2015年10月24日

訪阪観華

杉田一弥・来田猛写真展「FLOWERS」が開催されている、大阪中之島裏の古ビルギャラリー「白(gallery HAKU OSAKA)」(右手中央3階建)

大阪中心裏に目的地求める

週末の午後。人と待ち合わせてとある場所へと向かう。

列車等を乗り継いで着いたのは、大阪市内中心部は中之島近く。そこにてもう一人とも落ち合い、更にその裏街を歩く。

住居とオフィスが混在する路地を進むと、やがて目的の古ビルが見えてきた。ギャラリー白(はく)という画廊が入る建屋――。初めて訪れる場所であった。

今日は、ここにて友人の写真展を観覧する予定であった。友人の名は来田猛(ころだ・たける)君。このサイトでも以前より何度か取りあげている、俊英の写真家である。

真鍮製ドアノブ付の木扉などが残る、昭和30年代以前の造りを濃厚にするビルに入ると、突き当りに会場の入口が。既に観客があり、賑わっている。今日は週末かつ、展示最終日であった。


上掲写真: 今日の目的たる写真展が開催されている、大阪中心地裏の古ビル(右手中央の3階建て)。「裏町」とは記したが、付近には古書や古美術の店が多く、文化的な雰囲気を有する場所である。


杉田一弥・来田猛写真展「FLOWERS」が開催されている、大阪中之島裏の古ビルギャラリー「白(gallery HAKU OSAKA)」の壁面に「輝く」存在感を示す、大判の来田猛写真作品
ギャラリー壁面に「輝く」存在感を示す、大判の来田作品群

杉田一弥&来田猛作品展「FLOWERS」

部屋は3階までの各階にあったが、夫々は然程広くはないので、人が出るまで少し待った。その後、1階より順に観覧していく。

最初に入ったところから、同行3人共々、声を挙げる。大判で鮮やかな作品群が部屋一杯に出迎えたからである。

A5版フルカラーで作製された、豪華なパンフ型案内状で既にその良さを予告されていたが、実物の凄味に圧倒される。

今回は、被写体が生け花作家の杉田一弥氏の作品となっている。それ自体が独創的で尖鋭的な氏の作品を「精確に」写しとり、自身の写真作品として昇華させることは、並大抵のことではない筈。しかし、来田君はそれを見事成功させていたのであった。

全方向抜かりなし

上階にて来田君と会い、作品についての話を聞く。確かに難しく、大変な作業だったが、それでも楽しみながら出来たとのこと。そして、やはり杉田氏の作品を活かすことに腐心したという。その為に、照明や背景等々を工夫したとのこと。彩色の背景は、なんと自身で描いたりして成したという手間のかけようだった。

また、当然ながら、生け花は「生」で「1度きり」の作品な為、他の被写体とは違い、時間や場所に大きな制約があったことも語ってくれた。ただ、今回の作品は、あくまでも杉田作品が主体で、自分は単なる裏方、引立て役であることも言う。

その他、展示方法・作品外観にも気を遣っており、分厚く光沢が素晴らしいアクリル額を特注したという。あまりの大きさに画面が撓む為、裏側には金属の骨材も使用される重量物であることも明かしてくれた。

さすがは来田君、作品表現は疎か、全方向で抜かりない。パンフレットの刷直し等の細かいことも含め、作品完成の為、展覧会実施の為、惜しみなく費用も投入したという豪気ぶりもあった。

ある意味、そんな地味ともいえる作業・気遣いの積み重ねが、素晴らしい作品を産む根源であることを改めて教えてもらった。


写真展「FLOWERS」が開催されている、大阪中之島裏の古ビルギャラリー「白(gallery HAKU OSAKA)」の一室で、美麗かつ艶っぽい生け花作家・杉田一弥氏作品とのコラボ作の前に佇む写真家・来田猛君
美麗かつ艶っぽい、杉田作品とのコラボ作の前に佇む、これまた色男な来田君

パンフにも使われた本展覧会のメイン作の一つ。裏方に徹したとは言うが、淡泊な来田君の秘めた艶やかさや情念の如きが表出した、彼独自の作風の一つ、側面が感じられる作品と想われた。

全作堪能、感謝!

全作品を堪能した後、来客の応対に忙しい来田君に挨拶し、画廊をあとにした。その後は、観覧途中に合流したもう一人の友と4人で近くのカフェに移動して、お茶や食事に。

その後、時間が中途だったこともあり、京都に帰ったあともまた食事に。来田君との別れ際に京都での一献も提案されたが、片付け等が忙しかったようで、叶わなかった。

とまれ、良い機会、良い作品を有難う。華やかな催しや作品に、気持ちや一日も華やいだ。

付き合ってくれた友人達も含めて感謝!

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2015年04月11日

卯月公選

2015年京都市会議員選挙戦最終日に市街東部のスーパー前に現れた、京都市議会議員のS氏と前原誠司元大臣同乗の街宣車

4月の喧騒

先ずは、ブレた模糊画像の掲載、ご容赦を……。

故あって、というか、撮影に失敗し、これしか無い為の処置である。

さて、最近京都市内は朝晩少々騒がしい。時は春4月上旬、桜花満開の好日なので、さぞや行楽客で賑わっているのであろう……という訳ではなく、地方選の運動期間に突入したからである。

投票日は明日4月12日の日曜。京都府議会議員と同市議会議員の入替え・再選出を対象とする。京都市民としては大事な催事だが、普段なら特にここで語ることでもない。

激戦区での市議選
旧知(窮地)のベテラン応援


だが、今回は知己の市議が窮地ということで、着目・話題に。

その市議S氏(公人なので伏せる必要はないが何かの法に触れて失格とかになってはいけないので。笑)は7期28年在職のベテラン議員。8期目の続投も志すが、所属党の退潮や、議席削減、若手台頭といった、これまでにない苦戦に直面するという。

S氏には、これまでイベントや様々な相談毎、そして罹災時にもお世話になっていた。また、それらの交流を通して、昼夜・休日関係なしに、公務・周囲の為に奔走する姿も垣間見てきた。バブル期等に於ける、市内の数々の乱開発の歯止めとなった功績もある。

そんな公私の事情・感情から、今回の窮地に対して細やかながら応援することにしていた。

元大臣とのツーショットの機会?

昨晩も下鴨で行われた演説会に参加したところである。

その際、前触れなしに前原誠司元大臣が応援に現れた。折角最前席にいたので(元大臣1m前。笑)、府議の島内氏らの分共々、写真(ツーショット?)にとってあげたかったのだが、カメラを使うことを躊躇った為、叶わずに終った。

あとで後援会の人に訊いたところ、別に撮っても構わなかったとのこと。折角の機会を逃したと残念に思っていたが、早くも今日また機会が巡ってきた。

近所にスーパーの前に、S氏・前原氏同乗の街宣車が現れたのである。丁度、手前で信号待ちをしており、カメラを準備し、手を振りつつこちらに気を惹くことが叶った。そして、信号が変わり、目の前を通過する際に撮影するも、掲載画像・上述通りの失敗に……。

原因は、動体撮影に適う一眼レフを持参していなかったこと。この様な場面を想定していなかったので、ファインダー(覗き窓)の無い小さなカメラしか持っていなかったのである。

後悔先に立たず――。

因みに、助手席でもある前の窓にこちらを向くS氏、そしてその後ろの窓に同様の元大臣の姿がある。まあ、全くといって言いほど判るまいが……(笑)。


2015年京都市会議員選挙で市街東部に開かれた市議S氏の選挙事務所の選挙戦最終日の様子
失敗写真のみなのも気が引けるで、一応まともなものも。S氏選挙事務所の一景である。「賑やかしを兼て覗きに」との本人らの誘いもあり訪ねたが、もぬけの殻の閑散ぶり。選挙戦最終日とあって仕方あるまいか。珈琲を頂きつつ留守居の人らと暫し話して帰る。結局これもある意味失敗写真ではないか(笑)

まだまだやれる!おきばりやす

さて、S氏は66歳。我々の親世代に近いが、身心頑強で意欲も十分。

昨夜、別れ際に淡路のハラケンこと、故原健三郎氏(代議士生活54年、93歳引退)を引き合いに出し、あと28年もやれる、「マサホ(S氏愛称)落ちたら山燃える!」のスローガンで有権者を諭すべき(脅すべき?明石大橋を実現させた原氏の「ハラケン落ちたら橋落ちる!」のスローガンとS氏の自然保護実績をかけて)、などと声をかけたら、「アホいうな!」といつもの、ニヤケ混じりのどやし(怒鳴るの意)で返された(笑)。

さすがにそこまではシンドイか、はたまたは謙遜か……。

とまれ、決戦まであと一息。おきばりやす、影ながら応援しております……。

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2014年12月26日

師走観劇

京都・賀茂川(鴨川)にかかる四条大橋から見た、雲間の入り日を受ける歌舞伎の殿堂「南座」

何故やら南座へ

写真は、夕刻、四条大橋から賀茂川とその東岸を写したもの。冷たい師走の雲間から入り日を受けて佇むのは、彼(か)の歌舞伎の殿堂「南座」。

馴染みの景だが、以前から特に関りがない南座。しかし、今日は何故やらそれを注視し、またそこへ向かって歩く。


京都・賀茂川(鴨川)にかかる四条大橋から見た、南座屋根上の歌舞伎顔見世の看板
そして、南座の屋根を見れば、こんな文字


京都市街東部・祇園四条の南座の窓に貼られた、赤い歌舞伎顔見世興行の貼紙
また、窓を見ても、こんな文字が……


友人より急遽頂いた、京都市街東部・祇園四条の南座で行われる歌舞伎顔見世興行千穐楽の観覧券及び演目表

絶好の機会回り来る
「顔見世千穐楽券」拝領


遡ること今日昼前。久方ぶりに声を聞く友人から突如の電話があった。それは、今日夕方から身が空けられること、そして歌舞伎興行の観覧が可能かとの問合せであった。

なんでも、彼の知人である愛好の人が急遽参観不能になり、代りの人を探しているとのことであった。往古より人気の顔見世興行、そして元より歌舞伎を生の舞台で観たことがなかったので、忽ち気を寄せられる。しかも今日は顔見世最終日である千穐楽興行という、特別の日であった。

絶好の機会。幸い時間固定の用がなかった為、予定を変更し、代参を引き受けたのであった。「どうせなら興味ある人、為になる人に」と声をかけてくれた友よ、有難う!

写真は頂いた観覧券。本来はかなり高価なものらしい。楽しみにしていたにも拘らず行けなかった人の無念をしのびつつ、回り来た年の瀬の幸として有難く頂くこととした。


京都市街東部・祇園四条の南座正面を飾る師走・年の瀬の風物詩「招き看板」
南座正面を飾る、お馴染み「招き看板」。師走・年の瀬の風物詩として、報道などでよく観る光景。自身でも例年この時期よく見上げたものだが、一度も観劇したことはなかった

京都市街東部・祇園四条の南座前に用意された千穐楽を伝える看板と大提灯
千穐楽を伝える南座の看板と大提灯

観劇終了
歌舞伎の良さ奥深さを確認


さて、幾度かの休憩を挟んで4時間以上続いた顔見世千穐楽興行を無事観覧。見るもの聞くもの全てが新鮮で、実に感慨深かった。座席は中央前寄りの超優良席。貴重な観劇機会を、余すことなく堪能できたのであった。

芝居内容で特に印象に残ったのは、『仮名手本忠臣蔵 九段目』での、大御所坂田藤十郎と片岡秀太郎演じる年増女(ここでは中年の意)の競演。非常の状況にある、妻そして母(または義母)たる女の心の機微や仕草・艶の諸々が、本物の女性を凌ぐ見事な様で演じられた。

また、若手中村壱太郎の娘役も、親思う心や仕草が同じく本物を凌ぐが如くで良かった。歌舞伎特有のオーバーな演技の中にも、若い女の阿娜(あだ)たるをよく表現し、男性であることを完全に忘れさせる程の艶やかな出来であった。

その他、良く考えられた大小の道具類や、背景の演奏や音処理にも素晴らしいものがあった。そして、ハラハラと舞い落される紙片の雪等、随所に日本人の感性たるものの表現が感じられた。

正に総合芸術の極み。能とはまた違った歌舞伎の良さ、奥深さを確認することが出来たのである。

終演後、南座を後にして、まもなく帰宅。やがて切符を回してくれた友人が訪ねてきて、久々に一献。興奮冷めやらぬ歌舞伎の話で夜半まで盛り上がったのであった。

貴重で有意義な機会を頂いたK君と切符を譲ってくれた人に感謝!

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2012年12月06日

厚情美味

京都市街北部・北山の焼肉店で行われた「愛農ナチュラルポークを食す会」始まりを飾る「リエット」「ロースハム」「テリーヌ」「パンチェッタ」「コッパ」という名の5種の前菜

趣旨不詳?招待に与る

夕方より京都市街北辺は北山通へと向かう。途中、今日の誘い主である地元出版社のTさんと合流してのことである。

目的は、北山のとあるレストランで開かれる予定であった食事会への出席。「高校生が育てたナチュラルポークを食す会」と銘うたれた集いであった。

私は疎か、出版関係の先輩に誘われたというTさんさえ、あまり行事の趣旨を理解していなかったが、とにかくご招待に与る(あずかる)こととなったのである。


上掲写真: ナチュラルポーク会の始まりを飾る、5種の前菜。左から「リエット」「ロースハム」「テリーヌ」「パンチェッタ」「コッパ」という名の料理。何れも、今日の主役たる「ナチュラルポーク」を使ったイタリアン仕立てとなっている。


京都市街北部・北山の焼肉店で行われた「愛農ナチュラルポークを食す会」の会場で、参加者に挨拶をする「招待主」のKさん

ポーク会開催
予想以上の人数


会の開始は19:00だったので、それまでに会場入りしなくてはならない。仕事が遅くなれば中途参加や欠席の可能性もあったが、幸い早く終ったので無事参加が叶った。

豪勢な焼肉店の別館に用意された会場は当初こそ人が少なかったが、開催時間となる頃には、ほぼ満席となった。予想以上の人数(ひとかず)である。

最初に主催者等々の挨拶があり、漸く趣旨を知る。何でも、有機農業に取り組む三重の私立農学校(高校)の生徒が育てた豚の味に感動した人々が、その良さを知ってもらい、学校を応援する為に始めた活動の一環という。

写真は、参加者の前で挨拶をする今回の「招待主」のKさん。Tさんの先輩で、同じく出版社を営むKさんのご細君でもあった。


京都市街北部・北山の焼肉店で行われた「愛農ナチュラルポークを食す会」で出された、各肉片の部位を示す名札が添えられた塩焼用の主菜豚肉

ナチュラルなメーンディッシュ

会は、滋賀の名店シェフが作るイタリアンのコース料理を食すという形で進行する。料理は疎か、シェフによって特別に選定された赤白のワインも実に美味であった。

そして、その終盤、突如皿内に生肉が散り置かれたものが各人の前に出された。写真がそれで、良く見れば、各肉片の部位を示すとみられる名札も添えられていた。

実は、これが本日の主菜であった。ナチュラルポーク本来の味を、自らで焼いて味わってもらいたいという配慮である。素朴ながら、正に「メーンディッシュ」、そして実に「ナチュラル」な方法であった。私自身、普段から、豚に限らず、良い肉は先ずは塩のみで賞味すべしとの考えを持っていたので、大いに得心。

会がイタリアンで進行しながら、何故か焼肉店で行われていたという謎も、すっきり氷解したのであった。

この後には、厚切りのステーキ肉も供され、その美味を堪能。そして最後は同じく学校産の牛乳を用いたデザート「カタラーナ(スペイン風プリン)」で締めとなった。

美味と厚情に感謝!

やがて、仕舞いの挨拶と共に会はお開きに。しかし、TさんとKさん(夫君側)共々、近くの酒店に河岸(かし)を変えて宴席を続けることとなった。70年代気質の酒豪連合を前に一寸緊張したが、ひたすらの温燗(ぬるかん)も和やかに、無事午前様まで楽しく過ごせたのであった。

本格的な冬の到来を想わせる大変寒い日であったが、美味と厚情に満ちた良き晩となった。先輩方々に深く感謝したい。

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2012年11月25日

大観盆栽

京都市街東部・岡崎の「みやこめっせ」で行われた第32回日本盆栽大観展に展示された、ツルウメモドキ(蔓梅擬)の盆栽の枝先と背後の掛軸画

毎年の心待ち
渋い大催事来る


今日は午後から友人と催事に出かける。その名は「日本盆栽大観展」。場所は、京都市街東辺「岡崎」にある「みやこメッセ」という市営催事場。

催事名通り、盆栽を集めた渋い展覧会なのであるが、ここ数年、毎年参観しているという半ば馴染みの催しであった。実は、この催事に関わり解説ツアーも担当する、知己で盆栽研究家の川崎仁美さんから毎年招待を受けるという光栄に浴していた。

紅葉の終り、そしてそろそろ冬の訪れを聞くという、少々寂しいこの期を埋める一大行事としても、毎年心待ちにしていたものであった。


上掲画像: 背景に置かれた掛軸画にかかる盆栽作品の枝。生け花などでもお馴染みの「ツルウメモドキ(蔓梅擬)」で、配色・配置が絶妙。本来はパンフォーカス(全焦点)気味に撮影すべきであろうが(笑)。


鑑賞者で賑わう、京都市街東部・岡崎の「みやこめっせ」で行われた第32回日本盆栽大観展の会場
盆栽大観展の会場風景。広い会場に大作・名品の数々が続く。毎年参観しながら、今までこのサイトで紹介しなかったのは、撮影が禁止されていた為。以前起こった、ある不届き者に因る事件をきっかけに長くそうなっていたが、今年から解禁されることとなったという。まぁ、有難い限り。これにて晴れてお披露目である。


京都市街東部・岡崎の「みやこめっせ」で行われた第32回日本盆栽大観展に展示された、「見返り美人」の様な真柏の盆栽
今回の個人的好みの作品。真柏(しんぱく。槙柏・柏槙)を用いたもので、古樹の肌を持ちながら躍動的な姿に仕立てられている。繊細でいて艶っぽい、恰も「見返り美人」のような印象を受けた優品。


京都市街東部・岡崎の「みやこめっせ」で行われた第32回日本盆栽大観展に展示された、柿の実がなった小さな盆栽の優品
これも好みの作品。小品ながら、抜かりない構成を見せる。ともすれば、息苦しさをも生じさせる程の追い込み様だが、暖かみある柿の実で「分相応的」に中和されている。これも計算の上であろうか。

御礼と記念撮影

今回も良いものを見せてもらった。観覧中、川崎さんにも会うことが出来、無事礼を述べる。偶然、今回の展覧会写真を担当した写真家と知己でもあった、同行の友人写真家も紹介出来た(ついでに和装美人(=川崎さん)との記念撮影も依頼。笑)。

今日は4日間ある会期の3日目の日曜日。恐らくは最高潮、山場の日であったのではなかろうか。あと1日の会期と撤収等が残っているが、とまれ、お疲れ様でした。いつも素晴らしい機会を有難う!

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2012年08月09日

壬生熱演

夏の夜空に無数の灯明揺らぐ、京都市街中心部にある壬生寺の千体仏塔

今宵は壬生寺へ

写真は、夏の夜空に無数の灯明揺らぐ「千体仏塔」。場所は京都市街中心部にある壬生寺である。昨日に続く夜景掲載で恐縮だが、今宵、とても良い催事に出会うことが出来たので、紹介する次第である。

催事の名は、同寺で行われる「壬生六斎念仏踊り」。詳しくは専門書や公式サイトに譲るが、古くから行われてきた宗教由来の民間芸能(壬生のものは宗教用途もあり)である。

壬生といえば、全国的に知られたかの古典無言劇「壬生狂言」が思い出されるが、これは鉦や太鼓に囃子を前面に出した、音楽主体のものであった。

以前、狂言の方は取材で見て大変感動した経験があるが、六斎の方は未だ見たことがなかった。そこへ、前夜友人より開催の情報が……。京都の人間にもあまり知られていないような地味な印象もあり、当初は参観を考えなかったが、夜8時以降からの開催という行き易さもあり、1度参観することにしたのである。


京都市街中心部にある壬生寺の本堂前舞台で演じられた「壬生六斎念仏踊り」の演目の一つ「海士」

壬生六斎見物

さて、そういう訳で出掛けた壬生寺の本堂前舞台では、予定通り演目が始まった。はじめは、宗教色濃厚な「発願(ほつがん)」という演目。そして、その後様々な演目が続けて行われた。

参観自由の催事なので数曲で終りかと思ったが、意外にもその数は多く、内容も濃いものばかりであった。写真は「海士(あま)」という演目。地歌(三味線歌曲)に取材したもので、「カタ」と呼ばれる小太鼓を掲げ叩くという、六斎特有の演奏形式をふんだんに見せてくれる。


京都市街中心部の壬生寺・本堂前舞台で演じられた「壬生六斎念仏踊り」の演目「祇園ばやし」中の高度な曲芸「棒振り」

高度な曲芸「棒振り」

続いて紹介するのは「祇園ばやし」。本来は六斎で行う演目ではないようだが、演奏を担当する「講中」の皆さんが、祇園祭綾傘鉾の囃子方を兼務する縁により行われるようである。

ご存知、京都の夏を象徴するような雅な囃子が奏でられる。そして、後半、覆面赤髪の異形の者が前に出て、棒を高速で振り回す曲芸を行う。巡行の際に先導を務めて邪を祓う「棒振り」である。

写真は正にその最中。前後左右あらゆる方向で棒を高速で手回しする。誤れば客席や周囲に棒を飛ばす危険に繋がる為、多年の訓練を必要とする大変高度な芸である。


京都市街中心部の壬生寺・本堂前舞台で演じられた「壬生六斎念仏踊り」の演目「獅子舞」中に出揃った3頭の獅子

ユーモラスかつ高度な「獅子舞」

やがて演目は、最後となる「結願(けちがん)」の手前で、六斎の山場となる「獅子舞」に。これも獅子衣装に潜んだ演者2人が様々な曲芸的動きを見せる高度なもの。

写真は3頭の獅子が出揃ったところ。はじめ1頭から現れ、やがてこの状況となった。中々華やかである。勿論、それぞれが、音に合わせて芸を演じる。獅子の姿や動き、そしてその面の表情もユーモラス。


京都市街中心部の壬生寺・本堂前舞台で演じられた「壬生六斎念仏踊り」の演目「獅子舞」後半に現れた金襴緞子で身を隠した異形の者
やがて、獅子のうち「トリ」を務める1頭が、最も難しい5段(他は3段まで)の碁盤上での芸を始めた。逆立ちや、その状態のまま回転等、見ている側も大変緊張するものであった


京都市街中心部の壬生寺・本堂前舞台で演じられた「壬生六斎念仏踊り」の演目「獅子舞」後半で、糸を出して獅子を攻撃する土蜘蛛
「獅子舞」の後半、何故か金襴緞子で身を隠した異形の者が現れる


催事(友人其他)「壬生六斎念仏躍り,京都市中京区、壬生寺にて」

それは、妖怪「土蜘蛛」であった。獅子が金襴緞子を剥ぎ取ると、写真の如く糸を射出して攻撃。暫し獅子との戦いが続く。舞台下では、縁起物である糸(素材は紙)先の錘獲得を巡って同じく観客同士の戦い(?)が。

言うことなしの感動終了

やがて、戦いは終り(獅子の勝利?)、演目は終了。最後の「結願」も終り、六斎は終了したのであった。いやはや、今日は中々良いものを見せてもらった。演奏も良し、演技も良し、の言うこと無しである。しかも無料。そんな好条件に比して観客が少なく見えたのが、もったいないくらいであった。

しかし、専門だが専業ではない人達がこれ程の芸を見せるのは、実に稀なことであろう。担当される講中方々の、芸へのこだわりや保存継承への意気込みがそうさせるのか。同様の条件で運営される「壬生狂言」参観で覚えたのと同じ感動を受けたのであった。

当初は軽い気持ちで出掛けたが、結果大変得する晩となった(錘も偶然入手)。知らぬ人、まだ見ぬ人にも、熱く演じられるこの素晴らしい郷土芸能参観をお薦めしたい。
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2012年03月25日

断髪夜会

京都市街のライブハウス「UrBANGUILD」のステージに置かれた椅子と壁面に映る大きな人影

秘密演奏会開催

古びた壁面に突如現れた人影。床上の椅子に比してあまりに巨大な姿が、その謎めきを深化させる。足先消えるその正体は、果して怪異・神妙の類か――。


京都市街のライブハウス「UrBANGUILD」のステージに現れた外国人女性舞踏ダンサー

当然ながら、その様な奇怪の業ではなく、やがて影の実体である人が登場。知己のCさんで、舞台での舞踏演技の始まりであった。

先程の大きな影は、その開始前に舞台から離れた場所にて準備した際現れた偶然の産物であった。


京都市街のライブハウス「UrBANGUILD」のステージで,断髪ライブの演奏を行うバンド「Dodo」

Cさんのソロステージの後は、今日の主役であるK君らのバンドのライブ。写真はその模様である。実は、今日はライブハウスのスケジュールにも掲載されない、この身内限定のシークレットライブに招待されたのであった。

場所は京都市内の某ライブハウスである。


京都市街のライブハウス「UrBANGUILD」で行われた「Dodo」のライブ終了後に舞台挨拶するベーシストのK君

やがて、K君たちの人柄にも似た、穏やかで温かい楽曲を聞かせてくれたバンド演奏が終る。すると、ベースギター担当で、一応フロントマンではない筈のK君が前に出て、何やら挨拶を始めた。


京都市街のライブハウス「UrBANGUILD」で行われた「Dodo」のライブ終了後、椅子に座り煙草と洋酒を味わうベーシストのK君

最期の一服?

その後、何故か上着を脱ぎ、独りビニールが敷かれた椅子に座す。手には洋酒と煙草が与えられ、まるで何かを観念したかの如く、ひたすら煙草を燻らし、洋酒を口に運ぶ。

恰も最期の一服・一杯の風情である。


京都市街のライブハウス「UrBANGUILD」で行われた「Dodo」のライブ終了後、バリカンで髪を刈られるベーシストのK君

そして、何と写真の如き事態に……。座したまま、煙草・洋酒を口にしたまま、バリカンで髪を刈られているのであった。

秘密催事の主体「断髪式」

実は、今日の秘密催事の主旨・目的は、K君のこの断髪にあった。K君は実家の都合等で、明日から年単位の僧侶修行に出ざるを得なくなったという。よって、長らく続けてきた演奏活動を休止せざるを得なくなったのである。

今回の断髪は、その事情への対応とその告知、そして、それによる自身と所属バンドの活動に区切りが生じることを記念するものであった。正に断髪式――。そして、それは、写真の如く、バンド仲間や友人達により、順番に、そして丁重に進められていったのであった。


京都市街のライブハウス「UrBANGUILD」で行われた「Dodo」のライブ後に断髪され、丸刈り姿で舞台挨拶するベーシストのK君
友人・仲間たちの手による断髪が済み、挨拶するK君

剃刀も用意されていたが、一先ずはバリカンだけでも、それらしい姿となった。その後、また本人から事後の挨拶があったが、早くも僧侶じみた説教臭い話しぶりに、会場からは冷やかす声も出た(笑)。

とまれ、K君。色々とお疲れ様でした。良い演奏と楽しい機会を有難う。修行の方も頑張って下さい(適度に)。またの活躍、期待しています!

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2012年01月15日

初参初釜

初釜茶会が行われた京都市街東部の国指定文化財の茶室前に置かれた蹲踞の湯桶と手水鉢

初釜初体験

例年の真冬に同じく、京盆地北方の「北山(きたやま)」の峰々に白雪(はくせつ)を見かける今日。ひょんなことから顔を出すこととなった集まりの関係から、茶事の接待を受けることとなった。

場所は左京区某所の某寺塔頭寺院。そこにある茶室にて新年最初に行われる茶事「初釜」に招待されたのである。新年早々の初体験。気も新たに、期待昂ぶるその席へと向かったのであった。


上掲写真: 茶室前に備えられた蹲踞(つくばい)の湯桶と手水鉢。入室前に、ここにて身を清める。冬季の為、湯桶には程よい温度の湯が用意されていた。知っている人には当たり前なのであろうが、初体験の私は、かなり感動。


初釜茶会が行われた京都市街東部にある築330年程の国指定文化財の茶室

感慨一入の「貴席」へ

そして、寺の待合室にて先達方と挨拶等しつつ暫し談笑した後、茶席へ。本堂の本尊前を横切り、一旦庭へ出て現れたのが、写真の茶室である。

何と、築330年程経つという大変由緒あるもの。流派の始祖が手掛けたとされ、国指定の文化財となっている。貴重な席とのことは以前凡そ聞いていたが、実際それを前にして、感慨も一入であった。

ところで、茶室底部にある土盛りは、寺社建築の基壇によく見られる「亀腹(かめばら)」であろうか。それよりラフに仕上げられているので、ひょっとすると別名があるのかもしれない。

森田氏等々、左官関係で詳しい人がおられれば、コメント等で教授頂ければ幸いである(以前、亀腹の名を知っているだけで笑われたことがあるが。笑)。


初釜茶会が行われた京都市街東部にある国指定文化財茶室前に置かれた、大森石・白川石・鞍馬石・加茂川石(真黒)等の京の銘石

京の銘石

茶室前に多々配されている「京の銘石」も拝見。

それらの石について、伝統産業の担い手である先達らに直接教えを受ける。「白川石(白系の花崗岩)」や「鞍馬石(右手前)」に、真黒(まぐろ)と呼ばれる「加茂川石(左奥の濃色の手燭石)」や北山大森集落特産の「大森石(一番手前)」などである。

普段それらを扱う人達に直接教わるこれも、また貴重で有難い経験。


蝋燭の明りで夜の点前が行われた、京都市街東部にある築330年の国指定文化財茶室の内部

心地よい狭小空間でのもてなし

さて、用意頂いた草鞋で、贅沢にもそれら銘石を踏んで茶室へ上がる。数人の先達らと共に、である。客間の広さ、京間2畳のみ、という室内は意外に狭く感じることはなかった。それどころか、結構明るく、実に心地良い空間であると感じられた。

設計の良さや、古来続けられてきた手入れのお蔭か。まあ、そもそも私が狭小住宅に慣れ住んでいることが微妙に作用していることも確かである(笑)。

そして茶事が始まる。気さくで、良い意味で少々作法から脱線気味の先達らと共に、菓子や薄茶を頂く。菓子には、京の正月らしい牛蒡・白味噌餡入りの葩餅(花びら餅)と紅白の干菓子が出された。何れも大変美味であった。勿論、亭主の点てられた薄茶も同様である。

その後、茶碗の作者で、同席していた知人の陶芸作家さんらと、碗や絵柄等々について語り合ったりもした。

写真は茶室内部で、茶を供する手前座から茶道口を見たもの。我々は陽が有る内に済ませたが、日没後は、こうして蝋燭を点して接待が続けられた。

その様子を、暫し水屋側から見学させてもらう。裏方である水屋内部も普段接することが無いものばかりで、実に興味深い空間であった。


蝋燭の明りに手前座で杓をとる亭主の影が浮かぶ、京都市街東部の国指定文化財茶室の内部
大勢の客を相手に「亭主」を務めるO先生の後姿と、杓をとるその影の様子。持参する機材選定を誤った為、あまりいい写真が撮れなかったのは残念であった

新年会(?)にて初釜終了

さて、最後の接待が夜陰に終了したあと、皆で片づけ、そのあと待合にて宴席(新年会?)が設けられた。折角なので私も参加する。年齢や性別、職業も様々な人達と共に、実に楽しく過ごした。

そして、また皆で宴席を片づけた後、門前まで宗匠(住職)に見送られてお開き。こうして、貴重で有意義な初釜体験は終了したのであった。

招待頂いた宗匠やO先生には深く感謝したい。

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2011年12月25日

降誕催事

京都出町柳のライブハウス「ソクラテス」で開かれたクリスマスコンサート「狂人企画vol.27」で出番を待つ、アンペグ(ampeg)社製エレクトリック・ベースアンプ

外出多いクリスマス

クリスマスの為か、街が少々華やいだ雰囲気に包まれた今日。休日は日曜であったが、朝から外出が多い1日となった。先ずは、帰省していた親類らと墓参に。そのあと、少し家で片づけものをし、友人らのイベントに出掛けた。

最初のイベントは、市街東部の左京区岡崎にある「galerie 16」というギャラリーにて行われていた「ぱぶこめ宇宙民藝館」というもの。主催者である詩作家の佐倉密氏と大学教授(プロダクトデザイン)の印南比呂志氏が、展示を巡って対談するというもの。その司会(コーディネーター)に、知己の新聞記者氏があたっていた為、その招待を受け、参観することとなったのである。


上掲写真: ギャラリー16でのイベントの次に参観したライブ会場にて。その昔、一世を風靡した(今も一線で使われているようだが)、「アンペグ(ampeg)」社製のエレクトリック・ベース用アンプ。70年代を思わせる古風な姿に、出音に定評あるチューブ(真空管)仕様を想わされたが、残念ながら近年のソリッド(半導体)仕様のもの。


京都市街東部・岡崎にあるギャラリー16(galerie 16)で行われた対談企画「ぱぶこめ宇宙民藝館」の懇親会での乾杯する主催や司会の人々

盛況の「ぱぶこめ宇宙民藝館」
仕切り癖出る?


ギャラリー16で行われた対談企画は、約2時間を経て終了。その後、主催両氏や会場のご好意により、ワインや軽食類が振舞われるという、懇親会のような形となった。写真はその直前の、乾杯をしようとしたところ。

それ以前に、自然に飲食が始まりかけていたが、「乾杯の音頭がいるのでは」と、私が知己氏に語りかけたことにより、一同輪になり、改めて乾杯となった。

不覚にも、妙なところで余計な仕切り癖のようなものが出てしまった……(笑。失敬!)。

とまれ、多くの参観者に恵まれて、中々成功した企画ではなかろうか。私が少し遅刻したこともあり、結局「宇宙民藝」の意については把握し兼ねることとなったが、良い意味での「遊び心ある、大人の為の楽しいイベント」だったように思われた。


京都出町柳のライブハウス「ソクラテス」で開かれたクリスマスコンサート「狂人企画vol.27」で、演奏する「風呂の湯ぬるい」の蛍凛さんやバンドメンバー

ユニークな名のユニット

ギャラリー会場を後にして、次は市街中心部の上京区今出川河原町にあるライブハウスへ。ここも友人に招待されたイベントが行われる場所であった。小さなホールだが、今日は色んなバンドが出演する「クリスマスコンサート」が開催されていた。友人は、その内の1ユニットに出演。

写真は、友人が歌うそのユニットの演奏風景。「風呂の湯ぬるい」というユニークな名のユニットであった。それは、演目の中の1曲の名であり、歌詞の一部でもあった。普遍的な身体性の如きものが感じられる一節で、発表前から気になっていた言葉。

歌い手、奏者としては初めてとのことだった為、色々と課題もあるかと思われたが、今後に期待したい。


京都出町柳のライブハウス「ソクラテス」で開かれたクリスマスコンサート「狂人企画vol.27」で、バンド「風呂の湯ぬるい」の演奏を背にダンス表現をする蛍凛さん
歌詞入り曲の後、友人で歌い手の蛍凛さんが、バンドの音を背にダンス表現を開始。様々な色の照明に照らされ、妖しい躍動感を見せる

そして、蛍凛さんのバンド終了後、続いて出演したその他様々なバンドも鑑賞。意外にも、年季が入り、確かな技量を持つ奏者が多かったことには少々驚かされる。

こうして、知己や友人、そしてそんなバンドマンたる彼らの活躍により、楽しいイベント三昧のクリスマスを過ごせたのであった。

皆さん、お疲れ様!

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2011年11月26日

秘密奏会

加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条の「GALLERY ANTENNA」の窓辺に飾られた作品と、窓に浮かぶ五条通の尾灯

加藤智哉個展
「音色のつなぐ部屋」


古びた風情の窓辺に飾られた細長い絵と置物。窓に映るは尾灯散る街路の夜景。優しい絵や置物の世界に添うように、飾るように、柔らかな明滅を奏でる……。

今日夕刻、五条堀川近くに在る、とあるビルに向かう。そのビルの名は「増田屋ビル」。築半世紀は経とうかという年季の入った「古ビル」であるが、そこに入居する個性的な店舗の存在により、近年良くその噂を聞く場所であった。

今日は、そのビルに入居する「ANTENNA(アンテナ)」というギャラリーへ。そこで行われていた、友人の加藤智哉君の個展に顔を出す為であった。


上掲写真: 「ANTENNA」の窓辺に飾られた加藤作品。窓の外は、ギャラリーが入居する「増田屋ビル」が面する五条通。京都市街有数の幹線路でもある。


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条「GALLERY ANTENNA」での余興ライブのリハーサル

作家も歌う?「シークレット・ライブ」

ビルの下階にてギャラリーの場所を確認し、階段を上る。2階にあったギャラリーの鉄扉を開けると、楽器奏でる人達が並ぶ写真の景が……。

実は、週末の今日は、加藤君の友人演奏家らによる余興ライブが行われる日であった。突如現れたこの光景は、そのリハーサルであった。

このライブは、収容人数の関係で、親しい人向けの予約制「シークレット・ライブ」となっていた。事前に加藤君本人から案内をもらっていたが、急ぎの仕事を抱えていた為、諦めていた。しかし、明日の個展最終日には別用等もあった為、急遽個展参観を兼ねて時間を割くことにしたのである。

とはいえ、少人数の予約制。既に席がない可能性が高かったが、幸い、今日欠員が出た為、参観出来ることとなった。


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条「GALLERY ANTENNA」での余興ライブ本番の様子

さて、ギャラリー入室後暫くして、その他の客も集まり、いよいよライブ本番。この日の為に組まれたという特別なユニットにより、アコースティック、デジタルの様々な音が奏でられた。

我々観客も、演奏開始前にそれぞれ手渡された(強制された?)鳴物等を用いて、共演・盛上げ(笑)。


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条「GALLERY ANTENNA」での余興ライブで歌う加藤智哉君
最後には、ある不届き者の野次により、作家本人も歌わされることに(笑)

本人は不本意そうであったが、結構馴染んでいるように思われた。関与を深めてもらい、更なるレパートリー拡大を期待したい(笑)。


余興ライブ終了後、機材が撤去され平時の観覧場に戻った、加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」開催中の京都五条の画廊「GALLERY ANTENNA」
ライブ終了後、機材等が撤去され、平時の観覧場に戻る。何やら少々物寂しい感じもするが、気を取り直して作品観覧

今回は、個展のタイトル「音色のつなぐ部屋」に示される通り、「音」が主題とされているようである。そうした主題や作品と、ギャラリーの雰囲気との整合性の良さは、いつもながら感心するところ。


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条の画廊「GALLERY ANTENNA」に展示された、本絵画展の主役的な大型猫作品
今回の個展の主役的作品はこの作品。本人曰く、普通の猫ではなく、山に住む「特別な」猫とのこと


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条の画廊「GALLERY ANTENNA」に展示された、鮮やか明瞭な色彩・姿態で窓辺を飾る猫作品
最初に紹介した作品とは違い、鮮やかな色彩、明瞭な姿態で窓辺を飾る別作品


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条の画廊「GALLERY ANTENNA」の複製品等の販売コーナー

作家の気合感じる

壁に飾られた作品と、流し台上に置かれた、原画とは別に販売される複製作品群(玄関より見る)。

今回は、販売用の複製作品やポストカードの用意がとても充実しているように思われた。私も複製を1枚求めたが、物の作りは元より、作品種毎に丁寧な解説(本人書下ろし)や取扱説明書(同)も付属するという細やかさであった。

創作を生活の、そして人生の中心に据える、作家の気合たるものが感じられて、喜ばしく思われた。


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた京都五条の画廊「GALLERY ANTENNA」に展示された、個人的ベストの大型作品
前の「山猫」と甲乙付け難かったのであるが、一応今回の個人的ベスト作品。かなり大きな作品である。図像等の細かいところの深読みはしない。ただ、全体的な色彩や雰囲気に惹かれた上の、瞬間的判断である

本来は、写真よりもう少し鮮やかな色合いだったと思うのであるが……。まあ、容赦頂きたい。

保水力

ところで、ライブ後の挨拶で加藤君が語った「自身の保水力を高めたい」という言葉の意味が今一つ聞き難かったので、再度訊ねてみた。すると、「保水力」とは、身の回りで生じる様々なことに対する、精神的な対応力の様なもので、そこには自分に対する善化のみならず、他者への善化も含まれるという。

悪意を受け、それに対する感情をそのまま流せば喧嘩や自傷になるが、貯めて力の方向を変えることが出来れば、自分は疎か相手の為にもなるという、耐性と作用の両力である。正に、暴雨の水をそのまま流せば洪水になるも、貯めれば飲用や農林涵養も可能という、山の保水力同様であった。

なるほど、それは最もなこと――。会場で落ち合った友人共々、感心すること頻りであった。


加藤智哉個展「音色のつなぐ部屋」が開かれた画廊「GALLERY ANTENNA」が入る、京都五条のレトロビル「増田屋ビル」のエントランスとビル外観

やがて、個展会場を後に。特別なライブと個展の両方を堪能させてもらうという、実に良いひと時となった。

元は作家への応援を兼ねて出掛けた参観であったが、精力的で一途な彼の姿勢から、逆にこちらが力をもらったように感じられた。

かとちゃん、いつも有難う!お疲れ様でした。

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2011年07月08日

清涼舞台

京都市街東部の繁華街木屋町にあるライブハウス「UrBANGUILD(アバンギルド)」の会場闇に浮かび上がる出演者の音響機材の明り

久々のライブハウス

梅雨明け前から続く暑さが、連日威力を揮う。今年は平年よりかなり早めに梅雨明けしたので、盛夏到来が早く確定されたような、また、期間が延長されたような気がして、これからの日々が少々思い遣られる。

夜、友人の誘いを受け、知人が出演するイベントに顔を出す。基本的に、根を詰める仕事や来客以外には空調を使わない主義なので、終業の夕涼みも兼ねたような外出となった。

イベント会場は、京都市街東部の繁華街、木屋町にある、「UrBANGUILD(アバンギルド)」というライブハウス。京都で音楽等の舞台表現をする人にはよく知られたところで、これまで幾人かの知人も出演したりしていたが、今回初めてその戸をくぐることとなった。仄かな灯りさす開演前の店内には、微かなざわめきと、控えめにそれを包むレコード音楽があった。染みついたタバコの匂いに、時折香る誰かの香水。そして、その全てが一緒になって醸す特有の(だが、あくまでも軽い)緊迫感――。

少々懐かしい。楽器をあまり手にしなくなってからは、殆どこの手の店には顔を出さなくなっていたからか。否、ひょっとすると、どこか心の中で、出向くことを拒んでいたのかもしれない。まあ、自分のことなぞ、どうでもいいことであるが……。

さて、今晩ここで開かれるイベントの名は「fake JuNkroom vol.1」(原題ママ)というもの。この名に於いて一体何が行われるのか、最初の時点では知らなかったのであるが、一応知人が舞踏で出演することは聞いていた。とまれ、久し振りのライブ会場。色んな意味で楽しみでもあった。


上掲写真: 演目開始後、会場の闇に浮かび上がった、出演者の音響機材の明り。


京都市街東部・木屋町のライブハウス「UrBANGUILD(アバンギルド)」で開かれたライブイベント「fake JuNkroom vol.1」で、布を被り舞踏を演じる米国人のケイトリン(Caitlin)さん

演目開始。予想外に高いレベル

19時開演との事前案内であったが、結局20時頃からの開始となった。この様に書くと、主催や会場がいいかげんな様に感じるかもしれないが、実は良心的といえる。週末とはいえ平日なので、とかく客入りが遅れがちとなる。よって、この方が客にとっては有難い。また、多くの観客に鑑賞してもらいたい主催側にとってもプラスとなる。しかし、通例会場側は営業的に遅延を好まない為、この様なことが許されるのは珍しいのである。

開演最初の演目は知人が演じるグループのものではなかったが、音楽と舞踏との共演ということでは共通するものがあった。どうやら、音と身体の両表現を併せたグループ幾つかが競演するイベントのようである。何れも予想外にレベルが高いグループ、演者により構成されていたが、特に生楽器を無駄なく、高度に駆使した最初のグループに感銘を受けた。

知人が登場したのは、3番目のグループに於てであった。音楽と舞踏、背景映像の3者から成る、共演グループであった。舞踏を担当する知人の名は、ケイトリンさん(Caitlin Coker)。日本の現代舞踏を習う為、遥々アメリカから来日した外国人で、舞踏の思想背景等を探るために、大学で社会学を研究する留学生でもあった。画像はそのケイトリンさんの演技。前身布で覆われた姿で低位置から登場し、立ち姿勢の動作に入ったところである。

闇や混沌から生じて何ものかに変化(へんげ)しようとする、意思や力の見える謎めいた光景。「前夜」的情景か。確として実体に追従しつつ、多重の様を見せる影の姿もいい。


京都市街東部・木屋町のライブハウス「UrBANGUILD(アバンギルド)」のライブイベント「fake JuNkroom vol.1」で、管楽器を演奏する音楽担当のクリストファー氏
ケイトリン舞踏を強力に下支えし、そして包み込む、音楽担当のクリストファー氏の演奏の様子

機材の進歩と、音づかいの幅広さに驚かされる。恰も「独りプログレバンド」のようである(例えが古いか。失敬!)。


京都市街東部・木屋町のライブハウス「UrBANGUILD(アバンギルド)」のライブイベント「fake JuNkroom vol.1」で、投影機の生映像を背景に全裸・仮面姿で舞踏を行うケイトリン(Caitlin)さん

闇・混沌からの昇華

そして、暗黒の布、悶えの赤手套を捨てて、劇的な変身を遂げるケイトリンさん(上掲写真)。これはもう、変化ではなく、昇華といった方が相応しいであろう。

踊り手の状況や音楽に合わせ刻々と変化していく背景映像もいい。この映像、実は録画ではなく、3台のOHP(投影機)のレンズ面に、色つきの液体を投じて、その場で作られている。正に「ライブ」である。液体を注ぐ人の意思と、自在に変化する液体の意思が、次々と幻惑の世界を創る。演者である仙石氏の担当欄に記された「TIME PAINTING」に納得する。手の込んだ、興味深い表現法である。


京都市街東部・木屋町のライブハウス「UrBANGUILD(アバンギルド)」のライブイベント「fake JuNkroom vol.1」で、クリストファー氏の機材PCと仙石氏の生映像背景の間に倒れ込む、舞踏演技中のケイトリン(Caitlin)さん
昇華して、全てのエネルギーを費やしたのか、舞台に倒れ込んだまま動かなくなった舞踏家。終末の表現か。演目終盤の光景である

終演。得難い一夜に

全ての演目が終ったあと、平服に着替えて客席に現れたケイトリンさんを労う。本人としては納得いかない出来だったらしいが、練習や打合せ時間が殆ど取れないインプロビゼーション(即興)的演目にしては、見応えがあったとの賛を贈る。少し嬉しく、そして気恥ずかしそうであった。

こうして、当初は涼みがてら出掛けた一機会が、結果、知人・他人の良き熱演に接することが能うという、得難い一夜と化した。終演後も遅くまで寛ぐことが出来た店の姿勢も、表現に対する「愛情」のようなものが感じられていい。通例に抗うが如きこの様な業態は、相当の覚悟と努力がなければ続けることは難しいのではなかろうか。

良き店に良き舞台――。思い遣られる暑さと世情に、一服の清涼を得た気分であった。

posted by 藤氏 晴嵐 (Seiran Touji) at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 催事(友人其他)

2011年06月25日

天才百年

京都市街東部・岡崎の京都国立近代美術館の1階玄関上に掲げられた、青木繁展のプレート

「夭折の天才」没後100年

今日午後、久々に展覧会へ出掛ける。場所は京都市街東部は岡崎にある京都国立近代美術館。そこにて開催されていたのは、我が国近代洋画界を代表する画家の一人「青木繁」の巡回展であった。

青木繁といえば、重要文化財にも指定された、かの「海の幸」や「わだつみのいろこの宮」等の、印象深い作品を成した人物。日本で義務教育を受けた人なら、教科書や便覧等の挿絵で1度は目にしている筈といえる程の著名画家である。だが、天才ともてはやされる青木が名声を得るのは、その死後のことであった。それは、彼が僅か28歳で世を去ったからである。

今年はそんな青木が没してちょうど100年。企画はそれを記念したものであった。実は、青木の主な作品は90年代初頭に他の企画展等にて鑑賞済みであったが、その時はまだ青木の没年より随分若い頃であった。今回は、時を経て既に没年を大きく上回っての再会。大変久しい観覧であったが、個展としては初見であり、また、自分の中で作品の見方に変化が出るのかとの期待等もあって、特に楽しみにしていた催しであった。

青木繁展「よみがえる神話と芸術」所感

6月としては尋常ではない暑さの中、会場へ向かう。幸いは岡崎の地は拙宅から隣町的な距離にあるので程なく到着。特に節電時世の影響もなく、空調がよく効いた会場にて一息入れつつ、鑑賞開始。

展示は、彼の画業黎明期である十代の頃の習作・作品群から始まる。その部門タイトルは「画壇への登場」。1897年から1903年までが対象であり、絵の他に陶芸作品や直筆書状、写真等の資料も展示される。「黄泉比良坂(よもつひらさか)」の様に、後の作品を暗示させるものもあるが、基本的には絵を志したばかりの模索期といえる。青木が吐露した「アレキサンダー大王には成れぬ代わりに芸術を」という壮大な野望に驚かされる。

続いて「豊饒の海」部門へ。「《海の幸》を中心に」という副題が添えられ、「海の幸」という1つの頂、代表作となる作品が生まれ始めた「本格始動」期の作品が並ぶ。対象年は1904年。

3番目の部門は「描かれた神話」。1905年から1907年までが対象で、タイトル通り、記紀神話や旧約聖書を題材にした作品が多く並ぶ。代表作「わだつみのいろこの宮」や「日本武尊」が描かれた時期であり、青木が最も力を発揮した頃と評されている。

続いては「九州放浪、そして死」というタイトルの部門。1908年から、没年である1911年までが対象で、青木の晩年期である。展示説明では「精彩を欠く」と少々手厳しい評価を受けていたが、抜かりなく描かれた風景や人物画も多く並ぶ。以前から「流浪と死の悲惨」が強調されてきた頃であるが、意外にも絵筆をとる気力と環境を確保していたことが窺われた。最晩期、病床からの書状に記された「喀血数リットル(非原文ママ)」の一節が痛ましい。

そして最後の部門は「没後、伝説の形成から今日まで」。主に、青木の死後開催された遺作展や関係者書状等の資料を展示。何故この部門に展示されていたのか忘れたが、青木がまだ十代の頃、妙義山を旅した際に描いた「神塞妙義」というデッサンが印象に残った。モノクロながら、いやモノクロだからこそか、金冠の如く屹立する山上諸峰の神々しさがよく表現されていると感じた。この、妙義へのスケッチ行が、青木にとって大変有意義なものになったとする当初の解説を裏付けるものでもあった。

画風への貪欲と勤勉。可能性失す

こうして観覧は終了。多年を経て再会した代表作の数々は、若干の若さ、荒さこそ感じたものの、やはり印象的で稀有な存在であるという、嘗ての印象に違う(たがう)ことはなかった。ただ、「大回顧展」と銘打たれたこの会場で生涯の作品を眺めると、青木の画風習得に於ける予想外の貪欲や勤勉さを知ることが出来た。

従来、彼は代表作の作風から(但し「海の幸」には物言いが付くが)、ロマン派やプレ・ラファエル及び象徴派の画家とされていた。勿論、私の認識もそうであった。しかし、残されたその他の作品からは、実に多様な影響と、それを消化しようとする試みの如きが感じられた。ターナーやモネ等の印象派に、スーラ等の新印象派、写実や自然主義に、逆にそれら全てに抗うようなものまで……。

そういう意味でも、やはり世は早くして青木という可能性を失ってしまったのかもしれない、と改めて思われた。


京都市街東部・岡崎の京都国立近代美術館4階「コレクション・ギャラリー(常設展示場)」前の窓から見た、平安神宮の大鳥居や京都市立美術館、黒谷(金戒光明寺)の伽藍に大文字山や比叡山
京都国立近代美術館4階「コレクション・ギャラリー(常設展示場)」前の広窓より

平安神宮大鳥居と京都市立美術館を近景に、背後に大文字山や黒谷(金戒光明寺)の伽藍、叡山を収める。20世紀前半の、日本の近代建築・都市設計のスケールの大きさと、旧事や自然との調和が感じられる好みの眺め。カメラの露出設定の手違いで、少々色が強くなってしまったが……。


京都市街東部・岡崎の京都国立近代美術館前の看板に掲げられた、青木繁自画像と福田たね像のある案内板
近代美術館前に掲げられた青木展の案内

青木の「自画像」(左。1904年作)と、「女の顔」(右。同年作)という2作が添えられている。後者は、恋人であり青木の一子を産んだ「福田たね」がモデルとされる。たねは、「海の幸」(唯一こちらに顔を向けた人物)や「わだつみのいろこの宮」(豊玉姫命)等、青木作品に多く描かれているとされる。確かに、今回展示されていた写真を見る限り、その推察に間違いはなさそうである。

斜に構え、挑むように視線を下げた青木の自画像は、かのドラクロアのそれと画風が似るが、籠められたもの、意図するものというところでは若きレンブラントの自画像を思わせる。自らの才覚への確信や、絶対の自信たるもののが両者を結びつけるのか。

因みに今回、自画像に限らず青木の描いた肖像画について、個人的な発見があった。それは、青木の肖像画が、あのフランス新古典派の巨匠アングルのそれと、どこか似ているということであった。強調的に描かれた目の表現、画の透明感により、却って人物の生気殺がれ、魂を置換されてしまうような、少々恐ろしくも、不思議な魅力を感じるところが、である。

京都国立近代美術館での青木繁展は、7月10日(日)まで。

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2011年02月09日

三者巡覧

2011年京都市立芸大作品展で大学院市長賞を受賞した、膨大な数の印画紙を積み重ねて作られた来田猛の写真作品「sliced scenery」

「京都市立芸大」美術学生作品展

午後友人から、京都市美術館にて知人留学生らが出品する展覧会に顔を出さないか、との連絡を受けた。それは、毎年そこで開催される、京都市立芸大の美術学部と大学院美術研究科修士課程に在籍する学生達の作品展であった。

実は年初に、ちょうどその修士課程在学の友人から案内をもらっており、週末辺りに出向く予定であった。しかし、週末は荒天との予報が出ていたのと、「平会」の開催や準備があった為、急遽予定を繰り上げ出掛けることにした。


上掲写真: 接写に因り、更にその美しさ、幻想性が深まる友人の出展作。詳細は後述。


2011年京都芸大作品展で大学院市長賞を受賞した来田猛の写真作品「sliced scenery」の前で作品解説する作家

写真による意外な立体作「来田作品」

さて、先発は友人で修士課程在籍の来田猛(ころだ・たける)君。このサイトでも何度か紹介したことがある彼は、この市立芸大を卒業した写真家。卒業後は社会人として活動を続けていたが、更に表現を深めたいとの思いから、近年再び母校の門をくぐっていたのであった。

そんな努力家で気骨ある彼の学内活動もこの春修了を迎えることとなった。つまり、この作品展は彼にとって卒業展であり、在学2年の総括でもあった。

写真は、その出展作と、その前で鑑賞者に解説を行う作家の姿(左側)。等間に並べられた3つのフレームに載せられたものが作品本体。なんと、写真を材料に使った立体作品であった。その意外さに先ずは驚かされる。


特製の金属フレーム上に載る、2011年京都芸大作品に展示中の来田猛立体写真作品「sliced scenery」
フレーム上の作品本体

膨大な枚数の印画紙を整然と積み重ねて作品の立体化を図っている。作品名は「sliced scenery」。直訳すると「切り分けられた風景」とでもなろうか。その名の通り、積み上げられることに因って視覚化される、断面の表情(景色)が鑑賞主体となっている。実に意外な表現であり、かつ美しい。

正面側に浮かび上がる極彩の模様は、恐らくハッブル宇宙望遠鏡による「タランチュラ星雲」の画像であろう。硫黄や水素、酸素などの原子という、単純かつ無機的なものの集合が現出させる、想像を超えた光の絶景。宇宙の本質、そして我々が住まう世界の根源を捉えた、実にスケールの大きな作品に思われた。

本人の話によれば、制作には多大な労力と精神力を費やしたという。なるほど、尤もであろう。しかし、その甲斐あってか、見事「大学院市長賞」なる褒賞を獲得したという。お疲れ様、そして、おめでとう!


2011年京都芸大作品展・漆芸科部門に展示された、石積みの「オボー」上に兜として掲げられたモンゴル系中国人留学生Sさんの漆作品

進歩が窺われる「留学生S作品」

来田作品の次は、漆芸科の展示場所へ。残る2人が、そこの所属だからである。

先ずは、モンゴル人(華領南蒙出身)留学生のSさんの作品から。石積みの「オボー(道標兼宗教聖地)」上に掲げられた兜様のものが作品本体。モンゴルの髪飾りを題材にしたものらしい。本来は羊の角が使われるというが、作品では紙テープを漆で塗り固めて形にしたという。

原物に比べかなりデフォルメ(変形・歪曲)されているとのことだが、工芸品的完成度を有するので、独自の造形として鑑賞出来る。


2011年京都芸大作品展・漆芸科部門に展示された、モンゴル系中国人留学生Sさんの漆芸作品の部分
Sさん作品の部分拡大。帽子部分と耳飾り部分の繋ぎ目辺りである

中央の紐部分に、青い宝石様のものが見られるが、実は豆殻に漆を塗って作られたもの。大陸人の玉石へのこだわりと愛好を想わせるような小物であるが、材料や漆の特性を活かした、実に好感のもてる施しに思われた。それ以外にも、全体的に漆の仕上がりが良く、Sさんの進歩が窺われた。


2011年京都芸大作品展・漆芸科部門に展示された、モンゴル系中国人留学生Sさんによるモンゴルの「ゲル(蒙古包・バオ)」を模った漆作品
オボーの背後に飾られた、モンゴルの移動住居「ゲル(蒙古包・バオ)」型の作品

勿論、Sさん作。実はひっくり返すと、お椀としての使用がかなう、というユニークな作品。


2011年京都芸大作品展・漆芸科部門に展示された、韓国人留学生Kさんの和紙を漆で固めて孔雀を表現した漆芸作品

漆や素材への挑戦を感じさせる「留学生K作品」

最後は、Sさんの友人でもある韓国人留学生Kさんの作品。漆が人々に想起させる「実用の美」のイメージから離れようとしているとも想わせるユニークな作品。本来漆芸が対象としない「柔らかな素材」である日本の和紙を、漆で固めて孔雀羽を表現。全幅2メートル程という、これまた漆や軟弱素材への挑戦を感じさせる構成である。


2011年京都芸大作品展・漆芸科部門に展示された、韓国人留学生Kさんの和紙を漆で固めて孔雀を表現した漆作品の中央部分
Kさん作品の中央部拡大

Kさんによると、胴体部分の木塊はSさんが大文字山から拾ってきたものだとういう。結構大きく、重量もありそうだが、市芸の所在地で彼女たちの下宿がある、遠い西山地区まで女手ひとつでわざわざ運んだようである(笑)。実に微笑ましいばかりの友情逸話である。

KさんSさん共々、我々には見え難い、外国人という大きなハンディを抱えながら日々研鑽を積んでいる。何はともあれ、その心意気と健闘を称えたい。

市芸展参観終了。展示は今週末まで

さて、これにて市芸展参観は終り。学生とはいえ、見応えのある作品も多いこの展覧会は今日から始まり、今週末の2月13日(日曜)まで開催とのこと。総勢700にも及ぶ出展作があり、しかも無料ということなので、興味ある人は出掛けてみては如何だろうか。

なお、最終日である2月13日(日曜)の午後2時から、「市長賞」及び「大学院市長賞」の受賞者による作品解説(ギャラリートーク)が行われるとのこと(即ち、来田君も行う筈であるが、私は「平会」があるため残念ならが参加出来ず)。

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2010年10月30日

彩紋繚乱

西垣聡個展「ヒトコト〜存在と色と形〜」の会場「belle gallery(antique belle2階)」に飾られた大型作品

西垣聡「ヒトコト〜存在と色と形〜展」参観

午後2時過ぎ、仕事を切り上げ中心街へ。木曜から始まっていた、とある個展に出掛ける。個展の主催者であり作家の名は、西垣聡(にしがき・さとし)君。拙宅の近所在住の画家で、普段から懇意の間柄であった。今回は特に、個展の案内状作成を私の所属元が担当したということもあり、何はさておき(たとえ台風直撃でも(笑))行かねばならぬといった思いもあった。

結果的に、懸念された台風はおろか、雨すら無しのまずまずの日和。繁華街にある会場までを自転車で楽に往復することが出来たのであった。


上掲画像: 個展会場に飾られた大型の西垣作品。個人的に好みのものである。美大で日本画技法を修めた西垣君の作品は、一見奇抜ながら、岩絵の具等の伝統的画材で作られている。会場は姉小路御幸町東側にある「antique belle gallery」というところ。古美術店の2階にある。会期は11月2日火曜まで。時間は12時から19時(最終日17時)まで。


西垣聡個展「ヒトコト〜存在と色と形〜」の会場「belle gallery」の展示風景
壁面に西垣作品が飾られる「belle gallery」。古い町家を利用した1階の店舗部分からは少々想像し難い、意外にも清爽で中性的な空間。後年の増築部分を改装して成されたのであろうか。初めて訪れた場所だが、いい意味で予想を裏切られた


西垣聡個展「ヒトコト〜存在と色と形〜」の会場「belle gallery」に飾られた、個展案内状彩色面に使われた作品

絶妙な配合で犇く、狂おしいほどの彩紋世界

今回の個展案内状の彩色面に用いられた作品。様々な模様や色が絶妙な配合で犇く、西垣作品の特性と魅力たるを凝縮したかのような一品。


西垣聡個展「ヒトコト〜存在と色と形〜」の会場「belle gallery」の展示風景と巨大作品
巨大な大作の姿も見られた。画像ではその色配置と上下の明暗が散漫かつ唐突に見えるかもしれないが、実際は驚くほどの調和が実現されている。逐一紹介出来ないのが残念

ところで、会場内は普段土足利用のところを今回のみ清掃を施し上履式とされていた。写真に見える通り、中ほどには敷物がしかれ、テーブルや座布団を利用して休めるようにもなっている。鑑賞と同時に、寛ぎも提供したい、という作家本人の強い希望によるものという。


西垣聡個展「ヒトコト〜存在と色と形〜」の会場「belle gallery」に飾られた作品の部分拡大
別の作品の一部をアップ

案内状の作品とはまた違ったアプローチ。正に、狂おしいほどの彩紋(彩文)世界。

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2010年05月16日

丘上参観

加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の校舎入口に掲げられた展示場(ギャラリー)を示す木製銘板

驚きと不思議さに迎えられた目的地

今日午後から大阪東部の枚方まで行く。そこは、自宅がある京都市街から電車を使って40分程の距離。京都と大阪中心部との中程にある衛星都市といえば、馴染のない人にも理解頂けるであろうか。どこまでも家並が続くそんな衛星市の南方、「星ヶ丘」という駅の近くに、今日の目的地があった。

地名通り、駅からの坂道を上り、宅地の頂に現れたのは、「星ヶ丘洋裁学校」と書かれた古い門柱。そして、その奥には、土道と樹々に囲まれた、懐かしい板張りの建屋が連なっていた。恰も、数十年の昔に逆戻ったかのような、時が止まったような場所――。そんな、驚きと不思議さに迎えられることとなった此処こそ、本日の目的地であった。

加藤智哉「星は輝くリズム」展参観

周囲の都市景とは明らかに異質ではあるが、他にはないゆとりと解放感を擁すこの場所。だが、ここを訪れたのは、その特殊さを目的としたものではなかった。実は、友人の画家で、以前このサイトでも紹介した加藤智哉君が、ここで個展を開いていた。不意にこの不思議な場所に出向くこととなったのは、正にその参観の為だったのである。

だが、その個展は今日が最終日。会期が3週間あったにも拘らず、昨年同様の駆込みとなったのは、私の体調不良から。連休行った野営会直後に熱を出し、珍しく長患いしていた為である。実は、今日もまだ完全とはいえぬ状態であったが、幸い自宅からの交通の便が良かったことと、会場自体のユニークさを強調していた加藤君の勧誘により、何とか出掛けることにしたのであった。


上掲写真: 「星ヶ丘洋裁学校」の校舎入口に掲げられた展示場(ギャラリー)を示す木製銘板。


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた大阪枚方の宅地化した丘上にある「星ヶ丘洋裁学校」の門柱
不意に、宅地化した丘上に現れた、存在感ある「星ヶ丘洋裁学校」の門柱


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の板貼り木造校舎と展示場(ギャラリー)入口
洋裁学校敷地内にある懐かしい板張り校舎と、そこを利用した展示室の入口部分。今もなお現役の学び舎というのも興味深い


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の古い木造校舎内部の廊下
入口から校舎に入ると、まだ廊下であったが、早速馴染の加藤作品が現れた。それにしても、内部も昔の風情を保っている


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた、大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の古い木造校舎内に展示された一面の加藤ワールド
廊下から木製建具を潜り教室に入ると、一面の加藤ワールドが構築されていた。教室という、他では少ない大空間を利用出来た為、本人も、いつも以上に力を注げたようである


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた、大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の古い木造校舎内最奥に飾られた大型作品と小作品・小物たち
展示室最奥に飾られた大型作品と、小作品・小物たち。気さくで寛いだ雰囲気ながら、何処か祭壇めいた様子が、他所とは違う空気を造出する。今回の要所と見たが、さて如何


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた、大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の古い木造校舎の外窓側から見た展示室主室の様子
外窓側より展示室を眺める。展示室は間仕切りにより、大きく二分されている。こちらは、その広い方で、主室と思われる空間


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた、大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の古い木造校舎内の廊下側展示室の様子
こちらは廊下と接する、入口側の空間。奥に古い足踏みミシンを利用した記帳台がある

展示最終日、しかも閉場までの時間もあまり残されていない状況であったが、なんとか無事に観覧し、本人とも会うことが出来た。身体の状態によっては、途中で引き返すことも覚悟していたので、幸いであった。


加藤智哉個展「星は輝くリズム」が開かれた、大阪枚方「星ヶ丘洋裁学校」の隣接墓地から眺めた丘上の眺め

豊かで稀少な丘上を去り帰着

この後、加藤君、そしてその作品たちと分かれ、校内の敷地を少々散策。そこが、多くの緑ある空隙に囲まれた、豊かで稀少な場所であることを確認できた。

写真は、敷地に隣接した墓地からの眺め。「星ヶ丘」という地名との関わりは不明だが、ここが丘上であることを実感できる、眺望ある場所であった。


京都市街・出町柳駅付近で見た、5月の夕空に続く飛行機雲一筋

そして、何とか京都市街に帰り着く。見上げる5月の夕空には、それに相応しい、潔い飛行機雲一筋……。


※5/16 作家より撮影とWEB掲載許可済。

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2009年12月23日

師走観展

大小様々な作品が鏤められた、加藤智哉「星のみちしるべ展」の一景(ギャラリー「Halo Galo」にて)

参観、加藤智哉「星のみちしるべ」展

厚い雲下から冷たい雨が降り始めた午後。急遽友人の個展へ向かうこととなった。開催前に通知を貰っていたにも拘らず、師走の忙しさに埋もれ、気づけば今日が最終日。祝日とは無関係の身で、やらねばならぬこともあったが、親しい仲、そして何よりその才能を買う人であったので、とまれ向かうこととした。

個展開催主で、画家である友人の名は加藤智哉君。三重県出身で、芸術大学を卒業後、京都を拠点に活動している。控えめ、かつ、はにかみの多い人物で、作風もそれを映すが、その制作思想や態度に揺らぎはなく強靭である。そんな彼とは数年前仕事場で知り合い、以来互いの家が近いこともあり、交流が続いていた。そればかりか、既に小生主宰の「山会」に参加し(巻き込まれ?)ていたりもした(笑)。

心憎い許りに感心させられる表現世界

さて、個展会場では、毎回変わらぬ彼の表現世界が、そのスペース一面に構築されていた。外を満たす寒気と陰雨を忽ちに忘れさせる、あたたかで優しい空間。鏤められた大小様々な作品も、またそれを体現する。一見、無軌道・無計画に見えながらも、その構図や色遣いに抜かりはない。計算を見せないという緻密な計算がそれを生んだのか、はたまた計算しないという天与の計算がそれを生んだのであろうか――。実に心憎い許りに感心させられたのは毎度の如くであった。


上掲写真: 「星のみちしるべ展」会場一景。大小様々な作品が鏤められる個展準備には3日が費やされたという。会場空間を作品で埋め、1つの「世界」を構築するという方法・見せ方は、加藤君独特の手法。その労力の効もあってか、会場は実に多くの鑑賞客で賑わっていた。


ギャラリー「Halo Galo」にて開かれた、加藤智哉「星のみちしるべ展」に集う友人と作家
同じく「星のみちしるべ展」会場にて

作家(右端)を囲む友人・知己。殆どが山会メンバーではないか(含赤ちゃん。笑)。観覧後すぐに帰ろうと思っていたが、現場で落ち合った友人らと、隣のカフェにて談話することとなった。そんな悠長なことをしている場合ではないのであったが……。うーん、加藤展の大らかさに呑まれたことにしよう(笑)。

※12/23 作家より撮影とWEB掲載許可済。

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2009年11月16日

錦秋臨展

錦秋の山を背後に茅葺屋根の古民家が並ぶ、京都府南丹市美山町の「かやぶきの里」北村集落

錦秋の美山へ同行取材

朝、懇意の記者氏の車に同乗し京都市街北郊へ。北部山地の「北山」を南北に貫く国道162号「周山街道」を北上して到着したのは、奥丹波美山にある「かやぶきの里」こと、北村であった。今日は、氏に誘われて、ここにある美術館で催されている企画展の取材に同行したのである。

奥山の地、美山は折しも錦秋最盛の時季。車窓に現れる景色の観覧も楽しく、期待を胸に、久々の奥北山入りを果したのであった。


上掲写真: 錦秋の山を戴く、「かやぶきの里」こと、京都府南丹市美山町北村の集落。貴重な茅葺民家が多く残り、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。肌寒い曇り空、そして平日にも拘らず、多くの観光客で賑わっていたのには驚かされた。


紅葉の里山に抱かれた茅葺古民家を活用する、京都府南丹市美山町北村の「ちいさな藍美術館」
山里の原風景的佇まいで来館者を迎える「ちいさな藍美術館」。「ちいさな」とはいえ、集落内最大の民家を利用しているという。棟札によると、その築年は江戸期寛政8(1796)年。即ち築213年、正に筋金入りの古民家であった

「近世の板締め展」

茅葺民家が建ち並ぶ集落を暫し彷徨い、目当ての案内表示に辿り着く。現れた美術館もまた、端整な茅葺民家であった。館の名は「ちいさな藍美術館」。北村在住の藍染作家、新道弘之氏が自身の工房民家を開放して運営されている。普段は氏の作品や、収集品の藍染資料が展示されているが、今回は開館5周年を記念する企画展が開かれていた。我々はそれを観覧し、館長である新道氏から話を訊きに伺ったのである。

催されていた企画展は「近世の板締め―藍の世界・紅の世界―」。かつて隆盛を極めながら、残存資料が少なく、技法解明も進んでいない版木式染色法「板締め」の関連史資料を展示・公開したもの。新道氏の知己で、染色家・板締め研究家の石塚広氏の協力と、その収集品をもとに構成されている。


京都府南丹市美山町北村の「ちいさな藍美術館」1階に展示された「紅板締め」の現物史料
「紅板締め」現物史料 古民家を改装した藍美術館1階部分に展示された「板締め」の現物史料。貴重・高価な紅花を使用した「紅板締め」で成された近世のもの。天然原料による淡い色合いが美しく、貴重


京都府南丹市美山町北村の「ちいさな藍美術館」に展示された「藍板締め」や「出雲藍板締め」の現物史料
「藍板締め」現物史資料 こちらは、藍を用いた「藍板締め」の史資料。左2点が子供着と作業着の現物史料。右の白地のものは、「幻の染め」といわれた「出雲藍板締め」の復元品である


土間床の甕に天然藍染料が貯留される、京都府美山町の「ちいさな藍美術館」1階の新道弘之氏の工房
藍美術館1階にある新道氏の工房。ここも開放され、見学可能となっている。土間床の甕に天然の藍染料が貯留されている

新道氏に見る、志の尊さと人生の収穫

新道氏の案内のもと、美術館の1階と2階の展示室を巡る。現在判明している板締め技法の実際や、関連種々の話を聞く。実に興味深い。また、2階展示室では茅葺屋根の裏や梁を観察出来たりするなど、館本体である古民家そのものも楽しむことが出来た。

のち、1階の事務房に移り、新道氏から御話を聞く。先程からの続きである「板締め」の話から、ご自身の話まで実に多岐に及ぶ。メモをとりつつ話を進行させる記者氏の邪魔にならぬよう私も時折質問したが、懇切丁寧にお答えいただいた。そんな気さくで誠実な氏の人柄も影響してか、ここには内外遠方からの来訪が絶えないという。実際、取材中も来訪者が続き、驚かされたほどである。憧憬すべき楽園の姿を見せながら、一方ではそれ全てを打ち消す程の不便や厳しさを併せ持つ山里――。そこに移住して約30年を経るという氏の姿からは、志の尊さ、そして人生に於ける大いなる収穫といったものを感じずにはいられなかった。

やがて、取材が終了し館を出る。石塚氏の論文を元にした貴重な資料も頂戴した新道氏に厚く礼を言い別れた。そして、あとは2人して「やはり訪問して良かった」と言い合うこと頻り。市街への帰路についたのであった。


「近世の板締め展」は11月30日(月)まで。但し木曜と金曜は休館。時間は10時から17時まで(要電話確認)。詳しくはこちらを参照のこと。


注 11/16、美術館館長より撮影とWEB掲載許可済。本来館内は撮影不可。


京都府南丹市芦生にある京大演習林入口付近の紅葉
帰路立寄った芦生の京大演習林入口付近。原生林の紅葉具合が知りたかった私の我儘である。付録ながら……

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2009年09月09日

初秋個展支援

大阪茨木の古民家ギャラリー兼カフェ「la galerie」(百花)にて「spring quarter」展の準備を行う画家・林雅彦deka

林雅彦deka「spring quarter」展開催

夕方より、友人の個展支援へ。以前もこのサイトで報告した林雅彦君の新作展である。場所は、その時と同じ大阪は茨木にある古民家ギャラリー兼カフェ「la galerie」(百花)。今回は、彼が今春参加したドイツでの展覧会で刺激を受けたという、「壁画表現」を意識した作品形態を導入。前回出品された大キャンバス作品を超える大作の為、輸送・搬入は難儀したが、何とか開催準備を済ますことが出来た。


上掲写真: 大作を搬入設置後、画面の最終調整を行う作家。迫力かつ、彩りある作品が完成した。是非現場で体感してもらいたい。


大阪茨木の古民家ギャラリー兼カフェ「la galerie」(百花)で開かれる林雅彦deka「spring quarter」展のフライヤー
「spring quarter」展フライヤー

会期は、9/10(木)から10/6(火)まで。但し水曜・第3木曜は定休(祝日の場合営業)。詳しくはこちらまで。

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2009年08月22日

訪阪鑑賞

松林要樹氏初監督映画「花と兵隊」が関西初上映された大阪十三「第七藝術劇場」の上映前の館内及びスクリーン

映画「花と兵隊」関西初演

朝、友人らと共に京都市内の繁華街「河原町」より私鉄に乗り、大阪市北部にある街、十三(じゅうそう)に向かう。今日は、友人中の1人、松林要樹君が監督した映画が大阪にて初公開される日である。京都にて1泊していた彼は、上映後、講演を行う予定もあり、共に現地へと向かったのである。当然、彼以外の我々は、その作品・講演会の観客であった。

独力数年、力作遂に成る

順次全国公開されるという今回の作品「花と兵隊」は、彼の初監督作品。さきの大戦中、「地獄の戦場」と称されたビルマ戦線を生き抜くも、そのまま現地に残留し日本に帰国しなかった「未帰還兵」とその現地人妻達を扱ったドキュメンタリー作品である。制作当時、20代であった彼が、たった1人で現地取材・撮影を続け、数年越しで完成させた力作である。

とかく即成がもてはやされるような世にあって、先ずはそれだけでも、尊く、誇らしい。

さて、監督共々、暫し車中での会話を楽しみ、十三に着いた。会場は、駅近くの繁華な場所にある「第七藝術劇場」というところ。写真にある、スクリーンあるホールの一景が、まさにその内部であった。劇場に着く以前にも、既に街角に作品のポスターが見られた。久々の訪阪に浮く心と共に、期待は高まるばかりであった。


松林要樹氏初監督映画「花と兵隊」のサイン入りパンフレット

滔々と流れ出し、静かに閉じられる秀作

一旦監督と別れ、付近にて昼食後、劇場に戻る。そして、ほぼ満席となった劇場にて上映が始まった。私もかつて滞在したことがある東南アジアの風景が、かの地の時間感覚、そして未帰還兵の経た長年の日々同様、滔々と流れ出す。そのあと、映し出される今、そして、語られるかつての日々……。松林君の人柄そのままに、決して求めず押しつけず、そして対象者には刺さず離れずの距離を保ちつつ、ただその語りや振る舞いを丁寧に追い、作品が編まれゆく。

そして、静かなる終演……。

物語の起点であり、決して避けることの出来ないかつての戦争。しかし、私はこの作品から、それによる悲劇の表出という、有り勝ちな「看板」を見出すことは出来なかった。むしろ、その悲劇を超越した「何ものか」に感じ入ることが多かった。苦難の末流れ着いた異郷の地。そこに咲く「花」に寄り添い、自らも根を張り花を咲かせて、やがてその土となる……。私がこの作品から感じた「何ものか」とは、そこから窺うことが出来た、儚さと共にある人間の逞しさ、そして「希望」だったのかもしれない。

とまれ、知己がこの様な秀作をなし、見事初陣を飾ることが出来たのは喜ばしい限りであった。

充実した訪阪の終り

終演後、別室にて松林監督の挨拶及び講演と、一般鑑賞者を対象とした質疑応答があった。こちらも中々の盛況で、監督・鑑賞者双方、活発な遣りとりが行われる充実したものとなった。その後、同じく名古屋にて舞台挨拶を行うという監督を新大阪駅まで見送り、別れた。そして、我々京都組は京橋に立寄り、大阪での久々の一献。相席の人も交え、作品の話等に興じ、充実した訪阪の日を終えたのであった。

皆さんにも是非、この松林作品をおすすめしたい。京都での公開は今月30日から。詳しくは公式ページ内の「劇場情報」まで。

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2009年08月08日

立秋猛暑

猛暑日の京都・賀茂川(鴨川)で泳ぐ子供たちと、河岸をゆく自転車

今夏初の36度!

暦の上では、秋の始まりである「立秋」過ぎの8月8日。毎年楽しみにしている五条坂の陶器市へ向かった。陶器市自体は立秋の7日から10日まで行われているが、例年の如く、近くで行える友の墓参を兼ね、今日行くこととした。

午後からの用や暑さを避け、午前中に向かったが、折からの晴天に促進された強力な暑さに、早くも捕らわれてしまった。今年一番の暑さである。じっくりと品定めしたかったが、最終的には今夏初の36度に達したというこの暑さにより、そこそこに引き揚げることとなった。

今年の梅雨明けは今月3日。平年より15日、昨年とはなんと22日もの遅れを生じたが、その分、気温上昇は抑えられていた観があった。しかし、ここにきて、やはり猛暑日が到来したのであった。暑さが苦手な身には、忌々しいばかりの事態ではあるが、致し方ないとしか言いようあるまい。

という訳で、また暫く不覚の日々が続くと思うが、関係各位には何卒了承願いたい(笑)。


上掲写真: あまりの暑さに、鴨川(賀茂川)で泳ぐ子供も出現。陸(おか)で悶然とするより、よほど健全そうである。五条へ向かう途上にて撮影したが、町場よりは幾分涼しい筈の河岸路も今日ばかりは酷暑であった。


猛暑日の京都・賀茂川(鴨川)で開かれていた「鴨川納涼」の河岸舞台と川面
対岸(西岸)では、宵から始まるという、「鴨川納涼」なるイベントの準備がなされていた。画像的には充分涼しい景色なのだが……

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