2018年06月09日

祝開良店

移転開業した古道具店「呱々」の階段下に展示された商品

梅雨最初の晴れ日にて

今年は去年より早く、先日の6月6日に梅雨入りした。去年は特別遅かったが、今年は平年より1日だけ早いようである。

よって、ここ数日雨がちだったが、今日は梅雨の合間の晴れ日となった。その分、暑さも予想されたが、予定を組み替え、機会を有効活用することにした。

そして、午後からはその流れで、とある場所に出かけることとなった。


上掲写真: 美麗に、しかし土壁や古色塗等で抜かりなく改装された古家に飾られた古民具。出先での一景。詳細は、のちほど……。


今出川通の歩道横にある地図にないような路地
昨日より若干乾燥した、陽射しの強い大路小路を歩き、やがて今出川(いまでがわ)大路に。その歩道を進むと、事前にもらっていた案内通り、地図にもないような写真の路地と出会った


今出川通の歩道から続く人一人がやっと通れる路地
人一人がやっと通れるほどのそこを覗くと、その先に光が。果たして何があるのやら


今出川通から続く抜け道裏の行き止まり路地
綺麗に砂利が敷き詰められた路地を奥まで進むと、意外にも少し開けた路地が左右に続いていた。そして、その左側である写真の方へと向かう。とはいえ、裏通まで繋がる右側とは異なり、その先は間もなく行き止まりのようであるが……


路地途中にある美麗な改装を施す古家で営業する古道具店「呱々」
すると、路地途中に美麗な改装を施した看板ある家が。そう、ここが今回の目的地。もう少し迷うかと思ったが、意外に早く辿り着けた


古道具店「呱々」の店内

古道具店「呱々」移転開店!

高まる期待と少々の緊張を感じつつ扉を開けると、写真の通りの素晴らしい空間が現れた。外からは反射で見えなかったので、思わず「おおっ」と感嘆の声が漏れる。

そして、カウンターには見慣れた友人の姿が。互いに挨拶を交わす。今日は今月開店した友人経営のこの店を記念訪問したのであった。店の名は「呱々(ここ)」。生まれたての赤ん坊の声を意味するユニークで志ある漢語名が付けられたそこでは「くらしの古道具」が扱われている。

友人は子育てをしながら長く自宅で店を運営していたが、この初夏、晴れてここに独立した店舗を構えることとなった。内外装の設計から設備、調度品に至るまで彼女のこだわりが詰まった空間に只々感心する。

全くの無から、諦めず、妥協せず、ここまで辿り着いた。構想期からの彼女の志と奮闘を知る者としては、我がことのように嬉しかった。

おめでとう、華やかで清々しい快挙を見せてくれてありがとう!


古道具店「呱々」の店内
様々な骨董品が飾られる呱々の店内

この店の凄いところは、店の造りや展示のセンスだけでなく、扱う商品の良さにもあった。

雑貨から家具に至る様々なものを扱っているが、何れも実に抜かりなく集められている。本人に伝えると謙遜するが、これも彼女のセンスと様々な努力の賜物であろう。

そして、それにもかかわらず価格が手頃なのも嬉しい。まさに看板通りの「くらしの古道具」。日常で使える骨董、生活のなかで楽しめる骨董が追求されているのである。

日常に美を採り入れ、暮らしに真の豊かさをもたらす、非ブルジョア的で現代的な「アーツアンドクラフツ」「民藝」運動の提案か。


古い町家の梁構造が活かされた「呱々」の天井
町家の古い梁構造を活かした呱々の天井。美術ギャラリー等でお馴染みのスライド照明用のライティングレールが施されているが、建築・古物方面だけでなく、現代的美術知識等を駆使するのも彼女らしい


呱々の一押し商品の1種、清末の大陸色絵磁器
数ある骨董のなかで、一押しの品種などを訊いてみたが、回答のうちの1種がこの色絵磁器。大陸製で、清朝末期(1900年前後)頃のものらしい


古い大陸色絵磁器の拡大画
古い大陸色絵磁器の拡大画。伊万里等の日本の色絵磁器とは異なる、独特の趣と華やぎをもつ


台湾の鶯歌古陶磁
そして、もう1種の一押し、台湾の鶯歌(いんがー)産陶磁「鶯歌焼」の古物。日常使い用の素朴で温かな風合いが魅力


南天柄?の鶯歌古碗
鶯歌の古碗。染付の鮮やかな筆さばきと木の実と見られる桃色の点が見所。南天柄とみられ、戦前日本向けに作られた可能性もあるとのこと。うーん、個人的に欲しい(笑)


早速玄関に提げた呱々購入の雷紋電傘
早速拙宅玄関に提げた呱々購入の雷紋電傘

良い品ばかりを鑑賞して目移りしたが、今日は記念に古い電傘(電笠、電気のかさ)を買わせてもらった。長年探していた雷紋入りの玄関用である。そして家に帰り、早速取り付けてみた。

ぴったりである。転居以来裸電球で我慢していたが、漸く落ち着いた気分である。有難い限り。


拙宅玄関に提げた呱々購入の雷紋電傘の初点灯
夜の電傘初点灯。わざと10Wという暗めの電球を仕込んである

今日は素晴らしい友人の店を観ることができ、良い買物も出来た。お世辞抜きに良店誕生である。比較的近所でもあるので、これからも楽しみである。

皆さんにも是非お勧めしたい。興味ある人は下記URL等をご参照あれ。


古道具店 呱々 antique koko

〒606-8417 京都府京都市左京区浄土寺西田町82−11
http://www.roommarket.jp/koko/

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2018年04月01日

満花宴語

賀茂河岸の桜

去年に比して今年は満開・温暖

今年も花見の時期がやってきた。

今回もまた自分では企画していないが、友人が催す恒例の花見に臨席した。今年初の花見である。

京都市内での満開宣言は先月28日に出され、4月初日の今日で4日目となるが、雨がなかった為、市街全域で満開風情が保たれていた。今年同様4月2日に花見をした時にはまだ花がなく「枝見」となった去年とは対照的である。そして昨年は、気温的にも厳しいものがあった。

とまれ、去年とは異なる温暖な賀茂河岸にて、今年も美味しい酒食を頂く。方々の花や野山の春風情を眺めながら時を忘れ語り合った。夕方からは、酔い覚ましを兼ね、喫茶にてまた語らう。こうして、今年もまた花に酔い、春に語らう一日(いちじつ)が長閑に過ぎていったのである。

皆さん今年も準備等々有難う。ご馳走さまでした!


上掲写真: 花見が行われた賀茂川の芝生と土手の桜。日曜ともあり、河岸の樹下はどこも花見客で一杯であった。京都市北区にて。

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2018年02月20日

観展知才

京都国立近代美術館前のゴッホ展の看板と平安神宮の大鳥居

改めて「狂気の人」の才を知る

今日は午前中、京都市街東部にある京都国立近代美術館へ行った。

そこで開催されていた「ゴッホ展」を観るためである。ゴッホはこれまでの様々な展覧会で色々と観ており、人も多いため行くつもりはなかったが、知人に誘われたため、また近所のため覗くこととなった。

「巡りゆく日本の夢」という、無理やりつけたような副題にも少々警戒しており、事前に参観した友人に内容を問い合せての結果でもあった。

平日午前にもかかわらず、切符を買うところからの長蛇の列にうんざりさせられたが、中はまだなんとか観られる状態であった(それでもかなり多いのだが……)。

結果は、というと、普段あまり馴染みない作品を多く観られて良かった。特に素描とそれに関する油彩画を比較出来たのは興味深かった。やはり、画力や観察力のある人であったと思う。

その画風や死に様から、とかく「狂気」を強調されがちな人であるが、純粋に才能があった人だと感じられた。あと、最晩年まで意欲的に描き続けていた様子も伝わり、以前から腑に落ちなかった自死説への疑問も深まった。

死の直前に絵具を多めに注文するなど、昔からその定説を疑う話があったが、晩年の作品「カラスのいる麦畑」の陰鬱さ(根本これが陰鬱かどうかの議論もあろう)や、それを強調する諸媒体の論に未だ引かれている観がある。

とまれ、態々出向き、切符を買って観る価値はあった。有名諸展恒例の、お喋りおばちゃん達が、意外と関連出展の細かい浮世絵等に気をとられてゴッホ作が観易かったのも良かった(笑)。


上掲写真: 京都国立近代美術館前のゴッホ展の看板と平安神宮の大鳥居。色的に合っているように見えるが、意図したものなのであろうか……。

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2018年02月18日

異能再訪

円山公園内のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」の玄関窓に記された白子勝之個展「exhibition 8」の文字

個展作家との面談と再鑑賞叶う

今日は午後から知己の造形作家と連絡を取り合い、その個展へと向かった。

知己は漆工を中心とした作品を手掛ける白子勝之君。場所は京都市街東部の祇園八坂社裏にある円山公園内のギャラリーである。

白子君は、10年前に参観した展覧会でその才能を知ったが、昨年辺りから特に懇意となり、今回は直に本人から案内状を貰っていた。

実は今月4日に一度参観したのであるが、その時は白子君がおらず話が聞けなかったので、再訪の機会をうかがっていた。

幾度かタイミングが合わなかったが、今日、偶然雪により私の遠出が中止となったため、在廊中の彼との面談を含む再訪が、叶うこととなった。


上掲写真: 祇園円山公園内のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」の玄関窓に記された白子勝之個展「exhibition 8」の文字。ここでの8回目の個展に因む題という。即ち8年連続開催で、私は今回が初めての参観。今日は再訪であったが、本人と会うこともあり、新たな期待と緊張が感じられた。


白子勝之個展「exhibition 8」が開かれた円山公園内のギャラリー「eN arts(エンアーツ)」外観
円山公園内の道と敷石通路で接続されるギャラリー「eN arts」

意外な場所の良きギャラリー

自転車で北口から公園内に入り、道沿いに料亭が並ぶ一角に出る。ギャラリーはその並びに溶け込むようにあった。

前回の初訪問時に応対してくれた姉さんによると、元は周辺と同じく料亭で、その廃業後の空き状態を改装し、10年前から営業を始めたとのこと。白子君は開業当初からの馴染みのようである。

この場所にギャラリーがあること自体意外であったが、その質は良いものであった。名勝公園内の為か、外観は旧状維持を指示されたらしいが、内部は画廊の「洋」と京都の「和」を上手く融合して仕上げられていた。

木製の建具や坪庭・茶室等の存在により、俗に「ホワイトキューブ」と呼ばれる無機質なギャラリーの白壁とコンクリの床が、恰も白漆喰や燻しの敷瓦を彷彿させる。また、照明等の機材・設備もいい。


ギャラリー「eN arts」内部
画廊の「洋」と京都の「和」を上手くあわせた「eN arts」の内部

既に勝手知ったるギャラリー内を奥へと進むと、白子君が出迎えてくれた。前回会った時等の話のあと、早速初参観の際に生じた質問等を訊く。

気さくな若者の白子君は、また何でも親身に教えてくれるのであった。

その後、折角なので、本人付き添いで作品の再鑑賞と撮影をさせてもらう。なお、撮影とここでの紹介は本人から許可済である。


白子勝之の漆工造形作品。「exhibition 8」にて
「eN arts」の壁面上に浮かぶ白子作品

影さえ美しい彼岸的漆工作品

さて、気さくな白子君であったが、その作品は実に抜かりないもの。写真は小さいながらも広い壁面で存在感を放つ漆芸作品。


白子勝之の漆工造形作品のアップ
近寄ると、このような感じ。

鋭く流麗な形状だが、輝きと鈍さを併せ持つ漆の特性により、えも言われぬ「柔さ」の如きも備える。それは、触れたいという誘惑も生じさせる。

何物にも似ず、また想像さえ能わぬ形状だが、本人に訊くと正にそれを意図したものだという。

極めて小さな素描を無数に繰り返して生み出された「あるべき形」。専門の漆そのものすら、その要素の一部であり、必須のものではないという。

しかし、奇を衒う訳ではなく、大変美しいものとなっている。そのことは、全体は勿論、あらゆる部分に行き渡って抜かりない。

ただ、純粋な美を追求した果ての、彼岸的造形か。


白子勝之の漆工造形作品のアップ(別角度)
漆芸作品を別角度にて

その美しさは、様々な角度からも感じることが出来た。本人曰く、それは鑑賞者には見えない台座裏にまで施されているという。

そしてまた、その影さえ美しい。


白子勝之の胡粉造形作品。「exhibition 8」にて
壁の上部から流れ下るように掲げられた線的な胡粉作品

想像拒む不可思議な胡粉作品

続いては、比較的大きく、線的な作品。籐材に、膠で溶いた胡粉を塗り重ねて作られたもの。所謂「御所人形」の技法である。

漆工と違い意外だったが、塗り重ね、研ぎ出す作業は同様か。本人曰く、以前人形工房を見学し、それを機に導入することとなった技法という。

この作風は、その姿からして明らかな柔軟さや動きが感じられた。漆工作品と同じく、何物も模っていないが、かなり性格が違う印象を感じる。

訊くと、造形意思を極めた漆工作品の対比的に用意されたものだという。つまり、この作風は表現を追い込まず、ある程度素材感や自然さを残したものであった。

よって、先日観て疑問に感じた、線の微妙な折れや曲(くせ)は、敢えて残されたものともいう。なるほど、解決。白子君が気付かない・直さなかったことは有り得ないので、少々気になっていたのである。


白子勝之の胡粉造形作品アップ
胡粉作品の上部

胡粉作品は、上部で分岐部を成す台座部分(画像中央)から籐線が伸長する形で作られていた。近づいて観ると、台座や各部の表面仕上げに白子君らしさが窺われた。

水の流れや気の動き、果ては植物の蔓そのものを想像しようとするも、全て拒まれてしまう不可思議な造形――。決して、漆工作品の対比用だけでなく、これ自体が独立した作風となることに成功していた。


白子勝之の木片造形作品。「exhibition 8」にて
月下の古代造形さながらの存在感と静謐を湛える木片作品

美への覚悟秘めた木片作品

最後に紹介するのは、小さな木片を削り出した作品で、前述の作品群とは異なり個室に展示されていた。

専用の台と盆に載せられ絶妙な光が当てられたそれは、どこか月下の古代造形を想わせるような存在感と静謐さを湛えていた。


白子勝之の木片造形作品アップ
木片作品のアップ

作品の主体となる小さな木片には、もはや漆も胡粉も見られなかった。ただ、大胆かつ繊細な切削と磨きが施されている。

保護用の油こそ塗布されているらしいが、素材そのままの姿とみてよいだろう。そこには、注意深く露わにされた木目で、塗装とは異なる作者の表現が代演されていた。

そして、ただ美しい――。

その根底には、美のためなら長年研鑽した技や経歴を捨てることも辞さないという、強い覚悟、潔さの如きのものが含まれるようにも感じられた。


床の間に白子作品が飾られた「eN arts」の茶室。個展「exhibition 8」にて
床の間に白子作品が飾られた「eN arts」の茶室

「無用の美」示す興味深い個展

以上、今回の白子展を構成する3作風から1作ずつ紹介した。漆や素材がもつ用途や、造形的意味を超越した興味深い作品展示であった。

昨日思いを馳せた、柳宗悦(やなぎ・むねよし)らの「用の美」を尊ぶ民藝運動とは対極の造形か。いや、それには既に現代美術や前衛工芸があり、それなりの意味付けや、逆にその放棄が行われている。

そうした反動的表現とは異なり白子君は素直に美の表現に挑んでいた。手を無数に動かして構想を練り、同じく形にする――。そこは美術というより工芸的で、案外そうした方法は少なく、新しいものなのかもしれない。

「無用の美」というと少々乱暴か。しかし、普段現代美術作品を欲しいとは思わない私も、白子君の作品なら手元に置いてみたいと素直に感じた。

いやぁ、お世辞抜きで期待以上の個展であった。まだ会期があるので、皆さんにも是非お勧めしたいと思う。


白子勝之個展「exhbition8」

期間 2018/02/02 〜 2018/03/11(会期中の金・土・日のみ開催)
時間 12:00〜18:00
料金 無料
場所 eN art

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2017年12月24日

名廊閉店

最終日のギャラリー「アートスペース虹」と店前の告知板

名残の閉廊

クリスマス前夜であり、2017年もいよいよ終盤となった今日。

京都市街東部のとあるギャラリーが、36年に及ぶその歴史を閉じることとなった。ギャラリーの名は「アートスペース虹」。

市街外れの、東山山麓は三条通沿いにある店である。然程広くはなく、外観等も比較的地味な印象の店だが、多くの気鋭作家により様々な展示が行われ、確固たる存在感を示してきた。

私自身ここでの展示や支援展等は行ったことはないが、友人・知人が多く関わり、また展示を行ってきたので、馴染みの場所ではあった。それ故に、突然の閉廊は感慨深いのがあった。

友人から報せを受け、なるべく早くに出向くつもりが、結局最終日となった。しかも夕方――。折しも降り始めた小雨が、名残の雨にも感じられたのである。


上掲写真: ギャラリー「アートスペース虹」前に置かれた最後の展覧会「非在の庭」の案内板。展覧会の際に毎回目にしたものなので、これも名残惜しく感じられた。


最終日のアートスペース虹の展示(西面)
最終日のアートスペース虹の作品展示(西面一部)

最後を飾るに相応しい展示

展示最終日、そして閉廊日とあって、さすがにギャラリー内は人で混みあう状況となっていた。

開かれていた展覧会は、「総集編」「最終章」との銘が打たれたもので、ギャラリー縁(ゆかり)の作家100人以上の作品を集合したものであった。

スペースの関係上、作品は小品に限られていたが、テレビでも顔や作品を見かけるような作家を始めとする力作で溢れていたので、大変見応えのあるものとなっていた。

友人・知人以外の展示では、他画廊を含め、これまで参観した展示のなかで最も良いものと思われたのである。故に、単位面積当たりでの滞在時間も最長となった。

正に、36年の歴史の最後を飾るに相応しい展示であった。


最終日のアートスペース虹の作品展示(東面)
最終日のアートスペース虹の展示(東面一部)

画廊主のKさんとはこれまで何度も話をしたりしていたが、直接の関わりがなかったので、一先ず参観者として振舞っていた。

しかし、せめて労いの言葉をかけようと思っていたが、来客が多く、結局叶わなかった。申し訳ない限り……。


最終日のアートスペース虹の外観
多くの参観者で賑わう最終日のアートスペース虹とその外観

地域に根差し作り手に愛されて

参観後仕事に戻ったが、このあと閉廊の記念会が開かれたらしく、参加した友人によると、大変な盛況ぶりだったという。

地元に根差し、作り手に愛された尊い場所だったのであろう。美術バブル期に京都に乗り込み、数年で撤退した東京の大手ギャラリーの浮ついたような振る舞いとは対照的に感じられた。

とまれ、小規模ながら長年多くの人材を自主的に育ててきた文化の拠点が一つ消えることとなった。これは京都、延いては日本の文化にとっても損失といえよう。いや、文化だけでなく、街の活気や多様性にも影響する地域の大事、日本の大事ともいえる。

ただただ、残念な限り。しかし、色々な事情により至った結果ではあるので、もはや致し方あるまい。また、どこかでその志や活動を引き継いでくれる人や場所の登場を期待したいと思う。

最後となったが、Kさん始めとする関係者の皆さん、長い間お疲れ様でした。数々の感動や発見、驚きとの出会いに感謝します。

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2017年12月16日

師走再観

顔見世

3年ぶりの顔見世参観

今日は早めに仕事を切り上げ、京都市街東部の岡崎に出かける。

同じ市街東郊にある拙宅からも近い場所であるが、今日は以前同様、岡崎で改修・改築された京都会館を初めて訪れることとなった。その理由は歌舞伎参観である。

歌舞伎と言えば、年末のこの時期に四条南座で行われる「顔見世」興行が有名だが、今年は南座が耐震工事中のため、京都会館での特設開催が行われていた。

そう、3年前に南座でそれを観劇して以来の参観である。今回も、前回同様、参観券をもらったことが機会となった。


前回初めて直に歌舞伎を観て感銘を受けていたので、色々と忙しい時期ではあったが、今回も期待して出向いた。


上掲写真: 日本のモダニズム建築の傑作ともされる前川國男氏設計の旧京都会館の意匠を継承したロームシアター京都正面に特設された顔見世興行の看板等々。


顔見世
ロームシアター京都のメインホールに設けられた特設観覧席と舞台。祝幕は中村芝翫氏らの襲名記念用

抜かりなき演技・演出と贅沢な時間に感銘受く

16時から開幕した夜の部は、再会を果たした生き別れ親子の情愛を描く「良弁杉由来 二月堂(ろうべんすぎのゆらい にがつどう)」を第一として、第二が華やかかつ軽快な舞踊物の「俄獅子(にわかじし)」、第三に江戸人情を喜劇的・情緒的にみせる「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)」が演じられ、第三の劇中には襲名口上が入った。

そして、最後は軽重織り交ぜた演出による平安武者の鬼退治劇「大江山酒呑童子(おおえやましゅてんどうじ)」が演じられた。

何れの演目も、歌舞伎ならではの抜かりなさやサービス精神にあふれる素晴らしいものであった。また、以前拝見した重鎮の健在ぶりや若手の進歩がみられたのも良かった。

個人的には、特に第三の「人情噺文七元結」と、その一枚目である中村橋之助改め、中村芝翫の好演と成長ぶりに感銘を受けた。

そして、途中の幕間(まくあい)での食事休憩などを含め、実に贅沢な時間を過ごせたのである。強いていえば、音響が南座に比して散漫に感じられたが、専用の場所ではないので致し方あるまいか……。


顔見世
ロームシアター京都正面を飾る、師走・年の瀬の風物詩「招き看板」

顔見世に気づかされる、あと半月足らずの今年

終演は20時半。夜の部全ての堪能が叶い、ホールを後にした。折しも雨が降り始めたので、慌てて帰宅準備となる。

そういえば、顔見世最終日である千穐楽(せんしゅうらく)は明後日の12月18日。今年も残すところ半年を切った。

色々と上手く進まないこともあり大変ではあるが、何とか遣り過すほかあるまい。今日は良き時間をもらったので、これを糧として。

この年末の大詰め期、読者皆さんも健勝であられますよう……。

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2017年11月21日

諸事再会

日本盆栽大観展入口,みやこめっせ,京都市左京区

盆栽展再び

今日は、平日で火曜という日であったが、午後から少し時間を空けて出かけることになった。行先は、京都市街東部にある展示会館「みやこめっせ」。まあ、比較的近所といえる場所である。

今日は毎年ここで開かれる「日本盆栽大観展」の最終日。入場券を頂いていたこともあり、参観を希望していたが、都合により結局この日での参観となった。

この盆栽展。以前は毎年のように参観していたが、数年前の罹災を期に足が遠のいていた。今回は、ふとした友人の好意をきっかけに、そのような状況を修正するが如き機会となったのである。


上掲写真: 京都市勧業館「みやこめっせ」1階に設けられた「日本盆栽大観展」の会場入口。写真は閉展近い参観後に撮ったので閑散としているように見えるが、平日とは思えぬ人出があった。今回目をひいたのは外国人の多さ。入場料は安くはないので、それだけ関心が寄せられているのか。


盆栽研究家・川崎仁美さんによる盆栽解説ツアー,日本盆栽大観展
来場者向けの解説ツアー『盆栽鑑賞のススメ』を行う知己で盆栽研究家の川崎仁美さん。テレビにも出たりしているので大丈夫だと思うが、許可を取り忘れたので一応顔は伏せた(笑)。良く通る声が解り易く、心地よい

嬉しい名品鑑賞と催事参観
念願の解説ツアー参加も


後に回された仕事を考えると少々気が重いが、やはり名品の鑑賞、そして華やかなな催事への参観は嬉しいものがある。

早速、居並ぶ名品の数々を順々に鑑賞した。以前ここで会った馴染みの作品とも再会。盆栽は「生き物」なだけに、何か他の芸術品とは違う特別な感慨を得た。

以前、招待を受けていた盆栽研究家でこの展覧会に関わる川崎仁美さんにも久々に再会。積もる話は後にして、丁度これから始まるという、来場者向けの「盆栽解説ツアー」に参加することとした。

ツアーは毎年行われていたが、折あしく確り参加したことはなかったので、念願の機会ともなった。


天帝の松,内閣総理大臣賞,五葉松,日本盆栽大観展
会場正面に別格的に展示された老盆栽

ツアー最初の解説は今回の大観展における主役的な大作。「天帝の松」と名付けられた五葉松の「老大樹」である。大人数人がかりでも持ち運べるかどうかの大きさで、推定樹齢は400年程という。

当然、一般の樹木よりかは小さいが、枝ぶりや樹皮が放つ存在感は正に圧倒的である。ツアーでは、盆栽の価値を量るのに重視される、この老樹の凄みたるが解説された。なお、樹齢算出は経験値等による推定という。


根ばりの立派なもみじの盆栽,日本盆栽大観展
「枝配り(枝配置・均衡)」「コケ順(枝先に至る自然な細さの表現)」「根ばり(八方に根を張らせ安定感を表現)」共々、力強いもみじ作品

天帝の松を離れ、次に解説されたのが、もみじの盆栽による「枝張り」「コケ順」「根ばり」の実例。何れも老樹大木の表現に重要な要素とのこと。盆栽を下から見上げ大樹の貫禄を感じるという鑑賞のコツも伝授。


日本盆栽大観展

最後の解説は、劇的な迫力を持つ、こちらの真柏(しんぱく)盆栽。

幹が枯れて白骨的になった場所をシャリ(舎利)、その枝先をジン(神)と呼ぶらしい。それらを意図的に演出し、このように劇的で、そして逆説的に放たれるような生命感を得るという。

最近仕事関連で西洋の装飾様式を調べていることもあり、今回盆栽が劇的豊麗なバロック的でもあることに気付いた。ツアーでも「盆栽は侘寂(わびさび)のものではない」との解説を受けたが、個人的に得心出来た。

後程、川崎さんにそのことを言うと、同感らしく、朝会場の放送をバロック音楽にすらしているとのこと。まあ、その後ジャズに切り替えられてしまうらしいが(笑)。

そういえば、昔大陸西部の古寺等で、この様に似た老柏(コノテガシワ?)を見たが、正に生死乱れるような迫力があった。恐らくはそれら自然の様に影響されたものか。


日本盆栽大観展
今回個人的に気になった杜松作品。根本の苔の配置等も自然で、恰も奥山の尾根筋で出会う樅の老樹・若樹の風情である。恐らく作者は野山を良く知る人かと思われた。基本的に盆栽は自然の再現を目指すものらしいが、中には内より生じる生命感、個々の樹そのものの個性を重視する表現も見られた。他の芸術と同じく、盆栽にも様々な「道」があると気付かされた

一枚の好意に諸々の再会と学び叶う

ツアー終了後、川崎さんと暫し話す。やはり招待状等を発送してもらっていたらしいが、罹災転居の混乱で返送されたりしたという。通知の怠慢を詫び、改めて住所交換等を行った。彼女も丁度転居していたという。

その後、互いの近況や盆栽研究の話等をして会場を後にした。川崎さんも自身の道を邁進されているようで何よりである。今日は別の友が用意してくれた一枚のチケットのお蔭で諸々の再会と理解を深めることが出来た。

感謝!

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2017年10月04日

中秋観楽

催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,個展,FLOWERS 2017,生け花と写真のコラボ,ギャラリー白,HAKU,扉向こうの写真作品」

友の在廊にあわせ大阪へ

今日は、午後遅くから大阪へと向かう。

友人の写真展を参観する為である。今日は平日ながら友人の在廊日であることを聞き、急遽向かうこととなった。在廊は今日と土曜最終日とのことであったが、土曜は野営会に出るので、どうしても今日行くこととした。

明朝とかでも良かったが、やはり作家本人から直接話が聞きたかったので、急ぎ向かったのである。偶然、継続業務が先方の事情で一時待ちとなっていたことも、それを可能にした。

展覧会は「FLOWERS 2017」という題がつけられたもの。華道家杉田一弥氏の生け花作品を写真で見せるもので、写真家として友人の来田猛(ころだたける)君が参加していた。一昨年同題で行った展示の第二弾である。

場所も、「ギャラリー白(はく)」という同じ場所であった。


上掲写真: 「FLOWERS 2017」展の導入部となる、ギャラリー白の1階展示室入口。暗闇に作品が浮かび上がるという、前回とは異なる演出がされている。何やら暗示的である。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,個展,FLOWERS 2017,生け花と写真のコラボ,ギャラリー白,HAKU,鮮やかな写真作品」

長い道程を経て生み出された作品

15時予定という本人到着前に一通り鑑賞し、その後話を聞く予定だったが、予定が押し、結局夕方着となった。

ギャラリーが入る趣ある古ビル1階の奥へ進むと、前述の展示室が現れた。少々意表を突かれる心地で中に入ると、部屋の奥とその対面にひとつずつ作品が飾られていた。

写真は対面のもの。アクリル貼りの大きな作品で、照明を受けて輝いていた。あたかも、それ自体が発光するような演出で、内容も鮮やかで、素直に美しく感じられる。

後で聞いたところによると、杉田氏の発案による演出らしいが、作品の質や素材を活かした興味深い方法だと思った。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,個展,FLOWERS 2017,生け花と写真のコラボ,ギャラリー白,HAKU,繊細で美しい写真作品」
こちらは正面奥の作品。縦横1mを超えるかと思われる、更に大型の作品である。こちらは繊細さを有する内容で、それ故にこの大きさにされたのかとも思われた。とまれ、これも素直に美しい。

器や花の選定から生け花づくり、そして撮影や調整・プリント・額装・演出という、長い道程を経て、ここに生み出されたことに深く感心。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,個展,FLOWERS 2017,生け花と写真のコラボ,ギャラリー白,HAKU,ユニークで斬新な写真作品」

写真表現のみに実在する生け花

展示室は2階と3階にもあるため移動する。2階には来田君がいたが、接客中であった為、先に作品を鑑賞することとした。

写真は2階にあった作品。これも非常に大型なものである。今回のカタログ(DM・案内状)の封筒意匠にもされた斬新な作品で、宙づりにされた花や花器が舞う、不可思議で楽しくもある意欲作。

もはや花を生けるという行為を超越したような表現であるが、やはり鑑賞者に献じられており、生け花の心というか、想いの往復のようなものが感じられる。勿論、杉田氏の采配により形作られたもの。

なお、糸吊りの跡は徹底して画像処理で消されているという。それは、これが写真展示されることのみで存在出来る「作品」だからだという。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,個展,FLOWERS 2017,生け花と写真のコラボ,ギャラリー白,HAKU,瀟洒で艶っぽい写真作品」
3階に上がるとこんな作品も。深い青を基調とした個人的な好みのひとつ。器はなんと、萩焼伝統窯元の三輪休雪氏(当代)によるもの。中々面白く瀟洒な作風である。この器への杉田氏のアプローチは中空に吊るした真紅の林檎の連なり。洒落ていて、そして艶っぽい。間隔も厳密とのこと。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,個展,FLOWERS 2017,生け花と写真のコラボ,ギャラリー白,HAKU,並ぶ大きな写真作品」
他にも多くの大作があり、見応えがあった。

より能動的に平面表現追求か

一通り参観し、2階の来田君のところで話を聞く。

あくまでも杉田氏の作品を活かすことに腐心したという前回とは異なり、今回はより写真作品としての完成に努めたという。それが、この2年での企画の進化であり、自身の進歩であるともいう。

途中から現れた杉田氏にも話が聞けたが、やはり同様に自身の生け花作品が写真作品として自立することに重点を置いたとのこと。

個人的な前回との違いは、鋭さというか、挑みのようなものを感じたのだが、恐らくは、より能動的に平面表現を追求した故の印象であろうか。

しかし、フィルムカメラでこの大判作品に挑む等の、二人の並ならぬ拘りというか、執念を知り、更に驚かされた。

今回も期待以上に楽しませてもらった。無理して来た甲斐があった。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,個展,FLOWERS 2017,生け花と写真のコラボ,ギャラリー白,HAKU,大阪中之島の夕景」
大阪中之島の夕景。ギャラリーから駅までの帰り道にて

中秋節楽しみ、深夜まで旧交温める

帰り際、来田君から近くの料理屋での一杯に誘われたが、まだ用があり、駅からも2輪の為、無念にも断る。しかし、帰京後、都合が適えば落ち合うことを約して別れた。

既に帰宅ラッシュとなっていた列車に乗り、一旦帰宅。そして次の目的地の市街東北部の友人宅に向かう。実は17時以降に菜園の野菜を届ける約束をしていたが、随分と遅くなってしまった。

学業で忙しい留学生の友人宅に野菜を預けて帰るつもりだったが、なんと同居の人達を含め、餃子等を作って待っていてくれたのである。

うーん、申し訳ない限り!私が勘違いしていたようであり、今日が中秋節であったことに気付かなかったことも原因であった。

皆に詫びつつ酒食を頂き、楽しく団欒させてもらった。大阪での伝統芸術・美術の話とは打って変わり、今度は文系研究者の集いだったので、歴史や民俗学・人類学等の話で盛り上がった。

そして、22時過ぎにお暇して暫くすると、大阪から帰ってきた来田君が来宅。また美術等の話に戻り、深夜まで旧交を温め合ったのである。

いやぁ、今日は実に中身の濃い午後半日となった。皆さんに感謝。なお、「FLOWERS 2017」展は10月7日の土曜日まで(11時-17時。無料)!

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2017年09月18日

先駆大観

催事(友人其他)「ロバート・フランク,ブックス アンド フィルムス、1947-2017 神戸展,robert frank, books and films, 1947-2017 in kobe,」

台風一過。大原から神戸へ大返し

今朝は台風一過の秋晴れ風情。折角なので、郊外の大原辺りまで昼食兼ねて出かけることにした。

昨日、避難勧告が出されたとは思えない秋の長閑をみせる大原にて地元食材の料理等を食べ、寛ぐ。このあと更に奥地の山村などを巡ろうかとも思ったが、さすがに道路事情の危うさを想い断念した。

さて、どうするか、と思っていたら、突如行きたかった写真展のことを思い出す。スイス出身アメリカ人写真家のロバート・フランクの稀少な回顧展なのだが、神戸三宮での開催と、かなり遠い。

しかし会期は22日(金曜)までだったので、今日しか都合がつかない。折角、山辺風情に浸っていたのに、人で溢れる阪神地区に向かうことも疎ましく、少々悩んでしまった。

元来あまり写真界に詳しくないので、友人の写真家K君に電話して訊ねると、是非行くべきだと言う。前もって調整していれば今日一緒に行けたのに、との言も(何故かカタログは持っているらしいが未参観らしい)。

残念、すっかり忘れていた。しかし後悔するのは嫌なので、助言を採ってこれから向うことにした。こうして、急遽大原とは性質も方角も正反対の神戸へ大返しすることとなった。


上掲写真: ロバート・フランク展が開かれていた神戸三宮の「デザイン・クリエイティブセンター神戸」の建屋外観。「KIITO(生糸)」の名も持つここは、昭和初期に開かれた元生糸検査所跡という。


催事(友人其他)「ロバート・フランク,ブックス アンド フィルムス、1947-2017 神戸展,robert frank, books and films, 1947-2017 in kobe,」
ロバート・フランク:ブックス アンド フィルムス 1947-2017 神戸展会場

予想外の本格展示

大原から京都市街に戻り、そして列車を乗り継ぎ三宮に着く。駅からは15分程の距離であったが、なんとか16時過ぎに会場入りすることが出来た。

会場に対する知識はなかったが、意外な大きさに驚く。無料と聞いていたので、もっと小さな会場で行われているのかと思っていたのである。中に入ると更に驚いた。写真の如く、体育館か、それ以上の大広間一面での展示が行われていたからである。

美術・博物館クラスで行われる、本格展示同等の規模である。しかし、それには特異な状況が含まれていた。


催事(友人其他)「ロバート・フランク,ブックス アンド フィルムス、1947-2017 神戸展,robert frank, books and films, 1947-2017 in kobe,」

それは、写真の如く、作品を長く吊る展示法にあった。実は、これは新聞用のロール紙で作られたものであり、作品も解説共々そこに印刷されていたのである。

画質優先の写真展示に於て、これは特異なこと。しかも、歴史的大家とされる人の、世界的回顧展に於てである。解説によると、大家故に高額となった展覧会経費や開催困難を克服する為に考え出された方法だという。

初めから保存価値のない新聞紙で作品を複製し、展示が終れば破棄するというものらしい。これにより、大家ロバート・フランクの70年に及ぶ表現活動の大回顧展が実現したのであった。

なかなか面白い企画である。ストリート・フォトグラフィの先駆とされる当の老大家も大層気に入っているらしい。


催事(友人其他)「ロバート・フランク,ブックス アンド フィルムス、1947-2017 神戸展,robert frank, books and films, 1947-2017 in kobe,」
「ブックス アンド フィルムス展」にて各部冒頭を飾る茶色紙

展示は年代や作品集毎に区分されており、それぞれの冒頭には解説付きの章題的なものが茶色いロール紙を使い付けられていた。


催事(友人其他)「ロバート・フランク,ブックス アンド フィルムス、1947-2017 神戸展,robert frank, books and films, 1947-2017 in kobe,」
会場中程には宙に浮く本たちが。これまで発表された写真集等を、手に取って鑑賞出来るようにした、糸吊りの展示

得る物多いユニークな催し

いやぁ、聞きしに勝る見応えある展示であった。遠路無理して来た甲斐があった。映像作品の上映や関連イベントもあったので、もっと早い時期に来るか、何度か来ればよかった。少々後悔……。

作品からは、何か、写真や美術、そしてアメリカや現代社会そのものに至るまでの、脆さやいかがわしさ、しかし、本来的な逞しさの様なものを感じることが出来た。

展覧会としては、写真本来の役割である「複製」に深く根差した企画かと思われた。世界50カ国の非営利会場を巡回し、それぞれの版がまた終了後直ちに廃棄されるという形態にも深い意図を感じる。目で見てもらう展示を超えた、非常にユニークな催しではなかろうか。

移動時間の方が多くなったが得る物は多かった。しかも、これだけの規模で無料。主催の老大家や関係者、そして参観を促してくれたK君に感謝!


催事(友人其他)「ロバート・フランク,ブックス アンド フィルムス、1947-2017 神戸展,robert frank, books and films, 1947-2017 in kobe,」
KIITOの玄関。建物も貴重で面白い。良い役割、余生を与えられて何より。唯一の不満は会場がかなり暑かったことか


催事(友人其他)「ロバート・フランク,ブックス アンド フィルムス、1947-2017 神戸展,robert frank, books and films, 1947-2017 in kobe,」
会場で販売されていたカタログとその中身

抜かりないカタログも微笑まし

帰り際にカタログを購入したが、それも実に心憎いものであった。

それは茶封筒に入れられた特製新聞であった。記事の内容は勿論、本展と作家ロバート・フランクについて。

日本巡回用、しかも神戸展限定仕様で、日本語による作家インタビュー等の記事も読み応えのあるものであった。しかも僅か500円!

ここにも、特異な本展の潔さや気安さ、そして微笑ましさの如きが感じられた。

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2017年08月20日

暑日観展

催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum,券売所,玄関,車寄せ」

各人予定変更での美術館行き

今日、隣県・滋賀の山なかで行われていた展示に行く予定だったが、同行者が都合により急遽不可能となった。

独りで行くことも考えたが、ひょっとして滋賀在住の友人が行くのではないかと考え、朝電話すると、今日は家事予定でそのつもりはなかったが、会期が少ないことを知り、午後から付き合ってくれることなった。

元々どこかのタイミングで行くつもりだったらしいが、有難くも今日、その車に同乗させてもらえることにもなった。交通不便な場所にあり、1人で行くと遠く、交通費も小旅行程かかるので、正に渡りに舟となった。

14時頃、友人宅の最寄駅にて待ち合わせし、そのまま目的の美術館へと向かう。場所は駅がある湖東平野と若干の高地である信楽との間にある山中。途中標高400mを超す峠を越え、40分程の車行で到着した。

写真は、その美術館の玄関部である券売所前の車寄せロータリー。

右の庇下の煙は、そこから出ていた水煙(ミスト)である。涼感的配慮であろうが、ここも標高が400m程あり、35度以上あった京都市街に比して、その到着時より既にかなりの涼しさを実感できていた。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」

玄関棟から会場までは少し距離があり、歩いてでも行けるが、ロータリーで少し待ち、写真の如き自動車に乗って行くこととした。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」

自動車は環境に配慮したらしき電動であった。

女人が御すその車で、ゆっくりとロータリーを出ると、すぐに写真の如き隧道が現れた。何やら中華庭園の円門の様である。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」

隧道内は、この通り。金属板が反す照明の光で意外にも近未来的な感じであった。思わず、昔見た映画「惑星ソラリス」の映像が思い起こされた。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」

意外の初訪問

トンネルを抜け、谷にかかる橋を渡ると写真の如き場所に到る。美術館入口である。

入母屋造を意識したのか、何やら少し和風めいた変わったガラス玄関。この美術館の名はミホミュージアムといい、とある宗教団体が造ったものであった。

建屋等の設計は、華系アメリカ人建築家のI.M.ペイ。ルーヴル美術館のガラスピラミッドで有名な人物である。ただ、その印象からすると、ここのそれは、弛緩的に感じざるを得なかった。

ここが造られたのは、20年以上前。その間、様々な展示が行われていたが、実は訪れるのは今日が初めてであった。

敷地全体が桃源郷をイメージしているらしいが、隧道の円門といい、設計者の属性といい、腑に落ちた気はした。ただ、和漢いずれの方からも距離があり、造形的違和感が感じられた。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」

早速美術館に入り、目当ての企画展に臨む。

即ち、写真の「雪村(せっそん)展」であった。雪村は、雪舟と並び日本画の元祖的人物として有名だが、残存作作品の少なさや掴み難い作風の所為か、意外にも個展の機会が少ない。

今回の展示は、実に20年以上待ち望んでいたその機会だったのである。実は、あと2週間程の会期の内、今日が最後のチャンスでもあった。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」
雪村作品。会場外の複製パネルより。

そして、じっくり時間をかけ、過去最大規模という回顧展を観ることが出来た。雪村の才能や先進性、絵画制作者としての力量を改めて感じることも叶ったのである。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」
美術館の窓から見えた山中の教団施設(中央の屋根等)

企画展のあとは、東西の名宝的遺物を集めた常設展も観覧。広大な敷地や施設と共に教団の財力に、ただ驚かされる。


催事(友人其他)「雪村展,ミホミュージアム,miho museum」
桃源郷からの帰り道。谷の橋を渡り、隧道をくぐる復路である

桃花源より下界

帰りは歩いて隧道をくぐり駐車場へ向かう。そしてまた山中を車行して湖東平野に下降したのである。

その後、友人宅に寄せてもらい、自家製や地元農家から分けて貰った野菜を頂く。お茶を頂き、少々話して、また駅まで送ってもらってお開きとなった。

家事を中断して、わざわざ付き添ってもらい、そしてお土産まで頂き有難い限り。

暑いなかお疲れ様でした。感謝!

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2017年05月30日

夜観絢爛

催事(友人其他)「西本願寺,花灯明,夜の参拝・特別拝観,ライトアップ,唐門,対面所,飛雲閣,御影堂」

絢爛豪華な奥殿への誘い

夜、友人と待ち合わせて京都市街中心部にある西本願寺へ。

そこで行われる夜の特別拝観に臨むためである。先月別の友人からその開催を聞き興味を持ったが、結局これも最終日直前である今日の参観となった。先日の海北友松展に続きまたも慌ただしくなったが、仕方あるまい。

19時過ぎ、先に独りで受付して友人分共々の整理券をもらったが、入場はなんと21時予定に。それは入場終了時間ギリギリのことであった。19時の開場であったが、混雑で長蛇の列が出来ており、その影響かと思われた。

実は、教えてもらった友人に電話して混雑の少ない時間等を聞いていたのだが、状況が変わったらしい。まあ、最終日近くなので、致し方あるまいか……。現況を告知せず募金と受付を進める主催側に少々怒るも、落ち合った友人に事情を話し、近くで先に食事をして待つこととした。

そして、21時。漸く門をくぐり、国宝殿舎が建ち並ぶ公開域へと進む。今回の公開対象は本堂等がある参拝域とは違う、寺院の私的空間。日本最大級の佛教教団・浄土真宗本派本山の、絢爛豪華な奥殿への誘いであった。


上掲写真: 西本願寺の特別拝観域に入ってすぐに現れた国宝「唐門(からもん)」。豊臣伏見城の遺構ともされる築400年程の建造物。伝承の真偽はともあれ、桃山文化を伝える絢爛豪華な様に目を奪われる。正に眩いばかりの有様で、往時の世態が偲ばれる。


催事(友人其他)「西本願寺,花灯明,夜の参拝・特別拝観,ライトアップ,唐門,対面所,飛雲閣,御影堂」
西本願寺「飛雲閣」(左楼閣)と「黄鶴台」(右端建屋)及びその庭園

公開されていたのは、貴賓質的な「白書院」と桃山風楼閣の「飛雲閣」及びそれらの庭園等。

対面所及び白書院

唐門を観たあと、書院玄関に誘導され、その内部より参観する。その存在は以前から知っており、建屋の姿や障屏画(しょうへいが)も随分前から画集等で見知ってはいたが、現地に臨むのは初めてであった。

玄関から入って「虎の間」という、虎と竹の絵が描かれた複製らしき「杉戸絵(すぎとえ)」が多くある広間を通り、書院南縁に出る。禅宗の方丈等と似たつくりながら、先ずはその規模に驚いた。

広縁と庭の只中にある「南能舞台」に対面して広がるのは、「対面所」と呼ばれる大広間である。200畳を超える広さや天井高を誇り、金貼り極彩の障屏画や欄間彫刻で飾り立てられていた。

何という豪華さ。

他寺は勿論、城郭御殿を凌ぐ規模・絢爛ぶりで、今見ても至高の空間の現出を思わせる。御殿と同じく上段を備えたこの対面所は、門主と貴賓が面会する場であったという。記録では元和4(1618)年の再建といい、渡辺了慶作の障屏画年代等とも一致する。

その3年前に豊臣家が滅びたとはいえ、未だ桃山の遺風遺る時代。今や幻の豊臣大坂城や伏見城等の太閤御殿を想わせるに十分な建築であった。やはり、実見してみるものである。

しかし、それだけに終らない。対面所から続く部屋やそれらの障屏画も一級品であった。対面所の北裏に接する白書院も、広さこそ対面所に劣るものの、その調度品に抜かりはなく、同じく絢爛の世界を現出していた。

そして、その北縁にはまた庭内の能舞台。今度は現存最古とされる天正期(1581年頃)製作とみられる「北能舞台」である。

勿論国宝で、鏡板の松の絵が傷んではいるが、古式が窺われて興味深い。また建屋を周回した東縁に面した「虎渓の庭」も絶品であった。大石を立て組んだ豪壮な大陸的作庭で、背後の御影堂(ごえいどう)を廬山に見立てたという、これまた豪気で稀有な作意もみられた。

これらいずれも撮影禁止の為、写真で紹介出来ないのは残念な限り。

友人と感嘆を発しつつ、2度も書院を巡り退出した。そして、境内を少し歩いて別域の門を再度くぐる。現れたのは、飛雲閣と黄鶴台であった。ここは内部に立ち入れない代わりに撮影は自由であった。


催事(友人其他)「西本願寺,花灯明,夜の参拝・特別拝観,ライトアップ,唐門,対面所,飛雲閣,御影堂」
飛雲閣とその正玄関である舟入(ふないり。左下の池に接する階段)

飛雲閣と滴翠園

滴翠園(てきすいえん)という庭園内に建つ飛雲閣。寺の伝承や絵図との類似から、長らく秀吉の聚楽第遺構であるとされてきたが、研究により江戸初期建造の可能性が高まったため、現在では否定的である。ただ、前身建造物が聚楽と関連があり、外観等に影響を与えた可能性は考えられる。

正玄関が舟つき式で、2階に三十六歌仙が描かれる部屋や茶室等の増築もみられることなどから、風雅の用途、即ち余暇・遊興の場としての建屋・空間とみられる。城郭でいう「山里丸」の如き場所か。隣接して小高く設えられる黄鶴台も江戸初期の建築とみられ、こちらは蒸し風呂という。

とまれ、様々な要素を含みながらも調和のとれた名建築・名園である。写真では地味に見えたが、これも実見でその良さが体感出来たよい機会となった。


催事(友人其他)「西本願寺,花灯明,夜の参拝・特別拝観,ライトアップ,唐門,対面所,飛雲閣,御影堂」
宗祖親鸞の肖像を安置した御影堂(寛永13〈1636〉年再建。国宝)

名宝と共に寺の力おもう

滴翠園での飛雲閣参観を終え、最後は通常参拝域である御影堂前に出た。ここでもライトアップは行われており、行事の一体感がみられた。

唐門・書院・飛雲閣と、特別拝観は大きな満足のうちに終えることが出来た。気づけば、閉門を知らせる声が境内のそこかしこから聞こえている。

素晴らしいものを堪能させてもらった。しかし、天下人に比肩し得る権威や財力を寺が有したことに改めて驚かされた。二条城なぞは負けているのではないか。友人も全くの同感である。

何かにつけて、寺の「強さ」を実感する京都ではあるが、これには恐れ入った。宗教は、政治や軍事を超越する存在なのか――。

数々の名宝への想いと共に、そんなことも考えさせられた宵となったのである。

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2017年05月19日

神妙観覧

催事(友人其他)「京都国立博物館,海北友松展,国立博物館新館,海北友松展龍図の正面パネル,国立博物館旧館ライトアップ」

見逃し難い企画、慌て参観

夕方、仕事の手を止め、京都市街東部にある国立博物館に行く。

そこで開催されていた「海北友松展」に参観する為であった。海北友松(かいほう・ゆうしょう)は近江出身の武家画人で、狩野永徳らと共に、豪放絢爛な作風が示された桃山期を代表する描き手として知られる。

二十歳過ぎに日本美術を学び、その豪放鋭利な画風を知って以来、方々で度々観賞していたが、今回のようなまとまったものは初めてであった。個人的に見逃し難い企画であったが、先月始まったばかりと安心していたら、はや最終週ということに気付き、慌てて出向いたのである。


上掲写真: 海北友松展が開かれていた京都国立博物館新館前にて西をみる。日の入り前の光が周囲を演出して美しい。そういえば3年前に再建されたこの館に接するのも初めてであった。手前の池水は豊臣氏縁の旧方広寺大仏殿大石垣付近を堤としていた。収蔵品への影響はないのであろうか。


催事(友人其他)「京都国立博物館,海北友松展,国立博物館新館,海北友松展龍図の正面パネル,国立博物館旧館ライトアップ」
「海北友松展」展示室前の大型パネル。名高い雲龍図を採用

「友松展」所感

平日とはいえ、週末の開館延長の為か、結構な参観者がいた。特に女性客が多いことが印象的であった。桃山美術の巨匠とはいえ、一般で知る人は殆どいない筈の為、少々不思議に感じる。

展示は、新館のほぼ全てを使って行われていた。友松はこれまで晩年での活動しか確認されておらず、確実な現存作品も少ない為、その規模での展覧会が開催できるのか心配であったが、杞憂に終った。

扱いが難しい大型品や海外に流出した作品が集められていた為である。結果、大変見応えのあるものとなった。代表作の雲龍図や衣服膨らむ人物が描かれた禅画の迫力は勿論、写真でしか見たことがなかった海外所蔵品や新判定された初期作等の素晴らしい作品の実見がかなったからである。

特に、この展覧会を機に判明した作品で、山中で独り憂う人物を描いた「菊慈童図屏風」を観られたことは喜ばしく、感銘を受けた。現存最初期と判定された比較的若描きにも拘わらず、非の打ちどころのない大作。神妙宿る山景や人物を、同じく神妙宿る筆致で描いたもの。

また、最晩年の作で最高傑作とされる「月下渓流図屏風」も深く印象に残った。昭和33年からアメリカの美術館所蔵となったもので、60年ぶりの里帰りという。当然私も初鑑賞。題名や解説を見なくとも、仄かに描かれた月さえ観なくとも月下の風情が存分に感じられる不世出の名作であった。

そこに桃山の豪放の気はないが、天才画人の到達点、穏やかで自在な仙境の如きものが観られた気がした。

この作品一対(一双)が単独で最後の一室に飾られていことも良かった。当然のように思われるかもしれないが、大作が多く、様々な制約が多いなかでそれを実現することは難しく、展示側の配慮と工夫が感じられた。ただ、観客が集中し、前面に近接する傾向があったので、引いて観る為のロープ等の処置を施すべきとも思われた。

しかし、所蔵先で大事にされている現状に文句はないが、維新後の混乱期でもあるまいし、どうしてこれほどの作品が海外に流出したのか理解に苦しむところではある。

とまれ、良き展覧会に接することが出来て何より。正に天下の名品を存分に味わえた。有難い限りである。今回の展示は京博開館120周年を記念する一大催事とのことだが、面目躍如の内容であろう。ちょうど10年前に京博で観た狩野永徳展以来の満足であった。

「等顔展」如何?

そういえば、今回の展示は永徳展から始まった「桃山絵師シリーズ」の最後を飾るものでもあるという。2007年の永徳、2010年の長谷川等伯、2013年の狩野山楽・山雪、2015年の桃山時代の狩野派展と連催されてきたとのこと(永徳以外は見逃してしまった。笑)。

しかし、桃山四巨匠のうちの1人、雲谷等顔(うんこく・とうがん)が欠けているではないか。

四巨匠以外では、比較的早世の永徳を継いで一家を成した山楽・山雪はともかく、一昨年の「桃山時代の狩野派展」というのが何か怪しい。ひょっとして等顔展を企画したが叶わなかった為の差替えではないか――。確かに、等顔は四巨匠のなかでは最も作品が集め難そうではある。

まあ、仕方ないので、今後の開催を期待したい。出来れば、今回の友松展のように抜かりのないものを、である……。


催事(友人其他)「京都国立博物館,海北友松展,国立博物館新館,海北友松展龍図の正面パネル,国立博物館旧館ライトアップ」
ライトアップされた京都国立博物館の明治期旧館(重要文化財)

さて、展覧会は終了の20時までじっくり観ることが叶った。最近日が長くなったとはいえ、外に出ると、さすがに夜の帳が下りていたのである。

その後、一緒に鑑賞した友人と帰り道にある食堂に寄り、一献一食。その際今日の参観の話等をし、そして帰宅したのであった。

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2017年04月02日

無花宴語

催事(友人其他)「賀茂川,鴨川,初花見,枝見,鯖寿司,御膳」

山の装い片し「枝見」へ

さて、午前の大文字山での訓練登山後、一旦帰宅して山の装いを片し、靴等の掃除や手入れを済ます。その後、他の用も終え、次は自転車にて再外出。

途中、飲み物や食べ物を買い出して向かったのは賀茂川であった。うちの平会等にも参加してくれる、Y君らの花見に招待されていたのであった。

しかし、先日伝えた通り、今年は桜の開花が遅れている。開花宣言は先月31日に漸く出たばかりで、市街見回しても花見が出来る状況はどこにもなかった。

まあ、そうした状況も込みで、集い・楽しもうという企画。喜んで皆との初花見ならぬ、「枝見」に出かけたのである。

上掲写真: 花見会場への途上に見た賀茂河畔の景。出町柳付近の桜並木に学生らの花見客が大勢展開していた。しかし、花は無く当然「枝見」状態であった。


催事(友人其他)「賀茂川,鴨川,初花見,枝見,鯖寿司,御膳」

抜かりなき馳走揃い

好天と4月最初の休日という解放感に誘われてか、河岸は今年初めて見るような賑わいぶりであった。

そして、少々北よりの河岸集合場所に着き、皆との宴となった。Y君らの用意の食事や、その他の持ち寄り食や飲料を広げて、である。

写真は、その当初の景。控えめな品揃えに見えるかもしれないが、Y君らが朝から調達した複数の名店料理や自作料理を集めた抜かりない馳走揃いであった。

これに加えて他の食材や飲料も広げられ、乾杯の掛け声と共に饗宴開始。


催事(友人其他)「賀茂川,鴨川,初花見,枝見,鯖寿司,御膳」
小生持参のお膳や食器類

北風吹くも花忘れ楽しむ

気合の入った宴席への招待に報いるべく、こちらも、持参の塗りのお膳・器等を広げて頂く(笑)。

写真は京都名物「鯖寿司」が載るお膳の様子。こんなに鯖身の厚い鯖寿司は初めてかもしれない。さすがは食いしん坊連合軍の宴席である(笑)。

こうして、美食・美酒を味わいつつ、皆と様々を語りあい、楽しく過ごさせてもらった。それは、花が無いことを見事に忘れさせてくれたのである。

しかし、終日の好天で気温も上がったにもかかわらず、冷たい北風が絶えず吹いて体感的にかなり寒さを感じる午後であった。やはり今年は何か様子が変である。

とまれ、警戒して持参した冬の上着が役立ち、よかった。

そして夕方となり、場所を暖かな行きつけの茶店に移し、更に語り合った。

皆さんお世話様でした。楽しい午後を有難う!

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2017年04月01日

開室茶事

催事(友人其他)「茶室開き,茶会,稽古,風炉,露地庭,茶庭,蹲,萩焼,井戸茶碗,紅梅きんとん,三島手飛び鉋銘々皿,唐紙襖」

稽古見学、実は茶室開きへ

4月第1日の今日。

週末でもあり、朝から先月分の残務処理や未着手だった片付け等を行う。そして、午後遅くから近所の知人宅へ。新築したその家の茶室で稽古が行なわれていた為である。

連絡を受けたのが2日前だったので、辞退も考えたが、なんとか顔を出すことが出来た。以前お世話になった先生が遠方より訪れていたので、挨拶と久々の会話も叶う。

話が急で、何の準備もしていなかったため見学に徹するつもりでお邪魔したが、実は茶室開きも兼ねていることを先生より聞く。

事前に知らされていれば、それなりの準備をして行ったのであるが……。

まあ、仕方あるまい。


上掲写真: 薄暗い茶室に、雲母(きら)の桐紋を浮かせる唐紙襖。


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知人宅茶室の躙窓(にじりまど)より見える、露地の蹲(つくばい)

程よい大きさと柔和な姿がいい。

作庭を担当したのは同席の庭師Yさん。石や庭の造りと同じく柔和な人である。本白川製と見たが如何であろうか……(当人は不詳という)。


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躙窓と準備された茶道具

風炉による応急手前

本来、茶事では今はまだ寒期となる為、炉は畳下のものを使うが、灰の準備が間に合わなかった為、風炉(ふろ)での手前となったという。隅に見える、茶釜の組み合せがそれである。

ここの炉は、改修の助言をするなどして関わった為、少々残念。因みに、右横に置かれた水指(みずさし)は志野焼製。


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着いた時は、ちょうど濃茶の稽古中であった。それが終り、次に先生の薄茶点前の時から客の1人として着座し、一服を頂く。

写真は先ず出された、紅白金団(きんとん)の菓子。三島手飛鉋(みしまて・とびかんな)と呼ばれる朝鮮由来の様式・技法の皿に載せられている。

家人によると、韓国の現代窯製らしいが、残念ながら20年程前に閉窯してしまったとのことである。

菓子はその他にも、干菓子や半生のものも頂いた。


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薄茶が点てられた茶碗は萩焼。

枇杷釉(びわゆう)に近い赤身ある釉薬が掛けられたもので、桃山期の古萩(こはぎ)か、それ以前の朝鮮製井戸茶碗を写したものとみられる。

銘によると、萩焼の始祖で宗家の、坂高麗左衛門(さか・こうらいざえもん)門下の人の作品らしい。


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茶道口の唐紙襖を広角にて

不均等な散らし様がいい。初めてみた珍しい「三七桐」の図柄が少々不思議である。

終了。参加の甲斐あり

さて、茶室入り前は、身心共に慌ただしい観もあったが、やはり一服により快方を得た。改めて茶事の効能たるを知る。

最後に庭師氏の稽古を見学し、その後少々片づけを手伝う。炭壺がない為、アルミ鍋に炭を入れて処理しようとしていたので、安全な容器への移し替えと庭での密閉消火を手伝った。

鍋が手で持てなくなり、薄い鍋敷きのみで畳上に置かれていた為、危うく火災となるところだったのである。

茶事のあと骨董修理を頼まれていたのが直前に中止にされるなどの混乱もあったが、顔を出した甲斐はあったようである。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 催事(友人其他)

2016年09月06日

初秋華展

催事(友人其他)「来田猛,個展,「光の輪郭」,アートスペース虹,Takeru KORODA,ART SPACE・NIJI,写真展,京都の若手写真家,撮影・掲載許可画像」

秋一番の華やぎへ

8月の終り。

透明な樹脂封筒で仕立てられた瀟洒な郵便物を受け取った。中身は、丁寧に製された写真入りポストカードが数枚。

差出人は、友人で若手写真家の来田猛(ころだ・たける)君。ポストカードの写真は彼の作品であり、即ち個展の案内状であった。

封筒の中には、これまた丁寧な、和紙に手書きの手紙が同封されていた。

花見の招待状でさえ、丁寧かつ完成度が高い、彼らしい配慮。手にした我々もまた、秋一番に開催されるその気概を受け、華やかな気持ちさせられる。

何でも、個展としては実に12年ぶりの開催だという。きっと慎重・抜かりない彼のこと、満を持しての開催なのであろう。

今日は、その開催初日。楽しみにしていた参観の日となったのである。


上掲写真: ギャラリー・アートスペース虹にて本日から始まった、来田猛個展「光の輪郭」一景。写真家本人から、「随分変わった位置から撮りますね」と、呆れられた、ひねくれショット(笑)。


催事(友人其他)「来田猛,個展,「光の輪郭」,アートスペース虹,Takeru KORODA,ART SPACE・NIJI,写真展,京都の若手写真家,撮影・掲載許可画像」
「アートスペース虹」前に置かれた来田展の案内板

本当は、もう少し早い時間、空いている頃に行きたかったのだが、暑さ等のため断念。

月初に一瞬涼しくなったが、結局34度前後の高温と熱帯夜気候が続いている。一体いつまで続くのやら……。

さて、会場のギャラリーは、京都市街東部の蹴上(けあげ)近く。三条通南縁にある、美術関係者には知られた店であった。

そして、漸く西日が衰えた夕方に、そこを訪問。初めてではないが、こうして知人の主催だと、気持ちもまた改まるのであった。


催事(友人其他)「来田猛,個展,「光の輪郭」,アートスペース虹,Takeru KORODA,ART SPACE・NIJI,写真展,京都の若手写真家,撮影・掲載許可画像」
一応の「順路の始め」という、扉付近の展示

華麗な前展とは違う「自身の表現」

平日だから空いているかと思えば、既に来田君は接客中であった。

扉を開ける前に目が合い(笑)、挨拶して入場。実は、差入れを買う前に通向こうから様子を見た際も既に複数の先客がいた。どうやら、切れ目なく接客しているようであった。

それでも、その合間に丁寧な応対をしてもらえた。

展示スペースは1室で、さほど広くないものであったが、本人曰く「それも計算の上」とのこと。前回のコラボ展の大作・華麗さと売って変わった様子だが、これが、ここでそして今すべき自分の表現・展示なのだという。

展示される写真作品も、比較的小さなものが多かったが、これも「必要な大きさを突きつめた上」とのことであった。


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必要に応じて額装・板敷にされ、また関連配置された来田作品

具象と抽象の境界で光知覚

今回のテーマは「写された断片的なイメージを通して、そこはかとない光の姿を見出す」ことという。

以前感銘を受けた、黒の漆芸作品を光の反射で表した「線という形 闇という色」展に通じるように感じられたが、今回は水辺や植物等をそのまま捉えた、より具象的なもの。

とはいえ「断片的」なので、ともすれば、その実体に対する知覚すら危うく感じられるものもあった。ただ、作家曰く、鑑賞者の視座を完全に失わせないよう、必ず他の具象体が入れられているという。

実体が持つ具象と抽象の境界で、普段意識し難い光を知覚させる、ということであろうか――。

光の姿を明示しないようにも見える一連の作品は、どこか模糊として心象的にも感じられるが、厳しさや軽妙さ等といった、様々なものが含まれていた。

つまりは、心象を超越した、純粋美の追求がその本質か……。


催事(友人其他)「来田猛,個展,「光の輪郭」,アートスペース虹,Takeru KORODA,ART SPACE・NIJI,写真展,京都の若手写真家,撮影・掲載許可画像」
新たに訪れたお客さんの問いに応じる来田君


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モノクロ作品の展示

写真家の作品を撮影することは、どこか気がひけるので、近づいて撮ることが出来なかった。結果、魅力が伝わらない小さな画像ばかりとなり、申し訳ない限り。

是非、現場に行って様々な作品を体感してもらいたい。来田猛個展「光の輪郭」は、東山区蹴上のアートスペース虹にて、9月11日までの開催である。


催事(友人其他)「来田猛,個展,「光の輪郭」,アートスペース虹,Takeru KORODA,ART SPACE・NIJI,写真展,京都の若手写真家,撮影・掲載許可画像」
最近のお約束?案内状作品と男前作家の記念撮影(笑)


9月10日追記

画廊がうちの近所であることをいいことに、明るい昼間に再訪。

特に気になった2つの展示作品を撮影させてもらい、以下に改めて紹介する。共に、強く印象に残った作品。


催事(友人其他)「来田猛,個展,「光の輪郭」,アートスペース虹,Takeru KORODA,ART SPACE・NIJI,写真展,京都の若手写真家,撮影・掲載許可画像」
光る内湖の水面(みなも)に群集する蓮茎

直線的な茎の姿・影が、淡い光を際立たせる。奇しくも、今年起こった琵琶湖での蓮枯れ現象をとらえた、記録的な作品。


催事(友人其他)「来田猛,個展,「光の輪郭」,アートスペース虹,Takeru KORODA,ART SPACE・NIJI,写真展,京都の若手写真家,撮影・掲載許可画像」
強い陽射しを反す滝壺に注ぐ水塊

作家曰く、躍動する流水の姿を止めてみたかったことがそもそもの動機という。

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2015年10月24日

訪阪観華

催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,写真展,FLOWERS,ギャラリー白,Exhibition,Takeru KORODA,gallery HAKU OSAKA」

大阪中心裏に目的地求める

週末の午後。人と待ち合わせてとある場所へと向かう。

列車等を乗り継いで着いたのは、大阪市内中心部は中之島近く。そこにてもう一人とも落ち合い、更にその裏街を歩く。

住居とオフィスが混在する路地を進むと、やがて目的の古ビルが見えてきた。ギャラリー白(はく)という画廊が入る建屋――。初めて訪れる場所であった。

今日は、ここにて友人の写真展を観覧する予定であった。友人の名は来田猛(ころだ・たける)君。このサイトでも以前より何度か取りあげている、俊英の写真家である。

真鍮製ドアノブ付の木扉などが残る、昭和30年代以前の造りを濃厚にするビルに入ると、突き当りに会場の入口が。既に観客があり、賑わっている。今日は週末かつ、展示最終日であった。


上掲写真: 今日の目的たる写真展が開催されている、大阪中心地裏の古ビル(右手中央の3階建て)。「裏町」とは記したが、付近には古書や古美術の店が多く、文化的な雰囲気を有する場所である。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,写真展,FLOWERS,ギャラリー白,Exhibition,Takeru KORODA,gallery HAKU OSAKA」
ギャラリー壁面に「輝く」存在感を示す、大判の来田作品群

杉田一弥&来田猛作品展「FLOWERS」

部屋は3階までの各階にあったが、夫々は然程広くはないので、人が出るまで少し待った。その後、1階より順に観覧していく。

最初に入ったところから、同行3人共々、声を挙げる。大判で鮮やかな作品群が部屋一杯に出迎えたからである。

A5版フルカラーで作製された、豪華なパンフ型案内状で既にその良さを予告されていたが、実物の凄味に圧倒される。

今回は、被写体が生け花作家の杉田一弥氏の作品となっている。それ自体が独創的で尖鋭的な氏の作品を「精確に」写しとり、自身の写真作品として昇華させることは、並大抵のことではない筈。しかし、来田君はそれを見事成功させていたのであった。

全方向抜かりなし

上階にて来田君と会い、作品についての話を聞く。確かに難しく、大変な作業だったが、それでも楽しみながら出来たとのこと。そして、やはり杉田氏の作品を活かすことに腐心したという。その為に、照明や背景等々を工夫したとのこと。彩色の背景は、なんと自身で描いたりして成したという手間のかけようだった。

また、当然ながら、生け花は「生」で「1度きり」の作品な為、他の被写体とは違い、時間や場所に大きな制約があったことも語ってくれた。ただ、今回の作品は、あくまでも杉田作品が主体で、自分は単なる裏方、引立て役であることも言う。

その他、展示方法・作品外観にも気を遣っており、分厚く光沢が素晴らしいアクリル額を特注したという。あまりの大きさに画面が撓む為、裏側には金属の骨材も使用される重量物であることも明かしてくれた。

さすがは来田君、作品表現は疎か、全方向で抜かりない。パンフレットの刷直し等の細かいことも含め、作品完成の為、展覧会実施の為、惜しみなく費用も投入したという豪気ぶりもあった。

ある意味、そんな地味ともいえる作業・気遣いの積み重ねが、素晴らしい作品を産む根源であることを改めて教えてもらった。


催事(友人其他)「杉田一弥,来田猛,写真展,FLOWERS,ギャラリー白,Exhibition,Takeru KORODA,gallery HAKU OSAKA」
美麗かつ艶っぽい、杉田作品とのコラボ作の前に佇む、これまた色男な来田君

パンフにも使われた本展覧会のメイン作の一つ。裏方に徹したとは言うが、淡泊な来田君の秘めた艶やかさや情念の如きが表出した、彼独自の作風の一つ、側面が感じられる作品と想われた。

全作堪能、感謝!

全作品を堪能した後、来客の応対に忙しい来田君に挨拶し、画廊をあとにした。その後は、観覧途中に合流したもう一人の友と4人で近くのカフェに移動して、お茶や食事に。

その後、時間が中途だったこともあり、京都に帰ったあともまた食事に。来田君との別れ際に京都での一献も提案されたが、片付け等が忙しかったようで、叶わなかった。

とまれ、良い機会、良い作品を有難う。華やかな催しや作品に、気持ちや一日も華やいだ。

付き合ってくれた友人達も含めて感謝!

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2015年04月11日

卯月公選

逍遥雑記「2015年春の地方選挙,京都市会議員選挙」

4月の喧騒

先ずは、ブレた模糊画像の掲載、ご容赦を……。

故あって、というか、撮影に失敗し、これしか無い為の処置である。

さて、最近京都市内は朝晩少々騒がしい。時は春4月上旬、桜花満開の好日なので、さぞや行楽客で賑わっているのであろう……という訳ではなく、地方選の運動期間に突入したからである。

投票日は明日4月12日の日曜。京都府議会議員と同市議会議員の入替え・再選出を対象とする。京都市民としては大事な催事だが、普段なら特にここで語ることでもない。

激戦区での市議選
旧知(窮地)のベテラン応援


だが、今回は知己の市議が窮地ということで、着目・話題に。

その市議S氏(公人なので伏せる必要はないが何かの法に触れて失格とかになってはいけないので。笑)は7期28年在職のベテラン議員。8期目の続投も志すが、所属党の退潮や、議席削減、若手台頭といった、これまでにない苦戦に直面するという。

S氏には、これまでイベントや様々な相談毎、そして罹災時にもお世話になっていた。また、それらの交流を通して、昼夜・休日関係なしに、公務・周囲の為に奔走する姿も垣間見てきた。バブル期等に於ける、市内の数々の乱開発の歯止めとなった功績もある。

そんな公私の事情・感情から、今回の窮地に対して細やかながら応援することにしていた。

元大臣とのツーショットの機会?

昨晩も下鴨で行われた演説会に参加したところである。

その際、前触れなしに前原誠司元大臣が応援に現れた。折角最前席にいたので(元大臣1m前。笑)、府議の島内氏らの分共々、写真(ツーショット?)にとってあげたかったのだが、カメラを使うことを躊躇った為、叶わずに終った。

あとで後援会の人に訊いたところ、別に撮っても構わなかったとのこと。折角の機会を逃したと残念に思っていたが、早くも今日また機会が巡ってきた。

近所にスーパーの前に、S氏・前原氏同乗の街宣車が現れたのである。丁度、手前で信号待ちをしており、カメラを準備し、手を振りつつこちらに気を惹くことが叶った。そして、信号が変わり、目の前を通過する際に撮影するも、掲載画像・上述通りの失敗に……。

原因は、動体撮影に適う一眼レフを持参していなかったこと。この様な場面を想定していなかったので、ファインダー(覗き窓)の無い小さなカメラしか持っていなかったのである。

後悔先に立たず――。

因みに、助手席でもある前の窓にこちらを向くS氏、そしてその後ろの窓に同様の元大臣の姿がある。まあ、全くといって言いほど判るまいが……(笑)。


逍遥雑記「2015年春の地方選挙,京都市会議員選挙」
失敗写真のみなのも気が引けるで、一応まともなものも。S氏選挙事務所の一景である。「賑やかしを兼て覗きに」との本人らの誘いもあり訪ねたが、もぬけの殻の閑散ぶり。選挙戦最終日とあって仕方あるまいか。珈琲を頂きつつ留守居の人らと暫し話して帰る。結局これもある意味失敗写真ではないか(笑)

まだまだやれる!おきばりやす

さて、S氏は66歳。我々の親世代に近いが、身心頑強で意欲も十分。

昨夜、別れ際に淡路のハラケンこと、故原健三郎氏(代議士生活54年、93歳引退)を引き合いに出し、あと28年もやれる、「マサホ(S氏愛称)落ちたら山燃える!」のスローガンで有権者を諭すべき(脅すべき?明石大橋を実現させた原氏の「ハラケン落ちたら橋落ちる!」のスローガンとS氏の自然保護実績をかけて)、などと声をかけたら、「アホいうな!」といつもの、ニヤケ混じりのどやし(怒鳴るの意)で返された(笑)。

さすがにそこまではシンドイか、はたまたは謙遜か……。

とまれ、決戦まであと一息。おきばりやす、影ながら応援しております……。

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2014年12月26日

師走観劇

催事(友人其他)「南座,歌舞伎,顔見世,千穐楽,観覧」

何故やら南座へ

写真は、夕刻、四条大橋から賀茂川とその東岸を写したもの。冷たい師走の雲間から入り日を受けて佇むのは、彼(か)の歌舞伎の殿堂「南座」。

馴染みの景だが、以前から特に関りがない南座。しかし、今日は何故やらそれを注視し、またそこへ向かって歩く。


催事(友人其他)「南座,歌舞伎,顔見世,千穐楽,観覧」
そして、南座の屋根を見れば、こんな文字


催事(友人其他)「南座,歌舞伎,顔見世,千穐楽,観覧」
また、窓を見ても、こんな文字が……


催事(友人其他)「南座,歌舞伎,顔見世,千穐楽,観覧」

絶好の機会回り来る
「顔見世千穐楽券」拝領


遡ること今日昼前。久方ぶりに声を聞く友人から突如の電話があった。それは、今日夕方から身が空けられること、そして歌舞伎興行の観覧が可能かとの問合せであった。

なんでも、彼の知人である愛好の人が急遽参観不能になり、代りの人を探しているとのことであった。往古より人気の顔見世興行、そして元より歌舞伎を生の舞台で観たことがなかったので、忽ち気を寄せられる。しかも今日は顔見世最終日である千穐楽興行という、特別の日であった。

絶好の機会。幸い時間固定の用がなかった為、予定を変更し、代参を引き受けたのであった。「どうせなら興味ある人、為になる人に」と声をかけてくれた友よ、有難う!

写真は頂いた観覧券。本来はかなり高価なものらしい。楽しみにしていたにも拘らず行けなかった人の無念をしのびつつ、回り来た年の瀬の幸として有難く頂くこととした。


催事(友人其他)「南座,歌舞伎,顔見世,千穐楽,観覧」
南座正面を飾る、お馴染み「招き看板」。師走・年の瀬の風物詩として、報道などでよく観る光景。自身でも例年この時期よく見上げたものだが、一度も観劇したことはなかった

催事(友人其他)「南座,歌舞伎,顔見世,千穐楽,観覧」
千穐楽を伝える南座の看板と大提灯

観劇終了
歌舞伎の良さ奥深さを確認


さて、幾度かの休憩を挟んで4時間以上続いた顔見世千穐楽興行を無事観覧。見るもの聞くもの全てが新鮮で、実に感慨深かった。座席は中央前寄りの超優良席。貴重な観劇機会を、余すことなく堪能できたのであった。

芝居内容で特に印象に残ったのは、『仮名手本忠臣蔵 九段目』での、大御所坂田藤十郎と片岡秀太郎演じる年増女(ここでは中年の意)の競演。非常の状況にある、妻そして母(または義母)たる女の心の機微や仕草・艶の諸々が、本物の女性を凌ぐ見事な様で演じられた。

また、若手中村壱太郎の娘役も、親思う心や仕草が同じく本物を凌ぐが如くで良かった。歌舞伎特有のオーバーな演技の中にも、若い女の阿娜(あだ)たるをよく表現し、男性であることを完全に忘れさせる程の艶やかな出来であった。

その他、良く考えられた大小の道具類や、背景の演奏や音処理にも素晴らしいものがあった。そして、ハラハラと舞い落される紙片の雪等、随所に日本人の感性たるものの表現が感じられた。

正に総合芸術の極み。能とはまた違った歌舞伎の良さ、奥深さを確認することが出来たのである。

終演後、南座を後にして、まもなく帰宅。やがて切符を回してくれた友人が訪ねてきて、久々に一献。興奮冷めやらぬ歌舞伎の話で夜半まで盛り上がったのであった。


貴重で有意義な機会を頂いたK君と切符を譲ってくれた人に感謝!

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2012年12月06日

厚情美味

催事(友人其他)「愛農ナチュラルポークを食す会」

趣旨不詳?招待に与る

夕方より京都市街北辺は北山通へと向かう。途中、今日の誘い主である地元出版社のTさんと合流してのことである。

目的は、北山のとあるレストランで開かれる予定であった食事会への出席。「高校生が育てたナチュラルポークを食す会」と銘うたれた集いであった。

私は疎か、出版関係の先輩に誘われたというTさんさえ、あまり行事の趣旨を理解していなかったが、とにかくご招待に与る(あずかる)こととなったのである。


上掲写真: ナチュラルポーク会の始まりを飾る、5種の前菜。左から「リエット」「ロースハム」「テリーヌ」「パンチェッタ」「コッパ」という名の料理。何れも、今日の主役たる「ナチュラルポーク」を使ったイタリアン仕立てとなっている。


催事(友人其他)「愛農ナチュラルポークを食す会」

ポーク会開催
予想以上の人数


会の開始は19:00だったので、それまでに会場入りしなくてはならない。仕事が遅くなれば中途参加や欠席の可能性もあったが、幸い早く終ったので無事参加が叶った。

豪勢な焼肉店の別館に用意された会場は当初こそ人が少なかったが、開催時間となる頃には、ほぼ満席となった。予想以上の人数(ひとかず)である。

最初に主催者等々の挨拶があり、漸く趣旨を知る。何でも、有機農業に取り組む三重の私立農学校(高校)の生徒が育てた豚の味に感動した人々が、その良さを知ってもらい、学校を応援する為に始めた活動の一環という。

写真は、参加者の前で挨拶をする今回の「招待主」のKさん。Tさんの先輩で、同じく出版社を営むKさんのご細君でもあった。


催事(友人其他)「愛農ナチュラルポークを食す会」

ナチュラルなメーンディッシュ

会は、滋賀の名店シェフが作るイタリアンのコース料理を食すという形で進行する。料理は疎か、シェフによって特別に選定された赤白のワインも実に美味であった。

そして、その終盤、突如皿内に生肉が散り置かれたものが各人の前に出された。写真がそれで、良く見れば、各肉片の部位を示すとみられる名札も添えられていた。

実は、これが本日の主菜であった。ナチュラルポーク本来の味を、自らで焼いて味わってもらいたいという配慮である。素朴ながら、正に「メーンディッシュ」、そして実に「ナチュラル」な方法であった。私自身、普段から、豚に限らず、良い肉は先ずは塩のみで賞味すべしとの考えを持っていたので、大いに得心。

会がイタリアンで進行しながら、何故か焼肉店で行われていたという謎も、すっきり氷解したのであった。

この後には、厚切りのステーキ肉も供され、その美味を堪能。そして最後は同じく学校産の牛乳を用いたデザート「カタラーナ(スペイン風プリン)」で締めとなった。

美味と厚情に感謝!

やがて、仕舞いの挨拶と共に会はお開きに。しかし、TさんとKさん(夫君側)共々、近くの酒店に河岸(かし)を変えて宴席を続けることとなった。70年代気質の酒豪連合を前に一寸緊張したが、ひたすらの温燗(ぬるかん)も和やかに、無事午前様まで楽しく過ごせたのであった。

本格的な冬の到来を想わせる大変寒い日であったが、美味と厚情に満ちた良き晩となった。先輩方々に深く感謝したい。

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2012年11月25日

大観盆栽

ツルウメモドキ(蔓梅擬)の盆栽の枝先と背後の掛軸画,第32回日本盆栽大観展,BONSAI Exhibition,kyoto,京都岡崎みやこめっせにて」

毎年の心待ち
渋い大催事来る


今日は午後から友人と催事に出かける。その名は「日本盆栽大観展」。場所は、京都市街東辺「岡崎」にある「みやこメッセ」という市営催事場。

催事名通り、盆栽を集めた渋い展覧会なのであるが、ここ数年、毎年参観しているという半ば馴染みの催しであった。実は、この催事に関わり解説ツアーも担当する、知己で盆栽研究家の川崎仁美さんから毎年招待を受けるという光栄に浴していた。

紅葉の終り、そしてそろそろ冬の訪れを聞くという、少々寂しいこの期を埋める一大行事としても、毎年心待ちにしていたものであった。


上掲画像: 背景に置かれた掛軸画にかかる盆栽作品の枝。生け花などでもお馴染みの「ツルウメモドキ(蔓梅擬)」で、配色・配置が絶妙。本来はパンフォーカス(全焦点)気味に撮影すべきであろうが(笑)。


第32回日本盆栽大観展の会場風景,BONSAI Exhibition,kyoto,京都岡崎みやこめっせにて
盆栽大観展の会場風景。広い会場に大作・名品の数々が続く。毎年参観しながら、今までこのサイトで紹介しなかったのは、撮影が禁止されていた為。以前起こった、ある不届き者に因る事件をきっかけに長くそうなっていたが、今年から解禁されることとなったという。まぁ、有難い限り。これにて晴れてお披露目である。


「見返り美人」の様な真柏盆栽,第32回日本盆栽大観展,BONSAI Exhibition,kyoto,京都岡崎みやこめっせにて
今回の個人的好みの作品。真柏(しんぱく。槙柏・柏槙)を用いたもので、古樹の肌を持ちながら躍動的な姿に仕立てられている。繊細でいて艶っぽい、恰も「見返り美人」のような印象を受けた優品。


柿の実がなる盆栽小品,第32回日本盆栽大観展,BONSAI Exhibition,kyoto,京都岡崎みやこめっせにて
これも好みの作品。小品ながら、抜かりない構成を見せる。ともすれば、息苦しさをも生じさせる程の追い込み様だが、暖かみある柿の実で「分相応的」に中和されている。これも計算の上であろうか。

御礼と記念撮影

今回も良いものを見せてもらった。観覧中、川崎さんにも会うことが出来、無事礼を述べる。偶然、今回の展覧会写真を担当した写真家と知己でもあった、同行の友人写真家も紹介出来た(ついでに和装美人(=川崎さん)との記念撮影も依頼。笑)。

今日は4日間ある会期の3日目の日曜日。恐らくは最高潮、山場の日であったのではなかろうか。あと1日の会期と撤収等が残っているが、とまれ、お疲れ様でした。いつも素晴らしい機会を有難う!

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 催事(友人其他)