2022年11月23日

彩雨参観

雨天ながら参観者で賑わう京都永観堂門前と最盛期となった紅葉

急遽展示参観へ

11月第2の祝日、勤労感謝の日。晩秋の時期ながら比較的温暖な日が続くなかでの到来となったが、生憎、全日雨予報で、朝から降っている。

そもそも家で少し仕事や家事をしていたが、今日ある展示が最終日であることに気づいた。それは隣県滋賀にある大津市歴史博物館開催の「大友皇子と壬申の乱」展。

博物館関係者に問われ、観たいと答えて招待券をもらっていたので、無駄にする訳にはいかない。荒天で車輌や山越えで行くことが叶わず、入場料以上に交通費がかかるが、仕方なく、急遽午後から向かったのであった。

写真はその途上通過した永観堂門前の様子。生憎の天候ながら、名物の紅葉が盛りとなっており、大勢の人で賑わっていた。

この時はちょうど雨が小康の時機だったが、もしこれが晴天なら更に多くの人で賑わっていただろう。また、コロナ以前のインバウンド盛期なら、恐らく門前の通過すら困難であったに違いない。


雨天ながら参観者で賑わう京都永観堂門内と鮮やかな盛りの紅葉
同じく永観堂。折角なので、門を潜って境内の紅葉具合を確かめてみた。門前のみならず、中も紅葉最盛期を迎えているようであった


京都永観堂門南門内の池と鮮やかな紅葉
同じく永観堂。南門内の池よりみた境内の紅葉具合。ここはまだ完全に色づいてないが、まあ美麗ではある。年によって全体が色づくこともあるので、今年は所謂「当たり年」ではないように思われた


京都永観堂門南門内の鮮やかな紅葉
こちらも永観堂南門内。生憎の空模様だが、紅葉の進み具合、色合いは申し分ない


京都・南禅寺三門北の盛りの紅葉
こちらは同じく途中通過した南禅寺境内。三門北側の紅葉で、ムラはあるものの、ほぼ盛りの状態。冷たい谷風の通路でもある同寺は隣接する永観堂より例年色づきが早いが、今年は場所によりかなり進行の差が見られた


京都・南禅寺天授庵の紅葉
こちらも南禅寺境内。正確にはその塔頭の塀越しに覗く紅葉である。近づくとたっぷり雨に濡れている。これもまた趣があり、稀少で悪しからず


盛りの紅葉に囲まれる大津市歴史博物館
さて、途中紅葉見物をしつつ列車にて京都市街を脱し、幾つかの路線を乗り継ぎ滋賀大津の博物館に到着した。こちらも雨が上がった状態だったので幸いであった。大文字山背後となる長等山麓で、三井寺(園城寺)に隣接するここも紅葉が盛りであったが、残念ながら周囲を見る時間は無し


大津市歴史博物館2階からみた琵琶湖と対岸の近江富士・三上山
大津市歴史博物館の「大友皇子と壬申の乱」展は2階で開かれていたが、その広間からはこの様に琵琶湖と対岸の近江富士・三上山が見えた。あまり時間が無かったにもかかわらず特別展の他、常設展まで見ることが叶う。途中激しい雷鳴と降雨があり、それを遣り過せたことも幸いであった。肝心の展示も後の時代に大友皇子が弘文天皇と諡号されたり、その陵墓が決められたりする経緯が史料で明かされるなど、興味深いものがあった


紅葉庭のライトアップを伴う夜間拝観が行われる、京都・永観堂門前の紅葉と参観者の賑わい
そして、また来た路線を列車にて辿り、京都市街に戻る。途中、また永観堂の前を通ったが、今度は夜間拝観、即ち紅葉庭のライトアップが行われていた。小降りになったものの、まだ雨は続いている。それにもかかわらず、その美麗を求める参観者は多かった


京都・永観堂境内の紅葉ライトアップの様子
永観堂境内の紅葉ライトアップの様子

その後、帰宅。往路も帰路も強い雨がなくて助かった。

こうして、生憎の雨天日ながら、盛りの紅葉を眺めつつ、興味深い展示も観ることが出来た良き一日となったのである。

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2022年11月03日

祝日良展

2022年11月3日文化の日に閉館前の京都国立博物館玄関前から見た夕焼けと赤い京都タワー及び博物館新館の灯り

意外の良展

予想外に内容濃い展示室を出ると、写真の如き夕景が……。

今日は祝日「文化の日」。そのこともあり、博物館関係者からもらった招待券で、京都市街東南にある国立博物館開催の「茶の湯展」を観た。

地味(?失礼!)な催事名で正直なところ期待していなかったが、なんと名物・名品のオンパレード。それは、侘茶・茶道を代表するだけでなく、日本史・美術史の教科書にも選抜される程の高位・稀少の品々であった。

例えば、室町公方の遺宝・旧東山御物の龍泉窯青磁(13世紀)や美濃志野焼の至宝「卯花墻(うのはながき。16世紀)」等々。個人的には北宋・徽宗(きそう)の「桃鳩図(12世紀)」や南宋・牧谿(もっけい)の「煙寺晩鐘図(13世紀)」等の舶来名画の出展に驚かされた。

その他茶道具・仏画・書籍・絵巻・屏風・墨蹟・書状等の名品が数多出展されており、私の知る限り定家の墨蹟を欠くくらいの網羅ぶりであった。

中々凄い企画である。入場者は少なくなかったが、もっと人気が出ても良さそうに感じられた。思うに、宣伝が足りないのか。入場料は昨今の傾向通り安くはないが、天下の名品揃いなので、損はしないだろう。

この企画。前期・後期で展示替えがあるらしく、前期は今月6日で終るが、私もまた後期展を是非観たいと思った。

とまれ、日本文化の核を成した茶のみならず、歴史・文化・芸術等を学ぶ内外全ての人に有益で観るべき展示と感じた、見応えある良展であった。


ライトアップされる京都博物館の「平成知新館(左)」と「明治古都館(右。旧館)」の間に立つ「茶の湯展」の掲示
京都博物館の「平成知新館(左)」と「明治古都館(右。旧館)」の間に立つ「茶の湯展」の看板。上掲画と同じく閉館直後に撮影。今日実見してお勧めと化した新館開催の同展は12月4日日曜まで

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2022年08月16日

盆火再開

8月16日猛暑日の夕方、京都大文字山麓から見た、同山火床面での五山送り火の準備

送り火完全再開

地域にもよるが、今日はお盆最後の8月16日。

少なくとも、ここ京都市街では今日が最終日であった。最終日ということは、迎え盆でやってきたお精霊(しょうらい・しょらい)さんが帰るとされる日であり、迎え火ならぬ送り火をする日でもあった。

本来は各家庭で行われるこの送り火が、共催化・巨大化したのが、京都の「五山送り火」、俗称「大文字焼き」である。

この五山送り火。去年までは火床の数を減らすなどして新型コロナ対策を行っていたが、祇園祭同様今年は3年ぶりに完全開催されることとなった。

写真は、そんな送り火の準備を夕方麓から望遠撮影したもの。最も著名かつ大きな大文字山の「大」字の火床で、猛暑気温のなかで作業する大勢の関係者の姿が見えた。

よく見ると、夜の雨予報の所為か、各火床に積まれた薪組みが、何かで覆われているのも確認できた。なんとか、恙なくこの記念すべき完全再開が成功しますよう……。

ところが――。

ちょうど先日から京都に来ていた甥が観たがったので、近くで見せるつもりでいたが、なんと点火数十分前に猛烈な風雨が襲来し、観覧どころか、開催自体も危ぶまれる事態となった。

ネットの雨雲レーダーを確認すると、豪雨を示す真っ赤なしるしが五山がある京盆地北部を覆う。予報では短時間で通過しそうだが、次の豪雨がすぐ迫っており、ちょうど開催時間の20時から21時に影響することが確実視された。

残念ながら、これでは実施は無理であろうと思い、甥との参観は諦め、その滞在先に留まることにした。だが、台風並みの豪雨は奇跡的に第一波のみで消え、10分遅れで送り火が開始されることとなった。

よって、滞在先でのテレビ視聴ながら、無事送り火を見届けることが出来た。運の良さもあるが、関係者の準備や尽力という大きな貢献を思い知らされた、送り火再開となったのである。

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2022年07月23日

雄姿一見

196年ぶりに見事復活を果たし、祇園後祭・宵山で囃子方の演奏を聴かせる白木の鷹山

奇跡の復活、眼前に

今日7月23日は祇園後祭(ぎおん・あとまつり)の宵山。彼の祇園祭の後半祭で、山車(だし)が街なかを進む「山鉾巡行」の前日祭であった。

一旦は衰えたかと思われたコロナ禍がまたしてもぶり返し、流行第7波の警戒期となったが、祇園祭の山鉾巡行は3年ぶりに行われることとなった。

17日に巡行を終えた前祭(さきまつり)では、相当な人出があり、後祭も同様が予想され、感染懸念もあったが、196年ぶりに復活した「鷹山」という曳山観たさに、まだ人が少ない夕刻前に、さっと出掛けることにした。

写真は見事復活を果たし町内の路上に飾られた鷹山。曳山本体は勿論、立派な懸装品(けそうひん。絨毯等の調度品)や屋根下で他と遜色ない演奏を聴かせる囃子方に至るまで抜かりなく用意されていた。屋根周り等の白木の部分にも今後漆や金箔、金具等の装飾が加えられていく予定という。

これほどの装備や組織を復活出来るとは……。

相当な努力や熱意が必要であったろう。私がこの山の復活について知ったのは、再建の発起人かつ保存会理事長の山田純司さんの話をラジオで聴いたからである。

復活の開始は10年前だったらしく、正に「零からの出発だった」とのこと。資金や人材等々の様々な難問続きで、最後に新型コロナの襲来もあったが、どこか「神がかり的」な幸運により全て乗越え、今日に至ったという。正に、感動的復活劇であった。

そういえば、4年前の後祭宵山の晩、鷹山の日和神楽(ひよりかぐら)と遭遇したが、こんなに早く、この雄姿が見られるとは思わなかった。

感無量の奇跡的光景である。


多くの人で賑わう、祇園後祭・宵山夕方前の鷹山
鷹山復活に関する多くの報道の所為か、またはその感動的復活劇の影響か、比較的人が少ない時間の割に、鷹山周辺には多くの人だかりが出来、右側通行の規制すら行われていた


祇園祭後祭の山鉾「鷹山」の真松内に飾られた雉の置物
鷹山の屋根上に立てられた真松(しんまつ)の中には何やら置物が……。これは雉の模型らしく、鷹山のご神体である鷹匠が獲る鳥の中で、最も難しいもの、価値あるものであることを、関係者らの立ち話で聞いた

希望と感動に感謝!

人が多かったことと、このあと別用があったため、屋内の記念展示も観ず、短時間の見学で終ったが、中世以前に起源をもつという由緒ある鷹山の歴史的復活に立ち会えた。

こんなご時世に希望と感動を与えてくれた保存会理事長氏を始め、関係全ての皆さんに感謝。

夢の曳山再建及び巡行復活、おめでとうございます!

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2022年05月21日

三所巡覧

鴨川をどりの開演前、先斗町歌舞練場内の劇場に吊るされる千鳥提灯

小時以来の伝統芸能

今日は誘われて久々に観劇に行く。

その催しの名は、京都祇園対岸の花街・先斗町(ぽんとちょう)の「鴨川をどり(「を」は正称ママ)」。賀茂川(鴨川)西岸の先斗町歌舞練場で行われる、同花街の芸舞妓による歌舞音曲の舞台である。

それは明治初頭から続く催事で、賀茂川東岸は祇園甲部の「都をどり」等と並ぶ、春の伝統行事であった。歌舞伎に似た絢爛豪華な舞台美術や演出に、質の高い演技・演奏で知られる。

コロナ禍により大戦以来の休止となっていたが、今年3年ぶりに再開されることとなった。個人的には小時、在りし日の祖母の付き添いで行った以来の、数十年ぶりの観劇となった。


上掲写真 先斗町歌舞練場の劇場に吊るされる千鳥提灯。賀茂川河畔にある先斗町の花街施設らしい調度。開演前現場職員の許可を得て撮影。


京都国立博物館の入口に飾られる「最澄と天台宗のすべて」展の掲示

観劇前の一大良展

どころが、今日は鴨川をどり以外にも見なければならない催事があった。それは、写真の「最澄と天台宗のすべて」展である。

開催は、祇園南の京都七条末(「末」は旧平安京外れの意)は京都国立博物館だったので、鴨川をどり観覧前の午前に出向いた。


「最澄と天台宗のすべて展」で展示される天台宗総本山・延暦寺根本中堂の「不滅の法灯」の複製
京都国博の展示室は原則撮影禁止だったので、唯一許された天台総本山・延暦寺根本中堂「不滅の法灯」の複製展示を紹介。展名通り、最澄及び天台宗縁の書画仏像等の名品を集めた一大良展だったが、写真紹介出来ないのは残念。海外の博物館の如く、早く日本でも自由化してほしい処である


通り奥から覗く、京都・先斗町歌舞練場

華やか且つ高水準な伝統行事

京都博物館の最澄・天台展をじっくり観覧したあと、一旦帰宅して昼食を済ませ、再び出掛ける。そして、三条や木屋町の繁華街を過ぎて現れたのが、写真の先斗町歌舞練場。

常滑風タイルで壁面を飾る昭和初期建築らしい外観ながら、随所に独自意匠が施される「街の顔」的存在。京風情を代表するような場所ながら、行政や人々の無策・無自覚の所為で近年随分古い建屋が無くなったが、通り奥にこの歌舞練場が現れる様だけは昔のままで、安心させられる。


鴨川をどり開演前の京都・先斗町歌舞練場の舞台
歌舞練場での鴨川をどりも撮影出来ないので(これは致し方あるまい)、代わりに開演前の劇場の様子を。勿論、前掲写真と同じく、現場職員の許可を得て撮影。席は2階まであったが、1階に限ってはほぼ満席であった

歌舞練場前にて知人と落ち合い、入場。公演は約1時間半弱であったが、大変華やか且つ高水準で良かった。さすがは長く続くだけはある。ただ、色恋物の劇演目では年齢に合わせた配役も必要かと思われた。技芸に優れただけでは共感に限界が生じ、歌舞伎もその対応をしているからである。


観覧者で賑わう京都市京セラ美術館の「兵馬俑と古代中国展」

機会無駄にせず収穫も

鴨川をどり観劇後は、近くの四条界隈で喫茶兼軽食休息をし、その後知人と別れたが、その帰りにまた物見に……。

それが、写真の「兵馬俑と古代中国展」。今度は祇園北の二条末にある京都市美術館(京セラ美術館)が、その会場であった。

不覚にも喫茶休憩で時間を費やし、既に閉館前1時間半を切っていたが、何とか観覧することに。何故そんなに参観を詰め込んだかというと、実は最澄展と兵馬俑展の招待券を前に文化関係者から頂いていたが、うっかり行きそびれ、気づいたら今日しか行けなくなっていた為である。

両展共にあと1日会期があったが、明日は別の約束があるため、なんとか先方の好意と機会を無駄にせぬよう、観劇前後に行くことにしたのである。

それにしても、その参観客の多さに驚いた。兵馬俑展は昭和期から幾度か行われたため多くの人にとり最早珍しいものではないと思っていたが、違った。しかも、既に館外で当日券の完売・入場不可すら報じられていた。

私は券持参の為そのまま入館したが、展示室手前で予約の有無を問われ阻まれてしまった。コロナ感染対策のこともあり、予約については事前に調べていたが、今回は予約が必要とは目にしなかった。その辺りの事情と残り時間が少ないことを告げ、なんとか暫く待ったのちに通してもらった。

想定外に多くの人が来て、急遽予約制になったのであろうか。


京都市美術館の「兵馬俑と古代中国展」で展示される武人俑
京都市美術館の「兵馬俑と古代中国展」で展示される武人俑。彼の始皇帝陵より出土した実物で、撮影可能展示室の展示物。この展覧会は、何故か小さな展示品の多くが撮影禁止とされ、大きな物が可能とされていた


京都市美術館の「兵馬俑と古代中国展」で展示される銅馬車(銅車馬)
同じく京都市美術館の「兵馬俑と古代中国展」で展示される2号銅馬車(銅車馬)。これも始皇帝陵の出土品だが、今回は複製品。銅馬車は2種(2組)出土しているが、どちらも始皇帝行幸に関する乗物とみられている


京都美術館の「兵馬俑と古代中国展」で放映される武人俑の彩色復元影像
京都市美術館「兵馬俑と古代中国展」で放映される武人俑の彩色復元影像

研究進展の結果、兵馬俑はモデルに近い姿になるよう着色されていたことが判明したという。これは、今回の参観での個人的収穫となった。

実は兵馬俑展はこれまで幾度か観ており、それどころか、実際にその昔、始皇帝陵まで行って銅車馬を含む現物を見ていた。それ故、最澄展より少々興味が薄かったが、彩色のことや北方民族の人相特徴を持つ人物俑が存在することなどが新たな知見となり、十分価値を感じることが出来た。

そして、18時閉館となり、観覧も丁度終了。

こうして、京都市美術館でも、1時間程の参観ながら、中々充実した観覧となり、結果、券も無駄にせずに済んだ。機会をくれた人に感謝!

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2022年03月13日

清水巨偶

「ARTISTS’FAIR KYOTO 2022」で京都・清水寺仁王門横の石段を塞ぐ、「Yotta」の巨大こけし作品「花子」。2022年3月13日撮影

寺門の怪?

寺社の参道らしき石段を塞ぐ巨大な「こけし」。昨今常識の合成画像ではなく、正にその場に実在するものであった。

長さ13mもあるという、このこけし。実は清水寺門横に設置された「花子」という名のアートオブジェであった。

同寺他で開催されていた「ARTISTS’FAIR KYOTO 2022」という芸術祭展示の一部で、アートユニット「Yotta(ヨタ)」の作品という。2011年の作品だが、今回はこの催事の為に、こうしてここに展示されているらしい。

私はこの催事について知らなかった(同時期・同地域開催の「東山花灯路(今回で廃止)」は知っていた)が、偶然床屋で見たテレビ中継で強烈な印象を受け、今夕、その実在と状況を確かめに来たのであった。


「ARTISTS’FAIR KYOTO 2022」で京都・清水寺仁王門横の石段を塞ぐ、「Yotta」の巨大こけし作品「花子」。2022年3月13日撮影
観光客や修学旅行生お馴染みの、清水寺玄関「仁王門」横を塞ぐ「花子」

中継の際にも参拝客の驚きや関心が紹介されていたが、実際に訪れた現場でも多くの人だかりが出来ていた。著名寺院の玄関口とあってその注目度は凄まじく、その後写真の位置から花子の姿が見えなくなる程であった。

参道の一部を通せんぼするこの光景。あまりに強烈すぎ、最初に見た時は「インバウンド(外国人訪日流行)で十分儲かったから、またはコロナだから、観光客はもう来るな」という、寺の意思かと思った(笑)。

また、「著名寺院門横の横倒し巨大こけし」という現実を疑うような設置のため、その場景自体が大変奇妙に感じられた。更に、この花子は数十秒毎に小さな男の子の声を発していたが、それもまた不気味さを加えた。

これぞ、まさに正銘の現代アートか――。

そのジャンルについてはあまり詳しくないが、皆を巻き込み感情や常識を様々に揺さぶるスケールの大きさに感心した。


「ARTISTS’FAIR KYOTO 2022」で京都・清水寺仁王門横に設置された「Yotta」の巨大こけし作品「花子」の脚裏べニア。2022年3月13日撮影
花子の脚裏。合板ながら、木製である本物のこけしに似せた現実性が追求されており、抜かりない。実は本体はバルーン(風船構造)で出来ているらしいが、こうしたこだわりも、作品の外的・内的(見かけ上・心理上の)影響力を高めるのに有効かと思われた


「ARTISTS’FAIR KYOTO 2022」で京都・清水寺仁王門横に設置された「Yotta」の巨大こけし作品「花子」から逃れる子供。2022年3月13日撮影
「こっちに転がってきそうで怖い!」と言いつつ、慌てて逃げる観覧の子供(右下。実際風等に因り少し揺れたりする。笑)。花子の周囲には人だかりが出来ていたが、不気味さの所為か、子供を始め、近寄る人は少なかった

驚きの観覧終了

驚きの現代アート作品「花子」の見学後、清水寺の塔頭・成就院で同時開催されていた特別公開と作品展示を観たかったが、受付時間外で叶わず。

その後、寺を離れ、同行者と清水麓の六波羅界隈を少し散策して帰宅したのである。

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2021年12月05日

観紅葉洋館

京都市街東部は永観堂門脇の楓黄葉

新肺炎小康の紅葉・催事参観

今年も遂に年末師走の12月に。

コロナ禍も解消されぬまま、また新たに新変異株の脅威も加わったが、一先ず日本では小康を保っていた。その間隙を衝くように、昨年中止された様々な行事が動き始めた。

折しも、ここ京都市街の紅葉も終盤となっていたので、それら催事の一つに参観がてら、近場・通り道の紅葉を眺め観ることにした。

その紹介を以て、毎年恒例の紅葉具合報告の代りとしたい。


上掲写真 「京の紅葉名所」とうより、今や世界名立たる名所となった観のある(コロナ禍で海外客はほぼ絶えたが)、京都市街東部は永観堂門脇の楓黄葉。


京都・永観堂の放生池辺りの紅葉。2021年12月5日撮影
先ずは表題写真でも紹介した今や世界の名勝・永観堂の紅葉。一見美麗だが、秋口等に気温が乱れた所為か、萎れ葉が混じるなど、その不揃いが目についた。係の女子によると、3・4日前が最も色づいたのでは、とのこと


京都・南禅寺、南禅僧堂南の紅葉。2021年12月5日撮影
永観堂の次はその南に隣接する南禅寺境内の紅葉。ここは毎年場所により紅葉具合の差が大きいが、場所によりこの通りの美麗が見られた


京都・青蓮院の大楠越しの紅葉。2021年12月5日撮影
続いては、少し移動した、南禅寺西南にある青蓮院の紅葉。樹齢500年を超すとされる境内縁の大楠(クス)越しに見たものである


京都祇園・円山公園の洋館・長楽館とその玄関。2021年12月5日撮影

東山の名洋館・長楽館

さて、洛東各寺の紅葉を眺め観て、やがて目的地・祇園円山公園に到着。公園内に残る写真の明治洋館・長楽館参観が今日の最終目的であった。


京都祇園・円山公園の洋館・長楽館と玄関室仕切戸と奥の洋菓子販売室。2021年12月5日撮影
フランス・バカラ社特注とされるシャンデリア輝く長楽館玄関内。これまで長楽館には入ったことがなかったが知人より招待券を頂戴した縁で参観することに。ただ、今日は長楽館特別公開の最終日。間に合って良かった


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長楽館内部は通常カフェやレストランとして使用されている。今日も公開と並行して営業しており、係の人らが忙しく行き交う様がみられた


京都祇園・円山公園の洋館・長楽館1階のホールの大理石柱や木製内装。2021年12月5日撮影
長楽館1階中央ホールの豪華な大理石の柱や木製内装。奥には喫茶室があった。喫茶室は2階までの各部屋が当てられていたが、感染防止の人数制限のため、館外に多くの待ち人があった。ただ、公開参観者は並ぶ必要なし


京都祇園・円山公園の洋館・長楽館2階に掲げられた伊藤博文揮毫の「長楽館」扁額。2021年12月5日撮影
長楽館2階に掲げられた明治元勲・伊藤博文公揮毫による「長楽館」の扁額。長楽館は明治末に京都出身の煙草王・村井吉兵衛氏によりその別邸・迎賓館として建てられた。伊藤公爵もここに泊まり、その造作と立地に感銘を受けて一文を詠じ、それに由来する館名の揮毫に至ったという


京都祇園・円山公園の洋館・長楽館3階和室への入口となる洋式階段。2021年12月5日撮影

意外の別格建築以て観覧終了

さて、長楽館の特別公開は、その3階にある和室エリアであったが、残念ながら撮影は許可されなかった。写真は唯一許されたその入口部分である。

3階の公開箇所は「御成の間」と呼ばれる主室と「長楽庵」と呼ばれる茶室で構成されていた。大名御殿のそれを縮小したような設えで、共に皇族にまで対応できる格式を備えている。

その為か、長楽館自体が、一般的な当時の公館以上の豪華さ・精緻さを以て造られていた。地方都市施設ながら、また民間建築ながら、これは実に意外なことであった。正に国指定登録文化財に値する価値があった。

なお、公開二所の写真は、館公式サイト内にあるので興味ある人は参照を……。

こうして、今日の紅葉・洋館の観覧は終了。有意義な機会をくれた知人等の諸々に感謝したい。

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2021年11月23日

閬風美声

「印月池」池畔等の方々がライトアップされる渉成園(枳殻邸)での「渉成園ライトアップ2021」イベント

お東さん飛地にて

先ずは最初に表題の「閬風美声」についてのことわりを……。

東亜最奥に在り、気の源とされる伝説上の山「崑崙山(こんろんさん)」の頂にあるという仙境「閬風(ろうふう)」。

その「閬」の字は所謂「機種依存文字」で、機器環境により正しく表示されない場合がある。為にその難が生じた人に、一先ずお詫びしたい。

本来そうした字は使わないようにしているが、最近の表示環境向上と記事の内容と関わる重要な語句のため敢えて採用した。何卒ご容赦を……。

さて、火曜日ながら祭日の今日、夕方より京都市街のある場所に向かった。それは写真の「渉成園(しょうせいえん)」。

別名「枳殻邸(きこくてい)」とも呼ばれるそれは、東本願寺の東150m程の場所にある飛地境内で、広大な庭園と幾多の殿舎を擁している。

寺院というより門主の隠居所・接待所としての性格が強く、一般にはあまり馴染みある場所ではないが、今秋特別に夜間公開されることになった。

そのため、予てより訪れたかったこともあり、今夕向かったのである。


上掲写真 池畔等の方々がライトアップされる渉成園(枳殻邸)の夜間特別公開催事「渉成園ライトアップ2021」。


「渉成園ライトアップ2021」の和紗フリーライブの会場「閬風亭」の開演前の様子

江戸初期に造られた渉成園には、その際取り込まれた御土居の痕跡と噂される築山があったので、その観察の為にまだ陽がある17時に行ったが、残念ながら開門は日没後の18時で、叶わなかった。

仕方なく18時まで付近で時間を潰したが、今度は急に人が増え、長蛇の列に並ばされることとなった。実は今回の公開は文化庁の後援により無料だったが、検温と消毒の作業の為、入場に時間がかかっていたのである。

ただ、100人程前にいた割には比較的早く入ることが出来、安堵した。そして、入場後は庭園見物を後にして真っ先に写真の建屋に向かった。

その建屋の名が、彼の「閬風」を冠した「閬風亭」であった。


「渉成園ライトアップ2021」の和紗フリーライブの会場「閬風亭」内部と、続々と集まる聴衆
閬風亭内部はこの様に畳敷きの広間となっており、何やら人が参集し始めている……


「渉成園ライトアップ2021」の和紗フリーライブの会場「閬風亭」内の畳上ステージ
閬風亭の広間中央に設けられた畳上の舞台。大型のPAミキサー卓(音響調整器。右奥)にEV(エレクトロボイス)製PAスピーカー(最前左右)が配置されるなど、簡易とはいえ、さすがラジオ局用意の設えとなっている。なお、撮影が許されたのは、残念ながらここまで

市中仙境・閬風亭の特設舞台

そして、閬風亭内の人だかりの前には写真の如き場所が……。それは楽器やPA装置(音響機器)を配して広間中央に特設された演奏舞台であった。

実は今日ここで和紗(かずさ)さんという京都出身の女性シンガー(&ソングライター)のフリーライブが行われる予定であった。

それは、普段私も良く聞く、地元FM局「α-STATION(アルファ―ステーション。エフエム京都)」の主催で、同局で番組を持つ和紗さんとの関係により実現したようである。

私はこれまで彼女のことについて殆ど知らなかったが、最近番組宣伝で流れる彼女の曲を聞き、大変気にするようになった。為に、この好機に一度鑑賞させてもらうことにしたのである。

そう、今日渉成園に来たのは、共に初めて観る、ここの庭園・殿舎と、和紗さんの公演が目的であった。

開演は18時半。入園後すぐに閬風亭に入ったので3列目中央という良い場所を得られた。その後、開演までにほぼ観客用の空間は埋まったが、始まったのは渉成園担当の庭師氏による庭の解説であった。

ライブはその後の19時からということをここで初めて知ったが、直前に来ても席に不自由するため致し方あるまい。ただ、庭の解説は少々誇大・冗長かと思われた。造園会社の観光・娯楽業進出の一環であろうか。

天地と人繋ぐ癒しの歌姫
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
そして、長らく待った19時過ぎ、DJ女史の紹介により和紗さんとギターの人が現れた。今日はこの二人でのアコースティックライブのようである。

ところが、その直前少々不思議なことが……。

それは私の前にいた女性2人が突如後方に下がったのである。為に譲られて2列目に入ることが出来た。そこは、前の男性2人の中間位置だったので、実質最前列中央同様の好条件となったのである。

さて現れた和紗さんは事前に資料で一瞥した写真より線の細い麗人――。

と、そこまでは、見た目良き演者や芸能人に有りがちな話だが、乗っけからその歌声に驚かされた。その響きや透明感、誤魔化しの効かないアコースティック音場での完璧な発声――。

正に天地共鳴の美声であった。

また、歌声だけでなく、そのメロディー表現やリズム感にも抜群のものがあり、それらの構成も緻密で、スキャット(無歌詞歌唱)に至る隅々にまで、巧みな計算・配慮が感じられた。

番宣曲の印象では、もう少し荒い感じのフォーク系の人かと思っていたが(まあ、それもまた好みだが)、意外にも正統派アメリカンソウル、ゴスペル(特に1970年代ものの影響か若しくはそれを学んだ先達の影響)を習得した実力派のようである。

2000年代以降、日本のポップス歌手の実力も飛躍的に上がったが、それでもここまで併せ持った人は珍しいとさえ思えた(加えて容姿も!)。

いあ、想像以上の凄い歌い手さんであった。珍しくも、この人の為に歌詞でも書いてみたい、とすら思わされた。また、ギターの大江和基さんの演奏及び歌唱との相性も素晴らしいものがあった。

ただ、その凄さ故に、逆に歌手という職業の恐ろしさを感じさせられることとなった。それは、どんな天才でも、また日々鍛錬を積む人でも、生身の人間である以上、その体調管理に細心の注意が必要となることである。

楽器なら体調不良でもまだなんとか弾きこなせるが、声の場合そうはいかない。因って、日々その維持に多大な身心負担が生じるのである。若年より音楽をかじった身としては同情を禁じ得ず、その重圧を案じた。

どうか、くれぐれもご自愛を……。

結局ライブは、オリジナルとカバー織り交ぜ1時間程行われた。気になっていた番宣曲も最後にアンコールで演奏されたので、大変満足のゆくものとなった(物足りなさ故に盛大にアンコール拍手をして良かった。笑)。

そして、和紗さん自身の説明により、その曲がコロナ禍逼塞中に創られたという逸話も聞けた。やはり、苦境のなかで産まれた曲ゆえに、より共鳴の力を増し、接点のない私との繋がりも成してくれたのか。

とまれ、良いライブであった。歌の上手い人はプロ・アマ問わず数多いるが、和紗さんにはそれ以上に「巫性」の如きを感じた。それは、簡単にいうと、天地と人を繋ぐ響き(歌声・空気)を持つ人ということ、である。

まだ若いながら、デビュー10年以上のベテランで、最近は「癒し」をテーマに活動されているとのことなので、正にご自身に適った道を進んでおられるように思われた。

また、長い歴史を有し、豊かな植生や木の響きに包まれた今回の会場も実に相応しい場所だと感じられた。願わくば、今回の録音をライブ盤化して欲しいと思う(不可能なら、また改めてここで録音を!)。


「渉成園ライトアップ2021」の和紗フリーライブの会場「閬風亭」内に掲げられる徳川慶喜直筆「渉成園」の扁額
「閬風亭」内に掲げられた意外の宝物、徳川慶喜筆「渉成園」扁額

庭園観覧と御土居痕跡

感動のライブ終了後、声掛けしていた友人夫婦と合流する。もう一組の友人は遅く来たため閬風亭入室を断念し、庭を観て帰ったようである。

暫し夜の庭を観覧するが暗くて全容が掴み難く、友人も同様を漏らしていた。明るいうちから開いていれば良いのだが、何故か昼は別枠・有料となっていたのである。

私及び友人夫側の主な関心は、園内に残る彼の戦国遺構「御土居掘(おどいぼり)」にあったが、これまた暗さで観察し辛かった。

以前から庭池に浮く築山的島が16世紀末の創建期、即ち豊臣期の土居の一部であるとの説があった。確かに古図の御土居と位置や傾きが合致している為その可能性が窺えた。ただ未調査の為あくまでも推定の内であった。

渉成園は17世紀半ばに御土居掘を東に付け替えて構築された為、それ以前に遡れる貴重な土居堀が残存している可能性があった。まあ、この観察に関しては、また次回、明るい時間帯での機会に期待したいと思う。

庭園見学後、退出して近くの遊郭跡「旧五条楽園」辺りの食堂で友人らと食事をして帰った。今日は、庭に関しては上述の通り、少々期待外れとなったが、良きライブに接することが出来て良かった。

また、ライブ参観自体もコロナ禍前以来の、2年以上ぶりという記念すべき日となった。このまま演者・観衆共々良き再出発となれば良いが、世界的にまだ油断できない状況のため、その辺りは少々残念に感じられた。


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2021年11月21日

大展復活

盆栽研究家・川崎仁美さんより藤氏宛に届けられた日本盆栽大観展の案内透明封状

有難く嬉しい報せ

先日、嬉しい便りが届いた。

それは、盆栽研究家・川崎仁美さんから送られた、日本盆栽大観展の案内状とその招待券が収められた封状であった。

川崎さんからは以前より同様の案内を頂いていたが、去年は新型コロナ警戒で展示が中止されたため、必然案内も無かった。

どうやら今年は、コロナ禍小康の好機と重なったため、大観展も再開されたようである。実にめでたい限り。毎年楽しみにしていた催事なので、有難く、そして喜んで出掛けた。


上掲写真 盆栽研究家・川崎仁美さんより私宛に届けられた日本盆栽大観展の案内封状。透明封筒を使用し、中が見える粋な体裁となっている。切手は日本郵便の「天体シリーズ」という限定版特殊切手が手貼りされており、彼女のセンスや気遣いが窺われた。因みに今回貼られていたのは「海王星(部分)」というもの(同シリーズはシート内で絵柄が異なる)。


第41回日本盆栽大観展の会場・京都市勧業館「みやこめっせ」とその玄関口

第41回日本盆栽大観展参観

日本盆栽大観展は、中止の去年以外、例年京盆地東部・岡崎にある写真の京都市勧業館「みやこめっせ」で開かれているので、今回もそこに入る。


京都みやこめっせ第2展示室内で開かれる第41回日本盆栽大観展とその上席展示
そして、みやこめっせ1階の第2展示室内に大観展会場があった。今年で第41回目となる由緒ある催事である。因みに、ここは幾筋も並ぶ展示通路の一番入口側(左側・東)のもので、上位入賞作や貴重盆栽等が並んでいる


第41回日本盆栽大観展の最上位「内閣総理大臣賞」に選ばれた豪壮な盆栽作品
先程の通路ではないが、入口直近にある最上位ブースに展示された、内閣総理大臣賞受賞作品。例年豪壮な大作が占める最上席である


第41回日本盆栽大観展に展示される楓紅葉の盆栽作品
こちらは秋らしい楓紅葉(黄葉)。小さいながらも樹齢を重ねているので、大樹に劣らない風格がある。これも、盆栽鑑賞の醍醐味の一つ


第41回日本盆栽大観展に展示される樹齢400年の真柏の貴重盆栽
これは推定樹齢400年という真柏(シンパク。ミヤマビャクシン)の「貴重盆栽」。以前川崎さんに「下から見上げるように鑑賞すると樹齢相応の迫力を感じることが出来る」と教わったが、正にその通りの姿。なお、貴重盆栽は、芸術性の高さや樹形・樹種の学術価値の高さ、そして由来や伝承という歴史的貴重さを有す盆栽を日本盆栽協会が特に認定したものという


第41回日本盆栽大観展に展示される、作為を消し生命の凄みを表現した優品盆栽
人の作為を消し、如何に自然に見せるかという、これもまた盆栽の醍醐味を体現した優品盆栽

新しき動きと憂慮

実はこの盆栽の出展者名は漢字二文字で、住所は「中華人民共和国」となっている。今回特に目に付いた中国人出展者らの作品の一つであった。

経済成長により最近同国人の盆栽購入が増えているらしく、それを裏付ける動き。但し、その盆栽自体は日本人が育てた名品で、購入後もまだ日本で管理されているが、大陸に渡った場合の環境差等による衰弱や名品流出が懸念されているという。

これは、日本人の盆栽への感心低下や経済力の低下、そして盆栽文化保護政策の欠如とも関連するらしい。


第41回日本盆栽大観展に展示される、京焼の名手・宮永東山作の鶴

席飾りの副品に注目

今回は盆栽自体は元より、「席飾り」という展示形式故に添えられた置物等の副品にも注目した。写真は特に目を惹いた陶磁飾り。明治から昭和初期にかけて活躍した京焼の名手・宮永東山作の鶴である。

素晴らしい出来で、これを採用した出展者の良き感性も感じられた。下地に置かれた塗盆との組み合わせも素晴らしい。


第41回日本盆栽大観展に展示される、滋賀県の出展者による比良山と名付けられた水石
同じく目を惹いた副品の水石。滋賀県の出展者による同県西部の我が山会でもお馴染みの比良山の銘が付けられたもの。石種は失念したが、その特徴から京都賀茂川(鴨川)産の銘石・加茂川石と思われた。他県人ながら小時より比良を良く知る身としては、左の霊仙山から右の蓬莱山の高みに至る比良山地南部の山脈景とよく似ているように思われ、感心させられた


第41回日本盆栽大観展に展示される、狩野探幽作という水墨富士図
こちらの副品は何と江戸初期の障屏画の大家・狩野探幽作という水墨富士図。小品ながらかなり高価な表具と思れるが、盆栽の格に合わせる意気込みか。この他、絵画系副品には、同じく江戸初期の達者・久隅守景や、同後期の琳派画人・酒井抱一といった錚々たる面々の作品も見られた


みやこめっせでの盆栽大観展の鑑賞後、向かいの京都会館付近で見た数多の人出
みやこめっせでの盆栽展鑑賞後の午後、向かいの京都会館付近で見た数多の人出。日常が戻りつつあるのは喜ばしいが、一抹ならぬ不安も……

祝大観展復活、そして感謝

以上、とても全て紹介しきれないが、様々な良き盆栽や副品との出会いがあり、今回も有意義な観賞に終った。川崎さんには改めて感謝したい。

因みに、今回はコロナ禍の影響により例年行われていた彼女の盆栽鑑賞ツアーが中止されていた。一応その時間に合わせて行ったので、少々残念だったが、その分、いつもより沢山話すことが出来た。

関係者の方々共々、ご苦労が多く大変だったと思うが、一先ずは日本盆栽大観展の復活に祝意を表したい。そして、感謝!

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2021年10月31日

宮前好肆

ギャラリー&カフェ「ecole」前から見た赤神山(太郎坊山)と太郎坊宮

巨岩聖地縁の目的地

然程の高さはなくとも、存在感ある双耳峰が街なかに屹立。その中腹には何やら山に抱かれるように大型の建造物が……。

そこは、勝運信仰と巨岩・奇岩で有名な太郎坊山(赤神山)と太郎坊宮。滋賀県中東部は東近江市・八日市にある小山と社殿である。今日は午後遅くこの八日市に出向いたが、目的地はこの太郎坊宮ではなく、麓の施設。

本来あまり関係ない写真だが、目的地からこの山の絶好の眺めが得られ、また、嘗てここに宮の遥拝所があったとされる縁により掲げた。


滋賀県東近江市八日市にある元学校校舎を利用した建築会社とギャラリーカフェecoleの木造建築
太郎坊に背を向けると今日の目的地が姿を……。地元建設会社の建屋であり友人が個展開催しているカフェギャラリーがある大型木造建築であった


移築明治期校舎の建設会社倉庫を改装して設けられた、滋賀県東近江市八日市のギャラリー&カフェ「ecole」の建屋(右部)
ギャラリーは長い建屋の右側にあり、左側建屋との間に、この様なエントランスがあった

懐深いギャラリー&カフェ「ecole」

個展作家は馴染みの写真家サカネユキさん。以前案内状をもらいながら遠方のため機会がなく、漸く最終日の今日、急遽訪問することが叶った。

本来は電車か車を借りて行く場所ではあるが、閉廊までの時間が少なかったので、思い切って2輪を駆り、家から直に訪問した。

結果、便利なスマートフォン・ナビゲーションにより、意外と高速利用の自動車と然程変わらぬ時間で到着することが出来た。

そして現地では、最終日の日曜とあって、サカネさんとはあまり話せなかったものの、作品展示やその様子はじっくり観させてもらった。

作品以外で興味深かったのは、明治期大津に建てられた小学校を移築・改装したというギャラリー内部。木製瀟洒な洋風階段や広々とした空間が特徴で、都会のギャラリーとは異なる好感が持てた。

また、2階のギャラリー下に併設されていたカフェスペースも広く、良い空間で、自ら改装を行ったという経営者夫妻の愛情と、さり気ないこだわりが随所に感じられた。言わば、物心両面の懐深さを擁す、といった処か。

サカネさんに紹介してもらい、そのご夫婦と話したが、気さくながら礼を弁え、また稀に見る好奇心をお持ちの方々であった。本来は観覧後すぐ帰る予定だったが、思わず話が弾み、時間外の長居させて頂くこととなった。また余裕をもって訪れ、ゆっくりお話しさせてもらいたいと感じた。

本来はそれら店内の写真を紹介したかったが、忙しい状況故叶わず申し訳ない限り。また機会あれば、撮影や掲載の許可を得て紹介したいと思う。

しかし、色々な場所に志のある人がおられ、嬉しく頼もしい限り。機会をくれたサカネさんには深く感謝したい。

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2021年10月24日

京師今様屋舎展

京都市美術館(京都市京セラ美術館)の玄関前と袴姿の女子二人

美術館と博物館。思込みにより……

今日は先月末高山で負傷した膝のリハビリ兼ねて、なるべく長い距離を歩くべく、招待券をもらった京都市街で開催中の展示を見に出かけた。

今月初めの診断で最長6週登山禁止を言い渡されため山での鍛錬が出来ず、しかし身体が鈍るので、負担の少ない平地を出来るだけ長く歩こうと思ったのである。勿論、用を兼ねるようにして、それ自体に意義も持たせた。

場所は写真の京都市美術館。去年改装されてから今年6月に初めて訪れたが、今日は新装2回目の訪問となった。

ん?

平安神宮等も内包する京都市街東部・岡崎地区にある市美なら、拙宅から大した距離はないのではないか……。


2021年10月の緊急事態宣言解除により人出が戻り始めた八坂通

なんと恥ずかしいことに、「遠くの目的地にゆく」という思い込みのため開催地を錯誤し、京都国立博物館へと向かってしまった。

気付いたのは1時間程歩いてそこへ到着した時。入口に全く内容が異なる展示案内が掲げられていたからである。仕方なくすぐさま引き返す。午後出かけたので閉館までの時間が更に減ってしまうからである。

写真は大通りを避けて国博へと向かう途中に遭遇した八坂通の人出。彼の東山山麓「八坂の塔」から伸びる、現代著名の観光小路である。

ここも新型肺炎騒動で長らく閑散としていたらしいが、感染減少により遊山客が戻り始めたようである。人を分け進む人力車車夫と土産物店主も、そのあまりの極端さに苦笑していた。


並河靖之七宝記念館の前を通過する粟田神社の剣鉾祭礼の列
こちらは、市美へと急ぎ戻る途中に出遭った粟田神社は剣鉾祭礼の列。剣先の付いた長い鉾を立て氏子域を巡る、祇園祭の原形とされる古祭。明治期の七宝焼工房で著名な「並河靖之七宝記念館」前にて。まあ、ここまで来ると美術館まであと少し


京都市京セラ美術館新館・東山キューブで開催中の「モダン建築の京都」の玄関看板

近代建築を様々な観点で
「モダン建築の京都」展


そして、京都市美術館着。目当ての「モダン建築の京都」という展示は、「東山キューブ」という奥の新館で行われていた。勘違いに因る長い遠回りの所為で、かなり時間を費やしたが、なんとか観られそうであった。


京都市京セラ美術館新館・東山キューブ開催の「モダン建築の京都」に展示される聴竹居の模型
展示はこの様な模型(昭和初期築の環境共生住宅の嚆矢「聴竹居」)や図面・写真等で京都に残る近代建築を紹介するもの


京都市京セラ美術館新館・東山キューブ開催の「モダン建築の京都」に展示される旧村井吉兵衛邸「長楽館」の卓やソファー、椅子類
またそれらの建築に導入された、この様な家具・調度類(旧村井吉兵衛邸「長楽館」蔵)も展示。その時代の雰囲気や空間利用の実態も感じられる


京都市京セラ美術館新館・東山キューブ開催の「モダン建築の京都」に展示される明治期の京都三条通の建築群模型
こちらは明治期の京都三条通の建築群を再現した模型。数mに及ぶ長大なもので、個人的に特に興味深く思われた展示である


京都市京セラ美術館新館・東山キューブ開催の「モダン建築の京都」に展示される明治期の京都三条通の建築群模型のなかの家邊徳時計店
同じく明治期三条通模型の部分。中央の時計塔のある煉瓦洋館は現存する「家邊徳時計店」(明治23(1890年)築。時計台は非現存)。去年ここで営業中の婦人服店の姉さんに内部見学させてもらったこともあり興味深い


京都市京セラ美術館新館・東山キューブ開催の「モダン建築の京都」に展示される京都大学楽友会館の模型
こちらは京都大学楽友会館。京都市街東部の京大敷地縁に大正14(1925)年に建てられたスパニッシュ・ミッション式建築。以前近くに住んで良く目にしたこともあり、気に入っていた建築。こうして模型化されると、改めてその全体像や各部の意匠、そしてそれらの均衡を感じることが出来た


京都市京セラ美術館新館・東山キューブ開催の「モダン建築の京都」に展示される花山天文台の模型
建築模型にはこうした半割状の物も。内部を判り易くする為であろうが、上部のドーム内に何やら架台に乗る筒状の物が……。そう、京都最古の天文台で、昭和4(1929)年築の花山天文台の模型であった。これも小時より馴染みの建築(昔麓から森伝いに近くまで行ったことも)。望遠鏡下から地中深くに伸びる構造は「重力駆動型日周追尾装置」に関係するものか

無事閉館前に

以上紹介しきれないが、その他様々な京の近代建築紹介を観覧し終了。時は閉館30分前であった。窓外は既に暗くなっており色づき始めた庭木等の観覧は叶わなかったが、錯誤の遅延で押した目的は果たすことは出来た。

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2021年06月23日

観新市美

青空に浮かぶ雲を背にした新生・京都市美術館(京セラ美術館)

念願の内覧

梅雨の中休みが続く6月下旬の今朝。平日乍ら、暫しの観覧に出掛けた。

向かったのは京都市街東部・岡崎にある京都市美術館。去年、改装開館したが、折悪しくコロナ禍に呑まれ開館延期や入場制限が続いていたのち、何とか観覧が始まっていた。

昭和8(1933)年築の重厚優美な帝冠様式建築内の改装具合も早く見たかったが上述等のため果たせず、丁度、頂き券の期限が迫っていたこともあり、今日漸く内覧の機会を得た。


上掲写真 大規模な改装を経て昨年再開館した京都市美術館。中央に居据わるその本館は、重厚ながら繊細な美しさを持つ稀有なもの。そうした外観に余計なものを足さず、正面を掘り下げ、地階に諸施設を新設したことは個人的に斬新で好ましく思われた。ただ、海外建築の動向に詳しい友人によると目新しい方法ではないらしいが……。


改装された京都市美術館(京セラ美術館)中央ホール
京都市美術館中央ホール。綺麗にはなったが、中央に小さな案内所があるのみで、あまり活用されている気配がない

「密」に突入
事前案内の嘘


観覧が始まっているとはいえ、未だコロナ禍の最中なので、入場の制限はあった。そのため、事前に朝一の枠を予約して行ったが、地階中央の玄関前で並ばされることとなった。

それは、9時開館10分前のことであったが、既に100人程いた列の後ろであった。しかも現地集合した券のない同行者とは別の列である。

こうならないよう、事前に館の券売まで出向いて不足券を買おうとしていたのだが、「人数分の入場予約をしたのなら当日買いで問題ない(予約自体は券なしでも可)、確実にその時間共に入場出来る。後日券は売らない」と言われて従ったため、納得し難い心境となった。

並ぶのは仕方ないとはいえ、これでは事前にネット買いすればよかったではないか。案の定、9時丁度の開館時は同行者の列は待機となり、私が中で暫く待つこととなった。そのため人が集中し易い展示冒頭で混雑に巻き込まれることとなった。これでは折角の感染対策も本末転倒の状況である。

何処も彼処も一体何をしているのやら。コロナ騒動から既に1年以上も経っているのだから、もう少し確りしてもらいたい。


古代エジプト展開催中の京都市美術館(京セラ美術館)の北中庭「光の広間」

さて、新設された地階玄関から特に何もない中央ホールに進み、そこから北側の中庭に入る。嘗て非公開だった場所であり、今回の内覧で特に興味を抱いていた空間であった。

写真がその景だが、確りとした床や屋根があり、庭というより小ホールの様な場所であった。元は露天の土庭だったのであろうか。

美術館の平面は「中」字状で、それが2階建となっており、中棒部分が玄関や中央ホール、左右の囲い内部が南北の中庭となっている。今日観る展示はベルリン博物館収蔵品による古代エジプト展であったが、それは「中」左側1階の、逆「コ」の字形の回廊(北回廊展示室)で行われていた。


賑わう京都市美術館(京セラ美術館)の古代エジプト展

魅惑のワード?「古代エジプト」

折角早く入れたのに展示室手前で同伴者を待つこと暫しして、エジプト展に入場。展示冒頭部が既に混雑し始めていたのは前述の通り。その後も続々と人が入り、かなりの賑わいを見せていた。

緊急事態宣言下にも拘らず、2000円という比較的高価な券代にも拘らず、中々の人気である。今回の展示には世間を騒がすような珍品の類はなかった筈だが、やはり「古代エジプト」の語は多くの人を惹きつけるのか。

勿論、私もそれに惹かれる一人だが、今回は改装見たさの、半々の興味であった。

写真は、比較的奥へ進んだ場所で、人も少なめのコーナーであったが、それでも、この盛況ぶり。因みに、土日の予約は先週以前からほぼ埋まり、それ以前にも予約なしで行った人が入場出来なかったという話も聞いた。


京都市美術館(京セラ美術館)の古代エジプト展で展示される「パレメチュシグのミイラ・マスク」
ポスターやチケットにも使われた、今回展示のメイン的存在「パレメチュシグのミイラ・マスク(紀元後50-100年頃)」。年代でも判る通り、エジプト物として「古代」を謳う割には比較的新しいものである(他の展示品にはもっと古いものもあり)。ただ、広報に使われるだけあって、遺物・造形としての質は高い。個人的には黄金の質に感心

今回の展示は「天地創造の神話」と銘打たれた、古代エジプト人の宗教観・死生観に焦点を当てたもの。

しかし、根本古代エジプトの出土品は、ピラミッドやミイラが代表するように、元よりそれが主体なので、正直新味には欠けた。ただ、そういった古代思想を判り易く展示化したものとすれば、悪い企画ではない。


京都市美術館(京セラ美術館)の古代エジプト展で展示される「ホルス神に授乳するイシス女神の小像」
今回個人的に気になった焼物関連遺物の一つ、「ホルス神に授乳するイシス女神の小像(紀元前664-同525年頃」。東亜大陸の龍泉窯(12世紀〜)等を想わせる素晴らしい色味の釉薬だったので、特に惹かれた

ずば抜けた技術先進地

東亜と同じく、もしこれらの施釉陶器が宝玉(天然貴石・宝石)の人造を意図して生み出されたのであれば、これほど優れた技術は他になかろう。現に展示品に材料説明がなかったため(その後、図録により施釉陶と判明)、本物のトルコ石と間違えそうになったくらいである。

故にこの遺物だけでも東洋より約1800年以上も進んだ焼物と言えようか。


京都市美術館(京セラ美術館)の古代エジプト展で展示される精緻な石像「神官の頭部」
陶製品の他に感心したのが、この様な石造(石像)品(「神官の頭部」紀元前380-同342年頃)。古代エジプトの優れた石造技術はピラミッド等の例を出すまでもなく知られたものであるが、何処か簡素な印象があり、この様な精緻な石彫は意外の発見となった。しかも比較的硬そうな石を加工しているのにも拘らず、何処から見ても非の打ち所がない様も驚きであった


京都市美術館(京セラ美術館)の優美な意匠を有する北階段室

改修京都市美術館各所

さて、エジプト展を観覧しつつ、改装された古建築の内装も観る。写真は展示中間に現れた階段室。

漆喰装飾や石貼階梯を擁して螺旋状で2階に通じる優美な造りながら、中央の空隙に手洗を配置するなど、当時らしい合理性も有している。

今回の改装で手洗の設備等は現代化されたようだが、基本的に元の状態が保持されている。因みに、半円状のこの階段室は南北端にあり、その外面は中庭に突出している(上掲の北中庭写真右の構造物)。


改装された京都市美術館(京セラ美術館)の旧表玄関内の大階段
こちらは旧表玄関(大玄関・西玄関)内の階段。入ってすぐ大階段を有する様に古の豪華客船同様の近代建築の特徴が窺われる。ここの状態も、ほぼ旧態のまま。ただ、手前の玄関戸には常時シャッターが下ろされ、無用の空間と化している。勿体ない限り。何とかならないのであろうか


京都市美術館(京セラ美術館)の旧北玄関木製内戸
これは旧表玄関同様に「開かずの戸」と化している北玄関の内戸。一応、格調高い洋風木製建具が温存されている。内戸向こう右手には、古式の券売か検札らしき開口部も見える


大改修で新たに造られた京都市美術館背面露台から見た、美術館東面や優美な煙突
こちらは新たに造られた美術館背面露台から見た、京都市美術館東面。当時の一実用設備ながらも、館建築の合理性や優美さを凝縮したような煙突(中央左)が残されたことも個人的には喜ばしいことであった

観覧及び内覧終了
機会の供与に感謝


やがて、エジプト展の観覧を終え、その後さらに美術館内外を観覧し、その改装具合もよく観ることが出来た。改装の感想を言えば、「好感は持てるが、これなら元のままでも良かったのではないか」と正直感じた。

今回の改装は野球場同様、企業に命名権を販売して資金調達が行われ、運営も外注化されたが、当初遭遇したちぐはぐな対応等から、その意義も含め、色々と考えさせられることとなった。

とまれ、貴重な観覧券をくれ、今日の機会と有意義な半日を与えてくれた知人に謝意を表したい。

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2020年03月01日

好機参観

京都祇園のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」の玄関石畳と緑鮮やかな苔

冬終盤初日の参観好機

日曜という区切り難い時機ではあるが、今日から3月に入った。3月といえば、花の4月を目前にした冬の終りの時季である。

それは二十四節気の「啓蟄」が示すように、諸々の生物が活動を始める頃ではあるが、未だ雪さえ降りかねない油断ならぬ厳しい時期でもあった。

事実、数年前の同日には京都市街でも積雪が見られた――。

そんな3月の初日。今年は、今季の暖冬傾向との関連か、朝こそ冷えたが昼には15度を超すような温暖となった。

本来は、また山へ鍛錬に行きたかったが、雪が無いのと、昨日の雨で足下が悪いため中止し、代わりに午後から出向く知己の個展会場に徒歩で出掛けることにした。

色々と番狂わせな気候であったが、本来ならまだ厳しい時季。因って街歩きや催事参観には良い事機となった。


上掲写真 本日夕方訪れた、知己の個展会場「eN arts(エンアーツ。画廊)」の玄関石畳と、その一部を彩る緑鮮やかな苔。ここにも春の先取りが感じられる。そういえば、そろそろ柳が芽吹く時期でもあった。


閑散とする京都・円山公園(2020年3月1日)

さて、鍛錬代わりに家から数十分歩いて京都市街東部の祇園・円山公園に着く。目指すギャラリーはその園内にあった。

写真は老舗料理屋が軒を連ねる園内の様子であるが、休日にもかかわらず、春の如き陽気にもかかわらず、人気(ひとけ)が無かった。

2年前に来た時は、白タクワゴン車乗りの中国人観光客等で賑わっていたが、取締りや肺炎の影響か、一掃の観となっていた。

これも、一種、諸行無常の有様か……。


京都祇園のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」の外観
そして、園内の道路と苔むす石畳で接する、画廊「eN arts(エンアーツ)」に到着。ここも古い料亭を改装して設けられたギャラリーであった


京都祇園のギャラリー、eN artsの壁際に飾られた白子勝之の木片作品
ギャラリー「eN arts」に入り、その壁際で出会った白子作品。小木片を加工したもので、前回の展示でも同様を見たが、今回のものはさて如何……

白子勝之個展「exhibition 9」

知己である個展の主は白子勝之君。漆芸を基盤とする造形作家で、2年前もここで開かれた個展「exhibition 8」を参観させてもらったが、今回は「exhibition 9」という名で開かれていた。

展示は2月半ばから行われており、実は今日が最終日。本来はもっと早くに来たかったのだが、所用や本人の在廊と合わず、最後となってしまった。

画廊奥で接客していた白子君と挨拶を交わし、遅延を詫びる。彼は快く歓迎と感謝を示し、そして接客等をこなしつつ、また丁寧に案内してくれることとなった。


京都祇園のギャラリー「eN arts」で開かれていた白子勝之個展「exhibition 9」の様子
ギャラリーeN artsで開かれていた白子勝之個展「exhibition 9」の様子。木片作品と、ある状態の作品を瞬時かつ意図的に記録した写真作品があった


漆芸作品と生花を併せて撮影した写真を額装した白子勝之の作品
写真作品のなかで、個人的に主要作かと思われたもの。広い壁面に1点のみ展示されていた。因みに額も白子君の製作という。また、マットを二重にして奥行を得るというユニークな見せ方も彼の創作であった


漆芸作品と生花を併せて撮影した写真を額装した白子勝之の作品
前掲の作品を拡大

艶やかな漆芸作品と妖艶な生花を併せて、その一瞬・一視点を写真で固定し作品化したものという。

その他の写真作品も今回この意図により作られていた。いわば、人為作品と自然造形の競演と融合を捉えたライブ的作品であった。

生花類は撮影時に入手可能なものの様々から取捨選択されたという労作。人為作品には漆の他、胡粉のものもあった。


白子展のもう一つの作品種、木片作品
今回の白子展のもう一つの作品種、木片作品

シンプルな角柱の一部に虫食いや洞(うろ)を想わせる欠損加工を施し、「失われた形」に思いを馳せるようにした作品という。

その為、樹種は主に木目が穏やかな朴(ほお)が使われ、塗装も省かれているとのこと。木目や表面の艶やかさを魅せる前回出展の木片作品とは、全く異なる意図で作られたものであった。

しかし、その「失われた形」は、やはり艶やかさ、滑らかさを想わせ、漆芸を根源とする白子君らしい表現となっていた。


漆芸作品と生花を競演させる白子勝之の写真作品
漆芸作品と生花の競演作品。天然美に負けない、白子君の麗しい黒漆の出来栄え、技量に改めて感心

内容濃い鑑賞に感謝

作品はこの他、茶室と地下の暗室に飾られた、漆や胡粉の作品と生花(葉)を併せた実体作品があったが、記録しないこの場限りの作品という説明を受けたため、撮影は止めた。

今回も良い作品を見せてもらった。会期が今日までのため、参観の仲介が出来なかったのは悔やまれるが、個人的には内容濃い良き鑑賞となった。

白子君、有難う。お疲れ様でした!


※作品作者・関係者より、撮影・WEB公開承認済。

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2019年03月17日

雨日良展

京都市街東部のホホホ座浄土寺店のギャラリーで開かれた、サカネユキ写真展「そのほとりのけしき」の大型作品3点

雨、日曜の喫茶室
新聞の身体性思う


今日は日曜ながら、朝から生憎の雨。「午後にはあがる」との予報を裏付けるように、時折晴れ間も現れたが、その後また降るという繰り返し。

昼前に馴染みの喫茶室にて珈琲共々軽食を採り、暫し新聞閲読。自分では購読していないが、外で機会があればこうして念入りに読むことが多い。

昔、東京で勤めていた際、会社が購入していた新聞を毎日隅々まで読んでいたが、時に社長の入用と競合することがあった。その際は一応譲るのではあるが、社長も理解のある人で「若いのにエライ」とか言って、毎回さっと読み終えて、わざわざ席まで届けてくれるようになった。

随分昔のことだが、当時既に活字離れが問題視され、また元より理系の職場なので珍しく見えたのかもしれない。ただ工大出の社長の姿に、経営者たる者、理系であれど文事に親しむ必要があることを学ばせてもらった。

その社長には身に余る期待と厚遇を頂いたが、最終的に不義理となったことを思い出し、今更ながら心苦しく思われた。こんな昔のことに思いを至らせたもの、朝から重いこの天候の所為か……。

とまれ、新聞の1面から国際面辺りまでの、ほぼ全てに目を通す。今時ニュースを知るだけならネットで事足りるのではあるが、評や投書等もある新聞は、世の中の全体像やその流れが窺えるような気がする。手に取れる現物の内に、厳選された情報が緻密に収められるという、「身体性」のようなものが、そう感じさせるのか……。

さて、食事と新聞閲読のあと、喫茶室の姉さんと雑談を交わしながら勘定を終えると、近くの書店へ移動した。その店に付属するギャラリーで昨日から開かれていた友人サカネユキさんの写真展を参観するためであった。


上掲写真 京都市左京区で開催されていた個展の一景。かなり大きな作品で、中央のものは今回の看板的作品の一つ。手前に少し写る書籍は彼女の写真集の他、作品が表紙等に使われた著名作家の小説や随筆等々。なかには、昨年没した保守派の論客・西部邁(すすむ)氏の著作などもあった。


京都市街東部にあるホホホ座浄土寺店奥のギャラリーの入口

謎の書店に初入店

個展会場は京都市街東部の東山麓にある「ホホホ座」という書店。書店といっても、普通の本屋ではなく、独自に選定された書籍や雑貨等が並ぶ、所謂セレクトショップ的なユニークな店であった。そして、その壁面や併設ギャラリーで展示も行われるという、多彩な表現の場所でもあった。

実は開店当初からその存在を知っていたにも拘わらず、今日初めて入店した。何やら謎めいたその屋号が不気味に感じられ(失礼!)入店することが叶わなかったのである。今日不可避的にその戸を潜ったところ、商品や場所への拘りと愛情に溢れた実に気さくで良い店であった。もし私同様関心を持ちながら二の足を踏んでいる人があれば、どうかご安心を(笑)。

ただ、ギャラリーの場所はすぐに判らず、店員の姉さんに訊くこととなった。写真は、一見店内の行き止まりに見えるギャラリーの入口部分。


京都市街東部にあるホホホ座浄土寺店内のギャラリー入口の案内板
店員の姉さんの案内通り、店の突き当りへと進むと「こちら」との素朴な案内板があった


京都市街東部にあるホホホ座浄土寺店のギャラリースペースでのサカネユキ個展の様子
書店突き当り奥の入口は、何やら楽屋か納戸めいていて一瞬入り辛く感じたが、なんとその奥には、このように広く立派な展示空間があった。

写真表現の身体性を再認識
サカネユキ「そのほとりのけしき」展


週末在廊のサカネさんに案内状のお礼と個展開幕の祝意を告げる。サカネさんの個展は昨年末以来。あの時も、うちの近所の安楽寺での開催であった。今回は、活動再開第1弾である前回とは異なり、長期開催らしい。

前回は寺院というある種特異な環境であったが、今回は正に「ホワイトキューブ」的空間のため、作品自体の存在が際立つ展示と思われた。一見絵画的で静謐な画面だが、風景としての被写体が根源的に備える「力」の如きものを感じさせるスケールの大きな表現――。それ故、硬骨評論家や僧侶芥川賞作家等の著作表紙にも使われるのか……。

勿論、女性らしい繊細さも備えてはいるが、どこか性別を超越した豪快さというべきものを秘めているのがサカネ作品の本質的特徴といえようか。また、各種表現の境界が曖昧となっている昨今、写真で作品を作ることや作品と対面する必然性を感じさせてくれる作風でもあった。それは、写真表現の基本である(であった?)身体性の再認識であるとも感じられた。

今回の展示は、復帰第2弾の開催のため身心・時間共に余裕があったのか、そうした特徴を遺憾なく引き出せた場になったように思われた。

とまれ、今回も良い鑑賞の機会をもらえて有難い限り。


京都市街東部のホホホ座浄土寺店のギャラリーで開かれた、サカネユキ「そのほとりのけしき」展導入部
サカネユキ「そのほとりのけしき」展の導入部


京都市街東部のホホホ座浄土寺店のギャラリーで開かれた、サカネユキ写真展「そのほとりのけしき」の主催者サカネユキさんと写真大作
作品の大きさ比較のためサカネ女史にも協力してもらう(撮影・WEB紹介共、本人了解済)。


京都市街東部のホホホ座浄土寺店のギャラリーで開かれた、サカネユキ写真展の販売コーナー
ギャラリー入口近くの小部屋には作品縮小版の販売コーナーもあった。私も一枚購入

雨に降り籠められるも有意義に

サカネさんとは前回の個展以来の再会だったので、鑑賞後暫し語り合った。その後、一旦ギャラリーを出て改めて縮小作品を引き取りに行ったが、雨に降り籠められ次の外出先に出られなくなった。

しかし、2階の古書店とその店主氏を紹介してもらったり、訪れたサカネさんの友人らと楽しく交流するなどして有意義に過ごすことが出来た。

長々とお邪魔様でした。良い作品・良い機会に感謝!


サカネユキ写真展「そのほとりのけしき」

期間 2019/03/16 〜 2019/04/21(土日祝作家在廊予定)
時間 11:00〜19:00
料金 無料
場所 ホホホ座浄土寺店・1階奥ギャラリー

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2018年11月26日

晩秋華奢

京都市街東部の「みやこめっせ」で開かれた「第38回日本盆栽大観展」に出展されていた、絶妙なバランスの真柏(しんぱく)盆栽の名品

嬉しさ一入の晩秋恒例催事

今日は午後に京都市左京区南部の岡崎に立ち寄る。

本日最終日の「日本盆栽大観展」を観覧するためである。同展に参画する知己で盆栽研究家の川崎仁美さんから招待状をもらっていた為のお礼を兼ねた参観であった。

5年前の罹災により毎年頂いていた招待状が長く届かない状況であったが、去年川崎さんと再度住所交換し、晴れてまた頂けることとなった。いつも楽しみにしていた催事だけに、嬉しさも一入(ひとしお)である。


上掲写真: 絶妙の均衡を見せる真柏(しんぱく)盆栽の名品(力作?)。


京都市街東部の「みやこめっせ」で開かれた「第38回日本盆栽大観展」の会場風景
日本盆栽大観展会場風景。平日なので閑散としているように見えるが、実はかなり盛況であった。手前の黒いブース列は川崎さんのお勧めで、今回展の目玉的な田中慶治氏(慶雲庵)のコレクション


京都市街東部の「みやこめっせ」で開かれた「第38回日本盆栽大観展」に出展されていた、真柏盆栽の名品と菊花石
こちらも主要作の一つの真柏名品。左に置かれた石は、かの名石・菊花石(きくかせき)


京都市街東部の「みやこめっせ」で開かれた「第38回日本盆栽大観展」に出展されていた、瀬田川石の名品
盆石の名品も素晴らしい。これは瀬田川石


京都市街東部の「みやこめっせ」で開かれた「第38回日本盆栽大観展」で盆栽解説ツアーを行う、講師氏と川崎仁美さん
そして今年も恒例の「盆栽解説ツアー」が開かれた。左奥は解説の専門家氏、右奥の和装美人は川崎さん。毎回基本的な事の解説となるが、講師や質問が変わるので、興味深い話が聞ける。また、質問も可能

晩秋の良きひと時に感謝

参観後、忙しい川崎さんの身を一寸拝借して挨拶とお礼を述べる。連日の解説や応対で喉が辛そうであったが、充実したお役をこなせているようで何より。

今年もお世話になりました。こちらも晩秋の良きひと時を堪能。感謝!


京都市街東部にある黒谷(紫雲山)山上墓地の紅葉
黒谷山上墓地の紅葉

そして、岡崎の盆栽展会場を後にして帰路へ。

少し時間がとれたこともあり、北方は黒谷の境内と丘を越えながら帰ることにした。途上、漸く本格化した紅葉の良き姿が方々で見られた。

これもまた、目に贅沢で、この上なし。

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2018年11月10日

両志不撓

火災から復活した、京都市街東部山麓の安楽寺客殿

復活の場所で旧交温む

今日午後、一時仕事の中断し、友人と近くのギャラリーに向かう。

それは、知己の写真家・サカネユキさんの写真展に行くためであった。

今回の写真展は家事等で忙しい彼女の久しぶりの個展。久々の面会や当方主催の歴史・地理の催事「平会(ひらかい)」に興味がある友人を紹介したい等のこともあり、直々に招待状を頂いていたのである。

場所は左京区の東山山麓にある浄土宗寺院・安楽寺。その境内に近年設けられた、「椛(もみじ)」という名の客殿が展示場であった。

左京の安楽寺といえば、今年1月末の火事で人命を含む大きな被害に遭われたことが記憶に新しい。客殿にも延焼の火が入った映像が公開されていたが、なんとか補修されたようである。

かつて同じく年初の冬空に罹災した身として、亡くなられた方へのご冥福と、早くも催事再開を果たされた不撓の志への敬意を表したい。


上掲写真: 色づき始めた樹中に佇む安楽寺客殿。年初の火災では屋根や2階窓から炎が上がる報道を見て心配したが、見事復活されたようである。


京都・安楽寺客殿「椛」2階の展示場
安楽寺の客殿であり多目的スペースの「椛」2階のサカネ個展主会場。その内装も年初の延焼被害を超え、不撓の復活を果たしていた

作家も不撓の活動再開

さて、サカネさんの写真展は、主として客殿の2階で行われていた。飛騨大工が施工したという建屋内の銘木の床や階段を踏みつつ、そこに上がる。

豪壮な梁を見せながらも柔らかな木造空間を見せる、展示室の完璧な復旧振りに先ず驚かされた。そして、その中に飾られた作品を一つずつ巡る。

サカネさんの作品はこれまで写真集でしか観たことがなかったが、今回の展示では、一見絵画的で静謐な作品がもつ、スケールの大きさを感じさせられた。

知人への甘さやお世辞抜きに、男勝りの力ある作風である。何でもこの場所での個展は10年振りという。それ以外の場所でも近年は家事等の関係で活動し辛い状況にあったようである。

よって、彼女にとっても、ここでの展示は不撓の活動再開を示すものであった。是非頑張ってもらいたい。また豪気な作品との出会いを心から期待したいと思う。

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2018年06月09日

祝開良店

移転開業した京都市左京区の古道具店「呱々」の階段下に展示された商品

梅雨最初の晴れ日にて

今年は去年より早く、先日の6月6日に梅雨入りした。去年は特別遅かったが、今年は平年より1日だけ早いようである。

よって、ここ数日雨がちだったが、今日は梅雨の合間の晴れ日となった。その分、暑さも予想されたが、予定を組み替え、機会を有効活用することにした。

そして、午後からはその流れで、とある場所に出かけることとなった。


上掲写真: 美麗に、しかし土壁や古色塗等で抜かりなく改装された古家に飾られた古民具。出先での一景。詳細は、のちほど……。


京都市街東部・今出川通の歩道横にある地図にないような路地
昨日より若干乾燥した、陽射しの強い大路小路を歩き、やがて今出川(いまでがわ)大路に。その歩道を進むと、事前にもらっていた案内通り、地図にもないような写真の路地と出会った


京都市街東部・今出川通の歩道から続く人一人がやっと通れる路地
人一人がやっと通れるほどのそこを覗くと、その先に光が。果たして何があるのやら


京都市街東部・今出川通から続く抜け道裏の行き止まり路地
綺麗に砂利が敷き詰められた路地を奥まで進むと、意外にも少し開けた路地が左右に続いていた。そして、その左側である写真の方へと向かう。とはいえ、裏通まで繋がる右側とは異なり、その先は間もなく行き止まりのようであるが……


路地途中の美麗な改装を施す古家で営業する、京都市左京区の古道具店「呱々」
すると、路地途中に美麗な改装を施した看板ある家が。そう、ここが今回の目的地。もう少し迷うかと思ったが、意外に早く辿り着けた


京都市左京区にある古道具店「呱々」の店内

古道具店「呱々」移転開店!

高まる期待と少々の緊張を感じつつ扉を開けると、写真の通りの素晴らしい空間が現れた。外からは反射で見えなかったので、思わず「おおっ」と感嘆の声が漏れる。

そして、カウンターには見慣れた友人の姿が。互いに挨拶を交わす。今日は今月開店した友人経営のこの店を記念訪問したのであった。店の名は「呱々(ここ)」。生まれたての赤ん坊の声を意味するユニークで志ある漢語名が付けられたそこでは「くらしの古道具」が扱われている。

友人は子育てをしながら長く自宅で店を運営していたが、この初夏、晴れてここに独立した店舗を構えることとなった。内外装の設計から設備、調度品に至るまで彼女のこだわりが詰まった空間に只々感心する。

全くの無から、諦めず、妥協せず、ここまで辿り着いた。構想期からの彼女の志と奮闘を知る者としては、我がことのように嬉しかった。

おめでとう、華やかで清々しい快挙を見せてくれてありがとう!


京都市左京区にある古道具店「呱々」の店内
様々な骨董品が飾られる呱々の店内

この店の凄いところは、店の造りや展示のセンスだけでなく、扱う商品の良さにもあった。

雑貨から家具に至る様々なものを扱っているが、何れも実に抜かりなく集められている。本人に伝えると謙遜するが、これも彼女のセンスと様々な努力の賜物であろう。

そして、それにもかかわらず価格が手頃なのも嬉しい。まさに看板通りの「くらしの古道具」。日常で使える骨董、生活のなかで楽しめる骨董が追求されているのである。

日常に美を採り入れ、暮らしに真の豊かさをもたらす、非ブルジョア的で現代的な「アーツアンドクラフツ」「民藝」運動の提案か。


古い町家の梁構造が活かされた、京都市左京区の生活骨董店「呱々」の天井
町家の古い梁構造を活かした呱々の天井。美術ギャラリー等でお馴染みのスライド照明用のライティングレールが施されているが、建築・古物方面だけでなく、現代的美術知識等を駆使するのも彼女らしい


京都市左京区の生活骨董店「呱々」一押し商品の1種、清末の大陸色絵磁器
数ある骨董のなかで、一押しの品種などを訊いてみたが、回答のうちの1種がこの色絵磁器。大陸製で、清朝末期(1900年前後)頃のものらしい


京都市左京区の骨董店「呱々」一押し商品の、古い大陸色絵磁器の拡大画
古い大陸色絵磁器の拡大画。伊万里等の日本の色絵磁器とは異なる、独特の趣と華やぎをもつ


京都市左京区の骨董店「呱々」が扱う、台湾の鶯歌古陶磁
そして、もう1種の一押し、台湾の鶯歌(いんがー)産陶磁「鶯歌焼」の古物。日常使い用の素朴で温かな風合いが魅力


京都市左京区の骨董店「呱々」が扱う、南天柄?の鶯歌古碗
鶯歌の古碗。染付の鮮やかな筆さばきと木の実と見られる桃色の点が見所。南天柄とみられ、戦前日本向けに作られた可能性もあるとのこと。うーん、個人的に欲しい(笑)


早速自宅玄関に提げた、京都市左京区の骨董店「呱々」で購入した雷紋電傘
早速拙宅玄関に提げた呱々購入の雷紋電傘

良い品ばかりを鑑賞して目移りしたが、今日は記念に古い電傘(電笠、電気のかさ)を買わせてもらった。長年探していた雷紋入りの玄関用である。そして家に帰り、早速取り付けてみた。

ぴったりである。転居以来裸電球で我慢していたが、漸く落ち着いた気分である。有難い限り。


自宅玄関に提げた、京都市左京区の骨董店「呱々」で購入した雷紋電傘の初点灯
夜の電傘初点灯。わざと10Wという暗めの電球を仕込んである

今日は素晴らしい友人の店を観ることができ、良い買物も出来た。お世辞抜きに良店誕生である。比較的近所でもあるので、これからも楽しみである。

皆さんにも是非お勧めしたい。興味ある人は下記URL等をご参照あれ。


古道具店 呱々 antique koko

〒606-8417 京都府京都市左京区浄土寺西田町82−11
http://www.roommarket.jp/koko/

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2018年04月01日

満花宴語

京都・賀茂川(鴨川)河岸の満開の桜

去年に比して今年は満開・温暖

今年も花見の時期がやってきた。

今回もまた自分では企画していないが、友人が催す恒例の花見に臨席した。今年初の花見である。

京都市内での満開宣言は先月28日に出され、4月初日の今日で4日目となるが、雨がなかった為、市街全域で満開風情が保たれていた。今年同様4月2日に花見をした時にはまだ花がなく「枝見」となった去年とは対照的である。そして昨年は、気温的にも厳しいものがあった。

とまれ、去年とは異なる温暖な賀茂河岸にて、今年も美味しい酒食を頂く。方々の花や野山の春風情を眺めながら時を忘れ語り合った。夕方からは、酔い覚ましを兼ね、喫茶にてまた語らう。こうして、今年もまた花に酔い、春に語らう一日(いちじつ)が長閑に過ぎていったのである。

皆さん今年も準備等々有難う。ご馳走さまでした!


上掲写真: 花見が行われた賀茂川の芝生と土手の桜。日曜ともあり、河岸の樹下はどこも花見客で一杯であった。京都市北区にて。

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2018年02月20日

観展知才

京都国立近代美術館前のゴッホ展の看板と平安神宮の大鳥居

改めて「狂気の人」の才を知る

今日は午前中、京都市街東部にある京都国立近代美術館へ行った。

そこで開催されていた「ゴッホ展」を観るためである。ゴッホはこれまでの様々な展覧会で色々と観ており、人も多いため行くつもりはなかったが、知人に誘われたため、また近所のため覗くこととなった。

「巡りゆく日本の夢」という、無理やりつけたような副題にも少々警戒しており、事前に参観した友人に内容を問い合せての結果でもあった。

平日午前にもかかわらず、切符を買うところからの長蛇の列にうんざりさせられたが、中はまだなんとか観られる状態であった(それでもかなり多いのだが……)。

結果は、というと、普段あまり馴染みない作品を多く観られて良かった。特に素描とそれに関する油彩画を比較出来たのは興味深かった。やはり、画力や観察力のある人であったと思う。

その画風や死に様から、とかく「狂気」を強調されがちな人であるが、純粋に才能があった人だと感じられた。あと、最晩年まで意欲的に描き続けていた様子も伝わり、以前から腑に落ちなかった自死説への疑問も深まった。

死の直前に絵具を多めに注文するなど、昔からその定説を疑う話があったが、晩年の作品「カラスのいる麦畑」の陰鬱さ(根本これが陰鬱かどうかの議論もあろう)や、それを強調する諸媒体の論に未だ引かれている観がある。

とまれ、態々出向き、切符を買って観る価値はあった。有名諸展恒例の、お喋りおばちゃん達が、意外と関連出展の細かい浮世絵等に気をとられてゴッホ作が観易かったのも良かった(笑)。


上掲写真: 京都国立近代美術館前のゴッホ展の看板と平安神宮の大鳥居。色的に合っているように見えるが、意図したものなのであろうか……。

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2018年02月18日

異能再訪

円山公園内のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」の玄関窓に記された白子勝之個展「exhibition 8」の文字

個展作家との面談と再鑑賞叶う

今日は午後から知己の造形作家と連絡を取り合い、その個展へと向かった。

知己は漆工を中心とした作品を手掛ける白子勝之君。場所は京都市街東部の祇園八坂社裏にある円山公園内のギャラリーである。

白子君は、10年前に参観した展覧会でその才能を知ったが、昨年辺りから特に懇意となり、今回は直に本人から案内状を貰っていた。

実は今月4日に一度参観したのであるが、その時は白子君がおらず話が聞けなかったので、再訪の機会をうかがっていた。

幾度かタイミングが合わなかったが、今日、偶然雪により私の遠出が中止となったため、在廊中の彼との面談を含む再訪が、叶うこととなった。


上掲写真: 祇園円山公園内のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」の玄関窓に記された白子勝之個展「exhibition 8」の文字。ここでの8回目の個展に因む題という。即ち8年連続開催で、私は今回が初めての参観。今日は再訪であったが、本人と会うこともあり、新たな期待と緊張が感じられた。


白子勝之個展「exhibition 8」が開かれた円山公園内のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」外観
円山公園内の道と敷石通路で接続されるギャラリー「eN arts」

意外な場所の良きギャラリー

自転車で北口から公園内に入り、道沿いに料亭が並ぶ一角に出る。ギャラリーはその並びに溶け込むようにあった。

前回の初訪問時に応対してくれた姉さんによると、元は周辺と同じく料亭で、その廃業後の空き状態を改装し、10年前から営業を始めたとのこと。白子君は開業当初からの馴染みのようである。

この場所にギャラリーがあること自体意外であったが、その質は良いものであった。名勝公園内の為か、外観は旧状維持を指示されたらしいが、内部は画廊の「洋」と京都の「和」を上手く融合して仕上げられていた。

木製の建具や坪庭・茶室等の存在により、俗に「ホワイトキューブ」と呼ばれる無機質なギャラリーの白壁とコンクリの床が、恰も白漆喰や燻しの敷瓦を彷彿させる。また、照明等の機材・設備もいい。


ギャラリー「eN arts」内部
画廊の「洋」と京都の「和」を上手くあわせた「eN arts」の内部

既に勝手知ったるギャラリー内を奥へと進むと、白子君が出迎えてくれた。前回会った時等の話のあと、早速初参観の際に生じた質問等を訊く。

気さくな若者の白子君は、また何でも親身に教えてくれるのであった。

その後、折角なので、本人付き添いで作品の再鑑賞と撮影をさせてもらう。なお、撮影とここでの紹介は本人から許可済である。


白子勝之の漆工造形作品。「exhibition 8」にて
「eN arts」の壁面上に浮かぶ白子作品

影さえ美しい彼岸的漆工作品

さて、気さくな白子君であったが、その作品は実に抜かりないもの。写真は小さいながらも広い壁面で存在感を放つ漆芸作品。


白子勝之の漆工造形作品のアップ
近寄ると、このような感じ。

鋭く流麗な形状だが、輝きと鈍さを併せ持つ漆の特性により、えも言われぬ「柔さ」の如きも備える。それは、触れたいという誘惑も生じさせる。

何物にも似ず、また想像さえ能わぬ形状だが、本人に訊くと正にそれを意図したものだという。

極めて小さな素描を無数に繰り返して生み出された「あるべき形」。専門の漆そのものすら、その要素の一部であり、必須のものではないという。

しかし、奇を衒う訳ではなく、大変美しいものとなっている。そのことは、全体は勿論、あらゆる部分に行き渡って抜かりない。

ただ、純粋な美を追求した果ての、彼岸的造形か。


白子勝之の漆工造形作品のアップ(別角度)
漆芸作品を別角度にて

その美しさは、様々な角度からも感じることが出来た。本人曰く、それは鑑賞者には見えない台座裏にまで施されているという。

そしてまた、その影さえ美しい。


白子勝之の胡粉造形作品。「exhibition 8」にて
壁の上部から流れ下るように掲げられた線的な胡粉作品

想像拒む不可思議な胡粉作品

続いては、比較的大きく、線的な作品。籐材に、膠で溶いた胡粉を塗り重ねて作られたもの。所謂「御所人形」の技法である。

漆工と違い意外だったが、塗り重ね、研ぎ出す作業は同様か。本人曰く、以前人形工房を見学し、それを機に導入することとなった技法という。

この作風は、その姿からして明らかな柔軟さや動きが感じられた。漆工作品と同じく、何物も模っていないが、かなり性格が違う印象を感じる。

訊くと、造形意思を極めた漆工作品の対比的に用意されたものだという。つまり、この作風は表現を追い込まず、ある程度素材感や自然さを残したものであった。

よって、先日観て疑問に感じた、線の微妙な折れや曲(くせ)は、敢えて残されたものともいう。なるほど、解決。白子君が気付かない・直さなかったことは有り得ないので、少々気になっていたのである。


白子勝之の胡粉造形作品アップ
胡粉作品の上部

胡粉作品は、上部で分岐部を成す台座部分(画像中央)から籐線が伸長する形で作られていた。近づいて観ると、台座や各部の表面仕上げに白子君らしさが窺われた。

水の流れや気の動き、果ては植物の蔓そのものを想像しようとするも、全て拒まれてしまう不可思議な造形――。決して、漆工作品の対比用だけでなく、これ自体が独立した作風となることに成功していた。


白子勝之の木片造形作品。「exhibition 8」にて
月下の古代造形さながらの存在感と静謐を湛える木片作品

美への覚悟秘めた木片作品

最後に紹介するのは、小さな木片を削り出した作品で、前述の作品群とは異なり個室に展示されていた。

専用の台と盆に載せられ絶妙な光が当てられたそれは、どこか月下の古代造形を想わせるような存在感と静謐さを湛えていた。


白子勝之の木片造形作品アップ
木片作品のアップ

作品の主体となる小さな木片には、もはや漆も胡粉も見られなかった。ただ、大胆かつ繊細な切削と磨きが施されている。

保護用の油こそ塗布されているらしいが、素材そのままの姿とみてよいだろう。そこには、注意深く露わにされた木目で、塗装とは異なる作者の表現が代演されていた。

そして、ただ美しい――。

その根底には、美のためなら長年研鑽した技や経歴を捨てることも辞さないという、強い覚悟、潔さの如きのものが含まれるようにも感じられた。


床の間に白子作品が飾られた「eN arts」の茶室。個展「exhibition 8」にて
床の間に白子作品が飾られた「eN arts」の茶室

「無用の美」示す興味深い個展

以上、今回の白子展を構成する3作風から1作ずつ紹介した。漆や素材がもつ用途や、造形的意味を超越した興味深い作品展示であった。

昨日思いを馳せた、柳宗悦(やなぎ・むねよし)らの「用の美」を尊ぶ民藝運動とは対極の造形か。いや、それには既に現代美術や前衛工芸があり、それなりの意味付けや、逆にその放棄が行われている。

そうした反動的表現とは異なり白子君は素直に美の表現に挑んでいた。手を無数に動かして構想を練り、同じく形にする――。そこは美術というより工芸的で、案外そうした方法は少なく、新しいものなのかもしれない。

「無用の美」というと少々乱暴か。しかし、普段現代美術作品を欲しいとは思わない私も、白子君の作品なら手元に置いてみたいと素直に感じた。

いやぁ、お世辞抜きで期待以上の個展であった。まだ会期があるので、皆さんにも是非お勧めしたいと思う。


白子勝之個展「exhbition8」

期間 2018/02/02 〜 2018/03/11(会期中の金・土・日のみ開催)
時間 12:00〜18:00
料金 無料
場所 eN art

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