2022年11月27日

近山晩秋

観光客の頭上に楓紅葉の落葉が降りかかる、京都・真如堂境内

晩秋の京都市街東部

京都市街東部の左京区南部辺りでは、今週半ばを頂点に紅葉時季が終りに向かい始めたことを感じるようになった。

名所・真如堂(真正極楽寺)でも、盛りの美麗さはあるが、同時に写真の如く、参観者の頭上に楓紅葉の落葉が降りかかる晩秋の姿が見てとれた。

来週は、いよいよ年末12月。秋が終り冬が始まる。今日は近隣の名残りの紅葉を楽しみつつ、同様に美麗な近山も散策してみた。


総門を潜り現れた真如堂の諸堂と、境内を彩る鮮やかな紅葉
正門たる総門を潜り、現れた真如堂の諸堂と境内を彩る鮮やかな紅葉。いつもより人が多いが、観光バスが入れない丘上のここは穴場的名所である


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こちらも真如堂。書院と本堂(右)を繋ぐ回廊前後で鮮やかな色を放つ楓紅葉


神楽岡墓地から見た天然林紅葉が鮮やかな瓜生山と双耳峰姿の比叡山

紅葉美麗な瓜生山へ

市街東部の紅葉名所・永観堂(萎れ始め)や真如堂を観たあと、近山に向かう。

それは、真如堂がある丘(中山?)の南部から見た写真の瓜生山(うりゅうやま。標高301m)であった。美麗な天然林紅葉ある手前の山の中央がその頂で、背後の陰になった峰は比叡山である。

叡山はここからみると真の姿である双耳峰であることが判る。即ち左が四明岳(標高838m)、右が大比叡(標高848m)の二頂構造。瓜生山は、古来その二つの峰の裏にある延暦寺や東麓の近江滋賀への通路でもあった。


京都市左京区別当町のバプテスト病院の擁壁下の瓜生山登山口
真如堂の丘を下り、瓜生山の麓へ。ここが代表的な登山口だが、開発が際まで迫り味気ない。登山道は中央の車道ではなく、左の病院擁壁下に続く沢に沿っている。必要な施設だが、もう少し遣りようはなかったのであろうか。瓜生山も、大文字山と劣らぬ歴史遺産に彩られた山域なのに


北白川別当町の瓜生山登山口奥の沢と落ち葉や白川石の散乱
擁壁の奥はいきなりこの様な山中となる。少し進み、登山口側を振り返った景。右下には京の銘石・白川石の産地らしい、加工石材の散乱も見える


瓜生山の尾根道に残る瓜生山城の郭跡と、落ち葉ある明るい秋山の雰囲気
沢の途中にある大山祇神社を過ぎ、尾根道を進む。頂部が広く削平されているが、実はこれは戦国時代の山城の郭(くるわ。防御陣地)跡。山頂に武家の守護神的存在・将軍地蔵を祀った瓜生山は、嘗て足利将軍の拠点にもなった付近屈指の城郭であった。そんな歴史を秘めつつ、落ち葉散る明るい秋山の風情も良し


瓜生山の尾根道に残る瓜生山城の郭跡と、黄葉ある明るい秋山の雰囲気
緩やかな尾根道から急登に入り、更に進む。麓の町名由来となったとされる小頂・茶山を過ぎ、山頂までの中段的尾根に出ると、また人為痕跡がある郭跡が現れた。黄葉が近くに迫り、更に秋の風情が濃くなる


落ち葉散る瓜生山山頂平坦地と幸龍権現の祠
そして最後の急登を上り、瓜生山山頂着。広い平坦地になっているが、これも人為とされ、瓜生山城(将軍地蔵山城)の本丸跡とされる。奥の祠は、別の登山口にある狸谷不動尊の奥の院である幸龍大権現、その裏には今は麓で祀られる将軍地蔵が収められていた石室(いしむろ)がある


瓜生山山頂からみた、南方は東山連峰の紅葉と大文字山
瓜生山山頂からみた、南方は東山連峰の紅葉と大文字山(奥の峰)


瓜生山山頂北の尾根上から見た比叡山とそこに続く山肌の紅葉
時間的・距離的に大した疲労はなかったが、折角なので、山頂で暫く寛いだあと、別路で下山する。城跡を濃厚に窺わせる地貌を辿りつつ、尾根上から見えた、比叡山とそこに続く山肌の紅葉。この、瓜生山山頂北の道は比叡山への古道とも重なる


明るい紅葉の秋風情に包まれる、比叡山への古道及び戦国城塞の軍道、瓜生山山頂北の尾根道
比叡山への古道で、戦国城塞の軍道でもある、瓜生山山頂北の尾根道にも、こんな良き秋風情があった


瓜生山山頂北から続く谷道の紅葉ある秋風情

近場侮り難し

間もなく瓜生山山頂北の尾根道を逸れて下降し、谷道を進む。写真で見るように、誰にも遇わないここにも静かな秋風情があった。そして、また元来た登山口へと下ったのである。

僅か1時間くらいの、軽く汗かく程度の山行だったが、意外と秋の風情が豊かで、印象深いものとなった。今季色々行ったなかでは、最も良かったかもしれないとすら思わされた。

やはり、近場も侮り難し――。

そんな思いに改めてさせられた、晩秋の京都近山行であった。

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2022年11月12日

比良紅葉検行後記

比良山脈・蓬莱山山頂スキー場の芝生と木道彼方の琵琶湖

比良南部での秋探索

芝生彼方の水面に続く滑走路の如き木道――。

ここは滋賀県西部・比良山脈の一峰、蓬莱山(ほうらいさん。標高1173.9m)山頂。雪のないスキー場から琵琶湖方面を見た眺めである。

今日は先週に続き山鍛錬を兼ね同山脈の紅葉具合を観にきた。ただ、前回や前々回は紅葉の進みが早く既に盛りだったため、その南部を訪ねた。


比良山脈・権現山山頂近くの唐松らしき樹々の見事な黄葉
車輌でさっと山脈西麓の平(だいら)集落に向かい、そこからすぐに入山し、ひたすら急登を上り50分程で権現山(標高996m)に接近。山頂手前では、この様に唐松が見事な黄葉を見せていた(樹種同定は推測。自生西限を超えている筈だが、人為的に植えられたのか)


比良山脈・権現山山頂からみた、霞んだ南の景色
比良主稜線最南部といえる(これ以南は標高が急降下)権現山山頂からの南の眺め。左手前の峰が今年2月に雪と倒木で難儀した霊仙山(標高750m)、左奥が琵琶湖南湖、中央奥の峰が比叡山(同848m)、その右の谷が大原・八瀬方面で、その彼方に来し方の京都市街がある。前回等と異なり、空は晴れているが、かなり霞んでいる。明日天気が崩れる影響か


比良山脈南部・権現山から北はホッケ山や蓬莱山に続く稜線路
権現山からそのまま稜線路北へ進む。ホッケ山(標高約1050m。中央奥)や蓬莱山山頂(右奥)が現れるが、その間の樹林は既に冬枯れしていた


比良山脈南部のホッケ山・小女郎峠間で見た中腹の紅葉や眼下の琵琶湖.jpg
一旦下り、また登り返してホッケ山を越える。眼下には近くなった琵琶湖湖岸が現れた。紅葉の盛りは、もはや中腹辺りまで下がったようである


比良山脈南部の小女郎峠から蓬莱山に続く、熊笹のなかに続く天上の稜線路
北上を続け、稜線上の十字路・小女郎峠(標高1076m)に接近。左下の峠から右奥の蓬莱山までの熊笹の原に続く、天上の道を進む


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そして、今日の折り返し点の、比良南部の最高峰・蓬莱山山頂に到着。麓からの時間は1時間50分弱であった。居並ぶ石仏の彼方に、来し方の縦走路や叡山、琵琶湖が見えるが、相変わらず空は霞んだまま……


比良山脈蓬莱山山頂からみた武奈ヶ岳・堂満岳方面の冬枯れが進んだ山上の天然林
蓬莱山山頂で今日初めての休息に。軽食を摂りながら北方を眺めると、この様に山上の天然林の広がりが。前々回登った武奈ヶ岳(中央やや左奥)や前回登った堂満岳(右奥)等がある比良山脈中部の山上景であった。明るく軽やかな眺めだが、やはり冬枯れが進行していた


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昼食後、暫し山頂の四方を眺めて、下山開始。元来た道をひたに進んだが、折角なので、小女郎峠奥の小女郎ヶ池に立ち寄った。標高1050mを超えるここも、既に晩秋の雰囲気であった

静かに進む山の冬支度

そして、蓬莱山山頂から1時間20分程で下山し、京都市街へ帰着した。

厳冬期・積雪期となる12月末まであと一月強。

今日は京都市街の気温が20度を超え、山上も先週より暑く感じられたが、比良山上では静かに冬支度が進んでいるようであった。

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2022年11月06日

続比良紅葉検行

滋賀湖西に連なる比良山脈の秀峰・堂満岳と山上及びその周辺の紅葉

比良紅葉検分東面編

日曜午前、今日も前夜就寝が遅かったため遅れたが、先週同様、京都市街隣県の滋賀西部は比良山脈へ。

今回は前回の西麓とは違い東麓から。即ち琵琶湖側から登った。目的は西面より陽当たりが良く紅葉の美麗が期待出来た東面の確認や鍛錬、そして年初の積雪期に堂満岳で失くしたストック(山杖)先端の探索であった。


上掲写真 滋賀湖西に連なる比良山脈の秀峰・堂満岳(標高1057m。中央)と、色づく山上及びその周辺の紅葉。


滋賀県西部・比良山脈の金糞峠下の谷なかでみた美麗な紅黄葉

車輌を標高300m超の公園付近に置き、金糞峠(かなくそとうげ)までの急な谷道を進む。今日は、年初にストックの先を落としたことが確実な堂満岳(標高1057m)までの道を往復する予定であった。

比良著名な落石地「青ガレ」を急ぎ通過し、やがて谷なかのガレ場で写真の紅黄葉と出会った。樹々の色づきは麓の公園から見られたが、やはり山上のブナ等のそれは格別であった。


滋賀県西部・比良山脈の堂満岳後方尾根からみた釈迦岳周辺の見事な紅黄葉
やがて金糞峠峠を通過し堂満岳裏の尾根登坂路へ。その樹間から、北方は釈迦岳(標高1060m)周辺の、この見事な紅葉が見えた。やはり目論見通り、今日が盛りだったようである。空も快晴で、言うことなし


滋賀県西部・比良山脈堂満岳の秋快晴下の山頂
そして堂満岳山頂着。出発してから撮影以外止まらず、約1時間半で到着。久々に見た無雪期の堂満山頂は、2月の積雪時より山頂が狭く感じられた


滋賀県西部・比良山脈堂満岳山頂からみた山脈の紅葉と琵琶湖北湖
軽食を食しながら暫し山頂からの眺めを堪能。これは北東は琵琶湖北湖側


滋賀県西部・比良山脈堂満岳山頂からみた琵琶湖北湖対岸の伊吹山とその左奥に見える御嶽山
こちらは同じく北東は北湖対岸の伊吹山(標高1377m)の望遠撮影。その左奥に薄っすらと本邦最西端の3000m峰・御嶽山(標高3067m)が見える


滋賀県西部・比良山脈堂満岳山頂からみた琵琶湖南湖や琵琶湖大橋
こちらは南西は琵琶湖南湖側。左の橋梁は湖のくびれ部分で東西両岸を繋ぐ琵琶湖大橋


滋賀県西部・比良山脈麓の琵琶湖岸「松ノ浦」の浜
比良山脈麓・琵琶湖岸の白砂の浜(志賀松ノ浦)

計4度捜索の結果

あまりに天気が良く、風もない温暖だったので山頂で昼寝でもして帰りたかったが、色々やることもあり、結局滞在20分強で撤収。その後また来た道を下り、1時間弱で下山した。

肝心のストック先端は見つからず。2月末に同じ道程を捜索したが、これで2往復・計4回確認したにもかかわらず発見できなかった。山のゴミと化すのは心苦しい限りだが、これにて諸方お許し頂き、捜索終了としたい。

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2022年10月30日

比良紅葉検行

比良山脈主峰・武奈ヶ岳山頂直下の広尾根の道と、彼方に広がる京都府側の丹波高地

近山の紅葉如何

10月も明日で終りの日曜今朝。

隣県滋賀西部の比良山脈に、紅葉具合の検分と鍛錬兼ねて短時独行した。登ったのは、山脈中、紅葉進度が最も早い、最高峰の武奈ヶ岳(ぶながたけ。標高1214m)。


上掲写真 比良山脈主峰・武奈ヶ岳山頂直下の広尾根の道と、彼方に広がる京都府側・丹波高地の山々。


10月末で未だ紅葉していない、武奈ヶ岳登山口の比良西麓葛川坊村・明王院境内

登行前の後悔?

比良山上の紅葉盛期は例年11月初旬だが、その頃に武奈ヶ岳に登ると冬枯れが多く、少々不満だった。よって、今回少し早めに来たが、通り道の大原・叡山等を含め、麓には紅葉の気配は乏しかった。

少々早まったか……。

そんな気もして後悔し始めたが、仕方なく登ることにした。写真は登山口の比良西麓・葛川坊村(かつらがわ・ぼうむら)集落にある密教寺院・明王院境内(標高310m強)。これを見ても夏山と変わらない様子がわかる。


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの標高690m地点の、まだ紅葉が進まない天然林
乗っけから急登の道を30分程上った標高690mの天然林でも、この様子


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの標高900m地点の天然林の紅黄葉
だが、登山口から1時間弱、標高900mまで上がると、美麗な紅葉が現れた。ただ、盛りにはもう少々足りないようにも思われた


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの御殿山手前尾根の紅葉
更に登山路を進み、途中通過する御殿山(標高1097m)の手前ではかなり進んだ具合に


比良山脈・武奈ヶ岳西南稜ルートの御殿山北からみた、武奈ヶ岳山頂や標高1100m以上の天然林を彩る紅黄葉
やがて御殿山を過ぎ、現れた武奈ヶ岳山頂(左峰の奥側)及びその周辺の標高1100m以上の天然林は、この様な状況に


比良山脈・武奈ヶ岳山頂からみた、同山脈コヤマノ岳周辺の紅黄葉
武奈ヶ岳山頂から見たコヤマノ岳(標高1181m)周辺の天然林黄葉

意外な山頂

そして山頂着。麓の状況から期待していなかったが、意外にも紅葉(ブナが主なので黄葉か)具合は写真の通り、盛りといえるものであった。

しかし、それでも既に葉の落ちた冬枯れも目立った。恐らくは落葉の時期が早い種があるのか。まあ少々のことは致し方あるまい。

さて、比較的遅くに登り始めたが、休憩せずに1時間40分程で登ってきたため、ちょうど昼時となった。大勢の人で賑わう山頂の縁にて軽食を摂り、また一気に下山したのである。


比良山脈西麓・安曇川水系葛川沿いのススキや紅葉
比良山脈西麓・安曇川水系葛川沿いのススキや紅葉。帰路にて

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2022年10月09日

続2022秋私野営会

滋賀湖南アルプスの野営地の天幕に守られた焚火式竈や薪

予報覆らぬも

私的野営会2日目。

昨晩、空が晴れ渡り十三夜の満月観賞が叶ったが、朝にはまた曇り空と化していた。しかもそれは、昨日より重い、如何にも危うげな姿であった。

やはり、予報は覆ることなく、午後早くに雨が降りそうである――。

さて、そんな天候下、夜露や想定外に早まる雨を警戒し、写真の通り竃に天幕を張り備えたが、高さがある為か、はたまた風の所為か、竃内もある程度の湿気に晒され、朝本格的に火が熾るのに少々時間がかかった。

これも、下り坂の天候故か……。

その後、朝食を食し、また午後には昼食を摂って早めの片付けに。撤収後半に雨が降り始めたが、濡れると厄介なテントはその前に片付けたので、問題なし。そして、無事本降り前に下山し、帰路に就けたのであった。


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2022年10月08日

2022秋私野営会

天幕に覆われた焚火式の竃(炉)や薪が用意された野営会恒例の調理場

「私」付野営開かれる

秋行楽時の三連休。

いつもなら恒例の秋季野営会(やえいかい)の時期であるが、今年は幹事の「休息したい」との申し出から休止とした。



それなら、どうして表題画像がいつもの竃周辺のものになっているのか。しかも、多量の薪や露除けの天幕まであって用意万端ではないか……。

実は、いつものような予告・声掛けは無しで、今日、私的・臨時的に実行したのである。それは、以前から野営をしてみたい、との申し出があった、初心者のための非公式的開催であった。

よって、今回は表題に「私」の字を入れたのである。もし告知等を待っていた人があれば、ご諒解を。ただ、元来自主性を重んじる会なので、希望する人は連絡が無くとも能動的・積極的に申し出てもらいたい。


焚火式の竃(炉)にかけられた、やかんや鍋等々

今回の三連休も前回・前々回同様に晴天予報はなかった。この前日も終日かなりの降雨があり、今朝まで小雨が残っていた程であった。

ただ、中日の今日は貴重な曇り日で、明日午後からまた雨が降り始める予報だったので、その合間を狙った開催となった。故に、比較的早い時間に野営地入りするなどして、その機会の有効活用に努めた。

今日は雨こそなかったが、終始曇りの怪しい空模様。ただ、気温は丁度良く、いつもの様に強力な陽射しや地面の照り返しがなく、快適であった。

写真は夜の竃の様子。さすがに夜は気温が落ちたが、それでも比較的温暖で、過ごし易い焚火夜となった。


滋賀湖南アルプスの野営地上空に現れた十三夜の満月
今日は十三夜の満月日。天候具合から当初その観賞を諦めていたが、なんと、夜になると空が晴れ渡り始め、奇跡的に観ることが出来た


2022年秋私野営会2日目はこちら

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2022年09月27日

続駒嶽独錬行

甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上にある七丈小屋のテント場東空に現れた早朝の朝焼け

残念ながら最終日に

甲斐駒ヶ岳独錬行2日目。

今日は標高2400mの野営地を早朝に出て山頂を往復し、その後、天幕等を片付け、麓駐車場まで下山して帰京する予定であった。

本来は山中で2泊してゆっくり高山風情を味わいたかったが、野営地と水場及び厠の距離が遠く険しくて居づらく、また、今晩から天候悪化が予想されため、残念ながら撤収することした。

前夜は20時頃から寝る態勢に入ったが、想定外の気温の高さ等により深夜まで寝られなかった。そして予定の4時半に起床し、炊飯して朝食を摂るなどの準備を始めた。

高地の秋の早朝なのに全く寒くないという不可思議な状況の天幕外には、早くも写真の如き朝焼けが現れ始めていた。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上にある七丈小屋テント場の東空に現れた雲海上のご来光
そして出発前の5時37分には、押し寄せる雲海の彼方にご来光が昇ってきた


朝日に赤らむ、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根七丈小屋テント場上の林

野営地(標高2400m)〜八合目御来迎場(同2680m、積算距離約8.0km)

確り足下が明るくなり、最早ライトが不要な頃を見計らって山頂に出発。登山路周囲の山林は写真のように朝日を受けて夕景のような色合い・風情であった。

因みに野営地から2組程先に出たようだが、私は未知のルートは夜歩かないようにしている。況してここは修験の道。憚られる思いもあった。


朝日に赤らむ甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上部
朝日に赤らむ黒戸尾根上部。野営地と山頂の高低差は約567mで、未だ山頂は見えない


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根七合目付近の足下に現れた古い石材
進む路傍には昨日同様に石碑・石仏が現れ、足下にもこのように埋もれた古い石材が現れた。ヘリや重機がなかった時代、背負子・草鞋履きでここまで背負ってきたのか……。古人の、恐るべき信仰の力を感じる


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上部の七合目辺りからみた秩父山地方面の雲海や朝日
ひらすら尾根道を登ると、同じく朝日も高度を上げる。昨日同様、今朝も寒くはなく、暑ささえ予想されたため、始めから上着無しで進むも、全く問題なし。風もないため、相当条件が良いのであろう


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根八合目にある御来迎場と鳥居跡の2本の石柱
そして出発30分程して八合目の「御来迎場」という場所に到達。標高は約2680m、山上を目の前にした聖地で、石碑等の設置があった。左右長さの違う2本の石柱は元鳥居だったらしく、近年倒壊したらしい


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上部にある、剣2本が刺された烏帽子岩

八合目御来迎場(標高2680m)〜甲斐駒山頂(同22967m、積算距離約8.8km)

御来迎場で小休止して先へ進む。山頂は未だ見えないが、山頂近くにある有名な剣2本が頂部に刺された烏帽子岩が見えてきた(写真中央)。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根八合目付近の岩場鎖場
8合目付近から樹々は減り岩場が多くなってきた。この様な鎖場も幾つか現れたが、足場が付けられており、その高さも低いため難儀は感じなかった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根八合目上にある岩間の崖道
野営地から山頂までで最も険しかったのは、この岩間の登りか。ただ、特段難しかったり、怖い場所ではなかった。天気や季節が違うと別だろうが


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根9合目付近から見た2本剣ある烏帽子岩た彼方の鳳凰三山、そしてその背後の富士山
そして、いよいよ2本剣も見下ろす位置に達する。鳳凰三山越しに富士山が覗くこの景は、以前から甲斐駒の象徴のように多くの媒体で紹介されている。現れた風景に対する気持ちが似通うのか。ただ、珍しくはないとはいえ苦労して黒戸尾根を登らないと撮れない、価値ある一写・眺めではある


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根9合目付近から見えた山頂とその上に立つ祠
また、遂に山頂も見え始めた。山上に立つ駒ヶ岳社の祠が目印である。荒々しい印象に反して、意外と緑が多く、繊細な雰囲気に見受けられた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根最上部付近の小頂上に林立する石碑や石造の駒ヶ岳神社本宮
更に進むと、大国主命等の石柱(中央左)が林立し、石造りの小社殿がある駒ヶ岳神社本宮(中央右下)脇を通過


青空の甲斐駒ヶ岳山頂に立つ祠

独占の甲斐駒山頂

そして山頂着。野営地を出て1時間半弱であった。標準時間は2時間半なので、ゆっくり来た割りに早く着いた。やはり重荷がないのが効いたか。

写真は扉に草鞋が奉納された山頂祠。因みに登山口からここまでの総距離は約8.8km、その高低差は約2200mに及んだ。正に、日本三大急登に相応しい量感である。


甲斐駒ヶ岳山頂とその標識
一先ず祠前で跪拝後、その裏へまわると山頂標識があった。先程1人先客がいたが、下ったようなので独占状態に。著名な山にしては中々珍しい。まだ7時過ぎなので七丈小屋以外から来るには早いのか。とまれ、先ずは小三脚を出して証拠の自分撮りを行い、その後四囲の記録撮影を行った


甲斐駒ヶ岳山頂からみた、朝日に輝く鳳凰三山越しの富士山
甲斐駒ヶ岳山頂から見た富士山。手前の鳳凰三山より高い場所に来たので、その全容が窺えた。それにしても美麗な山容である。やはり、これほど均整のとれた山は他にあるまい。唯一無二の、本邦一の麗峰である


甲斐駒山頂から見えた、南方は北岳等の南アルプス中心方面
こちらは同じく甲斐駒山頂から見えた、南方は南アルプス中心方面。北岳(最高標高3193m)等の3000m超の鋭い高峰が見える


甲斐駒山頂から見えた、西南の仙丈ケ岳
こちらも同じく甲斐駒山頂から見えた、西南の仙丈ケ岳(標高3032m)。当初、甲斐駒との間にある鞍部・北沢峠付近に野営して登ろうとしていた山である。「南アルプスの女王」と呼ばれ、圏谷や高山植物で著名の人気高峰らしいが、今回の黒戸尾根経由だと遠いため、またの楽しみとした


甲斐駒山頂から見えた、北東の雲海に浮く八ヶ岳連峰
こちらは甲斐駒山頂北東の雲海に浮く八ヶ岳連峰。右寄りの鋭い高峰が最高峰の赤岳(標高2899m)。遠いと思って一度も行ったことがないが、小淵沢を挟んだ甲斐駒対面に当るので、今回同様の車行で登れそうである


甲斐駒山頂から見えた、東北東の雲海に浮く秩父山地
こちらは甲斐駒山頂の東北東に見えた、雲に浮く艦船の如き秩父山地(最高標高2601m)


甲斐駒山頂から見えた、北西の雲海に浮く北アルプス
こちらも甲斐駒山頂の北西に見えた、雲に浮く北アルプス。お馴染みの人気山域「槍穂高(最高標高3190m)」辺りである


甲斐駒山頂から見えた、北西の雲海に浮く乗鞍岳
これは北アルプス(飛騨山脈)南にある乗鞍山塊(標高3026m)


甲斐駒山頂から見えた、西方の木曽山脈とその彼方の御嶽山
こちらは甲斐駒山頂の西方に見えた、木曽山脈北端部とその向こうに浮かぶ御嶽山(標高3067m)


右上に甲斐駒ヶ岳山頂の祠が望める真新しい石造の駒ヶ岳神社本宮

山頂直下での長山話
野営地帰還そして下山へ


甲斐駒ヶ岳山頂での参拝・撮影後直ちに下山開始。

しかし山頂直下付近の分岐にいた先客女子に話しかけられて思わぬ山話に。私が辿った黒戸尾根とは逆の北沢峠の小屋を夜中出て、一番乗りで来たらしい。初心者というのに独り闇夜を進み来るとは中々の達者である。

眼下の副峰・摩利支天を眺めながら話が弾み、結果、吹き曝しのザレ場(花崗岩砂場)に1時間程居ることに。まあ、元々山頂で予定していた長休みを省き、あとは下山するのみだったので特に問題はなし。

そして、同じく今から登山口に下るという彼女と別れ、分岐裏にある駒ヶ岳社本宮に参って下山した。写真の通り本宮は真新しい立派な石造で、風を避けられ、右上に山頂祠が望める位置にあった。近年再建されたのか。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上にある七丈小屋テント場からみたガスで遮られた眺望

甲斐駒社本宮からは元来た道を一気に下り、1時間弱で野営地に帰着。すると、写真の如く、周囲にガスが生じて眺望がなくなる怪しい雰囲気となっていた。予報より天候悪化が早まったのか……。

野営地で急ぎ天幕の撤収と荷造りを行うが、上手く進まず。主な原因は、背嚢に入れるタイプの水袋(サーバー)の収納順序であった。

下りとはいえ、比較的高気温のなか、重荷で長大な険路を進まねばならぬため、ある程度の水を用意する必要がある。その為には七丈小屋の水場まで下り、そこで補給後に改めて荷詰めを完了させなければならない、という二度手間が生じたのである。

サーバーは収納後は楽だが、途中で補給する場合、他の荷を出して入れ直し、その後、各部を再調整するという面倒が生じるのであった。結局、1時間近く費やした10時半前に、完了・出発出来た。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根にある梯子場の崖道
下りでは当然登ってきた難所も下る。この様にそこを上から見ると、その険しさが良く解る。やはり荒天前に通過することにしたのは正解であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上の標高2250m付近の小頂裏に立つ「開力霊神」石碑

甲斐駒信仰の象徴?

写真は下山路の黒戸尾根・屏風の頭(標高2250m)付近にあった「開力霊神」と彫られた石碑。

五合目小屋跡後方の岩山上部にあることから、「険難を越え霊力を得る」という、修験的超人思想を表したものか。駒ヶ岳信仰・黒戸尾根登拝を象徴するような古碑である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根上の急な下り坂登山路
とまれ、ひたすら下りに下る。こうして斜度大きい険路を見下ろしつつ下ると、自身が如何に高い場所まで登っていたのかが、登坂時より良く解る


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の出発地である竹宇駒ヶ岳神社の社殿とその脇を通る参道兼登山道
時折重荷を降ろして小休止しつつ、延々たる急下降を進み、漸く麓の竹宇(ちくう)駒ヶ岳神社まで下りきった。社殿脇のこの小道を進み神前に無事を報じる。一先ず、一安堵……


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山口でもある尾白川渓谷駐車場

数十年来の雄姿再会経て帰京

そして程なく出発地で登山口の写真の駐車場に帰着した。時間はちょうど15時なので、4時間半の下り行であった。平日夕方というのに来た時より車が増えているのは、渓谷観光のためか……。

しかし、山での緊張は解けたが、まだ5時間以上かかる京都までの長い車行が残っていた。慌てず慎重に帰り支度を進め、駐車場を後にした。


小淵沢インター付近から見えた曇天中の甲斐駒ヶ岳の威容

楽しみしていた帰路小淵沢から見る甲斐駒との数十年来の再会は天候悪化で諦めていたが、意外にも曇天中にその姿を現していた(写真中央)。麓での買物後インターに向かう途中でそれを確認し、暫し車を停め眺めた。

山頂左から麓に下る今回の登山路・黒戸尾根はあれで、今朝まで天幕を張っていたのは山頂下急斜の途中辺りか――、等々を考えながら……。

その後、高速に入り、やがて暗くなった帰路を休息を挟みつつ進む。途中、幾度かの土砂降りや工事渋滞に難儀するも、無事、21時半頃、帰京することが出来たのである。


「駒嶽独錬行」1日目の記事はこちら

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2022年09月26日

駒嶽独錬行

黒戸尾根の登り返し付近からみた甲斐駒ヶ岳山頂に続く高嶺

「特別気になる」存在へ

今年もはや9月に。

さすがに猛暑の暑さは一段落したものの、夏の暑さは続いており、その間を縫うように台風とその影響による風雨が続いた。

そんな9月下旬の今日、我が国中央高地の1万尺(標高3000m前後)高峰を目指す、恒例の独錬山行に出掛けた。行先は信州長野と甲州山梨の境に聳える駒ヶ岳(2967m)。所謂「甲斐駒ヶ岳」である。

その昔、独り旅の途中で下車した、麓の小淵沢からみた雪峰輝くその威容に感心して以来、ずっと気になっていた山であった。

そのため、今日は伊吹山孝霊山日野山等と同じく、その姿を見て「気になっていた山」探査の一環ともなった。なかでも、甲斐駒は個人的に初めて高山と、その厳しさを意識させられた山で、特別な存在であった。


上掲写真 長大な急坂で知られる甲斐駒ヶ岳の主要登山路・黒戸尾根上からみた甲斐駒頂上方面。登山路は最奥の峰に続くが、標高2150m程のここからはまだ頂上は見えない。それは、未だ遥かに遠く、高所にあった。


シルバーウイーク明けで車の少ない、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの起点・登山口の尾白川渓谷駐車場

麓の小淵沢には前夜21時過ぎに到着。真っ暗な駐車場には連休最終日の所為か数台の車しかなく、今朝少し増えたが写真の如き空きぶりであった。

この時季、北アルプスの駐車場なら平日でも混雑するが、やはり日本三大急登の一つとされる厳しいルートのため、人気がないのか。

私も当初は山裏の北沢峠(標高2032m)を拠点に、駒ヶ岳と峠反対側の仙丈ケ岳(同3033m)を1日ずつ登る比較的楽な行程を組んでいたが、記念すべき南アルプス初入山であり、嘗て感銘を受けた側で古くからの登拝路であることから、この厳しくも興味深い長大坂での甲斐駒往復に変更した。


尾白川渓谷駐車場の隅に開く、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山口

登山口(標高約770m)〜笹ノ平分岐(同1470m、距離約2.85km)

甲信を結ぶ高原回廊のまち・小淵沢らしく、駐車場は標高770mの高所にあったが、前夜から温暖であった。そのためか、車中では短時間しか寝られず、出発の6時を迎えた。

先行者は3組程で、中には日帰りとみられる夜明け前出発も。登山口は駐車場隅の写真の場所で、計画書投函箱等の備えがあった。


甲斐駒ヶ岳登山口と竹宇駒ヶ岳神社を結ぶ土道
登山口からは暫く土道が続き……


甲斐駒ヶ岳の麓にあり、駒ヶ岳信仰の拠点の一つ竹宇駒ヶ岳神社
程なくして駒ヶ岳信仰の拠点の一つ、駒ヶ岳神社境内に入り、入山の参拝を行う。道なりに参拝出来、その後は社殿横からそのまま登山路を進めるという、至便な社である。竹宇(ちくう)という集落の里宮なので、「竹宇駒ヶ岳神社」と呼ばれることもあるらしい


甲斐駒ヶ岳の麓、竹宇駒ヶ岳神社の傍にある吊り橋
駒ヶ岳社境内に接する吊り橋。近年補修された観があるが、一度に渡れるのは5人までという制限があった。実際、渡ると独りでも良く揺れる。とまれ、ここが実質的な登山口か


甲斐駒ヶ岳の麓の吊り橋下を流れる尾白川の清流
吊り橋下には名水百選に指定されているという、尾白川(おじろがわ)の流れがあった。夜明け直後で暗く解り辛いが、確かに花崗岩を洗い下る水は清冽であった。この渓谷は清涼飲料水のCMにも使われた名勝らしい


甲斐駒ヶ岳の麓の尾白川渓谷からすぐに始まる急登の登山道
そして、吊り橋を渡ってすぐに、急斜の山肌につづらで続く急登が、いきなり始まる


栗多い甲斐駒ヶ岳の巻道登山道
高低差200m程の急斜を登ったあとは、このような巻道に。地形図によると、ここから黒戸尾根の稜線に向かうようである。本来は初めから尾根上を進む方が効率が良いので、後世付け替えられたのか。植生は里山風情で、立派な栗の木が多く、その実が方々に散っている。その数は膨大で、人独りの年間必要熱量なぞ簡単に賄えそうであった。基本野栗だが、なかには売り物同様の大物もあったため、「野営地で栗ご飯に」とも思ったが、先が長いので観るだけに止める。時折、近くにイガや硬い実が落下してくるので要注意。また、熊などの獣にも注意が必要な場所にも思われた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の稜線上に現れた、人為的に掘り切られた古い道跡
黒戸尾根の稜線に達すると、尾根の頂部を割るように続く人為的な道と遭遇した。所により深さ5m程も掘り込んだ箇所もあり、公的な土木工事が想像された。極力つづらで登るように造られているため、古い牛馬道や荷車道の可能性が高い。このルートは外部との交通に適さないので、林業か鉱業用であろうか。登山路は時にそれを辿りつつ、また時に外れて続いてた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの登山路脇の古い祠
そして、駒ヶ岳信仰関連のものとみられる古い祠も現れた。掘込道横の登山路脇にあったので、やはり堀込道が近世後期の登拝流行とは無関係に造られた可能性が窺われ、また、それより古いものである可能性も浮上した


ブナやクマザサ等が生える、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの標高1500m付近の森
標高1500m近くに達すると、このように植生が変わり、冷涼または高所の景観となった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の樹間から見えた頂上方面
尾根上のルートとはいえ樹林のため周囲の眺望は無し。ただ、時折樹間からこのように頂上方面が見えた。未だ、遥か彼方・高所である。しかし、木陰の所為で、陽射しの害は避けられた。山中・早朝にもかかわらず、15度以上の気温があり、直射が加われば暑さで参る恐れがあった為である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道上にある、竹宇と横手両駒ヶ岳神社の参道が合わさる笹ノ平分岐
そして、8時前に横手集落にあるもう一つの駒ヶ岳神社から伸びる参道との交点・笹ノ平分岐を通過。その名の通り傾斜が緩やかで笹が多い森である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道脇に現れた注連縄が張られた龍神石碑

笹ノ平分岐(標高約1470m)〜刃渡り(同1960m、積算距離約4.95km)

写真は笹ノ平分岐を過ぎた駒ヶ岳登山路兼参道脇に現れた石碑。龍神を祀ったもので、注連縄が張られた神道系の信仰設備である。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道脇に現れた、嘉永三年の紀年がある石像
こちらも道端に現れた石像。その姿から佛教系の吉祥天等かと思われたが、前者の龍神碑と併せて、神仏習合の度合いが濃い、古の山岳信仰を実感させられた。因みに石像には嘉永三年(1850年)の紀年が。それは、彼のペリー来航3年前の江戸後期の年号で、日本が一気に近代という新気圏に突入するために生じた大摩擦「幕末動乱」直前の時期であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の標高1900m弱の地点の、苔ある庭園の様な森
そして標高1800mを超えると、この様に苔多い庭園回遊路的道となった。それにつれ、森の姿はより寒冷地らしい植生となった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の名所「刃渡り」
程なく標高2000mを超えると、黒戸尾根道の名物的存在である「刃渡り」が現れた。鋭角の岩尾根上を通る難所だが、場所自体の幅があり、手がかり・足がかりも確りしているため、特に難儀や恐怖は感じなかった。とはいえ、縁下に落ちれば只では済まない場所なので、注意すべきと思われた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道に現れた急斜に付けられた梯子桟道

刃渡り(標高約1960m)〜五合目小屋跡(同2130m、積算距離約6.55km)

少々拍子抜けとなった刃渡りを通過して間もなく、これまた有名な桟道が現れた。

急崖に横づけされた梯子の巻き道である。写真では大した難所には見えないが、右側が奈落となっている危険箇所である。山側(左)に渡されたロープを掴みつつ慎重に通過。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道に現れた急斜に付けられた梯子桟道下の急崖
梯子桟道より急崖下を覗く。これまた樹々の所為で然程危険な場所に見えないが、実際にはこうしてカメラ向けるのも緊張するような斜面であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根の黒戸山手前の梯子道
横に移動したあとは縦に上る。難しい場所ではないが、油断禁物の崖道


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の黒戸山手前に現れた刀利天の祠
少々緊張した崖道上の尾根上には、刀利天(とうりてん)が祀られた祠があった。この世ではないが浄土でもないというその存在は、険難を超えた山上にありながら、未だ頂ではないという、浄土教的信仰を物語るものか。そういえば、山頂に祀られている大己貴命(おおむちのみこと)の本地佛は、浄土への救済者・阿弥陀如来であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根道の黒戸山の巻道の先の下り
刀利天からまた険しい尾根道を登り、やがて森なかの長い巻道に出る。その後、道はこの様に急に下降を始めた。折角標高2200mを超えたのに、また100m程減ってしまったのである


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート上に現れた五合目小屋跡の鞍部と祠ある岩山
そして下った先にはこの様な平坦鞍部があった。左側の斜面には昔投棄されたとみられるゴミが散乱している。五合目小屋跡と呼ばれる、嘗て山小屋があった場所であった。駐車場からここまでの距離は6.5km、時間は5時間半を消費。比較的体調は良かったが、標高2000mを過ぎた頃から背嚢の重さによる疲れで動きが鈍っていたので、ここで若干長めの休息とった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡向こうの岩山横に現れた梯子場

五合目小屋跡(標高約2130m)〜七丈小屋(同2360m、積算距離約7.25km)

道は小屋跡鞍部向こうの岩山で途絶したように感じたが、岩下の祠右横に何やら白木の構築物が見えたので行くと、このような梯子場があった。

強力な登り返しの始まりである。疲れた身に堪えるが、進むしかない。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山横の危険な梯子場
上部から覗いた岩山横の梯子場。これも樹々と影で判り辛いが、梯子下段下は奈落になっており、二本梁の柵を越えて落ちると、まず助からない急崖であった。柵は事故の影響か、最近取り付けられたような観があった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山横の鎖場や梯子場
急な梯子を登っても、また鎖場や梯子ある急な岩場が連続する


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡の岩山上に続く登山路兼参詣路
そして油断ならぬ岩場を越え、岩山頂部に続く道をゆく。重荷の疲労で極端に速度が落ち、幾度か小休止を繰り返しながら、である


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡と七丈小屋間にある鞍部と梯子橋
岩山頂部の道は暫くすると下り始め、また鞍部が現れた。そこには、切れ込みの深さ故か、写真の様な梯子橋が架けられていた。これが微妙に怖い


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの五合目小屋跡と七丈小屋間にある梯子橋とその下
梯子橋の真下は然程高さはなく、左に張られたロープを掴めば難なく通過できるが、何かの拍子で落ちそうな危険を感じる場所であった。因みに、私もこの写真を撮ろうとして均衡を崩しかけるという危うい目をみた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある梯子場の急崖
そして、また下ったので、当然登り返しが待っており、それもまた急峻であった。この様に梯子場等の急崖の登りが続く


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある急崖上の危うい桟道
また、崩れれば一巻の終わりであろう、こんな桟道も出現。よくこんな場所に取り付けられたものだと感心しつつ、下を見ないようにして通過


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの七丈小屋手前にある急崖上の鎖場
そして極めつけに、こんな鎖&ロープ場が現れた。岩に付けられた窪みに足を乗せつつ攀じ登る。その距離は短いが、途中横に移動する箇所があり、右足を置く足場に気づかず少々難儀した。しかし、事前に調べたが、こんなに危険個所が現れるとは思わなかった。10時過ぎから下りの人達とすれ違い始めたが、甲帽(メット)装着の人が少なからずいたことに納得がいった。荒天時は通りたくない場所であり、また子供も適さないルートだと思った。個人的には、彼の剱早月の道より危なく感じられた


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋(第一小屋)
険難の次はまた山上の道に出る。とにかく荷が辛いので、道際の石上にそれを預けるようにして座り休んだ。位置的に本日最後の休みかと思い出発すると、すぐに今日の進出点で野営地でもある七丈小屋の三角屋根が現れた。少々拍子抜けするも、安堵。時はちょうど13時なので、出発から7時間経っていた。一応、標準所要時間内に収まったが、最後の1/4で失速したことは不満であった。この夏は天候が悪く、そして猛暑続きのため殆ど鍛錬が出来なかったからか。または荷が重すぎるのか……


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のトイレ

七丈小屋(標高約2360m)〜野営地(同2400m、積算距離約7.4km)

尾根脇の僅かな空隙に埋め込まれるように建つ七丈小屋で野営の手続きを済ませる。

小屋前で掛け流されている冷たい飲用水や厠が使い放題なのは有り難い。ただ、野営指定地が小屋から5分程離れた場所にあるという。崖上に張り出すこの厠棟に寄りつつ、早速上手のそこを目指す。

厠は崖下の黄色いタンクに屎尿を集め、ヘリで麓まで運ぶようだが、道しか平地がないここで、どうやって発着しているのであろうか。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋の第二小屋建屋とテント場及び山頂へと続く登山道の梯子
厠の傍には七丈小屋の別棟・第二小屋があった。片流れの屋根と赤い壁が特徴的な建屋で、比較的新しい建築に見えた。そして、小屋裏にある右の梯子は、野営地及び駒ヶ岳山頂への登山路であった


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋の第二小屋前のデッキ向こうにのぞく送水管らしき設備
第二小屋前のテラス向こうには森なかを通す送水管らしき設備が観察出来た(中央右)。やはり、剱の早月小屋同様、尾根上に水源がないため近くの谷から引いているようである。大変な労力である。しかし、有難い限り


誰もいない、甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場

標高2400m、未だ夏風情の野営地

さて、第二小屋裏の梯子を上って野営地への尾根道を進むが、これが意外と険しい。

というか、結構な登りで坂で、道上を横切る樹に頭をぶつけたりもする。サンダル履きや、鍋に水を入れ片手通行するのは難しいだろう。

そして、到着した標高2400mの野営地は写真の通り誰もおらず。連休明けの今日は人が少ないらしいので、好きな場所に設営してもよい、ということだったので、好みの場所を選ばせてもらった。


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場から見えた、鳳凰三山越しの富士山
重荷を下ろし、天幕を張って寛ぐ。正午過ぎには小屋近くまで達し、道も険しかったため延期した昼食も遅ればせながら摂る。尾根脇に造られ、向かいに高山を臨むのは剱早月とそっくりな立地。向かいの鳳凰三山脇にはこの様に富士山の姿も比較的近くに見えた。遥々山梨まで来たことを実感


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルートの山小屋・七丈小屋のテント場からみた9月末ながら紅葉が殆どない山肌
しかし、標高2400mの高地に達しながらも、未だに暑い。設営場所も日向を避けたくらいである。周囲の山々を見回しても紅葉は殆どみられぬ、未だ夏山の風情であった。北アルプスなら今時分、麓から紅葉が始まっている筈。やはり「南」アルプスである分、季節の進みが遅いのか


甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根ルート唯一の山小屋・七丈小屋のテント場からみた星空や甲府市街の街灯り
標高2400mのテント場からみた星空と甲府市街の街灯り

昼食後、周囲を少し散策しつつ撮影したり、横になり休んだりして過ごす。やがて夕方となり、18時過ぎに夕食を摂り、明朝の登頂に備え20時までには就寝態勢に入った。

すっかり暗くなった天幕外には、好天の所為か、天の川が見えるほどの星空が。気温はさすがに下がったが、それでも全く寒からず、山の夏宵ともいえる陽気であった。


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2022年05月05日

続2022春野営会

滋賀・湖南アルプス山中の新緑の森と、快晴の朝空を横切る飛行機雲

またの快晴の下
珈琲容器にピザやら啄木鳥やら……


恒例の春の野営会2日目。

昨日の初日同様、朝から快晴となった。気温も昨夜夜中や明け方こそ寒さを感じたが、日の出以降急速に上昇し、朝8時頃には暑い程となった。


上掲写真 滋賀・湖南アルプス山中の新緑の森と、快晴の朝空を横切る飛行機雲。


滋賀・湖南アルプス山中の野営での窮余の合作のペットボトル・コーヒードリッパーとアルミ缶サーバー

朝食はフランスパンを鉄板焼きして生野菜やベーコンを挟んだものを用意。飲み物は友人差入れの珈琲だが、ドリッパーを忘れたらしく、本人が写真の如くペットボトルを加工して用意した。

ただ、そのままでは径が細く自立しないので、私がアルミ缶を加工して下にサーバーを追加。まあ、窮余の合作で見てくれも悪いが(笑)、無事美味しい珈琲を淹れることは出来た。皆さんも今後の参考に……。


滋賀・湖南アルプス山中の野営地近くの枯木に現れた啄木鳥(きつつき)

朝食後、友人が昨秋の野営会で試みたピザ作りに挑む。前回同様、生地発酵から行う本格的なものだが、やはり上面の加熱に課題が残った。

写真は野営地での寛ぎ時に近くの枯木に現れた啄木鳥(きつつき)。最初こそ警戒していたが、やがて我々を気にせず軽快なドラミング(打撃音)を聞かせ始めた。こんな近くでその姿と活動を見たのは初めてであった。

最後のお騒がせ

そして、昨夜の残りものの昼食を何とか平らげ、やがて撤収作業に。ゆっくり行ったが、手際や装備を研究していたため比較的早く終え、下山することが出来た。

ところが、折角早く下山して帰宅出来たのに、家の手前で鍵がないことに気づく。野営地を出る際は財布や電話と共に重要物品として確認をし、皆にも促すのだが、麓で油断し、友人の車の荷台に落としたのである。

駅等で落とさず、すぐに見つかり不幸中の幸いとなったが、家に入れないので、一先ず荷を置き引取りに出掛けた。友人が車で届けることを提案してくれたが、連休最後の渋滞や疲れの危険を考え、自ら列車で往復した。

ああ、最後に失敗――。

物理的・心理的にどっと疲れた。駅まで鍵を届けに来てくれた友人には申し訳ない限り。

こうして、最後は油断による失敗があったが、大きな事故もなく、一先ず安全に会を終えることが出来た。

皆さん有難う、そして最後に騒がせてごめんなさい!


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2022年05月04日

2022春野営会

滋賀県南部「湖南アルプス」山中で陽を浴びる沢沿いの蕨(わらび)

今年の人出は

今日は恒例の春の野営会。

先週まで連休中は雨予報が多かったが、直前になって好転し、無事快晴のなか開催することが出来た。

昨年はコロナ禍制限の影響やキャンプブームもあり、基本密やかな野営地も人が多く、隠しておいた常設の炉(竃)も他人に取られ、初めて場所を変えたが、今年は如何であろうか。


上掲写真 恒例の野営開催地・滋賀県南部「湖南アルプス」山中で陽を浴びる沢沿いの蕨(わらび)。


風化花崗岩質の山肌に清澄な水が流れる滋賀・湖南アルプスの沢
風化花崗岩質の山肌に清澄な水が流れる湖南アルプスの沢

麓で買出し等の準備を済ませ野営地に入ると、麓にはバーベキュー客らが多く駐車も多かったにもかかわらず、意外に野営者は居らず。

3年ぶりに緊急宣言のない連休となったので帰省や遠出に流れたか。または、噂通り、急速にキャンプブームが衰退したのか……。

とまれ、安堵して準備に掛かろうとすると……。


滋賀・湖南アルプス山中の野営適地に散乱する便所紙

配慮なき者来るべからず

やはり昨年同様、悪しき野営者の痕跡があった。炉や天幕場近くでの便所紙の散乱である。判り辛いが、写真内だけでも3箇所の捨て場があり、他にも多くの同様があった。

そして、埋めた跡がないので、当然糞便の露出も。紙の新しさから、この連休後半の仕業に違いなし。先程我々と入れ違いに野営装備の家族4人とすれ違ったが、彼らの可能性もある。山に不慣れな感じはなくゴミも片していたが、せめて埋めるくらいのことは出来なかったのであろうか。

こんなことが続けば色んな意味で早晩野営が出来なくなってしまう。以前からゴミの残置はあったが、これ程酷いのはコロナ禍以降のことである。また、炉も不必要な高温に晒され損壊を受けていた。環境保全や防火はマナー以前の問題。大人として最低の配慮も出来ない者はもう山に来るな。


滋賀・湖南アルプス山中での直火焚火
気を直して設営を続ける。そして炉に火を入れ、一先ず完了となった。今日は直前に1人が仕事の事情で来られなくなったので、荷運びや構築の負担が増したが、以前から軽量化や装備進化を図っていたので、難なく済ますことが出来た。とまれ、持ち込んだ麦酒で一息……


夜、石で作った竃の中で燃える薪。滋賀・湖南アルプス山中にて

北斗七星と共に

そして夕方から夕飯の準備にかかり、やがて焚火明りの夜に。献立は蕪豚汁に牛肉や鰆(さわら)・野菜等の焼物。勿論、薪炊きの白飯付である。

予報通り、昨晩に比して格段に気温が高く、過ごし易い夜となったが、それでも就寝前には8度程まで下がった。

夕食後、頭上の北斗七星を眺めながら飲み語らうこと暫し。その後、野営初日を終えたのであった。


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2022年03月12日

伊吹雪登

春めく麓の奥に聳える雪を戴く伊吹山。2022年3月12日撮影

今冬最後?の気になる雄峰行

先月2月の末辺りから、ここ京都市街でも昼の気温が15度を超える日が出てきたが、朝晩はまだ冬の寒さであった。

しかし、今月10日に17度という最高気温が現れると漸く最低気温も上昇し始めた。そして、今日はなんど9度超えという春日になった。最高気温の予報も20度超となっており、この先もその傾向が続くとされた。

遂に冬の瓦解が始まったようである。

勿論、近辺の山々での雪解けは既に始まっていたが、朝晩の低温に守られていた根雪が融け始めるという、積雪期(厳冬期)から残雪期への変化の潮目が感じられた。

故に今日は、今季連続して続けていた雪山行の締め括りとして、隣県滋賀の最高峰・伊吹山(標高1377m)に登ることにした。本来は北陸の山や山陰の大山等にも行きたかったが、コロナ再拡大等の関係で控えた。

そもそも伊吹山は長らく「気になっていた山」。

富士山同様、列車や高速路で東方との往復をする際に必ず目にする雄峰だが、無雪期を含め今まで行ったことがなかった(何故か富士とこの山の傍を通ると、どんな時間・状況でも気づくという、個人的に「強い気配を感じる山」)。故に、今日は初めての機会となったのである。


上掲写真 春めく麓の果てに聳える、雪の雄峰伊吹。帰路の車中より。


冬期ながら8時台で既に満車状態の伊吹登山口。2022年3月12日撮影

泥濘越え雪原へ

前夜借りた車にて朝出発し、約3時間弱で登山口前の駐車場に到着。節約のため下道で来たが、週末の朝の割に交通量が多かった。

また、噂通り駐車場も既に混んでいたが、ちょうど手前に1台分の空き(空いたばかり?)があったので、すぐ停めることが出来た。

まあ、登山口から離れれば他にもあるのだが、幸いであった。そして、準備して9時過ぎに駐車場奥の山林から山に入った。


伊吹登山口から1号目まで続く泥濘の道。2022年3月12日撮影
登山口からは、すぐに「悪名高い」泥の登山路が始まる。昔施された石敷きの道が荒れて水が滞留し、多くの場所で泥濘を成しているのである。滑って転倒しないよう、気をつけて進む


伊吹山登山路1合目にある旧伊吹山スキー場のゲレンデと雪。2022年3月12日撮影
山林内に続く泥濘の悪路を抜けると「1合目」の標識と共に、建屋ある開けた場所が現れた。旧伊吹山スキー場跡である。ここから雪が現れたが、山頂へのルートはこのゲレンデ跡に続くので、それを踏みつつ進む


旧伊吹山スキー場のゲレンデの雪上に続く伊吹山登山ルートの踏み跡。2022年3月12日撮影
ゲレンデ跡を登りゆくと程なくして一面の雪景色となった。積雪は50cm以上あるが、先行者が多いためその踏み跡をゆく限りはワカン(輪かんじき)やアイゼンは不要であった。しかし暑い。防寒グローブ(手袋)無しの素手でも可能なくらいで、Tシャツ1枚のみの登山者も幾人か見られた


旧伊吹山スキー場のゲレンデ上に現れた雪を戴く伊吹山頂と、そこへと向かう大勢の登山者。2022年3月12日撮影
何面かのゲレンデ跡を登り越えると漸く伊吹山頂の姿が現れた。それにしても人が多い。まるで春山のようである。さすがは著名人気の百名山・伊吹(私はこういう格付けに関心ないが)。冬でもこんなに人が多いのか。関西・中部・北陸の交点で交通至便なことも影響しているのだろうか


旧伊吹山スキー場のゲレンデから望遠撮影した、6合目から伊吹山頂まで点々と雪面に連なる登山者の姿。2022年3月12日撮影
山頂直下の登頂ルートを望遠撮影すると左下の6合目避難小屋から点々と雪面に連なる登山者の姿が見えた。やはり冬山にしては恐るべき人出である


伊吹山6合目避難小屋の脇から山頂へと続く、雪の登頂ルート。2022年3月12日撮影
そして6合目避難小屋着。これまでも傾斜が強い場所があったが、ここからは最も強い「核心部」となるので、アイゼン(靴底氷雪爪)を装着した


伊吹山6合目避難小屋の上に続く雪の急登。2022年3月12日撮影
6合目の小屋を出て急登に挑む。速度が落ちるためか人の密度も増す。ヘルメットにピッケル(斧頭雪杖)持ちの完全装備の人も多いが、チェーンアイゼン(滑止靴底鎖)に軽装という人も少なくない。大丈夫であろうか


伊吹山7合目付近の雪の急斜上から見た、下方や彼方の湖北平野と琵琶湖。2022年3月12日撮影

急斜只中にて

写真は6合目上の急斜(7合目?)から振り返って見た下方や彼方の湖北平野・琵琶湖(右上)。今日は基本曇り予報だったが、霞はあるものの何故か晴れたままであった。

ただ、ここまで高度を上げるとさすがに肌寒くなった。雪崩等に備えて上着(中間着)や防水グローブは付けていたので問題はないが、何故か倦怠や息切れ・腹痛が襲ってきた。

思えば3時間弱の車行と2時間の山行でまだ休憩をとっていなかったが(更に前夜睡眠4時間!)、その所為か。

これはまずい、急傾斜の只中なのに……。

これまで比較的快調であった進行速度は落ち、止まっては進むの繰り返しとなった。そして、一度踏み跡横の、僅かに傾斜が緩い場所に退避し、立ったまま数分休んだ。

すると体調がマシになり、また進むことが出来た。一時はどうなることかと思ったが、雪崩危険もあるため早く動けてよかった


伊吹山8合目付近の雪の急斜。2022年3月12日撮影
無理せず、しかし早く危険な急斜を脱すべく登坂を続け、やがて8合目辺りの最も急な場所に来た。先行者の姿(先頭)で判る通り、手をつく程の急斜である。今日は雪が緩んでいたのと踏み跡が段状になっていたのでストック(山杖)のまま進むことが出来たが、新雪や凍結の際は滑落防止のピッケル使用は必須に思われた


伊吹山8合目付近の雪の急斜。2022年3月12日撮影
仰角の画像では傾斜が判り難いが、断面的な横側を撮ってみるとその急斜ぶりがわかるか……(水準器搭載カメラにて)


なだらかな伊吹山山上の雪原。2022年3月12日撮影
やがて急斜を脱し山上へ。先程の険しさからは信じがたいが、伊吹山上はなだらかなテーブルランド(卓状地)となっており、山頂は緩やかな登りの先にあった。以前登った、同じく石灰岩質の鈴鹿山脈・御池岳に似るか


雪上にたつ伊吹山山頂の山頂標識と日本武尊像。2022年3月12日撮影
そして、程なくして山頂着。山頂標識(左)と伊吹山上の象徴的存在「日本武尊像」(右)が出迎え、それを証する。いずれも厳冬期は着雪・着氷してその姿が判り難くなるらしいが、今はプラス7度の気温のためこの通り。ただ、登坂時とは打って変わって風が物凄く、居られない寒さであった。なかなか丁度良い塩梅とはならないようである


伊吹山山頂から見た伊吹山地北方の雪山。2022年3月12日撮影
伊吹山頂からみた伊吹山地北方。左奥に滋賀県第2位の高さを誇る金糞岳(かなくそだけ。標高1317m)が微かに見えるが、何れもここ以上の冬山ぶりであった。まあ、有数の豪雪地帯なので当たり前ではあるが……


伊吹山山頂から見た南方は滋賀側山麓や鈴鹿山脈。2022年3月12日撮影
こちらは伊吹山頂からみた南方は滋賀側山麓や鈴鹿山脈。南北どちらも霞んでいるが、南の方が少々強めか


伊吹山山頂から見た南方は滋賀側山麓や鈴鹿山脈。2022年3月12日撮影

山上の休息

山上は広くなだらかで、長椅子などの設置もあったが強風により休めないので、登山者は皆冬季休業中の小屋の間にて昼食をとっていた。

私はせせこましい場所が嫌いなので別を探したが、無かったため、結局少し外れた建屋陰で昼食兼休息をとった。

屋根まで雪が迫るこれらの小屋は登山用というよりは遊山向け。実は、伊吹山には山頂裏までドライブウェイが通されているため無雪期には労せず遊びに来られる。

昔から気になりながら未踏だったのは、そういった遊園地的雰囲気を忌避したためである。よって、環境は厳しいが今回のように俗気がないのは本望であった。ただ、名物の稀少植物を見れないことは少々残念に思われた


伊吹山上から旧スキー場へと落ち込む急斜の雪面とそこを下る登山者。2022年3月12日撮影
伊吹山上から旧スキー場へと落ち込む急斜の雪面と慎重に下りゆく登山者

早く終えるも……

昼食後、すぐに下山を開始。

下りは6合目までの急斜でピッケルを使用したが雪質的にアイゼンがよく効き、安全かつ素早く下降出来た。ただ、陽射しと気温の所為か、最上部付近で小規模な雪崩発生を目撃したので、周囲への警戒に努めた。

そして、14時過ぎに駐車場着。休息を除くと4時間程の山行となり、途中難儀した割に早く終えることが出来た。麓の三之宮神社にも無事を謝す。

その後、神社前の洗い場にて最後の泥道で汚れた靴等を洗い、水分と栄養を補給して帰路に就いた。ところが……。

その先の至る所で渋滞に見舞われ、折角早く下山出来たのに結局18時頃の帰宅となった。まだ観光時期ではないが、急に暖かくなったので皆の外出が集中したからであろうか。

本来はこれを避けるためにも列車で行きたかったが、週末は登山口までのバスが無かったのである。

とまれ、山行及び苦手で慣れない車行を無事完了出来て何より。積雪期というより、雪質や気温条件的に既には残雪期の趣であったが、念願の伊吹登頂とその雪景堪能を果たせた。

また、飲水量の急増や体温調整の難しさなど、季節の変わり目特有の課題を改めて認識することも出来たのである。

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2022年03月05日

雲取難雪

京都北山・芹生奥の林道脇の樹に付けられたウクライナカラーの道標。2022年3月5日撮影

山には無関係ながら……

今日も先日に続きウクライナ・カラーを。

今日の記事とは直接関係のないことだが、孤立無援の現場で悪辣な利己主義暴力との戦いを強いられている彼の国の人々への連帯の意を込めて。

実は、この画像は特にその為に用意したものではなく、今回本当に道中偶然見つけたもの。山中の林道脇に付けられた古い目印であった。個人か何かの団体が取り付けた私的な道標とみられる。

奇しくも、そして折よく、こんな無縁の山中で繋がったウクライナ。こうしている間にも、現地では正に死闘を余儀なくされている。

そんな彼らへの支援と関心を忘れないようにしたい。これは彼らのみならず、我々の自由や平和のための戦いである。不正義を見逃し、社会を100年後退させるようなことを断じて許してはならない。


両脇に雪が多く残る京都北山・芹生峠。2022年3月5日撮影

一月振りの雲取山

さて、今日は一月振りに近場は京都北山の雲取山群(最高標高920m弱)へ雪中鍛錬に向かった。

市街から見る北山の雪も、ここ最近の温暖で殆ど消えていたが、彼の貴船の奥で京盆地北縁にある芹生峠(せりょう・せりうとうげ。標高約700m)には、写真に見る如く、意外にもこんなに雪が残っていた。ただ、路面には無いのでそのままノーマルタイヤの車輌で進めるかと思いきや……。


ノーマルタイヤ車輌の進入を未だ阻む、京都北山・芹生峠北裏のアイスバーン。2022年3月5日撮影
うーん、芹生峠の北裏からは、なんとアイスバーン状態となり、進めなくなってしまった。仕方なくここからまた歩いて山へと向かうこととした。前回よりまだ近い場所とはいえ、長い車道歩きをまた強いられることとなったのである。麓は春めいているというのに、やはり恐るべし京都北山!


50cmを超える雪で埋もれる、京都北山・芹生集落の旧芹生小中学校前の橋。2022年3月5日撮影
転倒に気をつけつつ府道を歩き、やがて芹生集落に着くとやはり雪が……。旧芹生小中学校前の橋には未だ50cm以上の雪が通行を阻害していた。勿論今日は雪目当てで来たが、集落に於ける雪の多さは意外であった


20cm程の雪で埋もれる、京都北山・芹生集落奥の林道。2022年3月5日撮影
その後、芹生集落奥の林道へと進むが、除雪範囲外のため、すぐに多量の雪に足を取られることとなった。まともな積雪は山頂直下辺りからと予想していたので、これも意外であった。林道の雪は厚さ20cm程だったが、融解の所為か、新雪の如く沈み易く、歩き難かった


京都北山・雲取山山中の三ノ谷分岐と残雪。2022年3月5日撮影
ワカン(輪かんじき)を履くのを我慢して歩き難い林道を進み、山頂下の登山口に続く三ノ谷分岐に到着。見ての通り、地面が露出した場所もあるが、この先、装備転換の適地がないため、ここにてワカンを装着した


京都北山・雲取山の三ノ谷と山頂直下へ続く谷との分岐部分と積雪。2022年3月5日撮影
分岐から三ノ谷の林道を北上するが、ワカンを履いてもあまり疲労は変わらず。やはり浮力を得難い雪質のようである。そして林道から別れ、いよいよ山頂直下に至る谷の入口となるこの分岐に到着。やはり雪が多い。一月前の自分の痕跡は疎か、ここ最近人が入った痕跡は全く見られなかった


京都北山・雲取山三ノ谷ルート上の山頂直下の雪の急斜。2022年3月5日撮影
気温が高めなため雪崩に気を遣いつつ谷を詰め、やがて山頂直下の急斜下に。林道から変わらぬ浮力のない雪に足を取られつつ進む。危険性を考えると早く抜けるべき場所だが、雪と急斜の所為で速度が出ない


京都北山・雲取山山頂と積雪。2022年3月5日撮影
そして、山頂着。見ての通りツリーホール(樹周穴)も見られたが、基本的には厚く雪が残っていた。また山上は風があり気温の割に寒かった。峠から2時間強かかったが、その内約三分の二が府道&林道歩き。雪が締まって楽にこれるかと思ったが、予想外に体力と時間を費やした。やはり山は侮り難い。まあ色々と対策や心積もりはしていたのではあるが……


京都北山・雲取北峰山頂と積雪。2022年3月5日撮影
雲取山山頂では休まず、そのまま稜線を北に進み雲取北峰(標高約915m)山頂まで移動した。ここも豊富に雪があり、未だ冬の姿そのものであった


雲取北峰山頂から見た、雪に覆われた比良山脈最高峰の武奈ヶ岳。2022年3月5日撮影
雲取北峰山頂から見た、雪を纏う比良山脈最高峰・武奈ヶ岳(ぶながたけ。中央奥の鋭角の峰。標高約1214m。滋賀県西部)

難儀も鍛錬・経験
そして……


雲取北峰の風裏にて遅い昼食をとり、また元来た道を帰った。今日はワカンが効き辛い予想外の雪質に難儀したが、これも鍛錬のうち。結果、また山の奥深さを再認識する良い経験ともなった。

また、雲取山以北の山々も未だ完全な雪山景だったことも意外であった。

さて、今回も冒頭に関連し、以下を記して閉めたい。

ウクライナと自由に栄光あれ!

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2022年02月27日

雪中捜検

比良川河岸付近の山麓よりみた、山上に雪を戴く堂満岳と比良山脈の山々。2022年2月27日撮影

雪山の落とし物探し

今日も朝から雪山へ向かったが、今回は登山が目的ではなかった。

先月初めに隣県滋賀西部にある比良山脈の堂満岳(暮雪山。標高1057m)山行の帰路にストック(山杖・トレッキングポール)の一部を失くしたが、その回収に出向いたのである。

まあ、過日記した通り、恐らくは回復不能な故障があったので、回収しても使えない可能性が高かったが、放置して山のゴミにするわけにもいかず、早期の回収を試みることにした。

さて、ここ数日温暖な日が続き、今日も冬装備の無い車輌で麓まで急行できたが、平地より気温が低く、あの後また積雪が数度あった山中の様子は不明であった。

果たして、上手く回収できるや否や……。


上掲写真 比良川河岸付近の山麓よりみた比良山脈と堂満岳(中央の鋭角の峰)。今日は前回とは逆コースとなる、山頂右の正面谷から登って山脈鞍部の金糞峠に至り、そこから稜線を左に進んで山頂に至る道をゆく。即ち、前回落とし物をした下山区間を辿り、その探索を行う。


積雪ある比良山脈・正面谷駐車場上の林道。2022年2月27日撮影
前回同様、峠の凍結を警戒して朝遅めの時間に麓に着き、山に入る。この様に駐車場のすぐ上から積雪が始まるのは前回同様で、同じく途中で一部禿げた区間が現れ、それが終る辺りでアイゼンを装着して進んだ。


比良山脈・正面谷上部の青ガレ下部の雪原。2022年2月27日撮影
砂防ダム脇に付けられた林道が終ると、いよいよ見上げるような急登に。前回と雪の量は変わらず、踏み跡を辿る限りワカン(輪かんじき)が不要なのも同様であった。ただ、気温が高めのため、雪崩を警戒し、上方の異変や音に気を配りつつ進む(この日、近江西部に雪崩注意報は無し)


雪に覆われる比良山脈・金糞峠。2022年2月27日撮影
正面谷の急登を詰め、やがて金糞峠(かなくそとうげ。標高約880m)に到着。ここも、雪の量や質に変化なし。前回以降に降った雪は融け、前回同様、根雪部分が残ったのか。ただ、よく見ると若干新雪が覆っているようにも思われた


比良山脈・堂満岳山頂裏の雪の尾根や雪庇。2022年2月27日撮影
金糞峠西南の堂満岳山頂裏の尾根もこの通り。多くの雪や雪庇が健在。しかし、左右に注意しながら進むも遺失物は見つからず


雪で覆われる比良山脈・堂満岳山頂。2022年2月27日撮影
そして、間もなく山頂に到着するも、結局探し物は見つからず。雪に埋もれてしまったのか。それとも、そこそこ大きさがあり、目立つものなので、誰かが拾ったのか。麓のレスキュー小屋にでも問い合わせるか。仮に、誰かが収得し活用していても、ゴミになるより良いのだが……


吹雪に見舞われる、比良山脈・堂満岳山頂裏の雪の尾根。2022年2月27日撮影
山頂で昼食を済ませ下山を始める。本来は別路を採りたかったが、再度探すため同じ道を下ることに。ところが、山頂に着いた辺りから風が強くなり、帰路にはこの様に吹雪まで発生した。稜線付近の気温は-2度程だったが、身体を煽られるほどの風を伴ったので、忽ち手足が寒さで痺れだした。やはり、山は侮り難し


金糞峠下部、正面谷上部の青ガレ付近より見えた琵琶湖や沖島等。2022年2月27日撮影
金糞峠下部のガレ場「青ガレ」付近から見えた琵琶湖や沖島(左上)等

風と雪は収まるも

強風と吹雪の寒さに耐えつつ金糞峠から正面谷に入ると嘘の様に風と雪が静まった。その後、また雪崩を警戒しつつ麓まで下るも、結局、目当ての探し物を見つけることは出来なかった。

こうして昼食を覗く約3時間の雪中捜査は終了。仕方ない、成果はなかったが、鍛錬でもしたことにしよう。もし、小屋等への問い合わせが不調に終われば、雪解け後にでもまた再捜索したいと思う。

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2022年02月18日

山南深雪

樹々や路上共々多くの雪に覆われる比良山脈南端部の霊仙山・権現山登山口付近。2022年2月18日撮影

雪を求め、雪に阻まれる?

今日は友人と約束していた雪山日。

向かったのは京都市左京区北部に隣接する滋賀西部の比良山脈。当初は滋賀北部と福井若狭の境にある大御影山辺りを予定していたが、前日からの寒波と降雪で麓に辿り着くことすら困難に思われたため急遽変更した。

朝、京都市街から友人の車で出発するも、やはり、危惧通り市街地を抜け八瀬・大原の谷あいに入った途端に一面の雪景色となり、路上にも積雪を見る危うい状況となった。

乗せてもらった車は四駆に冬タイヤ装備なので、慎重に進めば問題なかったが、途中の峠や坂道で走行不能となった普通車やトラックによる小渋滞に遭遇し、所謂「雪中の立往生」の始まりを体験することとなった。

幸い停滞開始直後だったのでなんとか追い抜き脱出したが、こんな条件・場所での、備えを欠いた運転は、諸方危険なため止めてほしいと思った。

そんな状況のため、府県境の途中峠より更に北の標高の高い峠越えは断念し、比良山脈でも南端の、権現山辺りを目指すこととした。

なお、比良・権現山付近はこれまで多く紹介しているが、今回はいつもと異なり、比較的麓に雪の少ない東側から登ることとした。


上掲写真 麓にもかかわらず多くの雪に覆われる、比良山脈南端域の登山口付近。


多くの雪に覆われる比良山脈南端部の霊仙山・権現山登山口。2022年2月18日撮影

麓から雪深い比良南端へ

峠や坂道での雪の混乱を越え、比良南麓に達する。

栗原という集落から林道に入ったが、普段雪が無いことが多い路上に20cm程の積雪があり、白い水路を舟で進むように車で雪を分けて進み、写真の登山口で下車した。

登山口からも、まだ林道は続くが、雪が深いため最初からワカン(輪かんじき)を履いて出発。


多くの雪に覆われる比良山脈南端の権現山登山路(林道)と、その左横に残る古道。2022年2月18日撮影

途中の砂防堤辺りまでと思った林道は、意外と長くそして高所まで続く。林道とはいえ、雪が深く前夜の新雪も載っているため体力負荷が高い。

ただ、先行者が一人あったため少しはマシか。しかし、その踏み跡にはワカン等の装着を見ず、かなりの苦行を強いられている様に思われた。

写真の如く、進む林道(右)には所々山肌に深く掘られた古道(左)が併走していた。最近適当に通されたと思われた林道は、どうやらこの古道を踏襲して造られたものであることが判明した。

即ち、林道が古道と重なる区間を主に、かなりの部分の古道が破壊されたのである。地域の交通・交流史を知る上で貴重な手がかりとなるものなので、これ以上の破壊は止めてほしい。


多くの雪に覆われる比良山脈南端のズコノバン手前の権現山登山路。2022年2月18日撮影
古道を踏襲した林道は結局山頂直下の急坂始点「ズコノバン(標高約726m)」という鞍部まで続いていた。写真はその手前辺りの、道が尾根を巻き進む場所。完全な厳冬期風情で、氷点下数度の温度に風も生じて寒い


多くの雪に覆われ、吹雪さえ見える、比良山脈南部の権現山山頂。2022年2月18日撮影

ラッセル&吹雪の縦走路

ズコノバンからは高低差300m強の急登の尾根道を登り、権現山山頂(標高996m)に着いた。ここから主稜線をゆく山脈縦走路になるが、写真の通り天気が悪く、吹雪さえ観察できた。

今日の目標はこの先の稜線上の風雪退避地「小女郎ヶ池(こじょろがいけ)」だったので、アイゼン(靴底氷雪爪)やハードシェル(防風防水外套)を身に着け、とりあえず進むことに。


多量の雪と吹雪に霞む比良山脈南部・ホッケ山山頂。2022年2月18日撮影
進むのはいいが、権現山から北の稜線上には全く踏み跡がなく、正に「ラッセル(深雪作路移動)」を強いられることに。強い風雪の彼方に、権現山と小女郎ヶ池の間にあるホッケ山(標高約1050m)が見えたが、恰も北海道の山を見るが如き光景であった


いつになく巨大化した比良山脈南部・ホッケ山山頂際の雪庇。2022年2月18日撮影
ホッケ山山頂縁には名物の雪庇、しかも、ここ最近見たことが無いような巨大なものがあった。山頂へ行くにはこの際を通るので、注意して進む


比良山脈南部・ホッケ山山頂と吹雪に霞む権現山。2022年2月18日撮影
そしてホッケ山着。無雪期なら権現山から10分程で来れるのに深い雪の所為で40分もかかってしまった。風雪の彼方に見えるのは先程通過した権現山山頂(左奥)。しかし、風が強く、熱吸収の良い黒土に覆われたこの山頂には、やはり積雪は少なかった。雪庇形成との関係が興味深い。さて、同行者がこれ以上進めなくなったので、今日はここで引き返すことにした


比良山脈南部・権現山下から見えた、琵琶湖や雪の霊仙山。2022年2月18日撮影

霊仙山への寄り道下山

ホッケ山頂から元来た道を戻り、風雪を避けられる同山下の鞍部樹林にて昼食休憩をとり、下山を続ける。

終始天候が悪かったが、ズコノバン近くまで下ると、写真の様に晴れ間も見え始めた。そして同所からは元の道を下らず、右奥に聳える三角の山「霊仙山(標高750m)」を経て下山することにした。

一応、疲れ気味の友人の了解を確認したが、結構な登り返しとなりそうである。


比良山脈南部・霊仙山山頂直下の深雪の急登。2022年2月18日撮影
霊仙山はズコノバンから続く稜線上にあったが、最後はやはりこの様な急登となった。しかも標高の割に雪が深く、倒木等もあって登坂に難儀した


雪に覆われた比良山脈南部・霊仙山山頂。2022年2月18日撮影
そして霊仙山山頂着。ついでに登る程度かと思えば、意外と手強く、先月行った京都北山の地蔵杉山を想わせた。


比良山脈南部・霊仙山山頂からみた琵琶湖や沖島。2022年2月18日撮影
霊仙山山頂では一寸の雲(またはガス)の晴れ間から琵琶湖と、そこに浮く世界希少の湖沼定住島「沖島(中央大小の島。両島は低地て連繋)」も見えた。友人はもっと開けた眺望を期待したが、まあ仕方なし……


比良山脈南端部の霊仙山山頂からみた、吹雪に覆われる権現山とホッケ山。2022年2月18日撮影
比良山脈南端部の霊仙山山頂からみた、吹雪に覆われる権現山(左峰)とホッケ山(右峰)

最後はラッセル&雪の読図で

霊仙山山頂からは車を置いた登山口まで下る。ズコノバンから霊仙山までと同様、踏み跡はなく、またラッセルとなり、加えて微小な尾根を渡りゆくコース取りが難しい道となったため慎重に進んだ。

そして、読図通り、意図した位置の林道に下り、無事車まで帰れた。僅か一日の寒波再来で山や麓の様相が一変したのには驚いたが、有意義な山行・鍛錬をすることが出来たのである。

友人を始め、関係全てに感謝!

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2022年02月12日

比良雪晴

比良山脈麓の比良川河岸辺りから見た、雪を戴く堂満岳。2022年2月12日撮影

久々の全日晴天
雪と湖の佳景求め


先週末の寒波が落ち着き、晴れの日も続いて麓の雪も消えた今週末。また近場の雪山へと向かう。オミクロン・コロナの大流行に因り、人とも会えず、街なか等にも出難いからである。

ただ、途中が冬装備のない車行ゆえ、気温が低く路面凍結の恐れがある朝を避け昼前から登ることにした。山での遅出は、基本控えるべき行動だが、無理せず行けるところまで進み、短時間で済ませるつもりであった。

向かったのは隣県滋賀西部の比良山脈は堂満岳(暮雪山。標高1057m)。今日は久々に全日晴天との予報を聞いたので、山脈から突き出たその山上から、青空下の雪の連山や横たわる琵琶湖等の眺めたかったのである。


上掲写真 比良山脈麓の比良川河岸辺りから見た、雪を戴く堂満岳。寒波が来る度に、山は疎か、この辺りの山麓平地も雪に埋もれ難儀するが、今日は見ての通りの無雪・温暖の眺めで、寒さも感じられなかった。


まだほとんど雪がない堂満岳の表登山路・東稜道の標高400m以下の地点。2022年2月12日撮影
堂満岳の表登山路である東稜ルートの道。標高400m辺りまでは殆ど雪はなかった

温和な表登山路をゆく

開始は車道端付近の旧比良登山リフト乗場近くから。まばらに残雪のある土道を一旦下り、山裾の別荘街のようなところから山に入った。

途中、建屋傍で作業中の人に挨拶すると「良い天気で山上はさぞや良い眺めでは」とにこやかに声をかけられ、「確かに。ただその分、暑くなりそう」等と返す。

麓とはいえ標高250mの登山口で、誰もが温和を感じる珍しい冬日(とうじつ)といえた。そういえば、今日はまだ旧正月・松の内であった。


奥側が少し雪に埋もれる、堂満岳・東稜道の小池・ノタノホリ。2022年2月12日撮影
雪のない登山路を登り、やがて標高440m弱の場所にある山中の小池「ノタノホリ」を通過。水面が大半露出しており、雪で埋まっているのは奥側僅かな場所のみであった。春の兆しか。水生動植物の貴重な生息地であるノタノホリに古い人為痕跡があることは以前述べたが、その後の調べで、付近にあった戦国期城塞の飲用または防御施設である可能性が高まった


堂満岳・東稜道の標高530m辺りから始まる、雪の谷道。2022年2月12日撮影
ノタノホリからは山腹の植林帯を巻く道となり、やがて谷を登る雪の急斜となった。その手前にてアイゼン(靴底氷雪爪)を装着。植林帯の標高500mを過ぎた辺りから雪が深くなったが、踏み跡で固められていたため、ワカン(輪かんじき)は付けず。しかし、この場合、1s近いその重荷をザック(背嚢)から降ろせないことにもなるが……


堂満岳・東稜道の雪の尾根上から見えた山頂。2022年2月12日撮影
谷なかの急斜を登ると、やがて山頂に続く尾根上へ。ここはまだ緩やかだが、木立の背後に頂が現れ、これからの険しさと近からぬ距離を思い知る


堂満岳・東稜道の山頂直下の雪の急登。2022年2月12日撮影
緩やかな尾根から高低差230mを登り、山頂直下の急登下に至る。高さ100mの、見上げる程の斜面がはだかるが、今日の雪の状態ならピッケル(斧頭雪杖)無しでも危険なく登れそうである。ただ、見ての通りの晴天で、かなり暑い。手足がかじかまないのはよいが、雪崩を心配する


堂満岳・東稜道の積雪期の山頂下。2022年2月12日撮影

三拍子揃った好条件の山頂

山頂から人が降りてきたので、接触(相手もアイゼン装着の筈なので滑ってきたら危険)を避け、横に巻く踏み跡から側面に入るも、予想したつづらで登らず、浅いルンゼ(急斜溝)的急斜を直登していた。

一旦戻ろうかとも思ったが、面倒なのでそのまま進む。雪の状態と樹々により滑落の危険はなかったが、雪崩を恐れて早めに通過した。そして、山頂すぐ下にある写真の本道と合流し、ほどなく山頂に至ったのである。


冬晴れの堂満岳山頂からみた琵琶湖南部や比良山脈南部。2022年2月12日撮影
堂満岳山頂から、南は琵琶湖南部方面(左)と比良山脈南部(右)を見る。麓で会った婦人の予想通りの好天で、寒くなく風もないという、正に三拍子揃った好条件であった。冬季ここでこれほどの条件に恵まれることは滅多にないことだろう


冬晴れの堂満岳山頂からみた琵琶湖北部等の眺め。2022年2月12日撮影
こちらは同じく堂満岳山頂より北は琵琶湖北部等を見たもの


冬晴れの堂満岳山頂からみた雪を戴く伊吹山。2022年2月12日撮影
同じく山頂から望遠撮影した湖北地方の名峰で名立たる豪雪地・伊吹山(標高1377m)


冬晴れの堂満岳山頂からみた雪を戴く霊仙山。2022年2月12日撮影
こちらも同じく山頂から望遠撮影した、湖北地方は鈴鹿山脈北端部の霊仙山(同1094m)。伊吹山と共に、著名の積雪地・関ヶ原を挟む山だけあって、その雪量は遠目にも多そうであった


冬晴れの堂満岳山頂からみた雪を戴く御池岳。2022年2月12日撮影
これも山頂から望遠撮影した、鈴鹿山脈中北部の御池岳(同1247m)。ここも雪が多そうだが、霊仙山と比べると少し減るように見えた


冬晴れの堂満岳山頂からみた雪を戴く御在所岳。2022年2月12日撮影
同じく山頂から望遠撮影した、鈴鹿山脈中部の御在所岳(同1212m)。こちらはさすがに前者より南方だけあって、その雪量は少なく見えた(実際はそれでもかなり有るとは思うが……)


冬晴れの堂満岳山頂裏の雪の尾根道。2022年2月12日撮影

山頂裏から谷道で下山

山頂での昼食込みの長休憩のあと、下山行程へ。時間的に問題なさそうなため、帰りは更に進んだ谷から直に出発地へと下降することにした。

山頂西裏の写真の如き尾根を進み、一路、谷への下降始点である金糞(かなくそ)峠を目指す。この区間は雪が深いことで知られるが、今日は踏み跡と雪質に助けられワカン不要で通行出来た。

但し、踏み跡以外は踏み抜くことがあり、また大きな雪庇が残存していたため注意は必要であった。


冬晴れの堂満岳山頂裏からみた、完全な雪山景と化す釈迦岳等。2022年2月12日撮影
堂満裏からは、完全な雪山景と化している比良山脈自体の様子も間近に観察出来た。右の高嶺は比良北東部の雄峰・釈迦岳(1060m)


比良山脈の雪の金糞峠と彼方の琵琶湖。2022年2月12日撮影

峠名由来と広重取材説

やがて写真の金糞峠着。標高約880mのここから琵琶湖側に向かい一気に正面谷を下り、出発地まで下降する。

因みに「金糞」の名は、昔ここに製鉄で生じる鉄滓(カナクソ)に似た岩があったことが由来との話を、地元で取材・調査した山岳案内の記述で読んだことがある。その岩は昭和期に木材搬出のため爆破されたという。

また、歌川広重が(昔は安藤広重と習ったが)江戸後期にここの景色を浮世絵「近江八景・比良暮雪(縦版)」の題材にしたとの説がある。確かに一見似ているが、麓の左湖中に小山が迫り出すなど相違も多い。


雪深い比良山脈の正面谷と麓の近江舞子や琵琶湖・沖島・湖東平野等。2022年2月12日撮影
金糞峠から麓まで続く雪深い正面谷と麓の近江舞子や琵琶湖・沖島等

無事短時終了果たすも……

金糞峠からは青ガレと呼ばれる谷なかの難所を越えつつ進む。傾斜が強く、雪も多いため滑り易かったが、雪でガレ場が埋没していたため、比較的早く通過することが出来た。

本来は落石多発地として知られる場所で、早く通過した方が良いため助かった。実は登山口手前でストック(山杖)の1本が故障し、バランスの悪い1本のみの使用で少々難儀したが、何とか遣り過せた。

そして、ひたすら雪の谷道を下り、出発地に到着。ここで故障したストックの先2段分を失くしたことに気づく。山頂で最後の修理を試みたが、それ以降の下山時に、振動で抜け落ちたとみられる。

長年の酷使により、内部のネジが劣化し、もはや使い物にならない状態だったが、山のゴミには出来ないので、近々回収に行かねばならない。

とまれ、休憩を覗き、3時間程で山行を終了させることが出来た。予定通り短時間で近場の雪山と稀少な晴天景を堪能することが出来たのである。

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2022年02月05日

立春雪行

芹生峠下(南。貴船側)の雪の峠道。2022年2月5日撮影

新年初の貴船奥

オミクロン・コロナの大流行が続き逼塞を強いられるが、運動がてら、また鍛錬がてらまた近場の雪山へ向かう。

良からぬ世情が続くが、今年は寒さのお蔭で雪だけは豊富。まあ、本来これが普通なのであろうが、寒くもなく雪もない近年の冬とは異なる、個人的幸運であった。

向かったのは貴船奥の芹生(せりょう・せりう)雲取山群(最高標高920m弱)。昨年12月19日にそこで今季初の雪歩きをしたが、その後、雪の多さで、麓の貴船にすら車輌進入が叶わぬままでいた。因って、今日は気になっていた「ホーム雪山」への本年初の再訪となった。

しかし、先月下旬の大寒夜から明朝にかけての大雪以降は市街にほぼ降雪は無く、ここ数日比較的温暖な日も続いたので、車行でかなり接近可能と思いきや、何と残雪により峠下かなり手前で進出不能となってしまった。

恐るべし、京都北山。自宅から直線僅か10数キロしかないにもかかわらず、これ程世界が変わるとは……。

写真は峠への道。府道なので一応除雪されているが、見ての通りの雪国景。傾斜もかなり急なので、もはやスタッドレスタイヤでも走行は難しいかと思われた。

事実、途中1台車が通過したが、程なく慎重に後退りしつつ下ってきた。その上方にはやはりスタックした跡があり、登坂不能となったようである。

とまれ、そんな訳で、結局また、山にとりつく彼方から、ひたすら雪の車道を歩き、山へ向かうこととなった(笑)。


雪深い京都貴船奥の芹生峠。2022年2月5日撮影

滑り易き府道・雪深い林道延々と

転倒に気を付けつつ雪と氷の急坂を登り芹生峠(標高約700m)に至ると、写真の通り更に雪が深くなった。我が京都市左京区と同右京区の境、または古の山城・丹波国の国界だが、同じ京都市内とは思えぬ光景であった。


雪に埋もれる芹生集落。2022年2月5日撮影
芹生峠からも、同じく圧雪と新雪混ざる雪道を慎重に北へ下り、やがて芹生集落(標高約620m)に。ここもまた屋根上に50cm程雪が載る状況で、そして少々吹雪いてきた。上空の寒気の所為か、気温は-5度程。まだ雲取山の麓とはいえ、標高の高さと付近を覆う雪によりかなりの寒さを感じたのであった


芹生奥の雪の林道。2022年2月5日撮影
芹生集落奥から林道を進むと、すぐに20cm以上の積雪に見舞われ歩き辛くなった。ワカン(輪かんじき)が欲しいところだが、我慢して進む。踏み跡は古いものが薄く残るのみで、ここ数日以上通行は無いように思われた


京都北山・雲取山直下の支流谷への三ノ谷からの入口を塞ぐ倒木と深雪。2022年2月5日撮影

山頂下谷での装備訓練

そして、更に雪が深くなる三ノ谷手前にてワカンを装着し、三ノ谷林道を北上して雲取山頂直下の谷下に至る。漸く、登山口到達である。ここまで延々2時間近くかかった。

更に、早速写真の様な倒木とその上の厚い雪に阻まれ、先ずはその雪をかき落とすことから始める必要もあった。


京都北山・雲取山直下の支流谷の深雪。2022年2月5日撮影
雪を分け三ノ谷横の支流谷に入ると、今度はワカンを外してアイゼン(靴底氷雪爪)に、ストック(山杖)をピッケル(斧頭雪杖)に換えた。この様に雪深い谷の急斜面を巻き進むための装備で、訓練を兼ねたのである。気温はまた1段下がって-7度程となった。時折強い風が吹きおろし、寒い


強い風で雪が舞う京都北山・雲取山の山頂。2022年2月5日撮影
強い風で雪が舞う京都北山・雲取山山頂

上空の寒気と山頂

谷を詰めるにつれ、雪と傾斜が増し、動き難くなった。鍛錬のためワカンを外し、また三ノ谷以降は雪質が新雪化したこともあり、「1歩進んで半歩滑り落ちる」といった、苦行めいた歩みの末、漸く雲取山山頂に至った。

谷なかで想像出来たように、頂は強い風があり、時折雪も吹き付けた。気温も更に-9度程まで低下。今週末に南下した寒気は上空1500m付近で-9度との情報を報道で得ていたが、正にその通りの寒さであった。


雪深い京都北山・雲取山山頂の稜線。2022年2月5日撮影
昼時を過ぎていたが、寒風に因り休息出来ないため、更に北の雲取北峰まで進むことにした。その途中の広尾根では、この通りの雪深さが見られた


京都北山・雲取北峰山頂から見た雪山景。2022年2月5日撮影
そして比較的緩い起伏を進み、間もなく行きつけの休息場で、好みの頂の雲取北峰に到達

ここで遠くまで広がる雪景色を見つつ、今日最初で最後の休息・昼食をとった。時折、吹雪が襲うが、先程よりマシで、更に頂を少し下った場所に退避して寛いだ。

しかし寒い――。

器具の試験がてら調理して温かいものを食したが、その効果は待ち時間の冷えを解消出来るものではなかった。まあ、横着して上着を出さず、中着(撥水防風)と下着の二枚のみでいたので、仕方ないともえいるが……。


天候が回復し、陽が射し始めた、京都北山・芹生集落。2022年2月5日午後撮影
天候が回復し陽が射し始めるも、朝同様の積雪を保つ芹生集落

疫期究極の活動終了!

雲取北峰からは、また元来た道を辿り、高度を下げる。下りはワカンとストックのままで装備転換せず、瞬く間に林道まで下ることが出来た。

独り身に不安を煽る吹雪の音は止み、温度も上がって、弛緩と静寂の世界に変わったが、貴船近くまでの延々たる車道歩きが残っていた。まあ、それも仕方なし。その分、他人のいない静けさが得られるか……。

そして、芹生集落まで戻ると、陽が照り始めた。ただそれは、雪を融かす程のものではなく、朝と変わらぬ路上の難儀が待っていた。

その後、峠を越え、漸く出発点に戻ったが、やはり路面状況は変わらず。午後の融解を当てにして奥へ進まなくて良かった。帰りは急な下りとなるため、更にスリップや転倒等の危険が増すからである。

結局、最初に引き返してきた車以外、今日一日、山で人と遇わなかった。正に、感染力の強いオミクロン・コロナ流行期における、究極の「非接触アクティビティ(保健活動)」といえまいか(笑)。

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2022年01月28日

奧比良雪行

深い雪に覆われる蛇谷ヶ峰南西尾根。2022年1月28日撮影

蔓防の市街避け
また近郊雪中へ


大寒過ぎの寒さが続く日々ながら、雪の画像、温暖ならぬ話題が続き恐縮だが、今日また友人に誘われ山へ行った。

場所は、隣県滋賀西部の比良山脈北西部。近年、所謂「奥比良」と呼ばれる場所で(昔はそんな呼び方はしなかった筈)、その山域で最も標高の高い蛇谷ヶ峰(じゃたにがみね。標高901m)であった。

隣県奥地とはいえ、我々京都左京区の住民なら、大原経由で北上すれば比較的近い場所。

存知の通り京都もオミクロン・コロナの流行により昨日から蔓防期間に逆戻り。前回同様行き場のない状況での体力づくり、鍛錬目的でもあった。

まあ、本来個人的には更に積雪や山体規模に勝る北陸の山や、山陰は大山等に小遠征したかったが、世情や諸々の事情により、お預けとなった。


上掲写真 深い雪に覆われる蛇谷ヶ峰南西尾根。雪のお蔭でルートではないこんな雪の尾根歩きも楽しめそうだが、雪庇の踏み抜き等には注意。


申し分ない雪に恵まれた朽木スキー場のゲレンデ。2022年1月28日撮影

朝、左京市街から車で北上し、大原を抜けて滋賀山間に入ってやがて旧朽木村域に入る。そこから比良山脈北西部を横断する入部谷林道という峠道を登り、写真の朽木スキー場に着いた。

ここの駐車場で車を停め、準備してゲレンデ脇から登山路にとりつく。駐車場の標高は既に440m。本来は麓近くから登りたかったが、ここ数日の好天で雪が無いことを考え、出発時から確り雪が載るここを選んだ。

登り始めに雪がないと、途中でワカン(輪かんじき)等を着脱せねばならず、面倒かつ余分な時間を費やす恐れがあったからである。

ところで、このスキー場。確か以前一旦廃業したような……。ところが今は比較的新しい施設や機材を擁していた。合併により朽木村から高島市に移管され、予算づけと共に改装復活したのであろうか。


朽木スキー場ゲレンデ脇から入る、雪の急斜の登山ルート。2022年1月28日撮影
さて、ゲレンデ脇を進み、その半ばから小さな谷に入り樹林の斜面を登る。積雪は申し分ないが、ここ暫くの高気温と踏み跡により雪が締まっていたため、急斜ながら難なく進めた。勿論、ワカン有ってこそ、ではある


小雪に霞む、比良山脈・蛇谷ヶ峰山頂北東の雪の尾根。2022年1月28日撮影
急斜を詰め尾根上に出ると、視界が悪くなってきた。というか、小雪が降り始めた。一応午前中に少し降る可能性があることを予報で知っていたので、気にせず進むが、気温がプラスの所為か、身が濡れ始めたのでハードシェル(防水上着)を着用した


小雪で視界が悪い蛇谷ヶ峰山頂と雪に埋もれる標識。2022年1月28日撮影
そして、山頂着。変わらず天候が悪く、ある筈の眺望も無し。また、少し風も出始めた。その所為で寒いのかと思えば、温度計が-5度程に。先程温度確認した尾根とは標高差は少ない筈だが、雪が寒気を連れてきたのか


小雪により殆ど視界が利かない蛇谷ヶ峰山頂。2022年1月28日撮影

荒天の頂から更に南へ

夏山と変わらぬ時間で山頂に着いたが、昼食には早く、また寒さで休息もとり難いため、更に縦走路を進んだ「滝谷ノ頭」という小頂まで行くことにした。

写真は蛇谷ヶ峰山頂付近から見た南縦走路方向。本来、方向の目安となる山脈本体は疎か、近くの地形すら判らない状態。スマートフォンアプリやGPSが無かった時代はルートロスが多発したであろう状況である。

とまれ、機器に頼らず、人に頼らず(踏み跡やテープ貼り等)、ただ磁針と地図を使い、確信を得つつ進む。これも鍛錬のうち。読図は語学と一緒で、常に行わないと鈍ってしまうのである。


蛇谷ヶ峰と滝谷ノ頭間に続く先行者の足跡ある雪の縦走路。2022年1月28日撮影
蛇谷ヶ峰山頂から変則的に支尾根を下り、主稜線の縦走路に出た。標高を下げた所為か、陽当たりに因るのか、積雪の割に雪が締まって歩き易かった。勿論、これも先行者の踏み跡及びワカンの効力が有っての話である


蛇谷ヶ峰と滝谷ノ頭間の稜線から見た、近江高島の平野と鴨川が成す白蛇のような眺め。2022年1月28日撮影

初耳・都市伝説?
蛇谷ヶ峰の新たな由来


主稜線を南下するうちに付近の視界が利き始めてきたことに気づく。いつの間にか、雪雲が去ったようである。

暫くして、友人が「白蛇が出た」と若干興奮気味に麓を撮影し始めた。それが、写真の景。確かに手前の雪原が逆さになった蛇の頭に見え、そこから上方は琵琶湖に向け蛇行する川(鴨川)がその胴体のようにも見える。

友人はこれが蛇谷ヶ峰の名の由来と聞いた旨を語ったが、個人的には初耳であった。本来同山の由来はその頂付近を源頭とする「蛇谷」とされており、その流れは蛇の頭に達する前に滝谷川という鴨川支流に合している。

もしこの由来が正しければ、蛇体を成す鴨川自体が蛇に由来する河川名とされる筈だが、聞いたことがない。確かに写真映えする光景だが、最近誰かが実しやかに語り始めた戯言・都市伝説のような気がしてならない。

近年、日本史学等で「わかり易いことには嘘がある」という戒めが発せられているが、これもその類か。

眼の前の風景に対して、どう感じ、何を言おうが自由だが、わかり易さ故に「事実化」し易いこうした「伝説」の安易な流布は、地域の文化や歴史の保全の為にも慎むべきだと思う。

特に影響力が大きな、自治体・企業の観光部署や山岳ガイド等が広めることを危惧する。

勿論「蛇谷ヶ峰に登ると蛇が見えて面白い」「夏の青蛇、冬の白蛇を観に行きたい」などと楽しむだけなら問題はない。むしろ、そこは地元の観光振興に役立ててもいいのかもしれない。

だが、そこから「これは蛇谷の神だ」とか、適当な由来を語る(騙る)などして、勝手な権威を付けしたがる輩が往々にして現れるのが、厄介といえよう(笑)。


蛇谷ヶ峰南にある雪に埋もれた滝谷ノ頭の山頂。2022年1月28日撮影
さて、縦走路を南へ進み、やがて滝谷ノ頭に到着。標高701mのなだらかな頂で、友人が標識を探すも無し。読図のみで特定したが、友人によるアプリ特定とも違いはなかった。元より地形図にないマイナーな山なので無い可能性がある。もしくは、背の低いものが雪に埋もれているのか。因みに、この山名は蛇谷ヶ峰と同じく、滝谷の源頭に当たるためとみられる


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粘り勝ちの好眺望

滝谷ノ頭は眺望がなく、風もあったので、蛇谷ヶ峰へ戻りつつ昼食場を探すが、結局天候が回復した山頂でとることとなった。

往復3km、高低差200mを経て戻ったが、見ての通り、嘘の様に眺望が回復しており、彼の「白蛇」の姿も難なく観られた。

先程テント泊装備の縦走者とすれ違ったのを最後に人と会わなかったので、著名な眺望が独占状態に。往路山頂に着いた際は何人かと遭遇したが、皆、荒天を悟り、早々に下山してしまった。

正に粘り勝ちか。少し進んで様子を見て正解であった。


蛇谷ヶ峰山頂から見た、頂部を雲に覆われる武奈ヶ岳。2022年1月28日撮影
蛇谷ヶ峰山頂から見た比良山脈最高峰・武奈ヶ岳(ぶながたけ。標高1214m。中央奥)。頂部が執拗に雲(吹雪?)に覆われていたが、このあと少し顔を出した。こちらも、眺望や休息を諦めた人が多かったであろう

蛇谷ヶ峰山頂にてゆっくり昼食を摂り、その後元来た道を下山した。そして下山後は麓の温泉で冷えた体を温め、京都市街へと帰還したのである。

今日もまた良き雪景色を楽しむことが出来た。友人他、諸々に感謝!

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2022年01月15日

花脊塗雪

出発地・花脊峠への帰り途中に天狗杉付近で見た風紋ある雪原越しの夕空や京都市街。2022年1月15日撮影

コロナ避け寒さ活用

皆さん存知の通り今年は寒い。

とはいえ、これが本来の冬の姿なのだが、またしてもコロナ再拡大が始まり、一層逼塞を強いられる状況となった。

因って、仕方なく、という訳ではないが、今週末もまた人との接触が少ない雪山へ向かうことになった。ただ、今回はそうした状況や積雪の増加を考慮し、最寄りの花脊(はなせ。京都市街北郊)を選んだ。

時間的には隣県滋賀西部の比良山地でも大差なかったが、逆に雪が多すぎて中途撤収の可能性が高かったため避けたのである。


上掲写真 出発地・花脊峠への帰り途中に天狗杉(山名。標高837m)付近で見た風紋ある雪原越しの夕空や京都市街。写真では判り辛いが、中央上部に、市街に浮かぶ船岡山や彼方の男山・天王山に生駒山等が見えている。ここは京都盆地北縁の山上・尾根。言わば京都の屋根・梁であった。


雪に塗れ-2度の低温が表示される花脊峠。2022年1月15日朝9時台撮影
出発は彼の鞍馬最奥の花脊峠から。京都市街に近いながらも標高759mという近畿有数の高さを誇るだけあり、麓は雪が無いのに、この姿。市街から10数kmしか離れていないのに既に北国風情である。ただ、今日は比較的気温が高めで、本来は-7度程を覚悟していたが、同2度の穏やかさ?であった


花脊峠横の植林地から旧花脊峠に続く雪の登山ルート。2022年1月15日撮影
北山杉の植林地内に続く花脊峠横の登山路と先行者の踏み跡

雪の尾根踏み北方奥地へ

細く険しい峠道を冬タイヤ装備の友人車輌で恐々と登坂して峠に着いたが、そこからワカン(輪かんじき)等の雪道装備を身に着け徒歩行を開始した。目指すは尾根伝いの北方奥地。途中から未踏の場所となるため楽しみであった


花脊峠横の雪の広尾根から見た天狗杉山頂。2022年1月15日撮影
花脊峠横の広尾根から見た天狗杉山頂。山道に入ってすぐ雪が深くなり、しかも先日まで降っていた雪が融けていなかった為ほぼ新雪状態だったが、先行者がいたお蔭で比較的楽に進むことが出来た。標高はすぐに800mを超えたが、寒からず暑からずの良い塩梅。ただ、見ての通り天気が冴えない。午後から晴れ予報だったので、荒天にはならぬとは思うが……


天狗杉付近の広尾根樹間から見えた、白く雪を戴く比良山脈主峰・武奈ヶ岳。2022年1月15日撮影
天狗杉付近の樹間からは今日の候補地であった比良山脈の主峰・武奈ヶ岳(標高1214m)も見えた。付近屈指の多雪地、ここでこの雪量なら苦労すること必定か


厚く雪積る京都北山・天狗杉の山頂。2022年1月15日撮影
また登坂して、間もなく天狗杉山頂着。若い雑木林が広がるなだらかな場所。その名の通り、かつて天狗が宿りそうな大杉があり、その樹共々一帯が焼亡したのか……。由来を存知の人があれば、是非ご教示願いたい


雪に塗れる旧花脊峠の祠と大杉。2022年1月15日撮影
天狗杉山頂を過ぎてまた下り、やがて旧花脊峠(標高750m強)に到着。南の鞍馬山方面へと下る先行者の足跡とはここでお別れ。恐らくは、バスで花脊峠に入り、鞍馬駅から市街に帰還するのであろう。そういえば、峠の祠の覆いが新調もしくは修繕されている。打ち捨てられるものが多いなか、大事にされて何より


京都北山の花脊峠西の尾根上に続く半間程の窪み状の古道。2022年1月15日撮影
尾根上に続く半間程の窪み状の古道

尾根上に続く古道と新林道

旧花脊峠からは、祠裏の尾根上に続く半間程の窪み状の古道を進む。西にある高地集落「芹生(せりょう・せりう)」に向かう旧路と思われるもので、以前も紹介したが、我々はその途中から北に振る主尾根を進む。


旧花脊峠から北西に続く尾根上古道の新雪に沈むワカン履きの足。2022年1月15日撮影
旧峠からの旧路は当然ながら踏み跡がなく、深い新雪を進む重い足取りとなった。この通り、ワカンを履いていないかのように、しばしば足が沈む。場所により、その積雪は60cm以上か


京都北山の寺山付近の尾根の雑木林に続く雪に埋もれた林道とスノーシューハイカーの跡。2022年1月15日撮影
旧路は、やがて尾根下を巻いて併走していた林道と合した。近年造られた地図にない道で、尾根の頂を巻きつつ、またはそれを踏みつつ目的地方向の北へと続く。勿論、林道が避けた場所は古道が続いていたが、雪の深さと先の長さを考え、今日は労力が少ない林道を進むことにした。写真は広くなった尾根上の雑木林に続く雪に埋もれた林道と先行者の踏み跡。先行者は独りらしく、一応スノシュ―を履いていたが、その足労が偲ばれた


雪に埋もれる京都北山の寺山山頂。2022年1月15日撮影
山上の林道を進み、広尾根の雑木林の中に逸れて寺山の山頂(標高862m)に至った。頂といっても見ての通りの平坦で、その中で微高地を見つけ、樹に貼られたテープの書き込みを確認し、確定した。登山アプリのみを使う友人は、画面上の山頂とのズレを指摘するが、GPSの誤差範囲であろう。因みに寺山は花脊峠を越えた北にある別所集落の西にある山で、つまり、我々は集落西の稜線を北に向かって進んでいる形となる


雪に埋もれる京都北山の寺山峠。2022年1月15日撮影
寺山山頂からまた林道に戻って北上を再開し、やがて寺山峠(標高約807m)に到着。別所と西方、即ち雲取山塊や芹生集落を結ぶ道との交点である。先行者の足跡は我々の予定と同じく峠の更に北へと続いていた。しかし、思えば出発地から大して高低差がない楽な道程にもかかわらず、雪に足がとられ、思った以上の時間と労力を消費している


寺山峠北の林道上に開けた場所から見た花脊峠や天狗杉・寺山の山並みと麓の別所集落等。2022年1月15日撮影
寺山峠北の林道上に開けた場所から見た、来し方。奥の稜線の左低部が出発地の花脊峠、その右の高所が天狗杉である。我々は、それや右のなだらかな寺山の上を進んでここまで来た。時間は昼過ぎ。出発が遅れたので仕方ないが、4kmの距離に3時間もかかっている。今日の目的地はこの先の地蔵杉山(標高899m)だが、果たして行けるや否や……


京都北山の寺山峠から地蔵杉山方面に続く雪の林道。2022年1月15日撮影
京都北山の寺山峠から地蔵杉山方面に続く雪の林道

踏み跡なきラッセルに

同じく地蔵杉山に向かうとみた先行者は開けた場所で引き返し、そこから先は踏み跡の無い所謂「ノートレース」となった。

即ち、ラッセル(深雪作路移動)である。友人は浮力に勝るスノーシューを履いていたが、体力や時間を考慮し私が先行して進んだ。

変わらず林道が利用できたが、道が西へ振り始め日陰となったので、新雪の深さや沈みこみが増す。先行者の有難みを想ったのは言うまでもない。


京都北山の地蔵杉山山頂直下の雪深い樹林の急登。2022年1月15日撮影
地蔵杉山山頂直下の雪深い樹林の急斜

その後、林道が雪崩で埋まった区間等を慎重に、そして素早く過ぎ、地蔵杉山の北東背後に至る。

林道はその手前で突如途絶していたが、地図を読み道なき樹林をラッセルで巻いて山頂直下に取りついた。そこからは益々新雪が増し、急登と倒木にも難儀したが、貴重な近場の深雪を楽しみつつ進んだ。


雪に埋もれた京都北山の地蔵杉山山頂。2022年1月15日撮影
雪の急登を進み、間もなく地蔵杉山山頂に到着。見ての通り、見通しは全くなく、ただ樹に小さなテープ貼りがあるのみの山頂であった。本来はここで食事休息をとりたかったが、寒く、場所も狭い為、少し下った他所を探ることにした


雪に埋もれた京都北山の雲取山後峰の山頂。2022年1月15日撮影

雲取峠より帰路に

地蔵杉山からは友人の希望で更に西方の雲取峠(標高約877m)経由で雲取一ノ谷に下り、その途中から寺山峠に上って元来た道を帰還するルートを採ることにした。

写真は雲取峠手前で通過した雲取山塊900m超4峰の内、最北にある雲取山後峰(個人的呼称)の頂。ここから先は来たことがあるが、それまでは読図による進路判断が必要な場所であった。

紛らわしい尾根が多いので、慣れない人は遭難注意。


雲取山後峰辺りから見た地蔵杉山。2022年1月15日撮影
雲取山後峰辺りから見た地蔵杉山。梢と雪で見難いが、以前雲取山北峰から見た姿はこの通り。右手前の尖った山がそれである。


雪に埋もれた京都北山の雲取峠。2022年1月15日撮影
そして、雲取山後峰を下るとすぐに雲取峠に着いた。今日の山行で最遠・最後の目的地。遅くなったが風も穏やかなここで漸く昼食に。ただ、雪が深くマット敷でも沈むので立ったままの休息となった。最近新古購入した機器の試用を兼ねて湯を沸かしカップ麺を食べる。普段食べぬものだが、冷えた奥山では有難い熱源(カロリー)・温源(手先等の温め)となった


雪に埋もれた京都北山の雲取山山中の一ノ谷。2022年1月15日撮影
雪の雲取一ノ谷。雲取峠からは、所々沢水で地面が露出するという、また違った歩き辛さが加わる一ノ谷に下り、その中途からまた寺山峠に上った


京都北山・天狗杉山頂近くの雪の雑木林から見えた夕陽。2022年1月15日撮影
帰路の天狗杉山頂手前(西)で現れた雪原彼方の夕陽

日没の危機

寺山峠からはまた元来た道を戻る。全体的に下りだったことと、我々他の踏み跡により往路より速く進むことが出来た。

ただ、時間的に日没は避けられぬと判断し、先にヘッドライトを用意することにしたが、友人の不携帯が判明。ただでさえ眼が悪いのに、これでは準遭難判定である。雪の有る無し、季節気候の如何にかかわらず、忘れず照明を持参するよう。

因って、旧花脊峠から迂遠ながら夜目が利く車道に出ることも考えたが、なんとか間に合いそうになったので、往路と同じく天狗杉経由で花脊峠まで戻ることにした。


日没後急速に暗くなった、気温-2度標示のある雪の花脊峠。2022年1月15日撮影
日没後急速に暗くなった、-2度標示のある花脊峠

終了。多量の新雪に満足

そして、目論見通り、暗くなる前になんとか出発地の花脊峠に戻れたのであった。峠の温度計は朝と同じく-2度。昼間はもう少し上ったであろうが、著しく雪を融かす程ではなかったようである。

その後、朝よりかなり氷雪の減った峠道を車輌にて下り、京都市街へ帰還した。今日は思いのほか時間がかかったが、十分過ぎる量の新雪行を味わえて良かった。お疲れ様でした、諸々の人よ自然よ、有難う!

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会

2022年01月09日

湖北初登

雪原に立つ赤坂山山頂標識と、麓彼方に覗く湖西平野北部及び琵琶湖

今年初の山行

今日は今年初の山行を実施。所謂「初登り」である。

朝早くから友人の車にて向かったのは、隣県滋賀北西のマキノ。琵琶湖西北端に近い、家族向けスキー場で知られる場所だが、今日はその背後にある赤坂山(標高約824m)に臨んだ。

赤坂山は福井県敦賀から滋賀北西に続く野坂山地の一部。低山の範疇ながら、北陸に近いため比較的積雪が多い山地であった。

以前より、北陸方面への旅途の列車窓から、雪深い禿げた稜線を見て気になっていたが、今日誘いを受け初めて足を踏み入れることとなった。


上掲写真 雪原に立つ赤坂山の山頂標識と、麓彼方に覗く湖西平野北部及び琵琶湖水面(丘や平野の上)。そういば、野坂山地は最近人気の「高島トレイル」の一部でもあった。


マキノスキー場下から見た山や平野の雪景色
今朝、京都市街もかなり冷えたものの氷雪は全くなかったが、湖北・マキノまで来ると、さすがにこの通り。途中の滋賀でも北寄りの安曇川平野(高島市)まで平地に雪は無かったが、その後は湖岸に至るまで雪が覆う北国景となった。さすがは南北約60kmある琵琶湖の北端。時間もかかった分、最早北陸に達したと言って過言ではない


積雪に恵まれたマキノ高原スキー場。2022年1月9日撮影
積雪に恵まれたマキノ高原スキー場。北地にあるものの、標高が低いため長く雪不足に悩まされていたが、今季は上々のようである。訪れる家族連れ等も多く、既に駐車場も下段まで賑わっていた。コロナ禍と雪不足に悩まされた昨年分まで頑張ってもらいたいところ。そして、我々はゲレンデを通り、右奥の尾根から山に入った


マキノ高原スキー場奥の尾根上に続く踏み跡多い雪の登山路
マキノ高原スキー場奥の尾根上に続く登山路

古の海道残る雪尾根をゆく

尾根上のルートには既に今日以前の踏み跡が多くあり、また昨昼の高気温で比較的雪が固まっていたため歩き易かった。勿論、積雪量があり、踏み抜きや滑りごけの恐れがあるためワカン(輪かんじき)を履いて進む。


赤坂山への道の途中にある東屋。2022年1月9日撮影
赤坂山への道の途中にある東屋(あずまや)。よく積雪量の目安として写真が紹介される場所らしいので、敢えて皆とは違う角度から……

しかし天気が良すぎて暑いというか、こんなに雪だらけなのにプラス気温になっていた。

今日は京都市街で12度まで上がる予報が出ており、他所も上昇傾向だったので仕方あるまい。むしろ衣服調整すれば秋山同様の快適登行となる。

ただ、急激な温度上昇は雪崩の危険も高まる。しかし、事前に調べた地形・地貌等から、その可能性は極めて低いと判断。そして、そんな場所故か、意外にも登山者が多かった。


冬枯れの樹と雪のみの野坂山地の山肌。赤坂山への途上にて。2022年1月9日撮影
冬枯れの樹々と雪のみの野坂山地の山肌

赤坂山への道がある尾根上には半間程掘り込んで丁寧に造られた古道跡が現れ、登山路と重りつつ続いたが、この先の粟柄越(あわがらごえ)を経由して若狭湾に達する旧街道(海道)のものと思われた。


マキノ高原スキー場からの尾根道の果てに現れた雪深い赤坂山山頂。2022年1月9日撮影
終始暑がり、時に止まって汗を拭う同行者に合わせてゆっくり進み、やがて主稜線(中央)との合流直下に達した。ところが、ここに来て急に雲がわき、風も強くなって、一気に寒くなった。私はそれを見越した服装の為そのまま進めたが、同行者はまた全てを着ることとなった。そして、麓を含めこれまで全く姿が見えなかった赤坂山が漸く現れた(中央右2峰のうち右奥)


マキノ高原スキー場からの尾根道の果てから見えた山麓の平地や琵琶湖。2022年1月9日撮影
主稜線合流部直下の後方には麓の雪原や琵琶湖(中央右端)が見え始めた


赤坂山山頂から見た粟柄越等の県境稜線と麓の海津等の琵琶湖岸の雪景色。2022年1月9日撮影

赤坂山山頂とその北方

そして主稜線の鞍部・粟柄越(中央)を経て、写真の山頂景を得た。天候は時折陽が射すものの、ほぼ曇ったまま。京都市街と同じく「冬は晴れても午前のみ」という、日本海側と太平洋側気候の境界地的気象条件か。

そして水分か光線の関係か、晴れた麓の先で青々と広がる筈の琵琶湖(左上)が判り辛い。これは、今日個人的に最も残念とするところとなった。


赤坂山山頂から見た北方の三国山や明王の禿等の雪景
赤坂山山頂から北方は三国山(中央左。標高876m)や「明王の禿(右尾根上の岩場)」方面を見る。南北に続く主稜線は滋賀・福井の県境となっている。三国山は現在滋賀と福井美浜町・敦賀市の境界だが、かつては近江・若狭・越前の三国界であり、その名残りの名称。今は比較的簡単に来られるようになったが、やはりここは、本来我々山州(山城国)人にとって遠方・異域。それにしても、予報通りその先の北陸は更に雲が重く天気が悪い。行政界のみならず、正にこの辺りが気象境界ともいえるか。さて山頂では小休止のみとし、更にこの北方へと向かうことにした


野坂山地主稜線上にある「明王の禿」の奇岩と周囲の雪景色
赤坂山山頂北の雪原を下り、また少し上って明王の禿に到達。花崗岩の奇岩が多い場所で、東(右)の滋賀側は、それによる急峻な崖になっている。岩が陽の熱を伝えるのか、一部地面が露出していた


明王の禿から見た、南の細尾根や彼方の赤坂山等の雪景色
「明王の禿」より南は赤坂山(右上)方面を振り返る。ここに来る際、中央右の細尾根を一部通過したが、雪の状態や気象条件により注意が必要な場所であった。但し、右下に樹林経由の安全なルートもある


野坂山地・粟柄越南のなだらかな雪の稜線道

稜線南部・大谷山方面へ

明王の禿から更に三国山まで行くつもりだったが、止めて、粟柄越南の大谷山(標高813m)方面を目指すことにした。下山はその近くの寒風という小頂からの道を予定し、全体で輪を描くような道程を企図した。

途中、赤坂山山頂下の風を避けられる場所にて昼食をとり、その後、粟柄鞍部を越え、写真の如き雪の稜線を進む。数10mの上下が続くが、危険のない穏やかな稜線歩きで、スノーハイクには最適の場所に思われた。


野坂山地主稜線上の「オモテ」付近から見た「寒風」のピーク
赤坂山から南へ2km程進むと寒風の峰が近づいてきた(正面奥)。このルートは人も少なく雪も多いが、それでも先行者により踏み固められているため、歩行に難はなかった。勿論、ワカン履きの効能もあろうが……


野坂山地・寒風手前の雪の鞍部から見えた美浜湾と日本海
寒風手前の鞍部では初めて日本海を見ることが出来た。中央奥が美浜湾と思われ、左の半島裏に、以前同じく冬探索した三方五湖がある筈。とはいえ、琵琶湖同様、空との境界は限りなく曖昧であった。寒風の名の通り、この辺りは一部地面が見えるほど風が強く寒かったが、美浜から続く大きな谷と接しているため、気流の通り道になっているようであった


野坂山地主稜線上の小頂「寒風」東の雪原
寒風頂部東下の雪原。友人が標識を探すが、埋もれているのか、見当たらなかった。寒風は山の名を持たないが、標高は850mと、赤坂山より高い

寒風での決断

さて、寒風から大谷山までは1km程だったが、踏み跡がない歩き難さや既に15時前であったこととを考え、スキー場への道を下ることにした。ここから大谷山に入る人はあまりいないのであろうか。


野坂山地主稜線上の小頂「寒風」の東から見た湖西平野や琵琶湖・竹生島・安曇川平野・比良山脈等
寒風山頂東下辺りが今日最も展望が良い場所であった。この写真では判り辛いが、中央左の半島裏には琵琶湖に浮かぶ竹生島、同右には安曇川平野や比良山脈が見えた。ただ、見ての通り、下界晴天、此方曇天という、正に境界的光線条件ではあった


野坂山地稜線上の小頂「寒風」の東から見た、雪に覆われる北方の赤坂山や三国山等々
こちらも同じく寒風東下から北方を見たもの。中央彼方に白い赤坂山、その左奥に周辺の最高所となる三国山が見えた。こう見ると、かなりの距離を歩いたように感じられた


野坂山地主稜線上の小頂「寒風」からの分岐路を経て辿り着いたマキノ高原スキー場のゲレンデ
寒風からの急な雪道を延々と下り、やがてスキー場のゲレンデ上部に出た。あまり踏み固められていない所為か、歩き辛い道だったが、ワカンの所為で大いに助けられた。それまでは半ば不要だったと思いかけていたが、最後にその有難みを知ったのである


マキノ高原スキー場にある「マキノ高原温泉さらさ」
マキノ高原スキー場にある「マキノ高原温泉さらさ」

下山。身体暖め帰路へ

こうして、無事日没前の16時過ぎに麓に帰還した。その後は友人の誘いにより、スキー場内の温泉へ。そこで一日の疲れを流して身体を暖めたのち、マキノを後にしたのであった。

お疲れ様、諸々に感謝!

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2021年12月19日

雲取新雪

京都北山(丹波高地)・雲取山下の林道上に崩れ落ちる北山杉の積雪。令和3(2021)年12月19日撮影

京都初積雪翌朝

京都地方気象台によると、ここ京都市街で初雪が観測されたのは今月1日夜。平年より10日、昨年より14日早いという、19年ぶりの早さであった。

そして、昨日18日の朝、南下してきた寒波の所為で市内各所で降雪が確認された。市街東部の自宅ではその前夜に積雪を確認出来たが、夜の内に融け、付近の山々にその白さが残った。

今年の初雪は12月1日だったが、同17・18日は今季初の積雪「初積雪」とすべきか……。

とまれ、予てより近場での雪山個人鍛錬の再開の機会を窺っていたが、遂にその時がきた。ただ、昨日は時折雨が降るなど天候が悪かったため中止し、今朝向かうことにした。


上掲写真 貴船奥地・京都北山(丹波高地)の林道上に落ちる、北山杉梢の積雪。陽が出て穏やかな天候だったが、山中は昼でも氷点下の寒さのため落雪も水に成らず粉雪の状態であった。そして、それが更に陽光を受けて風に舞うと、恰も「ダイヤモンドダスト」の如き美しい姿となった。


雪の芹生峠。令和3(2021)年12月19日撮影

雪の北山へ

さて、向かったのは京都市街北部に連なる北山山地。早朝は市街でも凍結の恐れがあったので、明るくなってから車輌で進んだが、それでも岩倉等の北郊路上には若干氷雪が見られるなどした為、慎重に進んだ。

そして、賀茂川(鴨川)源流域の一つ「貴船」を経て峠道に進む。しかし、早くも路面が危うくなり、峠下のかなりの地点で車行を断念せざるを得なくなった。

まあ、貴船の麓でも氷点下の気温だったので、ここまでこれただけマシか。そして、その後、路面の雪を避けつつ、歩いて奥へと進んだ。

やがて辿り着いたのが写真の芹生峠(せりょう・せりう。標高約700m)。京盆地北縁の一部で、旧山城・丹波国界となる「城丹尾根」上にある丹波山地の入口であった。

なお、市街側となる表側(南)の路面積雪は少ないが、裏側(北)はスケート場の如き様が続いていたのは、いつもの通り……。


雪に覆われる芹生集落。令和3(2021)年12月19日朝撮影
そして峠から慎重に歩みを進めること約1kmにて芹生集落着(標高約620m〜)。周囲の山々共々すっかり雪に埋もれている。この集落入口の舗装路上にて派手に転倒。前もってストック(山杖)2本を用意し、滑り止めを備えた雪靴を履いていたにも拘らず。しかも全くの平坦地。山道でもまず転ぶことはないが、簡易計が-5度を切っていたので、低温と関連か。因みに、かなり警戒して臨んだ帰路も、やはり中央の古民家付近で転倒(笑)


雪に埋もれる旧芹生小中学分校跡地と旧校舎。令和3(2021)年12月19日朝撮影
芹生集落上手にある旧芹生小中学分校もこの通り。積雪は15cm程か


雪に埋もれる芹生から雲取山方面に続く林道とその上に続く獣の足跡。令和3(2021)年12月19日朝撮影
芹生集落を過ぎ、林道化した道を更に北の奥地へと向かうが、間もなく車の轍も消え、先行するのは獣の足跡のみとなった。積雪は少しづつ増す


雲取山三ノ谷から山頂に至る分岐部の積雪。令和3(2021)年12月19日朝撮影
更に進み、ここで林道と別れ、道なき雪の山中に入った。人は無論、もはや獣の跡も無し


京都・雲取山山頂と三ノ谷間の30cm程の積雪に沈む足。令和3(2021)年12月19日朝撮影
道なき山中では更に雪が増え、積雪は30cm程に。ただ、根雪のない新雪により底つきして比較的歩き易いため、ワカン(かんじき)は付けず


京都・雲取山山頂と三ノ谷間にある雪の沢沿いルート。令和3(2021)年12月19日朝撮影
山頂へと向かい傾斜が強まり、また沢上の斜面を巻くためアイゼン(靴底氷雪爪)を装着。危険な場所はないが、ピッケル(斧頭雪杖)が欲しい場面があったので、訓練兼ねて持参すればよかった、と後悔


京都・雲取山山頂と三ノ谷間にある、山頂直下の雪の急傾斜地。令和3(2021)年12月19日朝撮影
やがて山頂直下の急斜に至る。左側に以前無かった倒木群があり、上部からの流下が窺われた。しかし、日陰の為ひたすら寒い。いつもなら途中で外す羊毛帽も気にならぬ程。簡易計をみると-7度辺りを示している。ただ身体から近い場所に提げているので実際はもう少し低いか。纏いつく雪もその所為で身を濡らすことはなかった。近畿では珍しい優良な雪質である


新雪に覆われた京都・雲取山山頂。令和3(2021)年12月19日朝撮影

意外の山頂

急な雪面を、時に自在に、時に夏道の跡を辿りつつ登り、やがて陽当たりの良い写真の山頂に到着。京盆地北方・城丹尾根付近の最高峰「雲取山(911m。但し雲取北峰の方が少し高い可能性あり)」である。

このサイトではお馴染みの場所であるが、やはり、時季の最初はここに来たかった。しかし、芹生峠下での歩行開始から人は疎か車にも遭遇しなかったが、意外にも山頂には先着パーティーがいた。

恐らくは、麓までバス便があり登山口からの時間も少ない花脊別所(はなせべっしょ。鞍馬の北奥)からの往復であろう。一番乗りにはならず残念だが、片道6kmの長程歩行となったため仕方あるまい。

なお、山頂付近の積雪は40cm程。経験的にこの北が更に雪深くなることを知っていたが、今日は既にここまで来るのに時間を費やした為これ以上の進出は控えた。


京都・雲取山山頂直下から見た京都北山・丹波高地の雪景色。令和3(2021)年12月19日朝撮影
京都・雲取山山頂直下から見た京都北山・丹波高地の雪景色

山頂にて貰い物の苺大福と茶で小休止し、元来た道を戻る。本来はもっと早くに下山して当初誘われていた友人一家の外出に合流するつもりだったが、前述の道路事情等の所為で所要時間が増し、叶わなかった。

一応、それが予想可能となった貴船にて先に電話を入れて説明していたが、残念なこととなった。その代わりと言うのもなんだが、今季初の記念的新雪行を済ますことが出来たのは、個人的に一先ずの幸いであった。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 山会