北の雄・叡山(838m。中央奥)に残る雨雲

諸々の嵐、未だ止まず

さて、市街西空には淡い夕焼けも現れたが、北山や比叡山等には重い雲の姿も見られた。未だ大雨注意報が継続され、本格的な天候回復にはもう暫く時間がかかりそうである。

そういえば、昨日懸念を表した衆院選の投票率。

やはり低くかったらしく、過去最低にはならなかったものの、前回につぐ2番目の低さになったという。一応、与党・現政権の勝利ということだが、嵐の如き波乱に見舞われ、こちらも暫くは荒れ模様となりそうである。

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2017年10月22日

万事不宜

逍遥雑記「京都市街における台風21号接近の影響,夕方の雨脚,左京区岡崎,白川の濁流」

稀有の嵐接近。何事も間が悪し

稀にみる超大型という台風21号が、ここ京都市街にも接近している。

最近かなり気温が下がっており、暑中・残暑の名物的な台風とは無縁の気分であったが、当初の予報通りに北上している。その為ここ数日天気が悪いが、台風接近に有りがちな気温上昇もない為、実感は乏しかった。

それでも、ラジオ等で何度も注意喚起がされていたので、外置きの自転車等の転倒対策を施す。そして、折悪しく今日は衆院選の投票日でもあったので、天候悪化に備え、朝8時台に投票を終えたのであった。

日曜ながら、雨・選挙――。

どうせ仕事で、外に遊びに行く訳でもなかったので、個人的にはさほど困らなかったが、丁度資料入れ替えのタイミングだったので、結局一度ならず雨中外出をすることとなった。

これも、間が悪い……。


上掲写真: 台風接近の雨で、いつにない濁流の様をみせる白川。京都市左京区岡崎にて本夕撮影。


逍遥雑記「京都市街における台風21号接近の影響,夕方の雨脚,左京区岡崎,東大路冷泉よりみた濁る疎水と雨で煙る東山」
強まる雨に濁る琵琶湖疎水と煙る東山。左京区岡崎にて。疎水の濁りは上記の白川等の流入によるものとみられる

午後遅い2度目の外出は歩いて20分程の場所まであったが、雨のため自転車も使えず、気晴らしと運動を兼ねて徒歩にて向かうこととした。

大きめの傘と防水上衣、そして長靴で臨んだが、帰路雨脚が強まり、結局膝辺りが濡れることとに。まだ台風にふさわしい降り方や風はなく緊迫感はないが、夜半の最接近時はどうなることやら……。

それにしても、こんな全国的荒天での総選挙。今朝も人の少なさが目についたが、投票率は大丈夫なのであろうか。元より、情勢も荒れ気味なので、またもや過去最低を更新するのではあるまいか。

これもまた、間が悪い限りである……。

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2017年09月28日

筋雲残紅

逍遥雑記「京都市街,神楽岡上空の秋の夕焼け,愛宕山」

夕照に季節の移りみる

今日夕方、休息の散策で印象的な夕空をみた。

掲げた写真の通りだが、低い筋雲が夕陽の残り紅を反(かえ)して鈍く輝く。決して、派手でも珍しくもない様ではあるが、どこか夏の終りを想わせて心に掛かる。

あれほど滾(たぎ)った高温(熱情?)の残り火の如きを感じさせるのか――。


そういえば、今月9月も明後日にて、はや仕舞いであった。

夏の余韻と秋の序奏が混じり合う、狭間のひととき――。

来週より、いよいよ秋本番の10月に。それもまた早々に過ぎ去り、やがてあの熱の無い冬が来るのであろう……。

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2017年09月01日

秋初鱗雲

逍遥雑記「この秋初の鱗雲,鰯雲」

秋端緒に涼をみる

熱帯夜が続いていたが、昨日朝辺りから漸く一息つける感じに。

昼はまだ30度以上まで気温上がるが、今日午後辺りから空気の質が変わってきたように感じられた。

夕方、出先で空を見れば、乾いた空に、写真の如き鱗雲――。気づけば、道行く人も空に手を出しマートフォンで写真を撮っている。

そういえば、昨日で8月も終り、秋端緒たる9月に入ったのであった。ちょうどその初日に、それらしい雲が現れたか。連日の暑さに閉口していた身には、少々希望が見い出された気分である。


逍遥雑記「神楽岡上の夕焼けと夕陽に光る雲」
神楽岡(吉田山。京都市左京区南部)の上空を染める夕焼けと光る雲

そして、夕暮れ時には、美麗かつ爽快な夕焼けがみられた。空気が澄むと様々なものの存在が際立つ。今年もそうした秋が到来し始めたのか。

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2017年08月16日

暑夜送火

逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,送り火遠景」

今年も、はや送り火に

13日に盆入りし、そして早くもその終りに。

何やら自分としても、またお精霊(しょらい)さんにとっても忙しい気がして、やはり六道参りのように7日頃の盆入りが落ち着く気がする。

とまれ、今年の盆もまた過ぎ去ろうとしていた。夕方出かけていたが、何とか19時後半に帰着して近所で送り火をみる。今年は伯父が他界したので、その分も含めてであった。


上掲写真: ご存じ大文字山の「五山送り火」。20時丁度に点火され全火床の炎に勢いが出始めた頃のもの。正に暗闇に浮かぶ大いなる「大」。


逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,送り火拡大」
大文字山の送り火拡大。写真では判り辛いが火床周囲に多くの人がいる


逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,煙」
炎の最盛期に少し露出を上げれば盛大に生じる煙の姿も


逍遥雑記「五山送り火,大文字,点火後の経過,」
少し移動して洛北の「法」字をみる。大字より遅れて点火されるのでまだ明瞭であった。組の「妙」字を含む他の送り火はこの付近からは見えない

近くの家から出てきた友人と帰路少し話して帰宅する。いつもなら盆と共に夏の終りも感じさせられるのだが、今回は暑さの為そうはならなかった。

まあ、何でも一度に終ると寂しくもあるので、これも悪くはないか。しかし、個人的には暑さの方を先にしてもらいたかった。無理な願いとはいえ、それくらい暑い日が続いていて、少々疲れ気味となっている。

冷涼の日が続いているという東日本の人からすると、信じ難いかもしれないが……。

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2017年08月13日

入盆斉墓

逍遥雑記「盆入り,墓参」

今日は盆入り。

世間一般的には11日金曜祭日から盆休み入りしているので、少々ずれた感じにも思われた。そもそも、京都市街東部では更に早い7日が盆入りの風習もあるので、なお一層か。

とまれ、暑くならない朝の内に墓参や墓掃除に向かう。前夜は熱帯夜気候であったが、7時頃の外はやはり涼しく感じられた。散歩を兼ね、乗物は使わず歩いて墓所に向かった。

写真はその途上境内を通過した真如堂(しんにょどう)の本堂。甍や石畳が、夏の朝日に鈍く輝く。


逍遥雑記「盆入り,墓参」
真如堂本堂裏の萬霊堂。苔の緑が涼し気


逍遥雑記「盆入り,墓参」
真如堂本堂前の三重塔(法華塔)


逍遥雑記「盆入り,墓参」

そして墓所に到着。

家を出る時には曇っていた空も晴れ、陽が出てきた。それでもまだ暑くないので、予定通り墓の掃除等を行う。

一昨日家族が用意したばかりの供花(くげ)は、夏の日射しと高温により早くも萎れかけおり、正に危ういところであった。


逍遥雑記「盆入り,墓参」
市街西方を縁取る愛宕山(中央奥)

高台の墓所から市街を眺めると、雲がまだ多いものの、今日一日晴天の兆しが感じられた。今日もまた暑くなりそうである。

因みに、今日の表題の「斉墓(さいぼ・せいぼ)」とは、「墓をととのう」の意である。

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2017年07月16日

宵山夕覧

逍遥雑記「祇園祭,宵山,「大船鉾」の会所に飾られる「龍頭」と「大金幣」」

3連休最中の宵山覗く

先日14日にも立ち寄った祇園祭。

その時は旧友との語らいが目的だったので、ほとんど観覧はせずに終った。その為、今夕の出かけついでに再度観覧することにした。

とはいえ、夜祭山場の「宵山」で、しかも3連休中。かなりの混雑が予想されたので、裏通の山鉾を軽く短時間見学とすることとした。


上掲写真: 先年150年ぶりの後祭復活を果たした「大船鉾」の懸装品、「龍頭」と「大金幣」。共に船形の鉾の舳先に1年交代で取り付けられる。大人の背丈を超す巨大なもので、龍頭は昨年、大金幣は江戸末期の文化10(1813)年の製造である。大船鉾は応仁の乱(15世紀)以前に起源をもつ鉾だが禁門の変(1864年)による大火で焼失して以来「休み山」となり、その伝統は風前の灯火であった。そんな絶望的状況から見事復活を果たした関係者皆さんの志と努力に敬意を表したい。ただ、白木の龍頭を見て解る通り、まだ未完箇所が多く、多大の支援が必要とされている。


逍遥雑記「2017年・祇園祭前祭宵山夕方の四条通」
平成29年京都祇園祭の前祭宵山の参観者で埋め尽くされた四条大路。左奥遠方に長刀鉾、右奥に月鉾が立つ

既に大路は人の川

17時半過ぎの明るい夕方とはいえ、さすがは宵山、既に多くの人で賑わっていた。先日とは異なり歩行者天国となっていた烏丸通(南北路)や四条通(東西路)等の大路は正に「人の川」と化しつつあった。

そんな状況を避け、小路を巡る。昼間かなりの雨が降った後であったが、気温は高く、また時折小雨さえあった。まあ、直射日光がないだけ有難い状況と言えるのかもしれないが……。


逍遥雑記「祇園祭,宵山,船鉾の舳先」
四条通から新町通(小路)を南下すると大船鉾(前祭は懸装品展示のみ)の次に現れる「船鉾」

元は大船鉾と兄弟?「船鉾」

北方の御池通から小路を南下したが、一方通行規制により後祭地区で山鉾のない新町通通過を強制される。四条通に出て漸く、大型鉾の「放下鉾(ほうかぼこ)」と出合った。

四条通より南は新町通にも山鉾が現れ、その最初が写真の「船鉾」。元は大船鉾と同じ名で呼ばれ、対を成す存在だったらしい。禁門の変の「どんどん焼け」では、車輪のみの損害だった為、比較的早期の復活が叶った。

船鉾は、その特異な形状で古くから人気があった鉾。舳先を見上げた姿も勇壮で、格好良い。搭乗も正に乗船的なので、巡行の際も気分が良いのではなかろうか。


逍遥雑記「祇園祭,宵山,屋根のある「山」、岩戸山」
新町通沿い、船鉾の南にある岩戸山

例外的に立派な岩戸山

船鉾の次に現れたのは、上杉本「洛中洛外図屏風」(16世紀後半)にも描かれ、形状や神体配置に様々な変遷を経た岩戸山。「山」には簡易なものが多いが、屋根が付く、中々立派なものである。


逍遥雑記「祇園祭,宵山,太子山会所に飾られた飛龍等の懸装品」
太子山会所に飾られた懸装品。神棚前の4つの黄金造形は角金具の「飛龍」

祭の豪華と人の粋感じる太子山

新町通を高辻通まで下り、次は西方・油小路通から北上。そこでまた山鉾と出合い、その会所で展示中の懸装品類を参観した。山鉾の名は「太子山」。その名の通り、彼の聖徳太子を祀った山である。

写真には写っていないが、今年新調された越南刺繍胴掛(ベトナム製)が話題となっていた。旧来のものは18世紀の印度製で、更に地を金糸で埋め尽くしたもの。復元新調には1億円以上かかる為、技量が高く、費用が抑えられる越南発注で継承新調したという。

これも新しい壮麗追求の形。古今共に、山鉾の豪華さや町衆の粋を感じさせる話題である。


逍遥雑記「祇園祭,宵山,日暮れの宵山鉾町」
日暮れて佳境を迎えようとする宵山鉾町

良き催し、永遠に

その他にも多くの山鉾を巡ったが、暗くなり始め、また人も増えてきたので、祭り場を後にすることにした。

暑さや人ごみは辛いものがあるが、やはり趣や深みの詰まった良い催しである。それが長く続く理由でもあり、またそうしてもらいたいと思った。

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2017年07月14日

祭夜談讌

逍遥雑記「祇園祭,宵々山前夜,長刀鉾,ドキュメンタリー監督」

祭夜に遠方より来る朋あり

今年もまた巡ってきた祇園祭。

その山場たる山鉾巡行3日前の今夜、誘いをうけ、まつり場である京都市街中心部に出かけた。祭夜山場となる宵々山と宵山には1日届かない日ではあったが、既に山鉾や祭飾りが完備されており、平時の夜とは異なる華やぎと物見の喧噪に包まれていた。

誘われたのは、旧知の映画監督で現在沖縄在住のM君が京都の知人宅に立ち寄っている為。昼に行われた洛西での取材が目的であったが、これまで見たことがない祇園祭がちょうど催されていたので、日暮れから知人に案内されているところであった。

私は仕事やらバスが遅れたり混んだり等の関係で、8時半ぐらいに合流。その後、仕事を終えたもう一人と合流し、祭裏たる錦市場(にしきいちば)の鮮魚店屋台で飲み語らった。その後は知人宅に移動し、遅くまでまた飲み語らったのであった。


上掲写真: 京都大丸前付近に設置された「長刀鉾(なぎなたぼこ)」と提灯飾り。巡行では稚児を乗せて先頭を進む、祇園祭を代表的する別格鉾。


逍遥雑記「祇園祭,宵々山前夜,長刀鉾,ドキュメンタリー監督」
祭夜の路傍にてビール片手に知人と語らうM君

明後日は東京へ向かうとのこと。暑中お疲れ様……。

さて、今日の表題「祭夜談讌」は、そのまま「まつりよだんえん」と読む。祭夜に楽しく語らうの意。少々衒学的になったが、二字で上手く要約する語が無かった為。恐らく、「談燕」でも意味的に可能かと思われるが如何であろうか。とまれ、ご諒解を……。

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2017年07月09日

雨日近遊

逍遥雑記「下鴨神社,中門,神社幕」

雨天予報で近場外出

7月に入ったと思えば、はや9日。

気づけば仕事等々で、菜園への瓜類の定植や今年初の琵琶湖での漁獲の機会も逃していた。梅雨は明けず、休みの今日も、一日雨予報で遠出の予定も組めず仕舞いとなった。

それでも、用のついで色々と外出ことを試みる。午前は来客があったので、午後からではあるが、幸い、濃い曇天ながら朝から雨はなく、近場を巡るには悪くない状況であった。

連日の座り仕事に、曇天・雨天――。こうして少しでも出かけることは身心共に重要なことであった。


上掲写真: 午後から立ち寄った、下鴨神社の中門(本殿前)内にかかる神社幕。


逍遥雑記「下鴨神社,糺の森,森の手づくり市」
終了間近の「森の手づくり市」と濃い梅雨の緑でそれらを包む「糺の森」

展示にも工夫と手作りある森の市

京都市街北部「洛北」辺りでの用を済ませて、下鴨神社に立ち寄る。友人夫妻が今日、そこでの催事に参加していた為である。

催事の名は「森の手づくり市」。その名の通り、神社の神苑「糺の森(ただすのもり)」で、様々な物品のハンドメイドを行う店舗・作家が作品を即売するイベントであった。昨日から開かれ、友人らは今日のみの参加。

下鴨社は小時より縁の社。そして久方ぶりでもあったので、先に本殿での参拝を済まし、15時過ぎに市に着く。この催事のことは以前から聞いてはいたが、来たのは初めてであった。

友人の店を覗き、話をして他も覗く。文具・装身具等の小物から家具・調理器具等まで、普段観れない・買えないようなものが数多く出品されていた。また、同様に普段味わい難いこだわりの飲食店も多くみられた。

残念ながら、16時終了というので、詳しく観ることは出来なかったが、興味深い催事に感じられた。印象に残ったのは、各人展示にも工夫や手作りが見られたこと。割り当てられた小さな区画での魅力的な展示と効率的な運搬等が熟考された、思いおもいの小道具類に満ちていたからである。

生憎の天気や終了間際にも拘わらず結構な人出があったが、もう少し一般に広報すれば、更に成長する催事になるのではないか、とも感じられた。

時間の割に暗く重い空から、低い雷鳴が起こり始めた。早じまいを始める人達の動きと共に、急ぎ次の用へと向かった。


逍遥雑記「下鴨神社,中門,伊勢流紙垂,榊」
下鴨神社中門脇の榊らしき供え木と、それに付けられた伊勢流の紙垂(かみしで)

意外に広い行動と良く歩くこと叶う

その後、別用を急ぎ済ませて一旦帰宅。案の定、結構な量の雨となり、暫し家内での硝子や陶器補修の作業に勤しんだ。

雨は1時間以上猛烈に続いた昨日・一昨日程ではなかった。しかし、今日一日をみても解るが、今年の雨は降るか降らないかの実に両極端である。

18時半頃もまだ小雨があったが、明るいうちに別用ついでに散歩へと出かけた。そして、思わず遠方まで歩いた先の住人の、S君宅にお邪魔してビール片手に暫し語らう。結局、またの帰宅は夜21時過ぎとなった。

今日は天候等で、近場限定の行動予定であったが、意外にも広く行動することが叶い、そして良く歩くことが出来たのであった。

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2017年06月30日

来夏了得

逍遥雑記「2017年6月30日夏越の祓,京都岡崎神社,茅の輪」

街に知らされる本格的な夏入り

今日は6月30日。6月も終りである。

6月の終りといえば、梅雨の本格化が想われるが、京都ではこの日、夏の和菓子「水無月」を食べる「風習」がある(典拠不明の為、本当に古い風習なのか疑っている)。

そしてもう一つ、神社に於ける「夏越祓(なごしのはらえ)」もあった。一般に馴染み深い、所謂「茅の輪くぐり」を伴う神事である。

そんな行事を逐一覚えている訳ではないが、水無月は先日スーパーで、茅の輪は今朝通りすがりの神社にて目にしたので気付いたのであった。

とまれ、どちらも夏入りに関する行事。つまり、それら催事の報せと共に、本格的な夏入りも知らされたのである。

折角なので、夕方所用ついでに左京区南部にある岡崎神社(東天王社)をのぞいてみた。


上掲写真: 梅雨空に枝葉を伸ばす夏の杜と、鳥居と茅の輪。京都市左京区、岡崎神社にて。


逍遥雑記「2017年6月30日夏越の祓,京都岡崎神社,茅の輪」
岡崎神社鳥居下に設けられた茅の輪。横には「夏越大祓」の案内板も。茅の輪は数日前から設置されることが多い


逍遥雑記「2017年6月30日夏越の祓,京都岡崎神社,茅の輪」

著名な夏入り行事とあってか、普段は静かな岡崎神社も結構人の姿が見られた。18時過ぎという遅い時間としてはかなりの人出で、祓式の最中等での更なる賑わいが想われた。


逍遥雑記「2017年6月30日夏越の祓,京都岡崎神社,茅の輪」
古札焼(く)べられる境内の火炉

明日からの暑中、健勝願う

本殿下の境内では火炉が用意され、古札焚きが行われていた。暑いなか、集まった老若男女が思いおもいに古札を火に焼べる。

医療や衛生が改善された現代では、病の脅威・深刻さは軽減されたが、盛夏での健勝願う心は古から変わぬものであろう。

明日から7月。来るべき猛暑を思えば辟易の気も生じるが、まあ致し方あるまい。皆さん共々、健勝を願いたい。

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2017年06月08日

入梅山花

逍遥雑記「青い山紫陽花,ヤマアジサイ」

平年通りの入梅翌日

昨日の6月7日、近畿地方の梅雨入りが宣言された。昨年より3日遅く、しかし平年並みだという。

本当はその記録(記念?)として、昨晩近所でみた蛍の写真等と共に雑記化したかったのであるが、失敗し、別の画像もなかったので、仕方なく今日見た紫陽花(アジサイ)を載せ、その代りとすることにした。

雨天と高湿が続き、そして後半から暑さにも見舞われる入梅を厭う気持ちも大きいが、まあ致し方あるまい。今は涼しく、そして然程の雨もないので、一先ずは有難い。


上掲写真: 夕方の休息散策で出あった紫陽花。ヤマアジサイか。京都市左京区「哲学の道」沿いの小径にて。


逍遥雑記「緑が光る善気山」
初夏の陽を受け緑に光る善気山(ぜんきさん。大文字山腰部の小頂)

梅雨入りしたとはいえ青空も見える。これだけ見るとまだ5月の風情か。さて、本降りはいつから来るのやら……。


逍遥雑記「青いヤマアジサイの花のアップ」
紫陽花の花部を拡大

ヤマアジサイの系統は、一般的な手毬咲きの紫陽花とは違い、花序の周辺にだけ装飾花が咲く「額咲き」と呼ばれる変化に富む姿で面白い。花弁にも色々な種類があり、この花は古い建具細工にある木瓜柄にも似た姿。

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2017年06月03日

蛍光深遠

逍遥雑記「2017年6月3日,京都,左京区,哲学の道の蛍,ホタル」

蛍に自然の動き感じる

暑さが続いた先月末から一転して平年の温暖と夜の涼しさ(寒さ?)が戻った今月。

自然は意外とその変動をものともせず、ただ次の季節への進行を続けていた。先月末から近くの疎水分線に現れ始めた蛍もその証左。

偶々水際を通行して気付いた。例年同様なのだが「もうそんな季節になったのか」と思い知らされる。色々と移ろう自分自身を含め、止まることのない天体とそれが引き起こす大きな自然の動きたるものを不意に感じる。

そこには希望も含まれるとはいえ、乾坤狭間の小身にとっては何やら恐ろしいことにも思われた。


上掲写真: 寒さと乾燥に因るのか、ひたすら疎水の草陰で明滅を繰り返すばかりの蛍一匹。今年も、早そんな時季が来た。


逍遥雑記「2017年6月3日,京都,左京区,哲学の道の蛍,ホタル」
近寄って見た草陰の蛍。今日は数が少なく、飛ぶこともなかった。

新聞か何かで紹介されたのか、暗がりながら遅めの時間ながら、二人連れ等の観覧者が結構行き交う。

しかし、皆蛍の姿を見ることはなく、「時期尚早」等の憶測・捨て言葉を残して足早に去っていった。

蛍はいる。

足元の草叢(くさむら)に。そして人知れず深遠からの光を発している。

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2017年05月27日

夏日早来

逍遥雑記「旧五条,松原橋,賀茂川,鴨川,河原と比叡山・東山の山々」

はや夏来る?

連休中から、一部の曇天・雨天を除き、夏日が続いている。

そして先日の日曜と月曜は32度の「真夏日」にもなった。本来なら気温・天候共に爽やかな日が続く頃なのであるが、今年は違うようである。

先ず気になるのが、陽射しの強さ。

今月初旬の野営会でもこれまでにない日焼けをしたが、その傾向が続いている。例年の春秋と同じく、紫外線への注意は呼びかけられれているが、いつもと違う危険な様については言及されていない。

まあ、自己防衛しかあるまいか……。

とまれ、冷涼・乾燥好きの身としては、有難く貴重なこの時期に早真夏の如き様となるのは納得し難く、損した気分である。この気候傾向は来月も続くらしいので、いきなり夏が来たのは確実で、最早逃げ難い事実か。

うーん、先が思い遣られる気分である。10月過ぎまでの4箇月以上、暑さが続くのか……。仕方ないこととはいえ、活動的時季の出鼻を挫かれる思いであった。

今年こそ、どこかで暑さを避けるべきか……。


え、金は?仕事は?時間は!(苦笑)。


上掲写真: 松原橋(中世以前の本来の五条大橋の場所)から見た賀茂河畔と東山・比叡山(中央左よりの頂)の景。空も気も水も澄んで一見良い感じなのだが、日射は強力で油断ならない。まあ、それでも今日は30度あった昨日よりマシなのではあるが……。

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2017年05月08日

飛砂朧夕

逍遥雑記「黄砂で霞む愛宕山と京都市街,黄砂で霞む比叡山,哲学の道の躑躅,ツツジ」

今日も黄砂

昨日から風が強く、黄砂の到来が報じられていたが、今日も同じ状況であった。

近景さえ濁るほどの強いものではなかったが、比較的近くの山も霞んで見えた。写真は夕方みた空の様子。京都東山山麓から西を見て、手前の山が神楽岡(吉田山)、その向こうで薄く霞む山が愛宕山(924m)である。

愛宕といえば、先日の春の山会で登ったばかりの山であった。

今回の黄砂は、また軽い方にも拘わらず、クシャミや鼻・喉にくる。成分が悪化でもしているのであろうか。国は相変わらず、現代黄砂の実体的有害性を説かず、ただ交通や洗濯への注意を促すのみである。

その為か、こんな日にも拘わらず、外に布団や洗濯物を干している家を結構見かけた。乾いたものなら取り込み時に叩けばよいが、濡れたものなら、そうはいかないこととなるであろう。


逍遥雑記「黄砂で霞む愛宕山と京都市街,黄砂で霞む比叡山,哲学の道の躑躅,ツツジ」
同じく東山山麓から神楽岡・愛宕山をみる。手前の家並も少々霞むか


逍遥雑記「黄砂で霞む愛宕山と京都市街,黄砂で霞む比叡山,哲学の道の躑躅,ツツジ」
比較的近い北方の中尾山(手前)と比叡山(奥)も薄霞み


逍遥雑記「黄砂で霞む愛宕山と京都市街,黄砂で霞む比叡山,哲学の道の躑躅,ツツジ」
東山山麓「哲学の道」の躑躅(ツツジ)

全ての景色が曖昧となるなか、唯一強い色彩を放つ。桜が終り、新緑が過ぎ、そしてはや躑躅の季節となったが、それも正に過ぎようとしている。

まことに、冬長く、春は駆け足である。しかし、こうしてみると、やはり近景も霞んでいるか……。

さて、来客応対の為、帰宅を急ぐとしよう。

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